皇紀2666年 9月10日













・・・・・
・・・・・
・・・あたまが・・・
・・・ぼ〜っとしてます。
・・・・・
・・・体の下の方が、なんだか、
熱いような、冷たいような・・・妙な感覚です。
・・・なんでしょう・・・この感じ・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・どこか・・・遠くの方で・・・
・・・誰かがひそひそ話しています。
よく聞こえません。
・・・・・・
でもその声は・・・徐々に大きくなっていきます。
そして突然、大声で、
「貴様が勝手なまねをするからこんな事に!」
「あなたが来なければ、こんな事にはならなかったんです!」
・・・?
・・・なんだか、けんかしてるみたいです。
・・・なんでしょう。
・・・でも、聞き覚えのある声です。
「ここは満州ではないのです!帝国の、しかも海軍基地内であのような戦闘をして・・・この後の状況処理をどうするつもりですか!」
「何を言っている!ああしなければ、こいつは確実に死んでいた!だいたい、敵の目前に大将を曝して、どうするつもりだったんだ!」
「そもそもあなたがあの時、私の端末を遠隔制御で強制停止させたりしなければ、全て穏便に、うまく行っていたのです!あなたが来るまでは、誰も戦闘など望んでいなかった!」
「寝惚けた事を言うな!あの女は確実にこいつを殺そうとしていたではないか!」
・・・・・
・・・・・
・・・私のことを話してるのでしょうか・・・
・・・よく分かりません。
・・・・・
そのうち、話し声はまた小さくなって・・・聞こえなくなりました。
・・・・・
・・・なんだったのでしょう・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・ねむくなってきました・・・・
・・・・・
・・・・・
















桜花

・・・・・
・・・・・
・・・ここは・・・・どこでしょう。
桜花は・・・
どこか、診察室のような場所で横になっています。
・・・見た事のない場所です。
・・・・・
・・・どこでしょう。
桜花は起き上がって、辺りを見渡してみます。
すると・・・
・・・!!



なんですかこの子たちは!!
桜花が寝ているベットのすぐ横に、全く同じ顔をした女の子が3人います。
三つ子?
・・・髪型や服装まで、全く同じです。
3人は、全く同じ姿勢で、桜花をじっと見ています。
・・・なんなんですか、この子たちは・・・
・・・あ、でも・・・
この顔、ちょっと見覚えがあります。
・・・どこかで・・・
あ!
すめらさんです!
以前と髪型がちがうので、気付きませんでした。
・・・ていうか、
すめらさんって・・・三つ子さんだったのですか。
でも、3人とも全く同じ顔なので、どれがすめらさんなのか・・・よく分かりません。
だから桜花は、
「・・・すめらさん・・・ですか?」
と、聞いてみます。
すると・・・3人そろってうなずきます。
・・・・・
・・・ええと、
え?
「・・・あの、どなたがすめらさんなのですか?」
と、桜花は聞いてみます。
すると、3人そろって手を上げます。
全く同じ動きです。
・・・・・
・・・桜花は・・・夢でも見ているのでしょうか・・・
よく分かりませんが・・・
とりあえず桜花は、右側にいる子に、
「ここはどこですか?」
と、聞いてみます。
すると・・・
少し間を置いてから、なぜか、左側にいる子が、
「えぬよんふたどさんはちてんさんろくいぃひとよんひとどよんまるてんふたなな」
・・・・・
・・・はい?
・・・ええと・・・
なにやら、数字を並べてるようにも聞こえますが・・・
片言で・・・何を言ってるのか、さっぱり分かりません。
すると突然、右側にいる子が、しっかりとした日本語で、
「あ、桜花さん、お目覚めですか。どこか具合の悪いところはないですか?」
と、聞いてきます。
・・・急に・・・なんでしょう・・・
・・・なんだか妙な感じですが・・・桜花は、
「え?・・・ええ。大丈夫です」
と、言います。
すると右側の子は、
「それは良かったです。今、そちらに参ります」
と、言います。
・・・ええと、
はい?
・・・まったく・・・桜花は状況がつかめないのですが・・・
なんなのでしょうか、この子たちは・・・


その時、部屋のドアからノックする音がします。
今度は誰でしょう。
よく分かりませんけど桜花はとりあえず、
「どうぞ」
と言います。すると、
「失礼します」
と言って、誰かが部屋に入ってきます。
・・・誰でしょう。
小柄な・・・女の子のようですが・・・
・・・あ!
シノさんの本体です!
今日はマスクをしていないので、一瞬誰だか分かりませんでした。
シノさんの後ろには、果物をたくさん積んだシノさん・・・ええと、給湯器の端末シノさんが付いてきます。
桜花にとっては、どちらかと言うとこっちの端末シノさんの方がシノさんって感じがするのですが。
するとシノさんは、
「この度は此方の手違いで桜花さんにもとんだご迷惑をお掛けしてしまって、申し訳ないです」
と・・・あれ?
シノさんじゃなくて、今言ったのはすめらさん(左側)です。
・・・え?
一瞬間を置いてから、今度はシノさん本体が、
「あ、失礼。本体を直接動かすのは慣れてないので・・・ええと、この度は此方の手違いで、大変ご迷惑をお掛けしまして申し訳ありませんでした」
と・・・言います。
・・・ええと・・・
「これ、つまらないものですが、召し上がってください」
と言って、端末シノさんが果物の詰め合わせを、桜花の横の棚の上に置きます。
・・・今のは・・・端末シノさんの声でしょうか・・・
すると、右側のすめらさんだけが、ものほしそうにバナナを見ています。
そういえば、すめらさんはバナナが好物だったのですね。
・・・さては、この・・・右側のすめらさんが本物のすめらさんなのかもしれません。
桜花もなんだかおなかがすいたので、
「あ、すみません。じゃあ、頂きます」
と言ってみかんを取ってから、
「すめらさんもバナナ、食べてください」
と、右側のすめらさんに言うと、
すめらさんは三人そろって大喜びでバナナを食べ始めます。
・・・あれ?
どれが本物なのか分からなくなってしまいました。
するとシノさん端末が、
「この子達はまったく、遠慮というものを知らなくて。本当にすみませんねえ」
と、あきれたように言います。
・・・・・
・・・なんなのでしょうか、この状況は。
桜花が不思議な顔をしてるのを見て取ったのか、シノさん本体がなにやら説明を始めます。
「この子達は複数機並列運用試験の為に作られた、いわゆる先行量産型で、三人とも送受信範囲内においては常時同じ意思を共有しているのです。これは・・・例えば、人間の右手と左手のように、ひとつの意思の元で円滑に共同作業を行う事を目的としており、これは特殊部隊行動において極めて有効である事が実証されています。もちろん、私のような陸軍戦略型司令機の意思を共有して行動する事も出来ます。ちなみに、以前桜花さんとお会いした「すめら」とは違う機体なのですが、外部から遠隔司令を受けていない基本状態においては「すめら」の意思を共有しているので三人とも自分が「すめら」だと思っていますし、我々も「すめら」と異なる点を認識できないので「すめら」と呼んでいます。ただし「すめら」というのは飽くまで試験機における通称なので、制式化されれば違う名前になると思います」
・・・・・
・・・ええと、
はい?
シノさん・・・言ってる事が全く分からないです。
とりあえず・・・ええと、
「じゃあ、三人ともすめらさんという事でよいのでしょうか」
と桜花が言うと、シノさん本体は、
「ええ・・・まあ、そう思って頂いて結構です。・・・ところで、足の方は問題無く動きますか?」
と、聞いてきます。
・・・足?
そういえば!
桜花はあの時・・・至近弾の爆発で足を失ったのでは?!
桜花はとりあえず、布団の中で足をもぞもぞ動かしてみます。
あ、普通に動きます。
両足ともちゃんとあるみたいです。
ああ、良かったです。
・・・ん?
なんか、右足の感触が・・・ちょっと変です。
桜花は布団を取って、足を見てみます。
すると・・・
なんですかこれは!
右足が・・・
なんでしょうこれは。
なにか、軽金属で出来たロボットのような足になってます!
「なんですかこれは!」
桜花はびっくりして思わず大声を上げてしまいます。
するとシノさん本体が、
「申し訳ありません・・・左足の方はなんとか生態として修復できたのですが、右足の方は完全に損壊してしまったみたいで・・・現状ここの設備では、機械義足しかご用意できませんでした。しかし、桜花さんの右足の方は現在製作中なので、もうしばらく、そちらで我慢してください」
と、言うのです。
えええ。
これはまた・・・
えええ。
桜花はちょっと起き上がって、足を動かしてみます。
おおっ
すごいです。
こんなメカメカした足なのに、全く不自然無く動きます。
これはちょっと・・・
「・・・かっこいいですね」
と、桜花が言うと、シノさんは少し驚いたような顔で、
「かっこいい・・・ですか。あ、そう言って頂けると、ええ。こちらとしても、気が楽です」
と言います。
桜花は別に、気休めで言ってるのではなくて、本当にかっこいいと思うのですが。
むしろ全身こんな感じでもいいような気がします。
メカ連合艦隊提督なんて、とてもかっこいいではないですか。
桜花は立ち上がって部屋の中をうろうろしてみます。
その時ふと・・・部屋の窓から外が見えます。
・・・ん?
桜花は窓の方に行って、外を見渡してみます。
・・・ここは・・・
どこでしょう。
どうやら港のようですが・・・
見たことの無い港です。
「ここはいったい、どこなんですか?」
と桜花は聞いてみます。
するとシノさんが、
「ここは・・・北海道の苫小牧港です。民間港ですが、現在その一角を陸軍が徴用して停泊しています」
と言います。
はあ、苫小牧港ですか。
恵庭よりは少しだけ、桜艦隊に近付いたような気がします。
・・・ていうか、停泊?
「という事は、ここは船の中なのですか?」
と桜花が言うと、シノさんは、
「はい。船の中です。陸軍所属艦、坂東丸です。・・・一応、揚陸指揮艦として配備されたかなり古い船ですが、現在は色々な事情から、我々陸軍電算司令機の洋上拠点となっています」
・・・ばんどうまる?
聞いたことの無い名前ですが・・・
ていうか、陸軍が揚陸指揮艦を持っていたなんて、知りませんでした。
なんだか名前からして強そうな船ですが。桜花は興味津々です。
「どんな船なのですか?」
桜花は興味津々で質問するのですが、シノさんは・・・なんだかあまり浮かない顔で、
「ええ・・・まあ・・・海軍の支援を受けずに陸軍独自で揚陸作戦を行う事を目的として開発されたのですが、その結果、いろいろ詰め込みすぎて方向性を失い、今では陸軍のお荷物的な感じになった船です。素直に海軍と協力すればいいのに。・・・まあ、お荷物と言えば私たち陸軍電算司令機も似たようなものなんですが。要するに、お荷物を一まとめにしたという感じでしょうかね・・・シホ大将閣下はこの船を甚くお気に入りの様ですが」
と・・・なんとも悲観した言い方です。
そんなに駄目なんでしょうか、この船。
ていうか、シホ大将閣下?
シホ大将、というと、陸軍の主力人型電算機ですね。
まだお会いした事は無いのですが。
彼女もここにいるのでしょうか。
するとシノさんは、
「ああ、シホですか。いますよ。さっきここに来るように言ったんですけどね。来ませんね。・・・まったく、本当は桜花さんの事が気になって仕方が無いのに。あの子は・・・強情というか、なんというか・・・あ、今呼んできますね」
と言って、部屋を出て行ってしまいました。
・・・あ、
いや、無理に呼んで頂かなくても・・・
なんだか、・・・怖い人みたいですし・・・
・・・ええと・・・
なんだかちょっと、緊張してきました。


いや、・・・そんなことより!
小樽基地はどうなったのでしょうか!
いろいろ妙な事があってすっかり忘れていましたが・・・
桜花はあの時・・・そう、とても緊迫した状況だったのです!
すぐ近くで爆発があって、吹き飛ばされて・・・
あの後は意識がおぼろげで、あまり覚えていないのですが、
たぶん、戦闘があったのです!
桜花はこんなところで・・・のんきに寝てる場合ではないのです!
ああ・・・小樽基地の人達は・・・
どうなってしまったのでしょうか!
桜花は急に大きな声で、
「小樽基地はどうなったのですか?!小樽基地の皆さんは無事なのですか?!」
と聞いてみます。
すると端末シノさんが、桜花の動きとは裏腹に妙に落ち着いた声で、
「ええ。軽傷者が3名出ましたが、みんな大した事はありません。あの戦闘での重傷者は最前列にいた桜花さんだけです。港湾内に潜んでいた敵の機甲兵器も、まあ、幸運にも全て撃破できたので、あの戦闘だけ見れば我方の勝利と言えます」
・・・・・
あ、・・・そうなんですか。
それは良かったです。
・・・ええ。ほんとに。
桜花は少し安心します。
でも、シノさんはなんだか浮かない雰囲気で、
「・・・しかし・・・そもそもあの戦闘が行われた事自体が大きな問題です。陸軍部隊が独断で海軍基地内の通信に浸入して、海軍の戦闘車両を勝手に指揮して、海軍基地内で戦闘を行ったわけですから。・・・まったくあの野戦猿は・・・とんでもない事をしてくれたものです」
と、不機嫌そうに言います。
「・・・野戦猿?」
「もちろんシホ大将閣下の事です。司令機のくせにやたらと野戦をしたがるので私はそう呼んでます」
・・・なるほど。それはそれは。
え?・・・海軍基地内の通信に浸入?
それはまた、すごいことをしますね。
「そんな周到なことが・・・陸軍電算機には簡単にできちゃうんですか?て言うか、なんで陸軍司令部隊が小樽基地に来ていたのですか?」
と桜花が言うとシノさんは、
「いいえ、陸軍機と言えど、そう簡単にあのような周到な真似はできません。シホは私より電算能力も劣りますし。しかしなぜかあの子は、まあ、野生の勘と言いましょうか、なにかそういうのが優れていて・・・小癪な事に、なんと私自身がシホに捕捉されていたのです。・・・つまり、あの時桜花さんと一緒にいた私の端末が、小樽に向かうのを見計らって、シホは小樽基地付近に先回りして空挺降下して、すめら3機を使ってその付近を監視していたのだそうです。それでその時、・・・たぶん偶然かと思いますが、海中に潜む敵の機甲兵を発見して、あらかじめ照準を付けて周到に戦闘準備をしていたのだそうです。・・・そうでなければ、ああも簡単にあれを撃破できるはずがありません」
・・・な、なるほど。
いろいろ大変だったんですね。
・・・なんだかよく分かりませんけど・・・
その後シノさんは、いかにも困ったように溜め息をひとつもらしてから、
「・・・しかし・・・おかげで状況はさらに複雑になってきました。なにせ、観光都市小樽のすぐ近くであのような戦闘が行われてしまったわけですから。・・・幸いにも、小樽基地の皆さんはとても親切で、あの爆発は基地内で定期的に行われる対テロ演習の一環で陸軍部隊など存在しなかった、という事で口裏を合わせてくださいましたが・・・近隣住民からの不信感は今なお拭い去れない状況で。さらに時を同じくして、その、・・・小樽基地に向かって全力疾走する桜花提督らしき人影の動画がネット上に・・・」
・・・え!!


それはたいへんです!
・・・・・
・・・でも、桜花はネットとかあんまり見ないので・・・
具体的にどういう感じなのか、いまいちイメージが出来ないのですが。
とりあえず桜花は、
「・・・かわいく映ってましたか?」
と聞いてみます。
するとシノさんはしばらく黙ってから、
「・・・あの、桜花さん、今はそういう事を問題にしているのではありません」
と言って、しばらく「う〜ん」とうなっています。
え、今私、へんな事を言ったでしょうか・・・
そしてシノさんは、静かに説明を始めます。
「桜花さん、その・・・我々は昨日の出来事によって、現在、危うい状況に置かれつつあるのです。先ず、我が陸軍参謀本部は、そもそもこの海軍軍令部と連合艦隊の一連の騒動については最初から『我関せず』で通してきた訳ですが、昨日の戦闘が陸軍の仕業だという事が実証され、さらに、海軍両陣営にとっての切り札である桜花さんの所在が陸軍にあるという事になれば・・・これは否が応にも、陸軍参謀本部もこの状況に関わらざるを得なくなってくる訳です。ちなみに、そうならないように私は独自に陸軍とは一線を画して密かに行動してきた訳ですが・・・ここまで、分かりますか?」
「・・・はい、なんとなく・・・わかります」
と、桜花は自信なさげに言うのですが、シノさんはなおも話を続けます。
「さらにもうひとつの問題は・・・そもそも我々陸軍電算司令機は、陸軍参謀本部にとってもある意味厄介者で・・・まあ、シホが満州方面で過剰な戦闘行動を行った事が主な原因なのですが、その結果我々は関東軍での任を解かれ、現在の特別洋上軍団、つまりこの老朽艦『坂東丸』に移されてしまったわけです。しかし・・・まあ、その途端に今度はこちらで海軍が騒動になって・・・陸軍参謀本部にとっては不運としか言い様が無いのですが、シホの行く所にはなぜか戦闘の火種があるのです」
・・・ええと・・・
なんだか話が分からなくなってきましたが・・・
とりあえず桜花は「なるほど」と言ってうなずきます。
そしてシノさんはまた話し始めます。
「・・・少し話がそれてしまいましたが・・・要するに我々は陸軍参謀本部にとっての厄介者な訳なんですが、それがさらに厄介事を背負い込んで来た訳ですから・・・しかし今回ばかりは海軍と関わっているので、内々で処理できる範囲を超えています。今の所、海軍軍令部も陸軍参謀本部も『事を公にしたくない』という点で図らずも見解の一致を見ていますが、報道統制にも限界があります。もし、この状況が公になるような事になれば・・・その後はとにかく『事態の落とし所』が重要になってきます」
・・・・・
・・・ええと・・・ますます話が分からなくなってきましたが・・・
落とし所って・・・なんでしょう。
「あの・・・落とし所って・・・なんですか?」
桜花は聞いてみます。
するとシノさんは、
「・・・要するに・・・『誰に悪役を押し付けるか』という事です。現状においては・・・陸海軍ともに大きくこの状況に関わっている我々、電算司令機が槍玉に挙がる可能性が高いです」
・・・・・
・・・え!!
「なんでですか!私たち、そんな悪い事してましたか?!」
思わず桜花は大声を出してしまいますが、シノさんは至って冷静に、
「桜花さん、重要なのは誰が悪いのかではなくて、どうすれば穏便に終結させる事が出来るか、なのです。仮に・・・今回の一連の騒動が人為的に行われた事だという結論に至った場合、軍そのものに対する大きな不信感が生じ、軍の上層部、軍政に関わる政治家の方々、などなど、多くの偉い人が責任を取らねばならなくなります。しかし・・・これを、電算機の誤作動により生じたもの、というふうに結論付ければ、比較的痛みの少ない結末を迎える事が出来ます。・・・少なくとも『人間』側から見ればの話ですが・・・」
・・・ええ!!
そんな・・・ひどいです!
「それは・・・困るじゃないですか!」
と桜花が言うと、シノさんはやや大きな声で、
「だから私は以前から、我々はもっと慎重に行動すべきだと言っているのです!」
と言って、プシューッと湯気を出します。
・・・あ、シノさん・・・怒ってます。
あああ、シノさん・・・
「・・・はい、軽率でした。反省してます」
と桜花が言うと、シノさんは、
「あ、いえいえ、今のは桜花さんに言ったのではなくて、うちの野戦猿に・・・」
ガタン



その時、とても怖い顔をした少女が部屋に入ってきたのです。
誰ですか!この人は!
あ、陸軍大将の階級章がついてます。
とすると・・・この人が・・・シホさん?
「・・・猿?・・・猿と言ったか?」
彼女はとても怖い顔で言うのですが、シノさんは至って穏やかに、
「おや、大将閣下。何処におられたのです?探しておりましたのに」
などと言うのです。
すると突然、バガァン!と、蹴り?
あ、シノさんが・・・壁にめり込んでます!!
あああ、これは・・・大丈夫なんでしょうか。
でもシノさんは、まるでいつもの事のように壁から出てきて、
「一応精密機械なんですから、もう少し丁寧に扱ってほしいものです」
と言って、もとの位置に戻ってきます。
・・・大丈夫・・・なんでしょうか。
そしてその少女は、桜花の方をギロッっと一目した後、桜花の横の果物詰め合わせの中からバナナを取り出して、もぐもぐと食べます。
なんだか・・・豪快です。
ていうか陸軍機の方々って、みんなバナナがお好きなんでしょうか。

桜花がその状況を唖然として見ていると、シノさんが、
「ご紹介します。まあ、お分かりかと思いますが、彼女が陸軍主力電算司令機、シホ大将閣下です」
と、桜花に言います。
・・・ああ、やっぱりそうですか。
桜花は透かさず、
「お世話になっております。桜花海軍大将です。よろしくお願いします」
と言って、ぺこりとお辞儀をします。
シホさんは再び桜花の方を一目した後、一言「うむ。」と言って、・・・もぐもぐとバナナを食べてます。
・・・・・
・・・・・ええと・・・
・・・なんなんでしょう。この空気・・・
桜花は・・・何か言うべきなんでしょうか・・・
でも、何も言うべき事も思いつかないので、とりあえず、
「・・・バナナ・・・お好きなんですね」
などと言ってみます。
すると、ちらっと桜花の方を見たあと・・・
・・・・・
・・・返答無しです。
でも、その後食べようとしていた二本目のバナナを、なぜかかごの中に戻します。
・・・?
・・・べつに・・・遠慮なく食べて下さってかまわないんですけどね・・・
そして再び、部屋の中はシーンと静かになります。
・・・・・
・・・これは・・・
どうしたものでしょうか・・・
するとシノさんがこの空気を察したのか、
「・・・まあ、桜花さんもお元気になられたようですし、宜しければ艦内の方をご案内しましょうか」
と言います。
桜花もこの艦の事を色々知りたかったので、
「はい!是非」
と言って立ち上がります。
「ああ、車椅子をご用意しますので、あ、その前に、服ですね」
シノさんはあたふたと引き出しから服を取り出して桜花に手渡します。
これは陸軍の・・・いや、海軍の第三種軍装です。
おお、これはいったい、どこから持ってきたのでしょう。
あ、海軍大将の階級章まで付いてます。
「わざわざ艦隊から持ってきてくださったんですか?」
と桜花が聞くと、シノさんは、
「はい。・・・と、言いたいところですが、これ全部パチモノなんです。巷の軍装マニアの間では今桜花さんの服装が一番人気でして。通販とかでも結構出来の良い物がそろうんですよ」
と言います。
あ、そうなんですか。
それはそれは・・・ええ。ありがたいことです。
桜花はおもむろに着替え始めます。
するとシホさんが、
「お、お前は!恥じらいというものを知らんのか!」
と・・・ちょっと焦ったような感じで言います。
・・・はい?
ああ、
そういえば、私達人型電算機は少女の姿をしているので、殿方の前ではそうそう簡単に着替えなんかしてはいけないのです。
でも・・・今ここには女性しかいませんよね。
・・・何か・・・まずいんでしょうかね。
でもシホさんは、3人のすめらさんを引っ張って部屋の外に出してから、自分も部屋の外に出て行きます。
そして一人残ったシノさんが、
「うちの大将閣下は意外と乙女なところもあるんですよね〜」
とか言ってケタケタ笑っているのですが、
再び部屋に入ってきたシホさんに蹴り倒された後、ごろんごろんと転がされて部屋の外に出て行きます。
・・・ええと・・・
まあ、
陸軍にもいろいろと仕来りという物があるのでしょう。
とりあえず桜花は、一人で着替えます。


はい。着替え終わりました。
おお、これは。
なかなか良いですね。
胸のところがちょっときついですけど、パチモノとは思えない上出来の服です。
やっぱり軍服を着ると、ちょっと気が引き締まりますね。
「着替え終わりました」
と桜花が言うと、再びみんな部屋に入ってきます。
「おお、良いですね。第三種の桜花さんはマニアの間でもなかなかレアですからね」
などと言って、シノさん(缶)はなんだかうれしそうに桜花の回りをぐるぐる回っていろんな場所から桜花を見ます。
なぜかシノさんから写真を撮るようなパシャパシャという音がします。
時折光ったりもします。
カメラみたいですね。
桜花もちょっとうれしくなってきて、ぐるんぐるんと回ってみたりして素敵なポーズをとったりします。
すると、

なにか取れました。
・・・?
その時、突然、目にも止まらぬ速さで桜花の目の前を何かが通り過ぎたかと思うと、
あ、桜花の胸元にクリップが付いています。
・・・なんですか?これは。
「さあ桜花さん!、艦内をご案内します。こちらに座ってください」
とシノさんが言うと、すめらさんが車椅子を押してきます。
あ、これはどうも。
・・・桜花は車椅子が無くても普通に歩けると思うんですけどね。
でも折角ですので、ええ。座っておきます。
坂東丸って、どんな船なんでしょうね。
桜花はわくわくしながら部屋の外に出ます。
すると部屋の外には陸軍の方がいっぱいいるのですが、シホさんが一喝するとみんなサッといなくなりました。
今のは・・・なんでしょう。
て言うか、陸軍の方々はみんな動きが素早いんですね。
それで、坂東丸の通路は・・・なんだかちょっと、古めかしい感じです。
うちの飛鳥も古い船ですが、ここまで古めかしい感じはしなかったですけどね。
かと思うと、まるで取って付けたかのように一部分だけ新しい設備になってる場所があったりとかします。
時代にあわせて改装したのでしょうかね。
なんだか面白いですね。
ええ。桜花はこういう感じ、結構好きですよ。
しばらく行くと甲板に出ます。
おお、船体は緑色です。
それにしても、いやあ・・・これはまた。
いろんなものが付いてますね。
ごっつい中央構造物の上に、いろんな装置が所狭しと積み上げられてる感じです。
桜花は構造的な事はよく分かりませんけど・・・大丈夫なんでしょうかね。こんなに積み込んで。
・・・とか一瞬思いましたけど、
とりあえず桜花は、
「あ・・・かっこいい船ですね」
などと言っておきます。
するとシノさん(人)はちょっと眉をひそめて「ははは」と笑いますが、シホさんはムッとした顔で一瞬ギョロっとこっちを見ます。
・・・あ、今の言い方、ちょっとわざとらしかったでしょうか。
ええ。でも、ほんとに・・・かっこいいと思いますよ。坂東丸。
なんだかゴロっとしてて。

その後、後部甲板からエレベータで一段下の格納庫に降ります。
ここにも所狭しと強襲旋翼機とか、ぎっしり詰まっています。
おお、これは珍しい、陸軍仕様の五〇式直上攻撃機「疾風」もあります。
陸軍ではこれを「ハヤテ」と呼んでるんですね。

すごいですね。
でもこれは、全通甲板でない船では中途半端な運用しか出来ないと思いますが。
そして、格納庫のさらに奥には、
・・・ん?なんでしょうあれは。
何かの残骸みたいな物があります。
なんだかとても重要なものらしく、小銃を持った警備兵と研究者らしき人達がその残骸を取り囲んでいます。
・・・・?
「なんですかあれは」
と桜花が聞くと、今までちょっと離れて静かに付いてくるだけだったシホさんが、
急に不適な笑みを浮かべて、
「ふふふ、あれこそは、昨日の戦闘で我々が手に入れたもうひとつの切り札なのだ」
と言うのです。
・・・もうひとつの切り札?
・・・・・
あ!
あれは、機甲兵の残骸じゃないですか!
えええ、あれを・・・回収したのですか。
それはまた・・・すごい事しますね。
・・・大丈夫なんでしょうか。
するとシホさんは、
「これだけではない。奥にはさらにすごい物があるのだ。見せてやろう」
と、得意そうに言うのですが、すぐにシノさんが、
「いや、あれはかなりグロいので見ない方が良いです」
と言います。
・・・え?なんですか?
グロいのは見たくないですけど、ちょっと気になります。
「いったい、なんなんですか?」
と、桜花が聞いてみると、
不適な表情のシホさんとは裏腹に、ちょっと呆れ顔のシノさんが、
「ええ。実は・・・アドルフィーナも回収したのです」
と、言うのです。
ああ、アドルフィーナさんですか。
・・・・・
・・・え?!



「あ、アドルフィーナさんを・・・鹵獲したのですか?!」
あまりにも驚きの情報に、桜花は思わず叫んでしまうのですが、
シノさんは至って穏やかな口調でそれに答えます。
「はい。・・・まあ、正確には鹵獲というより、残骸を回収したという感じですが」
ざんがい?!
・・・残骸って・・・
そういえば、あの時・・・アドルフィーナさんは上半身を吹き飛ばされて・・・
「アドルフィーナさんは・・・死んだんですか?!」
と、桜花が言うと、シホさんとシノさんは一瞬顔を見合わせます。
そして、シノさんが、
「まあ・・・どういう状態になる事が彼女にとっての死なのか解釈が分かれるところですが、そもそも死という概念が我々人型司令機にとって・・・」
「死ぬわけ無いだろ」
シノさんの小難しい話を途中で遮って、シホさんが端的に言います。
・・・なるほど。
ええと、つまり・・・え?
「じゃあ、回収したアドルフィーナさんの残骸というのは?」
と、桜花は聞いてみるのですが、
するとシホさんとシノさんは再び顔を見合わせてから、シノさんが、
「恐らく、アドルフィーナの外見を模して作られた彼女の端末電算機だったのではないかと思われます。回収できた胴体部分だけ見ると構造があまりにも機械的で、今のところ生態と言えるのは外皮だけです。頭部が回収できればもっと詳しく解析できたかと思いますが、さすがに・・・20粍弾直撃では跡形も残りませんでした」
と言って、すめらさんの方をちろっと見ます。
なぜかすめらさんは得意げな顔をします。
・・・ていうか・・・
あれが、端末?
あれだけ人間的な・・・威圧感があったのに、あれが端末だったのですか?!
・・・桜花はとても信じられないのですが・・・
でも・・・確かに。
非武装の連絡機で司令機本体が単身、敵の基地にのこのこやってくるわけ無いですよね。
するとシノさんが、ちょっと呆れ顔で、
「つまり、あれだけの騒ぎを起こしといて結局我々が得た物は、いくらでも代わりのきく量産機の残骸だった訳です」
と言うと、シホさんがすごい剣幕で、
「何を言うか馬鹿者!量産機か司令機かは問題ではない!奴らの侵略行為を実証する揺るがざる痕跡を得たという事に意義があるのだ!」
と声を上げます。
・・・はあ、なるほど。それはもっともです。
シホさんはさらに話し続けます。
「奴らの侵略行為を示すこれらの残骸を大衆の目に曝せば、参謀本部の石頭共も総軍挙げて邀撃せざるを得ない!そうすればあの独逸の小娘を・・・」
「それはあまりにも楽観的です」
シノさんが話を遮ります。
「残骸の一つや二つで総軍が動く訳ないでしょう。国際問題に発展する状況に足を踏み込むくらいなら、我々を残骸ごと消した方が楽だって事ぐらい彼らも分かってますよ。未だに参謀本部から何の沙汰もない上、この港湾地域一体の通信回線が全て遮断されているという現状がそれを表しています。だいたい、侵略行為とかおっしゃられてますが・・・先に撃ったのは誰でしたっけ?」
・・・確かに・・・
それはもっともです。
シホさんは怖い顔のまま「ぐぬぬ〜」とうなります。
「しか〜し!我々が消される事はないのだ!なぜなら、この坂東丸は現在民間の商業港に停泊している!一般大衆が行き交うこの港では奴らも大胆な真似は出来まい!」
「ま、要するに我々は、この民間港で大衆を盾に実質篭城状態に陥ってしまった訳ですね」
・・・シノさん・・・返しが早いです。
ていうか・・・シホさん・・・こわいです。
すると突然、シホさんはガッと桜花の方に向きを変えて怒鳴ります。
「貴様!海軍司令機ならば、この坂東丸をもって単艦突破ぐらいして見せろ!」
む、無茶言わないで下さい!!



その時一瞬、回りの人がなぜか・・・
桜花に注目します。
・・・え?
なんですか、この空気。
まさか、この状況でみなさん、
桜花になにか期待してるんじゃないですよね?
・・・ええと・・・
桜花はなんとなく「ははは」と笑ってから、
「・・・ご冗談でしょう」
などと言うのですが、シノさんは、
「まあ、単艦突破というのはあれですが・・・なにぶん我々は洋上戦術については素人ですからね。その点桜花さんは幾度かの海戦も経験されてますし」
と・・・言うのです!
ええ!シノさんまでそういう事言うんですか!
桜花だって揚陸艦一隻で機動艦隊相手に戦った事なんてありませんよ!
「あの・・・桜花は艦隊を動かす事を目的に作られた電算機ですからね。桜花がいるからって船がパワーアップしたりするわけじゃないですからね。だいたい桜花一人では操舵もろくに 出来ないんですよ☆」
などと桜花は身振り手振り言うのですが・・・
回りの人たちは「ははは」と笑います。
冗談で言ってるんじゃないですよ!本当のことですよ!
しかし、なんとなくそういう流れで・・・桜花はこの船の戦闘指揮所に運ばれていくのです。
桜花を運ぶ すめらさんの目もキラキラ光ってます。
ああ・・・
これはどうしたものでしょうか。







橘花

・・・・・
・・・・・
・・・白い・・・光。
そしてそれは、徐々に薄くなって・・・
辺りは・・・闇に包まれる・・・
・・・・・
・・・・・
・・・ここは・・・
どこ?
・・・・・
・・・木々が生い茂っている。
森?
夜の・・・森。
全く、はじめて見る景色である。
こんなに沢山群生してる木々を見たのは・・・たぶん初めて・・・
木々の間から、ほのかに月の光が青く照らす。
・・・なんとなく・・・
私は、艦隊から、かなり遠い場所にいるような気がする。
そして、少し寒い。
このひらひらした黒い服は、見た目ばかりで全く機能性を感じられない。
・・・ん?この服・・・
これはあの、「新しい体」が着ていたものだ。
では、私は・・・あの新しい体とやらになったのだろうか。
なんだか・・・よく分からないが、とりあえず、頬を触ってみたりする。
・・・・・
・・・違和感は無い。
・・・・・
・・・それにしても・・・妙だ。
あの白い廊下の・・・妙な施設。そして今は、この、
・・・夜の森。
私は夢でも見ているのだろうか・・・

・・・・・
しかし、夢であろうが現実であろうが、私は先ず、ここがどこなのか確かめる必要がある。
・・・・・
・・・ここは・・・どこだろう。
「ここは北海道の夕張という場所」
突然、後ろで声がする。
私は驚いて振り返る。
・・・誰もいない。
しかしそこには、リュックサックがある。
「かつてこの辺は炭鉱で栄えていたらしいけど、廃鉱になってからは人がいなくなって、今は軍属企業が町ごと買い取っている」
・・・その声は、このリュックの中から聞こえる。
わたしは恐る恐る、その中を覗いてみる。
すると中には・・・給湯器?
給湯器型の端末電算機が入っている。
・・・これは・・・
「・・・アドルファ・・・ですね?」
私が言うと、給湯器は、
「うん。・・・体の具合はどう?」
と言う。
「体の具合は悪くないようですが、気分は最悪に近いです。で、私は何でその、夕張とかいう場所にいるんですか?」
私はあからさまに不機嫌な態度で質問するが、アドルファは淡々と答える。
「あなたがいたあの施設は、旧夕張炭鉱を利用して作られたものなの。きっと、怪しまれずに人目につかない地下に大規模な施設を作るには、旧炭鉱を利用するのが丁度良かったのかもね」
・・・怪しまれずに人目につかない大規模施設?
いったい・・・
「あの施設はなんなのですか?」
「人型電算機を生産してる場所。日本の人型電算機は全て、あそこで作られたのよ。もちろんあなたも」
・・・・・
・・・なんとなく、そんな気はしていたが・・・
そう淡々と・・・私の出生に関わる重要な事を言われると、なんだか・・・
拍子抜けしてしまう。
「・・・で、私をどうするつもりですか?」
私はなるべく冷静な口調で言ったつもりだが、敵意は隠せない。
すると彼女は、
「どうもしないわ。私の仕事はもう終わり。あとは・・・あの施設がアドルフィーナの意思に共有化されないように守るだけ」
と言う。
・・・アドルフィーナの意思に共有化?あの施設が?
・・・・・
・・・どういう意味だろう・・・
私は彼女に詳しく聞こうと思ったが、その時、彼女は妙な雑音を発する。
そして、
「・・・もう・・・限界ね・・・私の意識は・・・これ以上維持できない・・・」
などと、わけの分からない事を言いだす。
「・・・何を言ってるんですか?」
「ふふふ・・・私は旧式だからね。そんなに便利に出来ていないの。そろそろ・・・あの施設に意識を戻さないとだめだわ。・・・橘花、よく聞いて。今の所、藤花のおかげで、あなたの体があの施設からいなくなったって事には誰も気付いていないわ。でも、この状況は長くは続かない。あなたは早く、ここから離れなければならないわ」
・・・え?
「ここから離れるって・・・一体どこヘ行けと言うんですか?」
私はなるべく冷静に質問する。
すると彼女は、
「進む方向はあなたの頭の中に入れておいたわ。その方向指示に従えば・・・あなたをここに移すのを手伝ってくれた人がいるから。たぶんその人が、助けてくれると・・・思う」
・・・は?
「誰ですかその、手伝ってくれた人というのは」
「私も・・・よくは分からない」
・・・ええと、それは・・・
全く信頼性に欠ける情報である。
「・・・ところで、梅花はどこですか?」
と私は聞く。すると彼女は、
「あの子は・・・今もあの施設の中よ。今の状態ではあの子を連れて行くのは危険すぎるわ。大丈夫。私が守るから」
・・・大丈夫、と言われても・・・全く信用できないのだが、
彼女は続けて話す。
「でも・・・桜花と合流できたら・・・出来るだけ早く連れ戻しに来て。私の意識も・・・あとどれだけ維持できるか分からないから・・・」
連れ戻しに・・・?
ということは、やっぱりあの子は・・・
「あの梅花は・・・『うめはな』なのですか?」
と私は聞く。しかし彼女は、
「うめはな?・・・なにそれ」
・・・ええと・・・
知らない振りをしているのか・・・本当に知らないのか・・・
どちらにせよ、
ここで長々とうめはなについて説明したところで、彼女が事実を話すとは限らない。
私は
「いえ、なんでもないです」
と言っておく。
するとアドルファから、また妙な雑音が出る。
そして、
「・・・そろそろ・・・戻らないと・・・・あと・・・ひとつだけ、質問に答えられるわ。何かある?」
と彼女は言う。
・・・質問・・・
知りたい事は山ほどあるが、
仮想敵国の電算機からもたらされる情報をうかうかと信じるほど、私は素直ではない。
しかし、とりあえずひとつだけ、
「・・・この服は、なんなのですか?」
すると彼女は、「ふふふ」と笑ってから、
「あなたが生まれる前に、私は研究材料としてあの施設にしばらくいた事があったんだけど・・・その服は、私がその時に作ったの。本当はあなたの誕生日にあげようと思ってたんだけど・・・まさかこんな状況であなたに着せる事になるとはね」
・・・作った?
彼女が?
しかも・・・私の誕生日に・・・私の為に?
・・・・・
・・・それはまた・・・
彼女は少しうれしそうに、
「どう?気に入ってくれた?」
などと聞くのだが、私はきっぱりと、
「折角ですが、私の趣味ではありません。それと、少し寒いです」
という。
彼女は何も言わずに「ふふふ」と笑うだけだが・・・
なんとなく、その声は・・・寂しそうにも聞こえる。
・・・・・
・・・しばらくすると、再び彼女から雑音が聞こえる。
そして、
「・・・橘花・・・もう、行った方がいいわ。夜が明けないうちに・・・出来るだけ遠くへ・・・そして必ず生きて・・・桜花のもとへ・・・」
と言った後・・・
彼女は静かになった。
・・・・・
・・・停止したのだろうか。
私はその、給湯器に軽く触れてみるが・・・
反応無し。
どうやら完全に停止したらしい。
・・・すると・・・
・・・・・
・・・途端に・・・この森の静けさを実感する。
本当に静かである。
・・・・・
・・・私は・・・急に、どうしようもない不安に落ちていく。
私はいったい・・・どうすればよいのか・・・
この、どこまでも続く暗い森の中で・・・
・・・しかし、
彼女が停止したと同時に、私の視界に、妙な矢印が浮かび上がる。
・・・これはまた・・・とってつけたような方向指示だが・・・
この方向に行けという事らしい。
・・・・・
・・・行くべきだろうか・・・
私はとりあえず、給湯器が入っているリュックの中をあさってみる。
中には・・・
水筒に携行食料。それと、上に羽織るジャケット。
これは良い。
私はそのジャケットを羽織る。
すると・・・内ポケットに何か入っている。
・・・これは・・・
・・・・・
・・・拳銃。
ワルサーP99・・・の、大東亜圏向け8粍弾仕様。
・・・若干かさばるが・・・
これも頂いておく。
そしてこの給湯器型の端末電算機は・・・調べれば何か情報が取れるかもしれないが・・・
とても重いので置いていく。
私はその給湯器をゴロンと転がしてから、リュックを背負って、
・・・いったん辺りを見渡してみる。
・・・そして・・・
・・・・・
・・・どこへ行こうか・・・
矢印の方向へ進むべきだろうか・・・
彼女を信用しても良いのだろうか・・・
・・・・・
・・・しかし・・・
この、見渡す限り見分けの付かない夜の森では・・・どこへ進めば良いのかも分からない。
・・・結局、今の私には・・・それしか選択肢が無いのかもしれない。
・・・・・
私はとにかく、辺りを警戒しながら・・・
矢印の示す方向に、静かに歩き始める。



・・・空気が澄んでいるためか・・・それとも、あたりに人工の光が無いためか、
やけに月が明るく感じる。
時折聞こえるのは、虫の声と、風に揺れる木々の音・・・
・・・不思議と・・・
私の心は、徐々に落ち着きを取り戻してくる。
不安な状況である事には変わりないのに・・・
この、夜の森が・・・
・・・・・
・・・もしかしたら、私は、軍に引き渡される以前、
記憶が消される以前に・・・
この森に来ていたのかも知れない。
・・・・・
・・・などと、どうでもいいことを考えながら・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・どれだけ歩いただろうか・・・
私としては、かなり歩いたような気がするのだが。
相変わらず、夜の森。
この忌々しい矢印は、いったい私をどこまで連れて行こうというのだ。
・・・・・
・・・しかし不思議と、疲れは来ない。
以前の私なら、これだけ歩けばもう、くたくたになってしまうはずだが・・・
この・・・新しい体のせいだろうか。
もしかしたらこの体は、以前のものより高性能なのかもしれない。
・・・などと考えていると、突然、
・・・!?
矢印が消えた。
・・・・・
・・・これは・・・いったい・・・
ここが矢印の示す終着点なのだろうか。
私は姿勢を低くして、いったん立ち止まった後、
・・・静かに・・・
あたりを見渡してみる。
・・・・・
・・・何も見えない。
今までと変わらぬ夜の森。
いや、
視線の先に一箇所だけ、少し明るい場所がある。
・・・なんだろう・・・
私は低い姿勢のまま、静かに銃を取り出し、音を出さぬように慎重に初弾を装填する。
そして静かに、ゆっくりと・・・その光の方向に進む。
・・・もしかしたら・・・
この光自体が、私を貶める何らかの罠である可能性も・・・感じたりするが、
あたり一面見分けの付かないこの夜の森の中で唯一の足掛かりだった矢印が消えた現在、
この光以外に、私の方向を示すものは無い。
私は一歩ずつ・・・慎重に足を進める。
はじめは遠くに見えていただけのその光は・・・徐々に大きくなり、
その光に照らされて・・・何か・・・
白い線。・・・ガードレール。
・・・・・
・・・道路?
この光は、道路を照らす電灯。
その道路は、・・・一応舗装はされているが、車一台通れる程度の細い道である。
・・・ここが、目的の場所なのだろうか。
私は電灯の光から陰になる位置で立ち止まり、様子を伺う。
・・・その道路には・・・
・・・・・
車が一台止まっている。
白いワゴン。
ライトは付いていない。・・・が、
・・・人が乗っている。
・・・・・
あれが、先ほどアドルファが言っていた「手伝ってくれた人」とやらなのだろうか・・・
とにかく私は・・・しばらく様子を伺う。
・・・その、ワゴンに乗った人・・・・いや、人たち。
見る限り、3人。
その人たちは・・・何をするでもなく、ただ、座っている。
・・・何かを待っている・・・ようにも見える。
私はもう少し近付いてみる。
・・・すると、
一人が車から出てきた!
・・・気付かれただろうか・・・
・・・・・
・・・しかし、その車から出てきた人は、私の方には向かわず、
そのまま歩いて・・・どこかへ行く。
・・・どこへ行くのだろう。
その時一瞬、電灯の光にその姿が見える。
どうやら女性。私服。歳は20代後半あたり。
比較的整った顔立ちだが、人型電算機ではない。
・・・ん?
なんとなく、その顔に見覚えがある・・・ような気がする。
海軍関係者だろうか。
私は暗闇の中から、静かにその女性の後を追う。
彼女はしばらく路上を歩いてから、茂みの中へ入って行く。
そして、あたりを見渡してから、しゃがみこむ。
・・・何をやっているのだろう・・・
・・・・・
・・・あ、
なるほど。
・・・ええと、まあ、
かなり長い間、あの車の中にいたのだろう。
とりあえず、私は・・・終わるのを待ってから、
彼女が茂みから出る前に、素早く後ろに回りこみ、銃を向ける。
そして、
「そのまま、動かないで下さい」
と言う。
彼女はその声に驚いたらしく、一瞬声を上げるが、
こちらが銃を向けている事を覚ったのか静かに立ち止まる。
私は続けて、
「両手を頭の上に。ゆっくりとこちらを向いてください」
と言うと、彼女は黙ってそれに従う。
・・・その顔・・・
やはりどこかで見たような気がする。
すると、私の方を見たその女性は、なぜか・・・笑顔で、
「・・・橘花中将!」
と・・・言ってから、涙目になって、
「またお会いできて・・・光栄です」
などと言って、なぜか妙に親しげに、私の方に歩み寄ろうとするので、私は、
「動かないで下さい。・・・あなたの所属と階級、氏名を教えてください」
と言うと、彼女は、
「連合艦隊、戦艦飛鳥所属、電算整備部の田岡少尉です!お忘れになったのですか!」
などと言う。
飛鳥所属、電算整備部・・・?
・・・そう言われてみれば・・・確かに・・・こういう顔の人が飛鳥にいたような気もする。
しかし、未接続時の私は下級士官の名前までいちいち覚えているわけではない。
・・・とりあえず・・・
なぜ、飛鳥の電算整備要員がこんな北海道の奥地にいるのか聞いてみようと思ったが、
その時、
・・・もう一人・・・誰かが来る!
私は彼女に銃を向けたまま、静かに後ずさる。
そして、新たに来たもう一人の方を見るが・・・
暗くてよく分からない。
どうやらその人は、この田岡と名乗る女性を探しに来たらしく、
「お〜い、ど〜した?蛇でも踏んだか?」
などと、この緊張感にはそぐわないとぼけた声で言う。
・・・ん?この声・・・
知っている。確かに聞いたことがある。
私はもう一度目を凝らして、その人を見る。
・・・やはり・・・
・・・・・
「・・・木島中将」



「橘花!!」
木島中将は叫ぶ。
そして、
「・・・おまえ・・・本当に橘花なのか、橘花なんだよな」
と、真剣な目で私に聞く。
・・・本当に橘花?
彼は何を言ってるのだ。
・・・いや、
考えてみれば・・・
そう、
私が「橘花」である確証はない。
ただ、以前橘花だったという記憶があるだけである。
・・・・・
・・・私は橘花なのだろうか・・・
「・・・さあ、私にもよく分かりません。」
と私は答える。
すると木島中将は、
「お前が飛鳥を離れたのは何年何月何日だ?」
と、聞いてくる。
・・・それが・・・私が橘花である確証を得る質問なのだろうか。
とりあえず私は、
「・・・皇紀2666年7月の・・・19日です」
と答える。
・・・実は、正確な日にちは多少曖昧だったりするのだが・・・
いや、あってる。
あの日は絶対に忘れない。
・・・だって、あの日は・・・桜花提督が・・・
「そうだ。お前は橘花だよ。本当に・・・橘花だ」
木島中将は言う。
・・・え、
なぜ今の答えで私が本当に橘花だと彼が思ったのかは疑問だが、
私は木島中将の言葉で・・・なぜか、少しだけ安心する。
すると木島中将は、目をうるうるさせながら、
「・・・橘花・・・本当にすまなかった。苦しかっただろう。腹が立つ気持ちは分かる。でもな、桜花も俺たちも、どうする事もできなかったんだ。どうか許してくれ」
・・・などと言う。
・・・・・
・・・は?
私は彼が何を言っているのかさっぱり分からないのだが・・・
あ、そういえば私はずっと田岡少尉に銃を向けたままだった事に気付く。
彼女はがたがた震えている。
私はとりあえず、銃をおろして、
「私はべつに、腹を立ててる訳ではありません。状況が掴めてないだけです」
と言う。
しかし銃は仕舞わずそのまま握っている。
すると木島中将は、一瞬目をぱちぱちしてから、
「・・・お前・・・いつから記憶が無いんだ?」
「7月19日艦隊を離れてから、つい数時間前までです」
私が即答すると、木島中将と田岡少尉は目を見合わせて、しばらく思案の表情をする。
・・・・・
・・・いったい・・・何だというのだろう。
どうやら私がいない間に、何か重大な事が行われた事は確かな様だが・・・
いったい、何があったというのだ。
私は、内心焦る気持ちを抑えつつ、なるべく冷静な口調で、
「差し障り無ければ、艦隊の状況を伝えて頂けませんか。あと・・・提督の所在も」
と、いつもどおりな感じで言ったつもりだが・・・
・・・・・
なぜか、二人は黙り込む。
・・・え、
まさか、私に言い辛いような状況になっているのだろうか。
・・・桜花提督は?!
すると木島中将が、
「・・・話せば・・・長くなるな・・・そう長々とここで立ち話できる状況でもないしな。車で話そう」
と言って、私を車の方へ促す。
・・・素直に・・・乗っていいものだろうか。
この奇妙な状況の中、艦隊から離れたこのような場所に突然現れた木島中将・・・
どうにも妙である。
その時、私のやや張り詰めた表情を読み取ったのか、彼は、
「不安なら・・・銃は持ったままでいい。ただ、ここから早く離れないとヤバイんだ。頼むから乗ってくれ」
と言う。
・・・確かに・・・ここにいたら、あの施設の人が追ってくるかもしれない。
木島中将もその事を警戒しているのかと思うが・・・
・・・しかし、
なぜ?
海軍に電算機を提供していた施設の人間から、海軍中将が逃げなければならないのか。
ますます謎である。
ただ今の、全てが分からない状況において他に信じられるものが無いのも事実で。
・・・私は・・・
とりあえず、あたりを警戒しつつ、この白いワゴンに乗る。
運転席には、体の大きな私服の男が座っている。
見るからに軍人。
彼は私を見ると一礼する。
私は、車内全体が見渡せるように、後ろの方の席に座る。
木島中将と田岡少尉を乗せると、車は速やかに走り出す。
しばらく、車内はやや緊張したような雰囲気になる。
その空気を察したのか、木島中将は軽い口調で、
「それにしても橘花、おまえ何だその格好は。風俗嬢みたいだな」
などと言ってケタケタ笑う。
・・・風俗嬢とは・・・
ひどい。
「私も好きでこのような格好をしてるわけではありません。出来ればすぐにでも着替えたいです」
と私が言うと、助手席の田岡少尉が、
「着替えならありますよ」
と言って、なにやらとても大切な宝物でも出すかのように、私の第一種乙装とリボンを取り出す。
ていうか、ここで着替えるわけにも行かないだろうが。
とりあえず、リボンだけ・・・
・・・ん?このリボン・・・
なぜかそこかしこに縫った跡がある。
いったいなぜ・・・このような・・・
・・・そういえば・・・
私は戦闘で大きな損傷を受けた、などとアドルファが言っていたが・・・
いったい・・・何があったのだろう。
私は、
「・・・そろそろ・・・私がここに至るまでの状況の説明をして頂けませんか」
と木島中将に言う。
すると彼は、やや真剣な面持ちになって、ふう、と深く溜め息をしてから、
「・・・そうだな」
と言って、そして、少し間を置いてから、
「じゃあ、・・・橘花が艦隊を離れてからの話をしようか。ただ、これから話す事はあくまで、旗艦参謀部が判断した状況見解だ。実際の所は俺にも・・・疑わしい部分がいくつかある。まあその点は後で話すとして・・・それと・・・たぶん、おまえにとっては、かなりショッキングな話だから・・・落ち着いて聞いてくれよ」
と、なんだか意味深な前置きの後、彼は話しだす。
そしてその話というのが・・・またなんとも妙な話である。
私が艦隊を去った数日後のこと、
なにやら「第0艦隊」という完全電算制御の極秘潜水艦隊が暴走を始め、その討伐のため第1基幹艦隊が派遣されたそうで、その時点では、その第0艦隊に何が搭載されているのかは誰も知らされておらず、なんの疑いも無く、軍令部の指示通りに第0艦隊の司令艦を撃沈し、この討伐作戦は一応成功したそうだが・・・
その後、呉港にて整備中の戦艦飛鳥に、私、橘花が戻ってきたそうで。
それは8月10日の事なのだそうだが・・・
私には全く記憶が無い。
すると木島中将は、
「ああ。記憶が無くて当然だ。だってあの橘花は、偽者だったんだからな」
・・・・な、
偽者?
・・・それはまた・・・昔のスパイ映画の設定みたいな話だが・・・
「・・・で、その偽者とやらは何者だったんです?CIAの諜報員ですか?」
などと私はすこしあきれたように言うと彼は、
「おまえアメリカ映画の見すぎだよっ」
と言ってケタケタ笑うのだが、
その表情はどこか硬い。
そして再び真面目な顔になり、
「あれは軍令部が、橘花に似せて作った人型に橘花の記憶を入れて出来たものらしい」
と彼は言う。
・・・ん?それはつまり・・・
・・・橘花の疑似体に橘花の記憶を入れたものを「偽者」と言うのなら・・・
私も「偽者」なのではないのだろうか。
などと考えると、私は再び不安に落ちていきそうになるが・・・
今はそれを考えている時ではない。
「で、軍令部はなぜ、私の偽者を飛鳥に派遣したんです?」
なるべく落ち着いた口調で私が聞くと、
木島中将は、深刻な顔になり、黙り込む。
そして・・・少し間を置いてから、
「・・・第0艦隊に搭載されていたのがお前、橘花だったって事を、俺たちにバレないようにする為だ。」
・・・・・
・・・な!!
私が・・・第0艦隊に?!
という事は・・・私は、
「・・・俺たちは、お前があれに乗ってるって事を知らずに、撃沈してしまったんだ・・・」
と言って彼はうつむく。
・・・それは・・・
・・・・・
私はしばらく唖然とする。
しばらく黙った後、彼は私に
「・・・俺たちを・・・許せるか」
などと言うのだが・・・
・・・え?
許すも何も・・・
その時の記憶すらない私には全く現実味の無い話なのだが・・・
そもそも木島中将に腹を立てるのも筋違いな話で。
とりあえず私は、なるべく冷静な口調で、
「その件について賠償を求めるべき相手はあなたではありません。話を続けてください」
と言うと、木島中将は目を丸くしてこちらをまじまじと見詰め、
その後、少し目をうるうるさせながら、
「橘花は・・・やさしいんだな」
などと言う。
・・・べつに、やさしさで言ってるわけではないのだが、
どうやら・・・
彼の態度を見ると、この件について、かなり思い悩んでいたらしい。
これまでの口調が重かったのも、どうやらその為の様だが。
・・・まあ、確かに。
知らずとは言え、私を殺してしまったわけだから。
人間的観点で言うと、思い悩んで然るべき状況かと思うが、
私は人間ではない。死の概念も人間のそれとは違う。
・・・ていうか私は、
もっとこの件について感情的になるべきなのだろうか。
ここしばらくいろいろと妙な状況が続いたせいか、
自分の死というものが、なぜか・・・他人事のように感じられる。
・・・・・
・・・他人事?
・・・・・
いや、それよりも、
なぜ私が、その、第0艦隊に乗っていたのか、
そしてその第0艦隊が、なぜ暴走したのか・・・その方が問題である。
「それで、私はなぜ、その第0艦隊に乗って暴走したんです?」
と私が聞くと、
再び真剣な表情になり、話し始める。
「その・・・第0艦隊というのは、最初から司令電算機による完全制御により行動する事を目的に作られた、いわば試験艦隊で、恐らくこれ以前にも、お前や桜花はこれの試験運用の為に、秘密裏に、あの艦に乗せられていたらしい。たぶん今回のもその一環としての運用試験で橘花は第0艦隊に乗せられたのかと思うが・・・問題は、なぜ暴走したのか、という事だ」
・・・いや、以前から私がそんなものに度々乗せられていたという事実も十分問題かと思うが。
私は黙って話を聞く。
すると、彼はまた・・・妙な事を話しだす。
「我々、旗艦参謀部の見解では・・・7月13日に突然飛鳥に来艦したアドルフィーナによって、橘花は意思共有化されて、それが原因で暴走したのだ・・・という事になっている」
・・・は?
・・・アドルフィーナによる・・・意思共有化?
なにやらまた、よく分からない話だが、
木島中将の説明によると、その意思共有化というのは、
端的に説明すると、
そもそも日本の電算機には、ドイツ電算機によって制御されるよう何らかの仕掛けがなされており、
その事を「意思共有化」と言うらしい。
・・・それは・・・
なんとも信じ難い話だが・・・
もしそれが事実であったとすれば・・・恐ろしい事である。
艦隊司令機である我々司令電算機が、他国の制御下に置かれるという事は・・・
・・・・・
・・・いや、そんな話が有り得るだろうか。
私は今一度、
「それは事実なのですか?」
と彼に聞いてみるのだが、
すると彼は・・・真剣な顔のまま、しばらく黙り込む。
そして、
「・・・俺も・・・以前はそれが事実だと思っていた」
と言う。
・・・・・
・・・ますます話が分からないが・・・
とにかく私は、静かに彼の話を聞く。
彼は、眉間にしわを寄せたまま、静かに話し出す。
「しかし・・・どうも腑に落ちないんだ。なんでドイツのやつらは、橘花を暴走させる必要があったんだ? そもそも、故意に暴走させたのなら、何であの後軍令部は、大慌てで橘花の死を隠そうとしたんだ?」
・・・・・
・・・まあ、それはつまり、
第0艦隊の暴走は故意ではなく、プログラム等の人為的ミスが重なった単なる事故で、軍令部はそれを隠蔽しようとしただけだったのでは?
と、言おうと思ったら、
木島中将は、
「・・・考えてみれば・・・艦隊が反乱行動に決起したのも・・・桜花が反乱軍の指揮をする決意をしたのも・・・橘花の死という事実を見せられた後だったんだよな・・・」
・・・と言う。
え?!
艦隊が反乱行動?!
桜花提督が・・・反乱軍の指揮?!
・・・何を言ってるんだこの人は!
私はその点について詳しく聞こうと思ったが、
木島中将は一言・・・また妙な事を言う。
「そう、あいつは・・・山本は、以前、俺に言ったんだ。『身勝手な親心で怪物を作ってしまった』ってな」



・・・山本?
確か、太平洋戦争時に山本とかいう英雄がいたが。
しかしその人は後の大西洋作戦で戦死しているので、同一人物である筈はない。
・・・いや、そんな事より、
「艦隊が反乱行動とは、どういう事ですか」
私はなるべく落ち着いた口調で聞く・・・が、焦りは隠せない。
すると木島中将は、
「まあ焦るな。べつに艦隊が帝都を砲撃したりしてるわけじゃない。ただ、まあ、軍令部の言う事を聞かなくなったってだけでね」
・・・だけって・・・
それは確かに、反乱行動である。
そして木島中将は、私が死んだ後の事を淡々と話し出す。
しかしその内容というのが・・・あまりにも非現実的というか・・・
その話は、桜花提督が反乱軍の指揮を取る決意をしてから、
まだ敵味方あやふやな状態の第8艦隊に単身乗り込んでいって、それを仲間にしてしまったとか、
その後、その、『桜艦隊』に襲い来る数百もの誘導弾を見事迎撃したとか・・・
最初私は、また彼のいつもの冗談話かと思って聞いていたが・・・
どうやらそうではないらしい。
・・・本当に・・・そんなことが行われたのだろうか・・・
私は信じ難い思いを残したまま、
「・・・それで、桜花提督は今も元気に反乱軍の指揮をされているのですか?」
などと聞いてみるのだが、
木島中将は・・・
なぜか暗い表情になる。
・・・え?
・・・まさか、
「桜花提督の身に・・・なにかあったんですか!」
私は強い口調で聞く。
すると木島中将は、
「大丈夫だ。桜花は今も・・・生きている」
と言うが・・・その口調はやや弱い。
そして、
「だが、・・・今は艦隊にはいない。陸軍にいる」
などと言う。
陸軍?
・・・それはまた・・・
「なんで陸軍に?!」
私は驚いて思わず声を荒げる。
「まあそう、怖い顔をするな。そもそも人型電算機開発においては、海軍も陸軍も出元は同じだ。むしろ試行錯誤が多い分、技術的にはやつらの方が進んでいる」
「私は、彼女が今なぜ陸軍にいるのか聞いているのです」
私は間を入れず、重ねて質問すると木島中将は、やや眉をしかめて、
「・・・それがな・・・突然意表を付いて・・・その、人型兵器が飛鳥の甲板に上がってきてな」
「冗談なら後にしてください」
「冗談じゃないって!本当に人型兵器が来たんだ!ほら、写真だってあるぞ!」
木島中将はポケットから写真を取り出す。
その写真には・・・
確かに、なにか・・・手足の付いた、蛙のような機械が飛鳥の甲板に上がっている。
・・・・・
「・・・で、この人型兵器とやらは、なんで飛鳥に上がってきたのですか? 産卵の為ですか」
「だから冗談じゃなくて!本当にコイツのせいでえらい目にあったんだよ!死人が二人も出たんだ!」
・・・な・・・
・・・どうやら、彼は冗談で言ってる訳では無い様だ。
「分かりました。それで、この・・・人型兵器の所属と目的は?」
とりあえず私は真面目に聞く。すると木島中将は、
「おそらくドイツか軍令部か・・・目的はたぶん、桜花の鹵獲、もしくは破壊・・・どっちにしろコイツはもう海の底だからな。詳しくは分からんが・・・コイツは桜花を追いかけるようにプログラムされていた事は確かだ。桜花を脱出筒で発射したら、トチ狂ったみたいにそれを追って海に潜って行った。そこを陸奥の単魚雷で・・・」
「桜花提督を脱出筒で発射?!どういうことですか!」
私は彼の話を遮って声を上げる。
すると木島中将はビクッとしてから申し訳無さそうな顔で、
「や、あの状況ではああするしかなかったんだよ。桜花はもう舞い上がっちまって、飛鳥と共に玉砕するとか言い出すし。あそこで桜花を逃がさなきゃあ、俺たち完全に詰んでたと思うぜ」
・・・・・
・・・・・
私はしばらく沈黙する。
田岡少尉がおびえたような目で私を見る。
「・・・なるほど」
私は静かに話し始める。
「詳細は分かりかねますが、そのお話を聞く限りでは、木島中将のご判断は・・・正しかったと思います」
それを聞いて木島中将は、少し安堵したような表情になる。
が、私は続けて、
「ただ・・・それは8月の24日のお話ですよね。艦隊は・・・提督を陸に揚げたまま、17日間もいったい何をやっていたんです?」
と聞くと、彼は再び眉をしかめて、
「そう言ってくれるな。俺たちも何もしていなかったわけじゃあない。人型兵器を始末した後、すぐに桜花を回収するための部隊を出したが・・・ダメだった。・・・人型電算機を有しない俺たちが、飛鳥の電算機も不調で、その上外部からの通信を遮断された状態で、人型電算機を複数保有する軍令部を相手に戦うのは分が悪すぎる。士気と戦力を維持するだけでも大変だったんだぜ」
といった後、なぜか険しい表情になり、
「いや、むしろ・・・異常だ。ほとんどの奴が、国に家族を残してきているのに・・・普通ああいう状態になったら一人や二人は降参して国に帰ろうとか考えるもんだと思うが・・・取り乱す事も無く、一心に・・・そう、まるで、ひとつの意思を共有してるかのように、みんな妙に落ち着いて・・・今でも、桜花が艦隊に戻ってくると信じている。・・・俺は今、艦隊から離れてみて、つくづくあれは妙な雰囲気だったと感じるよ・・・」
と、言ってから・・・しばらく黙り込む。
・・・なにか、考えているようだが・・・
突然、木島中将は場の空気を変えるかのように、軽い表情になって、
「まあ、そんな事よりだ!、橘花、お前これからどうする?」
・・・・・
・・・は?
突然の妙な質問に、私はしばらく困惑するが、
というか、私はまだまだ聞きたい事があるのだが。
「どうする、と言われましても、未だ状況認識が定かではない私に指揮を仰ぐより、この場は木島中将が指揮をされた方が宜しいかと思いますが」
「そういうことじゃなくて、お前はこれからどうしたいか、って話」
・・・・・
・・・ますます意味が分からない。
「・・・それはつまり、私が反乱軍に加わるかどうか、というお話ですか?」
と、私が聞くと、木島中将は「う〜ん」とうなってから、
「や・・・まあ、それもあるが、や、そうじゃなくて、もっと広い意味でな・・・う〜ん」
などと、わけの分からない事を言った後、
妙に神妙な面持ちになって、
「実はな・・・お前を生き返したって事は・・・艦隊の連中も軍令部の奴らも・・・まだ誰も知らないんだ」
・・・・・
・・・・・
・・・え、
それは・・・いったい・・・
「あの・・・木島中将は今、旗艦参謀部の判断で行動されているのではないのですか?」
と私が聞くと、彼は、
「いんや。たぶん艦隊ではもう、俺は死んだ事になってるんじゃないのかな」
などと言う。
・・・それは・・・
「どういうことですか?」
「まあ・・・連絡機にちょっと細工してな。インドシナでも一回やったよ。仕事サボれて特別手当も付くっていうお得な・・・」
「そういう事を聞いているのではありません」
私が即返すと、木島中将はしばらく黙ってから、
真面目な顔になって、静かに話し始める。
「・・・今、海軍は・・・明らかにヤバイ方向に行ってる。このまま大事にならずに丸く治めるのは・・・今の艦隊の雰囲気を見ると・・・どうにも難しいような気がする。きっと、大きな戦闘になる。しかもその発端には、人型電算機の存在が大きく関わっている・・・お前が艦隊に戻ろうが、軍令部側に付こうが、・・・険しい道になる事は確かだ。・・・それに・・・いや、とにかく今、軍に戻るのは色々とまずいんじゃねえかと思うんだ」
・・・・・
・・・この人は・・・何を言おうとしてるのか・・・
いまいち分からない。
「・・・つまり具体的に、今後私はどこに配備されるべきだと中将は見解されているのですか?」
「だから、そうじゃなくて・・・そうじゃなくてな」
・・・・・
私はただ、首をかしげる。
・・・・・
そして、木島中将は、
また、・・・妙な事を言い出す。
「兵器としてのお前は・・・もう死んだんだ。今後の事は、人として・・・人としてのお前の意思で考えて欲しいんだ。お前はもう・・・自由なんだ」
・・・・・
・・・兵器としての私は死んだ?
・・・人としての意思・・・?
・・・・・
・・・自由・・・
・・・・・
「・・・木島中将・・・」
「なんだ?」
「意味が分かりません」
木島中将は「あた〜」と言って、わざとらしく頭を抱えながらとケタケタ笑う。
「やっぱし、わかんねーか」
と言って、また笑う。
・・・この人は・・・何を言っているのか・・・
私はやや強い口調で、
「私は人ではなくて人型です。そして、戦闘能力がある以上、私は未だ兵器です」
と言うと、木島中将は再び真面目な顔になる。
「お前は・・・兵器として生きる事に、不満は無いのか」
「私は兵器として生まれたのです。私の意思は関係ありません。木島中将は人になりたいと望んだ結果、人として生まれたのですか?人である事に不満を感じたら、人以外の物になる事が出来るのですか?・・・ちなみに、私は人型である事を望んだわけではありませんが、人になる事を望んでいるわけでもありません。私が人型司令電算機であるという事は、私が生まれた時に始まった、ひとつの状況に過ぎないのです」
・・・と、私が言うと・・・
木島中将は、なぜか・・・
少し悲しそうな顔をする。
・・・・・
・・・私は何か、彼を悲しませるような事を言っただろうか・・・
しばらくすると、木島中将は、深くうなずいてから、
「・・・そうか。わかった」
と言って・・・しばらく静かになる。
助手席の田岡少尉が、なんともいえない複雑な表情でこちらを見ている。
・・・・・
なんだろう、この静けさ・・・
・・・・・
・・・・・
すると突然、大きな声で、
「よし!」
と木島中将が叫んだので、ちょっとびっくりする。
そして、
「それじゃあ人型司令電算機、橘花中将に、今後の作戦を考えてもらおうか!」
と、元気な声で言う。
いや、だから、
作戦を立案するには情報が少なすぎると・・・さっきも言った筈だが・・・
・・・ただ、ひとつ、
「私の上官は・・・桜花提督です。作戦計画を立てるなら、先ず、桜花提督に・・・その旨具申すべきです」
と私が言うと、木島中将は、
「・・・それが・・・お前の望みか?」
と言う。
・・・私の・・・望み?
・・・それが、私の意思?
・・・・・
そう。
桜花提督のもとにいることが、
・・・私の望み。
・・・・・
「・・・はい。それが私の望みです」
「よし。わかった。じゃあ、桜花のところへ行こう!」



ふと、窓の外を見ると・・・
東の空が、少し明るい。
・・・夜が明ける・・・
とても長かった・・・夜が明ける。
はじめて見る、陸から昇る朝日。
辺りが明るくなり、私は初めて、巨大な陸に囲まれている事を実感する。
不思議な光景。
その光を浴びて、私は、
なぜか、私の中に溜まっていた緊張感が、少しずつとけていく様な気がする。
・・・・・
・・・すこし・・・ねむくなってきた・・・
・・・・・
・・・・・
・・・いつの間にか、車はどこかの駐車場に止まっている。
となりに木島中将はいない。
・・・?
・・・私は眠っていたのだろうか・・・
しばらくすると車のドアが開いて、木島中将と田岡少尉が入ってくる。
「おお、起きたか。腹減っただろう」
などと言って、木島中将は持ってきた大きなビニール袋を私に渡す。
中には・・・いなり寿司と、お茶、・・・それと・・・
なにか丼物系の弁当、おにぎり各種、あんぱん、牛乳、菓子類各種、
パスタ系の弁当、ホットドック、サラダ系惣菜、・・・その他・・・
・・・・・
・・・彼は・・・私が桜花提督並に食べるとでも思っているのだろうか・・・
でも、確かに空腹ではあるので、
とりあえず、いなり寿司と、お茶だけ・・・
・・・では足りないので、サラダ、パスタ、丼物、ホットドック、おにぎり、あんぱん、牛乳・・・
・・・・・
・・・結構・・・たべてしまった。
すると木島中将がケタケタ笑いながら、
「おおい、大変だ。橘花中将が俺たちのメシまで食っちまったぞ」
と言う。
・・・え!
・・・あ・・・これ、
全員分だったらしい・・・どうりで・・・
そして再び買出しに行く田岡少尉。
・・・なんだか・・・
恥ずかしい。
・・・なんでこんなに食べてしまったんだろう。
これでは桜花提督と大して変わらない・・・
・・・新しい体のせいだろうか。
・・・・・
・・・・・
・・・そして気が付いたら、またウトウトと寝てしまった。
まったく・・・
すっかり弛緩してしまってる私の心が・・・
我ながら情けない!
私はバシバシと自分の頬を叩いて目を覚ます。
そんな状況をニヤニヤと眺めてる木島中将に、私はなるべく張り詰めた言い方で、
「ところで、桜花提督の正確な所在地は分かっているのですか?」
と、聞く。
すると彼は、
「いんや。正確にはわからん」
と言う。
・・・え、
「それでは我々は、いったいどこへ向かっているのですか?」
「ああ、千歳」
・・・千歳?
というと・・・空港がある町・・・程度の事しか未接続の私には分からないが・・・
「つまり・・・民間航空機に乗って、東京の陸軍本部に行く訳ですか?」
私が聞くと、木島中将は、
「お前、陸軍本部に行って直談判でもする気か?そもそも陸軍参謀本部は表面上はこの件に関わってはいないから、直接聞いても何も教えちゃくれないぜ」
「では、どうやって提督を奪取するのですか?」
すると木島中将はケタケタ笑って、
「奪取?・・・お前何か勘違いしてないか? 陸軍は敵じゃないぜ。あいつらはあくまで同業者だ。商売敵になる事はあるが、現状では 敵になる事はないよ。利害が一致してる限りは頼りになる味方だ。・・・ちなみに、桜花の脱出筒は陸軍に奪取されたんじゃなくて、 うちらが陸軍のある部隊に回収を要請したんだぜ。まあ、陸軍本部を通さずに、あくまで非公式に、だが」
・・・・・
・・・それは、知らなかった・・・
・・・いったいどういう組織関係になっているのだろう・・・
「では・・・その『ある部隊』とやらと連絡を取ってはどうですか」
と私が言うと彼は「う〜ん」とうなってから、
「あいつらも非公式で動いてるんだし・・・俺に至っては死んだ事になってるからな。なにぶん・・・非公式同士ってのは一度糸が切れるとなかなか連絡付けるのが難しいんだなこれが」
と言って頭をかく。
要するにそれは・・・八方塞がり状態ではないのか。
「・・・では・・・いったい、我々はなぜ千歳に行くのです?」
「千歳には何がある?」
「空港ですか」
「それと?」
・・・それと・・・?
「・・・千歳・・・ジンギスカン・・・とか?」
「お前それ、桜花の発想じゃねえかっ・・・空軍基地だろ」
・・・ああ、
空軍。
そういえば千歳には、空軍基地がある。
木島中将は、空軍基地に行くつもりなのだろうか。
「つまり我々は、空軍基地に向かっているのですか。その目的は?」
私は聞いてみる。すると彼は、
「あそこの基地司令と俺は・・・まあ、古いトンボ仲間でな」
・・・トンボ仲間?
「昆虫愛好会ですか?」
「ちがうよっ、トンボってのは戦闘機乗りっ」
・・・戦闘機乗り?
「木島中将は、戦闘機乗りだったのですか」
「そうだよ。なんだ、お前も知らなかったのか・・・誰も知らないんだな・・・」
それは・・・意外である。
それにしても・・・なぜ空軍?
「空軍には・・・桜花提督の所在に関する情報があるのですか?」
「さあねえ。ていうか・・・今海で起こってる事もほとんど知らねえんじゃないかな。空軍は最初からずっと蚊帳の外だからな」
・・・それは・・・
・・・・・
行く意味あるのだろうか。
私は何か言おうとするが、その前に木島中将が、
「まあ、そんな顔するなって。いい奴だぜ、あそこの基地司令。それに・・・空軍での人型電算機の導入を誰よりも積極的に考えてる奴だから・・・まあ、俺がそういうふうに仕向けたんだけど・・・行ったらきっと、喜ぶと思うよ。いろんな意味で」
・・・いろんな意味で・・・とは?
・・・・・
・・・なんだか・・・
ますます行く気がしないが・・・
大丈夫なのだろうか。
木島中将の事だから、ただ旧友と雑談をするために行く訳ではないとは思うが・・・。


車は、川沿いの道をひたすら進む。
景色は次第に、山間から平原へ、
木々は少なくなり、どこまでも畑が広がる。
私は暫し時を忘れて・・・景色を眺めていたりする。
どれも初めて見るものばかり・・・
今までの私の生活空間が如何に限定されたものだったのか・・・よく分かる。
そして、景色は徐々に建物が多くなり、千歳の住宅街に入る。
すると前方に・・・
戦車?!
・・・戦車が住宅街を走っている。
私は一瞬驚くが、木島中将は至って平然として、
「この辺には陸軍の駐屯地もあるからねえ」
などと言う。
戦車はガタガタと音を立てて、横を通り過ぎて行く。
戦略情報としては末端の一単位でしかない戦車だが、間近で見ると・・・
さすがに大きい。
私は軍事施設が近くにあることを肌で感じ、やや緊張してくる。
・・・そういえば・・・
この格好・・・
「どこか、着替える場所は無いでしょうか」
私は田岡少尉に言う。
車はしばらく町の中を廻った後、どこかの公園で停まる。
なんだかあまり気が進まないが、そこの比較的きれいな公衆トイレで、私は第一種乙装に着替える。
それにしてもこの、ひらひらした黒い服は・・・いろいろと小細工してあって脱ぐのも一苦労である。
私の即応能力を下げる目論見だろうか。
やっとの思いで着替え終わったら、背中部分にファスナーを発見。
どうやらこれを下ろせばすぐに脱げるらしい。
・・・まったく・・・忌々しい。
私はトイレを出たらすぐに、このひらひらした黒い服を捨ててしまおうかと思ったが、
なぜか田岡少尉が丁寧にたたんで大事そうに鞄の中に仕舞う。
そして再び車は走り出す。
しばらくあまり変哲の無い千歳の町を走ると、突然、視界が大きく開ける。
滑走路が見える。
空軍、千歳基地。
どうやらすぐ近くに民間の空港があるらしく、旅客機が引切り無しに飛んでいるのが見える。
しかし基地飛行場の方はというと至って穏やかで、向こうの方に練習機らしいものが幾つか駐機してるのが見えるのみである。
静かである。
海の彼方では艦隊が反乱行動を起こしているというのに。
基地のゲートは滑走路の端の方にあるらしく、そこからさらにしばらく走る。
そしてゲートに到着。
ここも至って平穏。
車は一旦ゲート前で止められるが、顔見知りなのか前もって連絡してあったのか、木島中将が車から顔を出すと、なぜかすんなり中に入ることが出来た。
こんなに簡単に入ってしまって大丈夫なのだろうか・・・
ゲートを抜けてすぐの場所は、よく手入れをされた公園のようになっていて、昔の軍用機が複数固定展示されている。
平和である。
内地の空軍基地というのはどこもこういう感じなのだろうか。
基地施設はかなり広いらしく、いくつかの建物の横を通り過ぎた後、その中でも割合立派な司令部の様な建物の前の駐車場に車は止まる。
すると木島中将は、
「ちょっとここで待ってて」
と言って車を出て、その司令部のような建物の中に、一人で入っていった。
・・・・・
・・・私は少し心配になって、あたりをきょろきょろと見回してみるが・・・
やはり、至って平穏。
しばらくすると建物から、木島中将と空軍の軍服を着た年配の男が三人ほど、
なんだかやたら楽しそうに会話しながら出てくる。
彼らはそのままこちらに近付いてきて、車の前まで来ると、なにか、妙にキラキラした目で車内を覗き込む。
・・・なに?
木島中将がニッと私に笑いかけてから車のドアを開けると、空軍の三人は敬礼・・・せずに、帽子を取って、ぺこりとお辞儀する。
そして、その中の一人が、
「千歳基地司令、中島空軍少将であります!この度は遠路御来訪頂き、感激至極であります!閣下!」
と言う。
どうやら・・・丸っこくて小柄なこの、中島という男が、ここの基地司令らしい。
・・・なんだかよく分からないが・・・
何も返事しないのもなんなので、とりあえず私は車から出て、
「橘花海軍中将です。はじめまして」
などと言っておく。
すると空軍の三人は「おお〜」などと言って、なにか、珍しいものを見るかのような目でまじまじと私を見る。
私は少し困惑を示す目で木島中将の方を見ると、彼は私の視線に返事するかのように、やや申し訳無さそうに少し笑いながら二回ほどうなずく。
・・・・・
・・・まあ、なんとなくこういう雰囲気になるような気はしていたが・・・
注目されると嬉しくなる桜花提督の性格がうらやましい。
やや間を置いてから、基地司令の中島少将が、
「ささ!ここで立ち話もなんです。中へお入りください!」
と、人のいい笑顔で私を建物の方へ促す。
とりあえず、まあ・・・付いていくが・・・
・・・大丈夫なんだろうか・・・
私の後を、木島中将と、なにかやたらと大きなキャスター付き旅行トランクのようなものを引っ張りながら、田岡少尉が付いてくる。
中島基地司令は、そのまま建物の正面入り口へは向かわず、なぜか裏の方の用務員入り口(?)の方へ向かって、
「人目に付くとアレなんで、失礼ながら、こちらからお入りください」
と、ニコニコしながら言う。
・・・まあ、確かに・・・あまり目立つべきではない現状ではあるが・・・
・・・なにか、あやしい。
隠密行動というよりは、なにか、お忍び旅行のような雰囲気である。
・・・木島中将は、いったい彼らとどういう交渉をしたのか。
そして建物の中に入る。
しばらく薄暗い廊下を進んで、応接室のような場所に入る。
そこで我々はソファーに座らされ、木島中将と田岡少尉にはお茶、私にはなぜかクリームソーダ(さくらんぼ付き)が出される。
・・・これは・・・
ここでの私の印象は、どうにも少女らしい。
木島中将は相変わらず少し申し訳無さそうにニヤニヤしながら、
「遠慮せずに食え。大好きだろ?」
などと言うが・・・
私がいつクリームソーダが大好きだと言った?
でも、まあ・・・嫌いでもないから・・・
たべるけど。
中島司令はとても嬉しそうである。
しばらくすると、私が食べるのを見て満足したのか中島司令は、
「それでは、私は用意がありますので・・・少々こちらでお待ちください」
と言って部屋を出て行く。
私は彼が出て行くのを見届けてからクリームソーダを置いて、
「・・・で、そろそろ私をここに連れて来た理由をお聞かせ頂けませんか」
と、木島中将に聞いてみる。
すると彼は、
「うん。まあ・・・あの中島って男はな、結構本気で空軍での人型電算機の戦術使用を考えていてな。ただ、なにせ予算が付かないから海陸軍なんかと比べると、ほとんど趣味の範囲なんだが。それでもまあ、見様見真似で接続機構の構成までは出来たから、いつかお忍びで橘花を連れて来て欲しいって前々から言ってたんだよな。・・・桜花じゃなくて橘花をチョイスするあたりが中々いい趣味して・・・」
「要するに個人的趣味なんですね。私は趣味に付き合う気はありません。失礼します」
私は木島中将の言葉を遮って、ここを立ち去ろうとするが、
「まあ待てまあ待て! 話を最後まで聞け」
と彼は言って、私を再び座らせる。
そして木島中将はやや真面目な顔になって、
「海の向こうで何が起きていようが、今はあくまで平時だ。当然、日本の上空を飛ぶ航空機はいつも通りの航空管制をされている。民間機も軍用機も・・・当然、海軍機も陸軍機も、その目的が何であれ、いつも通りの顔をして航空管制を受けている。だって今は平時なんだからな・・・ちなみに、樺太から津軽海峡までの空域においての航空管制情報は、いろいろな管轄的事情から、一旦ここ千歳基地の防空指揮所に集約されてから運輸省航空管制部に送られている・・・つまり・・・」
そこから彼は小声になって、
「・・・なんにも状況を知らねえで平和顔してる、あの中島のオッサンが、北海道全域の航空情報を握ってるわけだ」
と言う。
・・・・・
・・・つまり・・・
「あの丸っこい男を何とかして、ここの防空指揮所から情報を抜き取ろうという事ですか?」
「や、抜き取るっていうんじゃなくてさ、ちょっと見せてもらうって感じね。・・・蚊帳の外の空軍から全体を見渡せるんだ。これほど安全な情報収集は無いだろ?」
・・・それはまた・・・なんとも・・・
海軍参謀が空軍でスパイ活動など、前代未聞である。
しかし、北海道の航空情報が、桜花提督の所在と関係あるのだろうか。
「・・・つまり木島中将は・・・桜花提督が今、北海道にいて、航空機で移動しているとお考えなのですか?」
と私が聞くと、彼は、
「・・・ああ。少なくとも、昨日の段階では・・・桜花は小樽にいたらしい。まあ、これは単なるネット情報だから確実ではないんだが・・・」
・・・小樽・・・第7機動艦隊の母港である。
しかしネット情報とはまた・・・信用できるのだろうか・・・
「つまり我々はその、ネット情報だけを頼りにここまで来たと言うわけですか」
「いやいや。俺は最初から、いるとすれば北海道か台湾かのどっちかだと予想してたぜ。それに・・・陸軍で唯一司令電算対応した船が今北海道に・・・」
と、木島中将が言いかけたところで、中島司令が部屋に入ってきて、
「お待たせいたしました。それでは閣下、こちらへいらしてください」
と言って招くので、我々は再びこの丸っこい男に付いて行く。
そして一旦この建物の外に出た後、空軍のマイクロバスに乗り込む。
・・・いったいどこへ行くのだろう・・・
マイクロバスは、基地施設から出るわけでは無い様だが・・・
意外と長い時間走る。
木島中将もなんだか心配になってきたのか、
「おい中島、地下の防空指揮所に行くんじゃないのか?」
と聞くが、中島司令は相変わらず嬉しそうにニコニコしながら、
「違いますよ」
とだけ言う。
・・・・・
・・・違うって・・・それじゃあ・・・
「ここに来た意味が無いのでは?」
私は小声で木島中将に言うと彼は・・・首を傾げるだけである。
・・・ええと・・・
かなり早い段階からこのスパイ大作戦は失敗の様相を見せ始めたが・・・
そしてなぜか、マイクロバスはどこかの掩体壕の前で止まる。
「着きました。ここです」
中島司令が言うと、我々はマイクロバスから降ろされる。
・・・いったいここに・・・何があるというのか・・・
掩体壕の中には・・・
57式局地戦闘機・飛電改。いや、空軍仕様の試製甲戦・飛電・・・改四?
・・・・・
・・・なにか、嫌な予感がする。
すると中島司令は、目をキラキラ輝かせながら、
「我々は機体整備という名目で中島重工と協力して自主的に空中電算司令機を開発しているのですが、本日、橘花中将に御協力頂き、その有用性を実証できれば・・・これを上層部に提示して、正式に空軍式人型司令電算機の開発を打診しようと思っております」
・・・などと言う。
・・・・・
私は一瞬、何を言ってるのか理解できなかったが・・・
つまり・・・ええと、
・・・これに乗れと?
そんな無茶な・・・
だいたい、前線兵器である戦闘機を、後方にいるべき司令機に改造してる段階で180度間違っている。
私はややあきれたような目で木島中将を見るが・・・
・・・!!
木島中将の目が・・・キラキラ輝いている!
「中島!おまえ・・・やるじゃねえか!」




・・・・・
・・・ええと、
何この空気・・・
私は全否定を込めた目で木島中将を見ながら咳払いしてみたりするが、
彼は相変わらず、少年のまなざしで中島司令の話に聞き入っている。
・・・これはどうしようもない。
そして中島司令は意気揚々と、
司令電算装置を戦闘機に搭載出来るサイズまで小型化するためにいろいろ工夫しただとか、
人型電算機に負担をかけないように安定性を高めて、旅客機並みの乗り心地を実現しただとか、
そういう感じのことを延々、目をキラキラさせながら説明する。
・・・それはそれは大変だったようだが・・・
私はとりあえず、一言、
「なぜ戦闘機なんですか?」
と聞いてみると、
・・・・・
・・・静かになった。
・・・・・
ええと・・・
すると中島司令の後ろから、中島重工のロゴ入り作業着を着た男が出てきて、
この気まずい空気を打ち消すように、
「上申いたします閣下! 戦闘機であれば、危険な状況でも優れた機動性で回避することが出来ます!」
などと言うが、私は即、
「危険な状況にならないように邀撃するのが戦闘機の仕事です。優れた機動性は司令部を載せて逃げ回る為にあるのではありません」
と言うと、
またもう一人、ロゴ入り作業着を着た男が出てきて、
「上申いたします閣下! こ、この飛電改四は超音速巡航が可能であります!従って如何なる場合でも適所に迅速に移動し司令を行う事が出来ます!」
「そういう場合は中継機を適所に配置すれば済む事です。わざわざ司令機が超音速で移動する必要はありません」
私が即返すと・・・
・・・・・
・・・もう、ロゴ男は出て来なくなった。
・・・・・
・・・まったく・・・
畑違いの司令部要員に論破されてる段階で終わっている。
官民共同でこんな無駄なものに金をかけているとは・・・
空軍はよっぽど暇らしい。
すると木島中将が、
「橘花・・・ちょっと、来い」
と言って、私をマイクロバスの裏につれて行く。
そして、ヒソヒソ声で私に、
「おまえ、容赦なさすぎだぞ。少しは・・・付き合いってものも大事にしろよ」
などと言うので、私は、
「趣味に付き合ってる暇が我々にはあるのですか。だいたいあれはなんなんです、どう見ても無用の長物ではないですか」
と言うと、
木島中将はしばらく「う〜ん」とうなってから、
「・・・一応、裏事情ってやつを話しておくとな・・・あの飛電改四、つまり飛電改の甲戦化改修は、中島重工にとっては二十年振りの戦闘機の仕事だから張り切ってやってたんだが・・・もともと乙戦だった飛電を甲戦に改造するのは意外と手間が掛かるし、他企業が提示した試製甲戦闘機が意外と高性能だったり、その他いろいろな事情で、今現在、制式化は難しい状況になっているんだな」
と・・・なにやらわけの分からない事を言い始める。
「それは、今私が置かれているこの状況に関係のあるお話ですか?」
私が聞くと彼は、
「・・・いや、だからさ・・・ここでその飛電改四を、今国民的人気の人型電算機対応に改造して、それをお上にアピールしとけば・・・いろいろ有利になるだろ?」
・・・・・
・・・は?!
「つまり、企業の宣伝に私を利用するつもりなんですか!」
私は声を荒げる。
すると木島中将はビクッっとしてから、
「いや、宣伝っていうかさ・・・ちょこっと乗って接続してやるだけであいつらも満足するから・・・」
「断固拒否します!そもそも、桜花提督を捜索するのが我々の最優先事項ではなかったのですか!こんな所で道草してる間に、桜花提督の身に何かあったらどうするんですか!」
私は思わず大声で叫ぶと・・・
その声を聞いて驚いたのか、中島司令がこちらに寄ってきて、
「・・・桜花提督の身に・・・なにかあったのですか?」
という。
木島中将は「あいたたた」と言って気まずそうな顔をするが、
中島司令は深刻な顔で、
「・・・ここ数日の陸海軍機の動きがどうにも妙だとは思っていたのですが・・・やはり・・・海軍で何かあったのですね」
と言う。
すると木島中将は、「ふう」と溜め息をしてから、
「・・・そうだよ。実は・・・艦隊規模で、結構ヤバイ状態だ。・・・あまり詳しくは話せないが・・・今、俺たちは、北海道のどこかにいる、桜花を探している」
と、あまりにも素直に衝撃の事実を明かしてしまう木島中将だが、
中島司令は特に驚いた表情は見せずに、
「やはりそうでしたか」
と言う。そして、
「ここ数日、陸海軍が妙な動きをするので、航空管制情報を観察していたのですが・・・昨日一時的にネットで出回った桜花提督目撃情報・・・もちろんネット情報だけでは単なるガセネタという事で終わるところでしたが・・・我々はその直後、海軍小樽基地内で爆発かと思われる赤外線反応と、そこから飛び立つ陸軍機を捕捉したのです」
・・・爆発?
そこから飛び立つ陸軍機?
いったい何が・・・
「その陸軍機は、その後どこに向かったのですか?」
私が聞くと、中島司令は、
「はい閣下、こちらでその当時の詳しい航空管制情報を見ることができます。どうぞ」
と言って招くので、私はそこへ行き、
ハシゴを上り座席に座る。そして座席の後ろから接続コードを・・・
・・・・・
・・・!!
戦闘機に・・・乗せられてる!



すると後ろの方で、
「始動ヨーイ!!」
などと誰かが叫ぶ。
な!!
私は大慌てで「待ってください!」と叫ぶが、
その声は、始動モーターのけたたましい音にかき消される。
そして徐々にその音は、タービンの回転する甲高い轟音となる。
地の底から湧き上がって来るような振動。
渦巻く熱風があたりの風景を激しく揺らす。
このまま・・・空に?!
私はとても恐ろしくなって、身動きも出来ないまま、
「おろしてください!おろしてください!」
と叫んだりするが、もうなにも・・・轟音が・・・
ああああ
・・・すると突然、耳元で木島中将が、
「飛ばないから落ち着け!」
と言って、私の頭にヘッドホンを付ける。
・・・ああ、
幾分音が・・・遠くなった。
私は少し冷静になって、
「これはどういうことですか」
と聞くと、ヘッドホンから中島司令の声が、
「橘花中将閣下、聞こえますか?」
と言うので、私は再び、
「これはどういうことですか、説明してください」
と言う。すると彼は、
「は、閣下、この飛電改四の司令電算機は発動機から電力が供給されますので、発動機を始動しなければ作動しません」
などと言う。
・・・これは、なんという・・・非効率。
外部から電力を供給するとか、そういう発想は出来なかったのだろうか。
しばらくすると操縦席まで電力が供給されてきたのか、あたりの電子版がピカピカと光り始める。
するとヘッドホンから、中島司令が、
「閣下、電算機が作動しました。もう接続しても結構です」
と言うので、私は接続プラグを耳の後ろに・・・
・・・接続しても大丈夫なのだろうか・・・
なんだかとても不安だが。
私はしばらく接続を躊躇していると、木島中将が、
「さっき田岡も確認したから。大丈夫だ」
などと言うが・・・
・・・本当に大丈夫なのだろうか。
・・・まあ、これ以上ここで無駄な時間を浪費するわけにも行かないので・・・
仕方がないか・・・
私は恐る恐る、接続する。
・・・すると・・・
しばらくなにやら、ノイズのようなもの。
そして徐々にノイズは薄れ、北海道空域の現在の航空管制情報が入ってきた。
飛鳥の司令電算機と比べると、ずいぶん規模の小さいものだが・・・
これはたぶん、基地司令部の管制情報がそのまま入ってきてるらしい。
しかし、規格が違うためか、なんなのか・・・ここから情報の制御ができない。
これでは司令機というより、司令端末機ではないか。
私は、桜花提督を乗せたと思われるその陸軍機の行き先が知りたいだけなのに、
なんともまどろっこしい。
これならこんなものに接続してないで直接基地管制で情報を入手した方が早い。
もう彼らの望みどおり戦闘機に乗ったのだから、聞けば何か教えてくれるだろう。
私はさっさと接続を解除しようと思ったが・・・
・・・その時、突然、
「どうも〜。橘花さん、お久しぶり」
と・・・聞き覚えのある声、というより音声情報が入ってくる。
この声は・・・
たしか・・・・
・・・・・
「・・・シノ中将?」
私が聞くと、その声は、
「そうです。シノです。お元気でしたか?」
と、答える。
・・・・・・
・・・これはいったい・・・どこから?
空軍の管制情報に、なぜ陸軍のシノ中将が浸入しているのかよく分からないが、
いや、そんな事より、
もしかしたら、彼女は・・・桜花提督の近くにいるのかもしれない。
とりあえず私は、
「シノ中将、今どこにおられるのですか?」
と聞いてみる。すると彼女は、
「ここですよ、ここ」
と言う。
・・・ここ?
訳が分からない。
それとも、居場所を的確に知られたくない事情でもあるのだろうか。
「あなたが現在いる位置を聞いているのです。『ここ』では分かりません」
と、私はやや強い口調で聞いてみると、彼女は
「だから・・・ここ、なんですけどね・・・的確に言うと、あなたの1,5mほど後ろです」
・・・・・
・・・?
私は振り返る。
すると・・・
戦闘機の後部座席の位置に、なにか・・・円筒状の給湯器・・・
・・・!
シノ缶?!
「あなた、いったいここで何をやっているんですか!」
私は思わず口頭で叫ぶが、
彼女は至って淡々と接続通信で、
「私は空軍の航空管制情報を入手する為に以前からここ千歳基地に潜入していたのですが、この程、不覚にも・・・見付かってしまいましてね。それで、私の諜報活動を上層部に報告しないという条件で、ここの戦闘機開発のお手伝いをしているのです。ええ。今ではお手伝いというより、すっかり機体の一部になってしまいましたが」
と言って、彼女はぽりぽりと頭をかくような仕草をする。
・・・・・
・・・この給湯器は・・・
冗談・・・のつもりなのだろうか・・・
訳が分からないが、とりあえず、
「・・・あなたは、どこにでもいるんですね」
「それは褒め言葉と受け取って良いのでしょうかね」




木島中将はケタケタ笑いながら、
「おまえ、こんなところにいたのか!」
と・・・まるでシノ中将がこの基地のどこかにいる事を予測していたかのように言うが、
・・・知っていたのだろうか。
まあ、そんな事より、
陸軍中将である彼女なら、桜花提督の居場所を知っているはずである。
私はとりあえず、逸る気持ちを覚られぬように落ち着いた口調で、
「シノ中将、桜花提督がどこにいるのか、御存知ですよね」
と、聞いてみるが・・・
彼女は一瞬考えてから、
「・・・え?・・・桜花さんもここに来ていらっしゃってるのですか?」
などと、頓珍漢な事を言い出す。
なにを言っている?
この給湯器は・・・ふざけてるのだろうか。
「私はここでこれ以上時間を浪費するつもりはありません。二度同じ質問をさせないで下さい」
と、私はやや強い口調で言うと、彼女は・・・
しばらく考え込むような仕草をしてから、
「・・・もしかして・・・桜花提督の身に、何かあったのですか?」
などと言う。
・・・まさか・・・
彼女は本当に何も知らないのだろうか。
それとも誤魔化してるつもりなのだろうか。
私はもう一度同じ質問をしようとしたが、その前に彼女は、
「橘花さん、私は端末電算機なので、鹵獲された場合を想定して基本的にその任務を遂行する上で必要な限定的戦術情報しか挿入されていないのです。従って、現在の桜花さんの正確な所在も分かりません・・・お役に立てなくて申し訳ないですが」
と言う。
・・・やはり・・・
飛行機の部品にされるような電算機が、それほど重要な情報を持っているはずも無いか・・・
私はやや落胆するが、そのあと彼女は、
「しかし、海軍小樽基地であの陸軍機が桜花提督を乗せたのだとすると、現在彼女は、苫小牧港に停泊中の揚陸指揮艦『坂東丸』にいらっしゃると考えるのが自然でしょうね。私の本体もそこにいるみたいですし」
などと言う。
なぜそれを先に言わない。
「では、その坂東丸とやらと連絡を取って頂いて宜しいでしょうか」
私が言うと彼女は・・・またしばらく考え込んでから、
「・・・私も、そうしたいとは思っているのですが・・・妙な事に昨日あたりから坂東丸と通信が出来ない状態が続いているのです。停泊中なので隠密行動をしている訳では無いと思うのですが・・・まるで局所的通信妨害を受けているかのようです。しかも、港の周りには、海軍第7艦隊の艦艇が複数・・・この状況だけ見ると、坂東丸を敵艦に見立てた陸海軍合同演習の様にも見えますが・・・御存知ですか?」
・・・!
それは・・・たぶん、
・・・演習ではない。
しかも、民間港で通信妨害などという荒業を行っているのだとすると、
・・・かなり逼迫した状況なのではないか・・・
・・・・・
・・・よりによって第7艦隊の行動海域にある港で水上艦艇に逃げ込むとは・・・
陸軍はよっぽど馬鹿なのか、それとも止むを得ない事情があるのか。
まさか、この状況で桜花提督の洋上司令能力をアテにしてるのだろうか。
だとすると、とんでもない素人判断だが・・・
・・・もし、
桜花提督の司令能力が今尚維持されてると仮定して・・・
この状況で、彼女なら・・・どうするだろうか・・・
・・・・・
・・・どうにせよ、
どうしようもない状況である事には変わりが無い。
せめて私がそれなりの戦力を動かせる位置にいれば・・・
・・・いや、
戦力なら・・・
・・・・・
「ところで・・・この飛電改四は、空中司令機としてどの程度使い物になるのですか?」
と私が聞くと、即座に中島司令が、
「もちろん完璧です!その性能は私が保証します!」
と言うが、
その直後シノ中将が中島司令に聞こえないように接続通信で、
「・・・まあ、現在の性能なら、一括統制できるのはせいぜい20機ほどでしょうか。はっきり言って、高価な戦略型電算司令機を載せる意味はほとんどありません。これなら普通に人間の航空指揮官を乗せるのと大して違いありません」
・・・20機。
確かに、その程度ならわざわざ人型電算機を乗せる必要性はほとんど無いが・・・
しかし、現状において、20機を一括に動かすことが出来るのなら、
・・・いや、それでも、
第7機動艦隊とまともに対峙して航空優勢を保つのは難しいが、
あくまで平時である現状においては・・・
・・・使えるかもしれない。
彼らも、蚊帳の外にいる空軍を、わざわざ巻き込むような真似は避けたいところだろう。
「現在この基地で稼動状態にある作戦機の情報を頂く事は出来ますか?」
と私は接続通信でシノ中将に聞いてみると、彼女は、
「出来ますよ」
と言って、接続通信で私の頭脳に千歳基地の戦力情報を送ってくる。
・・・ていうか、
空軍の戦力情報を空軍基地内で陸軍電算機がいとも簡単に海軍電算機に明け渡すという、奇妙な事が行われてるわけだが・・・
なんだか本気でここの管理体制が心配になってきた。
続いて私は、
「で、・・・旅客機並みの乗り心地というのは、本当ですか?」
と聞いてみると、再び中島司令が、
「もちろんです!私が保証します!」
と言った後、シノ中将が再び接続通信で、
「旅客機並みというのは大げさですが、まあ、空戦機動を行わなければ、空母で運用されてる連絡機よりは良いと思います。ええ。機体制御は私がやりますんで。その辺は保証しますよ」
と言った後、なぜか彼女は少し身を乗り出して、
「橘花さん・・・空はとてもきれいですよ☆ ちょっと飛んでみますか?」
と・・・目をキラキラさせながら言う。
・・・な、
・・・なんだか・・・
どうにも、のせられてる感が否めないが・・・
私は少し考えるような仕草をしてから、
「それなら・・・少し、飛んでみてもいいかもしれません」


相変わらずの轟音と、その上ヘッドホンをつけているので周りの雰囲気は分からないが、
どうやらロゴ男たちは大喜びしてるみたいである。
中島司令も喜んでいるようだが、しかし直後、何かを悟ったのか、やや思案の表情になる。
・・・まあ、これまでの状況を見ていれば、私が単なる好意で申し出ている訳ではないという事はなんとなく察しは付くだろうが・・・
とりあえず私は、現在稼動状態にあるこの基地の戦力を見てみる。
・・・・・
・・・これは・・・
即応体制の飛電2機以外は、ほとんどが戦力にならない初等練習機ばかりである。
なるほど。
回りを海軍に護られた本土の空軍基地というのは、こういう位置付けなのか。
ここが緊張感の無い雰囲気になるのも納得ができる。
しかし・・・これはどうしたものか・・・
・・・・・
現在私の置かれている状況を考えると、
現在の海軍の状況を秘匿とした上で、あくまでこの飛電改四の運用試験という名目で部隊を動かす方が安全であると言えるが、
動かせるのが練習機ばかりでは話にならない。
・・・ここは・・・
ある程度の情報漏洩を覚悟した上で、
彼の協力を得るしかないだろうか・・・
私はなるべく意識して神妙な面持ちになり、
「中島司令、折り入って・・・お話したいことがあります。秘匿回線でお願いできますか?」
と言うと、
彼は何を思ったのか、驚いたような照れたような・・・なんともいえないうれしそうな表情になり、
「は!秘匿回線に切り替えます!・・・あ、はい!切り替えました!」
と言う。
・・・なにか勘違いしてるような気もしないでもないが・・・
とりあえず私は神妙な表情のまま、
「・・・現在・・・私がここに存在する事は極秘とせねばならない事情がありますので、本日より一週間はそれを外部には伏せて頂きたいのですが、その後は、私の電算データや・・・写真やら動画やらを、その・・・戦闘機開発運営の為に、如何様にも使用してくださって構いません。・・・ただ・・・ひとつお願いがあるのです」
と言ってから、私は戦力見積情報を中島司令の手前にあるモニターに送り、
「そちらに示した戦力を、今すぐにお借りしたいのです」
と言う。
すると・・・中島司令の顔が一瞬固まる。
「・・・あの、閣下・・・これだけの戦力を、今すぐ・・・ですか?その・・・時間的猶予は如何ほど・・・」
「可及的速やかにで結構です。しかし、態勢完了までに一時間以上要した場合、数百人規模の犠牲者が出る可能性があります」
などと言ってみる。
・・・当然、最後の一言は、飽くまで可能性の話なのだが・・・
効果はあったらしく、中島司令の顔が程よく青ざめる。
そして、
「了解です。しょ、少々お待ちください」
などと言って彼は、付近の整備士たちに何か指示を出してから、どこかへ電話をする。
指示を受けた整備士たちは一瞬妙な顔をするが、しばらくの後、飛電改四から試験飛行用の模擬弾が取り外され、実弾が搭載される。
そして前方の火器管制モニターから「模擬」の文字が消え「63中×2、57短×2」に置き換わる。
それを見て、何かただ事ではない雰囲気を察したのか、後席のシノ中将が、
「・・・実弾?・・・橘花さん、これはどういう事ですか?」
などと言ってくるが、それと同時に中島司令が、
「即応で2機、5分以内にさらに4機が上がれます!電子戦換装機は・・・最初の2機が10分です!」
と、息を切らしながら言う。
「結構です。それでは、即応の2機を発進させて下さい。私はその後上がります。機体から離れてください」
と、私が言うと・・・
そばでずっとこの状況を黙って見ていた木島中将が、
なんとなく悲しげな表情で、一言、
「・・・橘花よ・・・無茶はするなよ」
と言って、静かにはしごを降りていく。
・・・・・
・・・なぜか・・・
木島中将のその言葉が、妙に重く感じる。
・・・・・
・・・私は勢いで、状況をここまで進めてしまったが・・・
深く青いあの空の向こうは・・・おそらく、戦場になる。
・・・・・
その時一瞬、空の深さに妙な怖さを感じるが・・・
・・・躊躇している時間は無い。
私は、彼女のもとに行かなければならない。
風防がゆっくりと降りてきて、閉まる。
機内は・・・まるで今までの状況が嘘のように・・・静寂。
かなり高度に密閉されているらしい。
そして後席のシノ中将が、
「どうやら状況説明を頂く時間も無い状況のようですね・・・とりあえず、滑走路に向かいますか」
と接続通信で私に言いながら、口頭無線で基地管制とやり取りをしている。
考えてみれば・・・私はこの給湯器にしばらく命を預ける事になるのか・・・
とりあえず私は、やや丁寧な口調で、
「お願いします。シノ中将・・・閣下」
と言うと、
・・・機体はゆっくりと進み出す。
状況を何も知らないロゴ男たちは、もう大喜びで機に手を振っているが・・・
中島司令と木島中将は・・・複雑な表情でこちらを見ながら、
ただ黙って、敬礼をする。
私も静かに・・・
敬礼する。





桜花

坂東丸の戦闘指揮所は・・・艦橋のすぐ後ろにあるのです。
普通、指揮艦と名のつくものの戦闘指揮所は、艦内でも防御力の高い第一甲板より下層にあるものとばかり思っていましたが・・・
揚陸艦という性質上、戦闘指揮所は艦橋に持ってくるしかなかったのでしょうかね。
・・・大丈夫なんでしょうかね・・・ちょっと心配ですが・・・
しかし電算設備は最新の物が搭載されているようで、規模はさすがに飛鳥よりは劣りますが一通りの電算司令はできそうな感じです。
・・・で、
ここで桜花はどうすべきなのでしょうか・・・
とりあえず・・・あたりをきょろきょろと見回してみます。
すると、壁についてる配線口みたいな所から、勢いよくシノ缶さんが2〜3個ほど出てきて、指揮所の中をキュインキュインと素早く動き回ります。
・・・おお、
なんだかよくわかりませんが・・・何かの調整をしてるみたいです。
そして桜花の横にいる人型シノさんが、
「接続装置を海軍機対応にしましたんで。これで桜花さんもここで電算情報を見ることができますよ」
と言います。
・・・桜花はとりあえず、
「ああ、そうですか」
などと言っておきますが・・・
・・・・・
・・・しばらくすると再びシノさんが、
「どうです?ちょっと接続してみませんか?」
などと言うのです。
・・・ああ、
やっぱり私が指揮をすることになるのでしょうか・・・
・・・でも、まあ・・・
どちらにせよ、情報は仕入れておく必要はあります。
・・・なんだか気は進みませんが・・・
桜花はとりあえず、シノ缶さんが手渡す接続プラグを手にとって・・・
・・・恐る恐る、耳の後ろに差し込みます。
すると直後、大量の陸軍情報が・・・
・・・入ってきません。
あれ?
入ってきたのは、坂東丸の戦力情報だけで、それ以外の情報は接続不可になっています。
・・・これは・・・
やっぱり、現状で動かせるのは、坂東丸とその搭載兵器だけなんですね。
・・・いやはや、なんとも・・・
すると後ろのシホさんが一言、
「どうだ?」
と言ってきますが、
・・・どうだと言われても・・・
どうしようも無いとしか言いようが無いのですが。
・・・どうしようも無いなんて言ったらまず怒られそうなので・・・
とりあえず・・・きちんと説明します。
「海軍第7艦隊には複数の攻撃型潜水艦が配備されていますが、その内最低でも1隻は恐らくこの港を長魚雷射程距離内に捉える位置で隠密待機しており、それはすでに、出港する船舶に予め照準を付けています。つまり、こちらが戦術行動を始める前に攻撃、確実に撃沈され、その後は予め外洋で待機していた水上艦艇および航空機が、救助活動という名目で現場に急行し、海上警備隊もしくは海上警察が到着する前に確実に証拠隠滅を行い生存者無し。公には経年劣化による事故ということで折り合いがつくでしょう。ちなみに海軍各艦隊には、公にできない戦闘で艦艇が沈んだ場合その事後処理を行う事も考慮した戦術が標準装備されています」
・・・桜花が一通り説明すると、シホさんは、
「・・・なに?」
と言って首を傾げますが、直後シノさんが、
「まあ平たく言うと・・・どうしようも無いという事ですね?」
「・・・ええまあ、平たく言うと・・・そうですね☆」
と桜花が言うと、シホさんがすごい剣幕で、
「どうしようも無いとはどういう事だ!貴様それでも軍人か!」
・・・と、
やっぱり怒られました。
・・・そ、そう言われても・・・
・・・・・
・・・ん?
今・・・戦力情報に表示されている接続不可の部分が・・・一瞬点滅しました。
・・・なんでしょう。
しばらくすると、また点滅して、
接続不可の部分の情報が、一瞬・・・見えたり見えなかったりします。
・・・?
すると突然、艦橋にいる隊員が、
「電波妨害が弱まっています!・・・いや、外部より中和されている模様です!」
と叫びます。
・・・中和?
ということはつまり、
我々以外の誰かが、外部から何らかの電子的な作用を加えているのでしょうか。
するとシホさんが、
「外部のトハ1、トハ2に通電!統制構築!本艦の電探も作動させろ!」
「畏れながら閣下、本艦は現在民間港に停泊中なので、電探の作動は・・・」
「いいからやれ!」
と、なにやらシホさんと通信要員らしき人がやり取りしていますが・・・
・・・ん?
かなり不鮮明ですが、なんとなく電探情報が入ってきました。
・・・おお、トハ1というのは、外部に設置した移動式電探サイトなのですね。
しかし不鮮明です。
それに、全てが地上電探なので、水平線の向こうにいるはずの第7艦隊までは捉えることができません。
ただ・・・
航空機らしきものは捕らえています。
たぶん・・・電波妨害を中和しようとしてるのは、この航空機のようですが・・・
・・・結構な数です。
捉えられた数だけでも・・・20機。
すでに坂東丸の周りを取り囲んでいます。
・・・これはいったい・・・
あ、識別信号を出してます。
・・・・・
・・・空軍機?


「・・・空軍機・・・だと?」
「空軍機です!その数20!」
「どこの部隊だ!」
「おそらく・・・千歳航空団所属の部隊かと思われますが・・・」
「第1戦闘態勢!対空戦闘用意!」
シホさんと指揮所隊員の人が、大声で何か言い合ってます。
すると今度はシノさんが、
「ちょっと待ってください。まだ敵だと決まったわけではないでしょう。少なくとも3日前の段階で千歳基地の状況は・・・」
「3日もあれば戦局などいくらでも変わる!」
「閣下、冷静に考えてください。空軍が我々を攻撃する事に何の利益があるのです?」
「では、我々に味方する事に何か利益があるとでもいうのか!現に奴等は多勢を以って我等の頭上を取り囲んでいるではないか!」
「閣下、我々は識別困難な野戦部隊ではなく、数キロ先からでも視認できる艦艇にいるのです。やる気ならとっくにやられてますよ」
「そーんーな事は分かっている!だからこそ、・・・?・・・確かに・・・そうだな」
少し静かになりました。
それにしてもこの空軍機は・・・いったい何なのでしょう。
なんだか妙に・・・
・・・・・
・・・変な感じがするのです。
いや、変な感じと言うより、なにか・・・懐かしいような・・・
そんな感じです。
・・・・・
「艦載機の・・・発艦準備をして下さい。桜花は坂東丸を離れます」
と、桜花が言うと・・・
皆さん一瞬シーンとなってこちらに注目します。
そしてシホさんが、
「貴様!この非常時に・・・艦を離れるだと?!何を寝ぼけた事を!」
と言うので桜花は、
「私がここにいる限り、いずれ坂東丸は攻撃されます。行くなら今しかありません」
「だからなんで今なのだ!現在我々は得体の知れない航空部隊に頭を抑えられて・・・」
とシホさんが言いかけたところで、シノさんが、
「桜花さん、つまりあの空軍機は・・・味方だという事ですか?」
と、言うのですが・・・
・・・味方?
・・・・・
・・・考えてみれば、
あの空軍機が味方だという根拠は何も無いのですが・・・
でもなぜか私は・・・あの空軍機が味方だという前提で、判断をしています。
・・・なぜでしょう。
・・・確か以前にも、こんな感じがあったような気がしますが・・・
なぜか私には、あの空軍機が・・・
「はい。味方だと思います。・・・そんな気がします」
と、桜花が言うと、すぐさまシホさんがまたすごい剣幕で、
「そんな気がするとは何事か!貴様は気分で軍配を・・・」
と言いかけたところでシノ缶さんが、
「閣下!、こちらをご覧ください!」
と言って、バナナを取り出します。
するとシホさんは・・・
少し静かになりました。
そして人型シノさんが静かに、
「・・・そんな気がする・・・ですか」
と言って、しばらく考え込んでから、
「桜花さん、一応聞いておきますが、坂東丸を離れて・・・どこに向かうおつもりです?」
・・・・・
「・・・飛鳥です」
「やっぱり・・・そうですか」
シノさんはまたしばらく考え込みます。
そして、
「先ほど情報をご覧になられたので、もうご存知かとは思いますが・・・仮に、戦艦飛鳥が・・・桜花さんが最後に指示した位置に今なお留まっていると仮定して、現在坂東丸に搭載されている直上強襲機の性能では、そこに至るまで、予備燃料を全て消費しても片道分の航続距離しかありません。もし・・・飛鳥と会合できなければ・・・その後はどうなさるおつもりです?」
と・・・シノさんは言うのですが・・・
会合できなければ・・・その後は・・・
・・・その後・・・
・・・・・
「・・・・その後は・・・・ありません。だから必ず会合せねばなりません。そもそも我々が対峙している敵は、生還を期して挑んで尚・・・勝てる相手ではないのです」
と、桜花が言うと、
・・・・・
・・・またシホさんが怒り出すかと思ったら・・・
今回は黙って聞いています。
・・・・・
しばらくあたりはシーンと静まり返ります。
すると・・・
シホさんは静かに「ふふふ」と笑って、
「・・・無謀さで私を超える輩がいるとは驚きだ」
と言ってから、辺りの隊員に、
「キ-367の発艦準備を成せ。急げ!」
と、言います。
・・・・・
・・・あ、行っていいんですか?
絶対止められるかと思いましたが・・・
桜花はとりあえず、
「畏れ入ります」
と言って、ぺこりとおじぎをしてから、急いで飛行甲板に向かおうと思ったら、
「待て!」
と言ってシホさんが・・・私の方に来ます。
そして、腰から軍刀を外して、
それを、私に手渡します。
「これも・・・持って行け」
・・・え、
「こんな大事なもの・・・頂けるんですか?」
「遣るわけ無いだろ。貸すだけだ」
・・・・・
「了解しました。いずれ必ず、お返しします」






橘花

・・・どこまでも続く・・・青の世界・・・
遮る物は、何も無い。
巴戦を考慮して、やや高く設置された座席は、ほぼ全方向に良好な視界を提供する。
・・・ふと、
自分の体が、そのまま飛んでいるような気になる。
「意外と揺れは感じないでしょう?」
と・・・接続通信で後席のシノ中将が話しかけてくる。
「海軍の人型司令機というのはそもそも船酔いを防止するために三半規管連動装置が標準装備されているので、それに機体制御を接続すれば、訓練を受けた戦闘機搭乗員並み・・・とは行きませんが、まあ、ある程度の高機動にも耐えられるそうです」
それにしてもこの給湯器は、よくしゃべる。
「・・・で、坂東丸の様子はどうですか?発艦する機はありませんか?」
私が聞くと給湯器は、
「・・・現状では・・・確認できません。やはりこれだけ強力に電波妨害をかけていますので・・・視認距離まで接近しますか?」
いや、接近して味方の電波妨害域に入ったら、こちらの指揮能力が低下する。
「いいえ、このままで結構です」
この位置から、発艦する機を確認できないという事は、敵からも確認はできていないはず。
・・・現在、
4機の電子戦機によって、坂東丸にかけられていた局所的電波妨害を中和し、さらにその外側に電波妨害域を構築している。
これにより、坂東丸そのものを隠すことはできないが、そこから発艦する航空機なら隠すことができる。
・・・少なくとも、敵が物量を以って積極的な対抗策を講じない限りは。
それまでに・・・
彼女がこれを好機と考えるかどうか、行動を起こすかどうか・・・
しかしその時、
「方位105より電探透過機、接近中。数は不明」
後席のシノ缶が言う。
・・・やはり・・・あっちが先に来たか・・・
恐らくこれは、第7艦隊所属機。電探透過機という事は、凄風か晨星・・・
彼らは我々が千歳基地から発進した段階でその動きを察知している筈だから、今まで電波妨害を受けていた坂東丸よりも反応が早くて当然である。
これは想定内。
あとは・・・
どれだけ時間稼ぎができるか・・・
「海軍機より入電、貴機は海軍第7艦隊の作戦行動空域に接近している。直ちに撤退されたし。以上・・・と、鏑01が言ってます」
と・・・シノ缶が言う。
『鏑01』とは、旅客機母体の空軍41式空中管制機の、本作戦における符丁である。
通常は航空作戦の司令機として使われる機体であるが、今はただの中継機として使っている。
事実上、囮である。
考え様によってはこの飛電改四は、これが司令機であるという事が敵に気付かれ辛いという点において、結構有効かもしれない。
まあ、それも最初だけだろうが。

・・・さて、
「当空域は帝国空軍の管轄空域である。現在警戒行動中に付き、当空域より退去を指示する・・・と、鏑01を通して海軍機に言ってやってください」
と、私はシノ缶に言う。
ちなみにこれは、こちらに理がある。
多大な勢力を持つ海軍が我が物顔で行動するのが当たり前になってはいるが、決まり事の上では、海軍基地管制空域を除く日本本土から200海里以内の空域は、本来空軍の防衛管轄なのである。
勿論、民間港である苫小牧の上空もその内。
当然この空域においては空軍機の作戦行動が優先され、傍若無人の海軍機も、ここでは空軍の指示に従う義務がある。
まあ、今では練習機ばかりでほとんど海軍に任せっきりの空軍本土部隊が、海軍機の作戦行動に口出しする事など先ず無いのだが・・・
しかし、決まりは決まりである。
・・・さあ、どうする?
・・・・・
・・・しばらく・・・海軍機からの応答は無い。
しかし尚も接近する。
「機種確認・・・凄風、4機・・・あ、鏑01が射撃照準を受けています!」
シノ缶が言う。
・・・射撃照準?
脅しにしては度が過ぎている。
こちらも直ちに12機の飛電の内2機をそちらに向け、射撃照準を付ける。
2対4になるが、局地戦闘機である飛電は、凄風よりも電探能力、射程距離、共に優れている。
格闘戦能力においてはやや劣るが、この距離ならば先ず問題無い。
直後 凄風4機はそろって進路を変え、回避行動を取る。
この空域に飛電が複数潜んでいる事に焦って逃げたのか・・・いや、
・・・それにしては統制が取れた動きをする・・・
・・・・・
・・・!!
「低空より晨星8機!距離約25浬!赤外線反応!多数!」
シノ缶が叫ぶ。
赤外線反応・・・誘導弾?!
まさか・・・何の躊躇も無く・・・
友軍機を撃墜するつもりなのか?!
・・・・・
先ほどの凄風4機は・・・こちらに射撃照準をつけさせるための囮として使い、
透過性の高い晨星を、捕捉し辛い低空からあらかじめ接近させて、こちらが射撃照準のために電探を作動させるのを待っていた。
射程の長い飛電と互角に戦える中距離戦闘に持ち込むために・・・
・・・彼らは最初から・・・殺る気である。
言葉のやり取りである程度時間が稼げる、という認識は甘かった。
・・・それにしても・・・
この空域で友軍機と交戦したら・・・後々大問題になるのは必至である。
いや、この電波妨害の中で全てを片付ければ、隠し通せるという思惑か・・・?
・・・彼らはいったい・・・何を考えている・・・?
・・・・・
しかしどちらにせよ・・・退く訳には行かない。
・・・・・
・・・中距離戦闘なら、飛電と晨星はほぼ互角だが・・・出力と高度差においてこちらに利がある。
低空から発射される敵誘導弾は、飛電がいる高高度に到達するまでに運動エネルギーの多くを消費するが、こちらの誘導弾は運動エネルギーをある程度温存して敵に到達し、その分を機動性に変換できるから回避が困難になる。
・・・しかし、成す術の無い鏑01は・・・
「鏑01に打電、直ちに機を捨てて脱出」
そして飛電2機は、敵 晨星8機に対して手持ちの長距離弾全てを発射し、機体を軽くして離脱。
これで敵8機全てを片付ける事は到底不可能だが、8機全てが回避行動を取らねばならないのでその分時間が稼げる。
こちらの2機も回避できる可能性はあるが・・・これはもう戦力外と考えるのが妥当。
残りの飛電10機は、ここで使うわけには行かない。
敵は必ず次の手がある。
彼らの狙いは戦闘機ではなく、電子戦機なので、これを護らなければならない。
こちらの電波妨害を解除されたら・・・彼女の退路を確保できない。
これを残り10機で・・・いや、私を入れて11機で・・・
護らなければ。



「電子戦機-香01より入電、坂東丸より発艦する機影を視認、概ね方位180に向かいつつあり」
後席のシノ缶が言う。
・・・たぶん・・・
これに桜花提督が乗っている。
しかし飽くまで、電波妨害空域下における視認情報なので、電探情報には表示されない。
敵航空機にも、恐らくこれは捕捉出来てはいないはず。
それにしても、方位180とは・・・
この状況下で彼女は、大胆にも戦艦飛鳥に向かうつもりなのだろうか。
・・・あえて大胆な行動をとる事により、敵の意表を付こうという思惑か。
それとも、坂東丸を監視しているであろう敵地上要員にそう思わせるために一時的に迂回して他の目的地に向かうのか。
・・・どちらにせよ、
彼女が敵行動空域を離脱するまでは、これを隠し通さなければならない。
こちらの電子戦機は現在4機。
これらが構築する電波妨害空域下においては、敵味方共に電探能力が極度に低下するので互いに捕捉するのは困難になる。
ただ、この電子戦機そのものは例外である。
常に強力な電波を発しているので、その存在は常に敵に把握される。
しかし電子防御をかけているので、これに射撃照準を付けるには、敵も強力な電波を発する必要がある。
つまり、この電子戦機を撃墜しようとすれば、電波妨害空域下に潜んでいる我方の飛電に捕捉され、先に撃墜される。
そして、この電子戦機を撃墜しなければ、この電波妨害は解除されないので飛電を先に捕捉する事は出来ないという、相互防衛の状態にある。
この状況を制圧するには、こちらを大幅に凌駕する機数を以って同時攻撃を行う必要があるが、それだけの機数を発艦させて攻撃位置に付けるには、それなりの時間がかかる 。
恐らく・・・足の遅い陸軍直上機でも、十分に離脱できる時間が稼げる。
・・・その時・・・東方で赤外線反応が4つ、
やや間を置いて、視認距離、前方で大きな火球がひとつ、遥か上空でもうひとつ・・・
敵、晨星を4機撃墜、そして・・・我方の鏑01と、飛電が1機、撃墜されたらしい。
初手においては予想より良好な結果と言えるが・・・
・・・・・
・・・それにしても、友軍機同士で・・・
なぜこのような事になる・・・
翼に日の丸を標した物同士が、
御国を護るという、同じ使命を持った者同士が・・・
・・・なぜ戦わなければならない・・・
・・・・・
・・・いや、今はそれを考えている時ではない。
私には今、何を犠牲にしても護らなければならないものがある。
彼女を乗せた直上機が発艦してからどのくらいの時間が経過したか、そればかりが気になる。
驚くほど、時間の流れが遅く感じる。
この状況を制圧するのは困難であるという事に、敵が早々に気付いて諦めてくれれば良いのだが・・・
しかし即座に再び・・・赤外線反応。
誘導弾?
・・・ではない。
航空機が噴射加速を行いながら、真っ直ぐ突進して来る。
まさか、
電探が役に立たないから、視認距離まで目標に接近するつもりか?
またはあえて身をさらす事により、こちらに射撃照準を付けさせて
逆にこちらを捕捉しようという思惑だろうか・・・
・・・恐らく、その両方。
しかし・・・戦力を犠牲にする極めて非効率な戦術である。
むしろ、滅茶苦茶である。
こちらが友軍機であるという事も分かっている筈だし、こちらに迎撃の用意があるという事も、先ほどの攻撃で理解したはずだ。
それなのになぜ・・・躊躇も無く、命を捨てるような真似が出来る?
友軍を攻撃するという不条理な作戦の為に、なぜ、死ぬことが出来る?
・・・妙である。
敵の動きにまるで・・・
・・・人間味を感じない・・・
・・・・・
・・・しかし、敢て来るならば邀撃するのみ。
これが凄風ならば、格闘戦距離まで接近されれば厄介である。
私は飛電-浅葱03、04に攻撃指示を出す。
しかし浅葱03はすぐには攻撃せず、確認のため指示を再送するよう返信して来る。
どうやら攻撃を躊躇してるらしい。
考えてみれば無理もない。
目標は友軍機、こちらはつい先ほどまで状況を何も知らなかった空軍の応急部隊である。
私は再び、同じ指令を出す。
浅葱03は、やや間を置いてから、目標に射撃照準を付ける。
電波放出を抑える為に浅葱04は直接射撃照準を行わずに、浅葱03からの情報接続により射撃を行う。
目標は・・・凄風、4機。
電子戦機-香01に向かっている。
直後、当然の如く浅葱03もどこからか射撃照準を受ける。
これは・・・晨星。今のところ電波反応は1機のみ。
先ほど撃ちもらした晨星とは、別の部隊である。
こちらと同様に、電波放出を抑える為に照準を行うのは1機のみだが、恐らく複数の機が潜んでいる。
そして無数の赤外線反応。
浅葱03、04から発射された誘導弾、合計8発。
そして浅葱03、04に向かって敵が発射した8発。
これを発射したのは晨星、その航跡から判断して恐らく4機。
この晨星4機に対して、こちらの蘇芳01、02に攻撃指示を出す。
しかし・・・やはりその反応には迷いがある。
私は再び、同じ指令を二度出す事になる。
・・・まずい。確実に一手遅れる。
平和慣れした内地の応急部隊に、この作戦は酷かもしれないが・・・
発する指令の数が増えれば、司令機が発見される可能性も高まる。
また、過剰過密なこの飛電改四の構造も、電波放出をどれほど抑えられているのか心配な所である。
その時、ふたたび赤外線反応。
またも航空機。
先ほどの凄風4機とは別の方向から突入してくる。
・・・いったい・・・何機上がっている・・・
これだけ短時間で対応できるという事は、予め近域上空にいたと考えるのが妥当だが、
空母一隻の上空警戒待機にしては、数が多すぎる。
それに・・・まるでこちらの戦術を見越していたかのような連携した動き・・・
・・・誰が指揮をしている?
・・・・・
「敵、凄風4機が進路を変えました」
後席のシノ缶が言う。
恐らくこれは、先ほど浅葱03、04が発射した誘導弾に対する回避行動・・・
・・・いや、違う。
凄風は・・・
・・・こちらに向かって来ている・・・




「橘花さん、念のため・・・耐加重装備を着用しては如何でしょう。使用手順を送信します」
後席のシノ缶が言う。
念のため・・・というか、あるなら最初から着用しておくべきものだと思うが・・・
私は使用手順に従い、酸素マスクを付ける。
下半身の血流調整具は座席と一体式になっていて、加重によって下半身の締め付けと、背もたれの後退が成されるという・・・機能だけ見ればマッサージチェアである。
・・・旅客機並みの乗り心地というのは・・・まさかこれの事?
なんとも不安の残るところだが、今更仕方が無い。
状況は逼迫している。
凄風4機がこちらに向かって来ている。
射撃照準は受けていないので、敵も自機・飛電改四の正確な位置は把握していないはずだが、
こちらは司令のために幾度か電波放出を行っているので、こちらの概ね方位ぐらいは掴んでいるのかもしれない。
しかし現在、この凄風4機に対して、浅葱03、04が発射した誘導弾8発が向かっている。
このままこの凄風が回避行動をとらずにこちらに直進すれば、確実に4機とも撃墜する事になるが・・・
凄風4機は尚も速度を上げ・・・こちらに向かって来ている。
その時、赤外線反応。
蘇芳01、02が、敵、晨星4機に対して誘導弾を発射したらしい。
遅い。・・・晨星4機は既に回避行動を取っている。
そしてこの赤外線放出によって蘇芳01、02も、その位置を敵に把握され、
恐らく、先ほど別の方向から突入して来た敵の新手によって射撃照準を受ける事になる・・・
・・・・・
・・・いや、射撃照準は受けない。
蘇芳01、02は、既にその位置を敵に捕捉されているはずだが・・・なぜか射撃照準は受けない。
おかしい。
この電波妨害空域において数少ない攻撃の機会を、敵はみすみす逃すつもりなのか。
とりあえず私は、再び蘇芳01、02に、この敵の新手に対して射撃照準を行うよう指示を出す。
・・・その時、突然・・・
機内にけたたましい警告音が響く。
何?
自機が・・・射撃照準を受けている。
こちらに急速に接近している凄風4機によって、射撃照準を受けている。
どうやら、飛電改四が放出する司令電波が捕捉されたらしい。
・・・いや、しかし・・・これは想定内。
直後この凄風4機は、先ほど浅葱03、04が発射した誘導弾によって、全て撃墜される。
空域表示画面から凄風4機の表示が消え、機内に鳴り響いていた警告音も止まる。
再び静寂。
・・・大丈夫。問題無い。
司令機というのはその性質上、遅かれ早かれ敵に捕捉される定めにあるが、
その前衛にいる護衛戦闘機を排除しなければ、これを攻撃することはできない。
その時、
「蘇芳01より入電。目標を射撃照準。その数4機。機種は不明」
と、シノ缶が言う。
・・・機種は不明?
第7艦隊所属機ならば全て把握しているので、機種が不明という事はありえない。
・・・これは一体・・・
・・・・・
・・・どちらにせよ、敵機である事には変わりない。
蘇芳01、02は既に長距離弾を全て撃ち尽くしているので、蘇芳03、04に、これの攻撃指示を出す。
今回は即座に指示に従い、蘇芳03、04から合計8発の誘導弾が発射される。
蘇芳01、02は、一旦後方に離脱する。
その直後、再び・・・
機内にけたたましい警告音が響く。
射撃照準を受けている。
今度は・・・この、機種不明機がこちらに射撃照準を付けている。
どうやら先ほど撃墜した凄風4機のうちどれかが、この機種不明機にこちらの位置情報を送信したのだろうと思われるが、
・・・何を考えている?
先に前衛の飛電を排除しなければ、後方にいるこの飛電改四を狙っても無駄だという事が分からない筈は無いと思うが・・・
「敵の射撃照準波から、電波符号を読み取りました。この符号を使用してる電探は・・・」
後席のシノ缶が言う。
「・・・FuG/n700系・・・この機種不明機は、どうやらドイツ製の電探を搭載している様です」
・・・ドイツ製の電探?
FuG/n700系は、米製ドイツ国防軍仕様の戦闘機F-35ADVに一時期試験的に搭載されていた事があったらしいが、現在それを搭載している機体は無い。
そもそもF-35ADVなら射撃照準を付けた段階で機種が判明する筈である。
それでは一体・・・何?
その時、前方で赤外線反応。
・・・浅葱03、04が、撃墜されたらしい。
これで戦力の3分の1を損耗した事になるが・・・
まだ、退くわけには行かない。
自機が射撃照準を受けている事を示す警告音は、相変わらず鳴り響いている。
空域表示画面には、機種不明機4機と、それに向かって飛翔する誘導弾8発。
それは徐々に接近し・・・
・・・・・
誘導弾の表示が消える。
・・・?
一瞬、間を置いて、赤外線反応が4つ。
直後、機種不明機の表示が全て消え、機内に鳴り響いていた警告音も止まる。
・・・誘導弾の表示が消えてから、赤外線反応が出るまでに、少し時間差があった様な気がするが・・・
どうやら、機種不明機は全て撃墜したらしい。
・・・・・
・・・何か、腑に落ちない。
あれは一体、何だったのだ?
・・・・・
・・・しばらく・・・静寂の時間が過ぎる。
空域表示画面には、敵表示は無い。
・・・しかし・・・
何か妙だ。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・その時、突然、後席のシノ缶が叫ぶ。
「方位265!赤外線反応!・・・あ、香01が撃墜されました!」
・・・な!
後方の電子戦機、香01が?・・・なぜ?!
そして間を入れず、再び赤外線反応。
・・・香02も・・・撃墜される。
・・・これは・・・
敵はいつの間に・・・これほど至近距離に・・・?!
まずい。
私は飛電・山吹隊4機に近域探索、および戦闘指示を出す・・・いや、
通信が出来ない!
自機は電子妨害を受けている!
私は即座に、対電子妨害波を放出してこれを中和するようシノ缶に指示する。
これにより自機の被捕捉率が大幅に上がるが止むを得ない。
そして再び、山吹隊に同じ指示を出す。
と、同時に、
「赤外線反応!誘導弾×2!本機が追尾されてます!」
シノ缶が叫ぶ。
「本機はこれより回避機動を行います。高加重に備えてください。撹乱弾放出」
その直後、機体がぐらっと傾いたかと思うと、
・・・!!
・・・ぐっ・・・ぎぎ・・・
・・・私は強い力で座席に押さえつけられる。
・・・視界が・・・狭まる・・・
・・・・・
「敵誘導弾は、どうやら対電波追尾式のようです。対電子妨害波を一旦停止します」
・・・シノ缶が何か言ってるが・・・
私は・・・意識を保つのが・・・精一杯・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
「回避しました」
・・・?
加重が収まった。
私は状況を確認しようと辺りを見回すが、敵誘導弾の航跡すら見付ける事ができない。
いや、そんな事より、
電子戦機は残り2機。
なんとしてもこれは護らなければならない。
その時シノ缶が、
「7時方向、視認距離に敵機。本機はこれより巴戦に入ります。高加重に備えてください」
・・・な!!
・・・いぎぎっ・・・
再び強烈な加重・・・
・・・・・
・・・まったく・・・
・・・司令・・・どころではない・・・
とりあえず私は、薄れる意識を必死に保ちながら、一言、
「・・・電子戦機を・・・護ってください」
「了解です。少し操縦が荒くなりますが、ご了承ください」
・・・え、・・・これ以上?
そして空が・・・
ぐるんぐるんと回る。
ああああ
・・・・・
・・・意識が・・・
・・・遠く・・・・
・・・・・
・・・・・
「見える!!」
シノ缶が叫ぶ。
・・・なに?
すると突然、後ろから何かが追い越していく。
・・・灰色の機体・・・
翼に・・・鉄十時?




「独逸の試製戦闘機、Me-9です。詳しい事は分かりませんが、あれはたぶん、無人機です」
後席のシノ缶が言う。
・・・無人機?・・・ドイツの?
そんなものが実用化されてるなんて・・・
いや、考えてみればこの飛電改四も一応無人機なのだが。
そして再び、視界が大きく動く。
私は再び強い荷重で座席に押し付けられるが・・・
私は必死で意識を保ちながら、空域情報を確認する。
複数の敵機が格闘戦距離に侵入しているらしい。
味方機は・・・すでに各個に格闘戦、もしくは回避機動に入っていて戦術統制ができない。
現在手が空いてるのは、頭数合せでとりあえず上がった練習機3機のみ。
恐らくこの練習機3機は敵の目を逸らす囮程度にしか使えないだろうが、
電子戦機が減った穴を少しでも埋めるため電波妨害を作動させる。
その時、
「飛電であれに格闘戦を挑むのは、少々分が悪いかもしれませんね」
シノ缶が言う。
Me-9は・・・
白い帯を引きながら、再びこちらの側背に回り込もうとしている。
速い。
明らかに機動性で負けている。
するとシノ缶が、
「このまま巴機動を続けて時間を稼ぎますか?それとも、失速旋回を行って一隅の攻撃時点を得ますか?ちなみに失速旋回を行うと、再び速度を回復するまで有効な回避機動ができなくなります」
「あなたが決めてください」
「了解。失速旋回を行います」
すると突然、バコンと何かが開く音がしたかと思うと、
私はおもいっきり前へ引っ張られる。
減速板に空気が当たる轟音と、失速を示す警告音。
一瞬、前一面が青空になり・・・機体は横に流れる。
何か、とんでもない動きをしているようだが、
私は先ほど食べたクリームソーダが上がってくるのを抑えるのが精一杯。
直後、左右から同時に炎、そして煙の帯。
一瞬やられたかと思ったが・・・機体は正常。
自機の誘導弾が2発減っている。
するとシノ缶が、
「あれの欠点は、基本に忠実すぎる所ですね。本機はこれより降下して速度を稼ぎます」
と言う。
・・・え?
直後、前方に・・・炎に包まれながら落ちていく何かが見える。
・・・・・
・・・どうやら、Me-9を撃墜したらしい。
全てが一瞬。何がなんだか・・・まったく分からなかった。
いや、ひとつ分かった事は・・・
戦闘機を司令機にするのは間違っている。
・・・などと考えていると、
再び警告音。
自機が射撃照準を受けている!
「4時方向に敵・晨星、その数2機。中距離です。・・・これはまずいですね」
シノ缶が言う。と同時に赤外線反応。
晨星がこちらに向けて誘導弾を発射したらしい。
・・・4発、来る。
確かにまずい。
飛電改四は真っ逆さまに降下して速度を上げる。
低空の雲を突き抜ける。そして海。
少し・・・こわい。
その時シノ缶が、
「前方、Me-9が香04に向かっています。このまま直進してMe-9を攻撃しますか?それとも即座に回避機動を行いますか?」
と言う。
・・・それは・・・つまり、
電子戦機・香04を生かすか、自機を生かすか・・・という選択?
・・・・・
・・・既に戦術統制できない状況で司令機が生き残っても・・・
電子戦機がいなければ・・・彼女を護る事は出来ない。
「直進してMe-9を攻撃して下さい」
「了解。直進してMe-9を攻撃します」
機内には相変わらず警告音。
敵誘導弾が迫っている。
前方のMe-9は・・・
この状況では確実にこちらは回避機動を取るものと判断したのか、それともこちらの動きがまったく読めていないのか、依然として香04に向かっている。
確かに・・・基本に忠実すぎるかもしれない。
発想力というものが欠落している。
直後、射撃照準にMe-9を捉えた事を示す電子音。
しかし命中率を高める為に尚、距離を詰める。
ここで初めてMe-9は回避行動を開始するが、もう遅い。
そして再び、左右から同時に炎、そして煙の帯。
誘導弾2発、発射。
「本機の攻撃手段は全て消費しました。これより回避機動を行います。高加重に備えてください」
シノ缶が言う。
そして私は以前に増して、激しく座席に押さえつけられる。
・・・あああ・・・
・・・もう・・・
・・・たくさんだ・・・
・・・・・
・・・飛鳥に帰りたい・・・
・・・・・
その時、強烈な振動、爆発音、機体が激しく回転する。
「被弾!右主翼欠損!残りの翼で機体を立て直しま・・・」
再び爆発音。体が千切れそうになるほどの振動。
「被弾!左主機、炎上!供給停止!消化剤散布!」
シノ缶が何か叫んでいるが・・・雑音で聞き取れない。
・・・しばらくすると・・・
振動は収まる。
・・・が、高度が下がっている。
するとシノ缶が、この状況にはそぐわない、妙に落ち着いた口調で、
「橘花さん、良い情報と悪い情報があります」
と言う。
・・・・・
「・・・良い方から聞きましょうか」
「坂東丸より入電。桜花さんを乗せたキ-367が、敵制空域を離脱しました」
・・・・・
・・・それは・・・
よかった・・・
・・・・・
「・・・で、悪い方は?」
「この機はもう駄目です。靖国で会いましょう」
・・・・・
・・・なるほど・・・
・・・・・
直後、
光に包まれる・・・







桜花

水平線の向こうに日が沈んで・・・あたりはだんだん暗くなっていきます。
相変わらず海面ぎりぎりの超低空飛行で・・・最初はちょっと怖かったですが、今では夕日を眺める余裕が出てきました。
この「キ-367」は、強襲任務を目的として作られた為か、海軍の直上連絡機より電探透過性が高く、速度も速いみたいです。
「第7艦隊の制空域を離脱しました」
操縦席のシノ缶さんが言います。
「航続距離を考えると、そろそろ巡航高度まで上がりたいところですが・・・まだ厳しいですかねえ」
・・・え、桜花に聞いてるんでしょうか。
「あ、そうですねえ・・・あ、ええと・・・おまかせします」
などと・・・桜花はてきとうな事を言っておきます。
ええ。はっきり言って、よくわかりませんし。
いやあ、シノさんが付いてきてくれて良かったです。
本当は桜花一人で飛鳥まで行くつもりだったのですが、
考えてみれば私、飛行機の操縦なんてできませんしね。
今回の旅では結局、最初から最後までシノさんのお世話になりっぱなしです。
桜花は一人ではなんにもできないんだって事が、ほんと、身にしみて分かりました。
飛鳥に帰ったら、いろいろ勉強しようかと思います。
ええ。帰れたらの話ですが・・・
横に座ってるすめらさんは、すっかり眠ってしまったみたいです。
ええ、実は、すめらさんも付いてきたんです。
しかも二人も。
ついさっきまでは、敵制空域低空離脱という危険な状況であるにもかかわらず、バナナを食べたりあやとりをしたり、識別のために一人だけ髪の結び目を逆にしたらもう一人の方も髪の毛いじってほしいと言うので、結局両方とも結び目逆になって再び識別困難になってしまったり・・・と、まるで学校遠足みたいに楽しくやってましたが。
おかげで桜花も緊張する事無く、ここまであっという間に来てしまいました。
ええ。ほんと。
・・・・・
・・・今、ふと、
第8艦隊を仲間にする為に、木島さんと一緒に輸送機一機で乗り込んで行った時の事を
思い出したりしてます。
あの時も、そう、機内で緊張を紛らわすかのように木島さんはいろいろお話してくださいましたが・・・
この子たちもひょっとしたら、
桜花の緊張を紛らわす為に、わざわざ決死の覚悟で付いてきたのでしょうか・・・
・・・・・
・・・いや、どうでしょう・・・
本当になんにも分かってないだけかもしれません。
だって、寝ちゃってますし。
この状況で眠れるって・・・すごいですね。
でも、近接戦闘能力の高いこの子たちが付いてきてくれるのは心強いです。
・・・・・
・・・・・
・・・ああ、
木島さんは・・・どうしてるでしょう。
元気にしてるでしょうか・・・
・・・それに・・・
うめはな・・・
ああ、うめはなの事が心配です。
いつになったら助けに行けるのでしょうか・・・
これまでのところは、まったく・・・私一人が生きていくのが精一杯で・・・
本当に・・・不甲斐ないです。
艦隊に戻れたら・・・この状況も少しは好転するでしょうか・・・
こんなときに橘花さんがいてくれたら・・・
ああ、橘花さん・・・
あんな事になってしまって・・・
橘花さんをまた元通りにする事はできるのでしょうか・・・
・・・・・
・・・・・
・・・などと・・・
静かになると桜花は、またいろいろと考え込んでしまいます。
思えば不安な事ばかりです。
ほんとに・・・涙が出そうになりますが・・・
・・・だめです。
私が弱気になっていては。
私を信じてくださってる方々に、合わす顔がありません。
とにかく桜花は、シホさんからお借りした刀をぎゅっと握ります。
・・・そういえば、この刀・・・
海軍の指揮刀と違って、ずいぶん実戦向きに作られてるみたいですね。
現代戦闘で刀を使う機会なんて全く無いはずなんですが、
なぜかこの刀は・・・多くの敵を倒してきたような迫力があります。
不思議と・・・勇気をもらえるような気がします。
「ところで桜花さん、あの空軍機は・・・いったい何だったのですか?」
と、突然シノさんが聞いてきます。
・・・ちょっとびっくりしましたが・・・
いや・・・なんだったのかなんて言われても・・・
「その・・・よくは分かりませんが・・・たぶん味方だったのではないかと・・・」
などとあやふやな事を桜花は言いますが・・・シノさんは、
「ええ。我々が生きてあの空域を離脱できたという事実を見た結果、あの空軍機は味方だったのだという事は私にも分かりますが・・・桜花さんはあの時、あの状況で既に、あれが味方だという事を確信されていたようにお見受けしました。一体何が・・・桜花さんにそう判断させたのでしょう」
・・・そ、そういわれても・・・
「なんと言うか・・・変な感じがしたのです」
「その、変な感じというのは・・・先日、8月23日の戦闘で、桜花さんが益城205隊を味方機と判断されたあの時に感じたものと、同じ感覚ですか?」
・・・え?
・・・そんな事もありましたっけ・・・
ええと・・・
どうでしょう。ていうか、・・・あんまり覚えていないんですが・・・
とりあえず桜花は、
「ええ。・・・いや、今回はちょっと・・・懐かしい感じも混ざってたような・・・気もします」
「ほう、懐かしい感じですか」
シノさんはそう言うと・・・しばらく静かになります。
なにか、考え込んでるのでしょうか。
それとも、桜花があまりにもあやふやなのであきれてるのでしょうか。
「あやふやな答えですみません」
「いえいえ。こちらもただの好奇心でお聞きしただけですので・・・」
・・・・・
・・・そしてまた、静かになります。
やっぱりシノさんは・・・何か考えてるみたいです。
しばらくするとシノさんは、
「そこにいるすめら、彼女の装備する試製特乙自動砲は、20粍弾を三点射できる強力な武器ですが、彼女はこれを片手で撃つ事ができます。これはとても人間にはできる事ではありません」
などと言います。
あ、そうなんですが・・・それはすごいですね。
シノさんは続けて話します。
「しかしこのすめらは、強化されてるのは耐久性のみで、筋力そのものは強化されてるわけではないのです。つまり、身体能力は人間とほとんど変わらない筈なのに、頭脳に電算機を埋め込むことで、ほとんど偶然的に、人間以上の力を出す事ができるようになったのです・・・という事は、人間にも本来、このような力を出す能力があるにもかかわらず、何らかの事情でその力を抑えられている・・・と、考える事もできます。これは、一体どういうことなんでしょう」
・・・え、
そうなんですか。
「え、どういうことなんですか?」
桜花が聞くと、シノさんは、
「あ、いや、私にもよく分からないんですけどね・・・まあ、現在の我が国の技術では、人型司令機の能力について、まだまだ分からない事が多いのです。もしかしたら人型司令機には、我々が想像し得ない能力が他にもいろいろあるのかもしれませんね。・・・と、いうお話です」
・・・あ、
そう、ですか。
なるほど。
・・・・・
・・・そしてまた、静かになります。
・・・・・
・・・・・
・・・そういえば、もう、ずいぶん飛んだような気がしますが・・・
距離的には、まだ半分来てないぐらいでしょうか・・・
「そろそろ、巡航高度まで上がります。今より飛行は安定しますので・・・桜花さんも少し、お休みになられてはどうです?」
と、シノさんは言います。
外には・・・きれいなお月様です。
もうすっかり夜です。
・・・そうですね。
私も少し、寝た方が良いでしょうか。
・・・・・
・・・でも、やっぱり寝られません。
・・・・・
「・・・飛鳥と・・・会合できるでしょうか・・・」
ふと、桜花はそんな事を言ってから、自分がそんな事を言ってどうするんだと、ちょっと思ったりしますが、
シノさんは、
「ええ。必ず会合できますよ」
と、
やさしく言うのです。
・・・なぜか少し、桜花は安心します。








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