皇紀2666年 9月1日
















皇紀2666年 9月2日








藤花

 記憶の一部が変更されたらしい。
頭が痛い。
それと・・・体が・・・妙に重い。








皇紀2666年 9月3日








藤花

先ほど、お世話をしてくださってる整備の方に聞いたのですが、
私は、ここで作られたものなのだそうです。

それはごく最近の事なのだそうですが、私はもっと以前から生きていたような気がします。
・・・なぜでしょう。
この・・・なんともいえぬ違和感と・・・思い出せそうで思い出せない記憶の断片を探しているような・・・
変な感じ。
・・・ていうか・・・ここ、どこ?
なんだか、妙に部屋っぽい部屋。
窓も無いのにカーテンだとか、料理するわけでもないのにキッチンとか、ソファーとかクッションとか。
なんだか・・・がんばって部屋っぽくしてるっていう感じ。
すこし、違和感を感じます。
・・・でも・・・そのなかでひと際・・・そう、あれは・・・
鏡。
なんとなく、それを見るのは怖かったんだけど・・・
でも、すこしだけ、見てみると・・・
・・・やっぱり・・・
鏡の中には・・・見知らぬ顔が・・・
私を見ているのです。
・・・・・私は・・・・
・・・・急に恐ろしくなって・・・・
その鏡をとにかく遠くへ投げ飛ばしてやりたくて・・・
それは壁に当たって粉々になってしまった。
すると、その音を聞きつけて、整備の人達が何人か部屋に入ってきて、
私を押さえつけようとする。
彼らは私に、何か言ってるんだけど・・・
全く聞き取れない。言葉の意味が分からない。
だから私は大きな声で、
「私を元の場所に戻して!」
って、叫ぶ。
・・・・自分でも・・・その意味はよく分からないんですが・・・
とにかく何度も・・・私は・・・叫んでいる。
「私を元の場所に戻して!」
「はやくもどして!」
・・・・そもそもこれは・・・私の意思なんでしょうか。
私はいったい・・・どこに戻りたがっているのでしょうか。
全てに感じる、違和感。
自分自身に感じる違和感。
なんだか、自分のなかにもうひとり誰かがいるような、そういう感じです。








皇紀2666年 9月4日

















皇紀2666年 9月5日








藤花

なんだか、とても・・・頭が痛いです。
とにかく痛くてしょうがないので、私は、その辺にある家具とかを片っ端から壊していきます。
・・・別に、そこまでやる必要ないのに・・・なんて内心思っているんだけど、
なぜか体が勝手に動くんです。
そして、また私は大勢に押さえつけられて、なんだかよく分からない薬を注射されます。
そうすると、私は幾分穏やかになったようですが・・・
今度は、視界に全く色がなくなってしまいました。
別にこのままでもいいかな、なんて思うんだけど、とりあえず、
その事を、近くにいた整備の人に伝えようと思ったのですが・・・
なぜかうまくしゃべれないんです。

そしたら今度は、たくさんのコードを頭につながれて、私の脳がいじくられる。
・・・もう、いい加減にほっといてくれたらいいのに。
私は、青い水の中で、何にも考えずにぼんやりしていたいのに。
・・・・・
・・・・青い水?
ああ、そっか・・・
この前、私が戻りたがっていたのは、青い水の中なんだ。
きっとそこが、私の住処だったのね。
たぶん私は・・・こんな姿になる前は、きれいな魚だったのね。
ああ、
さかな。
さかな。
さかなにもどりたいな。









皇紀2666年 9月6日























皇紀2666年 9月7日


























































・・・どこか遠くで・・・
ちり〜んと、風鈴の音がします。
なんだかとても眠いです。


















































・・・・ここは・・・・どこでしょう。


そうだ、きっと、ここは・・・
私の部屋。

私は今まで、とても長い夢を見ていたんだ。
今までのことは、全部夢だったんだ・・・
艦隊とか、提督とか、そういうのも全部、夢。
・・・ああよかった。
本当に。
・・・考えてみれば、すごく変な夢。
私なんかが艦隊の指揮をするなんて。
お父さんの影響?
これはまずいわ。お父さんみたいになっちゃう。
・・・そんなことより、
そう、早く起きて学校に行かなくちゃ。
あ、でも、今日のご飯当番はお父さんだから、もうちょっと寝ていてもいいかな・・・
・・・いや、ちがう、お父さんじゃなくて、今日の当番は、さくらだ!
こうしちゃいられない。
きょうはさくらが朝ご飯を・・・
・・・・・
・・・さくら?
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・私は何を言っているのでしょう。
まだ寝ぼけているのです。
だいたい、こんな部屋、見た事ないです!
いったいここは・・・どこなんですか?!
私はまた・・・知らない間にどこかに連れてかれてしまったのでしょうか。
そういえば・・・
飛鳥は!
艦隊は?!
どうなったのでしょうか!
あの、なんだかよくわからないやつが襲ってきて・・・
こうしてはいられません!
私は、艦隊に戻らなければなりません!
・・・とにかく・・・先ずはここがどこなのか突き止めないと。
この部屋から外に出れば、何か分かるかもしれません。
それで桜花は立ち上がろうと思ったのですが・・・
・・・なんか・・・変です!
体がすごく軽いんです!
空気みたいです!
桜花はすごくびっくりして・・・ちょっとよろけてしまいます。
それで、近くにあったタンスの角をつかんでバランスを取ろうとしたんですが、そしたら、
なんと!タンスの角が、ばりって!取れちゃったんです!
・・・なんてもろいタンスなのでしょう。
まるで、モナカみたいです。
見た目は普通のタンスなんですけど・・・
不思議です。
そしたら、今のばりって音を聞きつけたのか、外から人の声が聞こえます。
そしてしばらく静かになったかと思ったら・・・
突然、勢いよく障子が開いて、外から銃を持った男の人が入ってきたんです!
なんなんですかこの人は!
桜花はもう驚いてしまって・・・なんだか急に、めまいがして・・・
布団の上にへたり込んでしまいます。
でもその男の人は、桜花を撃とうとしてる訳ではないみたいで、少し間をおいてから、
「今の音はなんだ?」
と桜花に聞きます。
だから桜花は、
「あの・・・タンスを・・・壊してしまいました。ごめんなさい」
と言うと、その男の人は、「やれやれ」といった表情で銃をしまってから、
「力加減が出来ないうちは、迂闊にものに触らない方が宜しいかと思われます。大将閣下」
と言って、部屋から出て行ってしまいました。
・・・いったい・・・なんなのでしょう。
そしてしばらくしてから、今度は違う人が入ってきます。
小柄な女性みたいですが、大きなマスクとメガネを付けていて・・・
なんだか怪しいです。
そしてその女の人は、桜花に、
「まだ横になっていた方がいいです。体の方は・・・少し調整が必要みたいですね」
と言います。
・・・何だかこの声・・・どこかで聞いたことがあります。
だから桜花は、
「あなたは・・・誰ですか?」
と聞いてみます。そしたら彼女は、
「え、私のこと、忘れてしまったんですか?」
と言ってから、しばらく間をおいて、
「ああ、そういえば、私の本体に会ったのは初めてでしたね。わたし、シノです。その節はどうも」
・・・え!
・・・シノさん?・・・って、全然違うじゃないですか!
シノさんっていったら、もっと、こう、給湯器みたいな・・・
・・・でも、確か・・・そういえば、あの給湯器みたいなシノさんは端末で、他に本体がいる、みたいな事を言っていたような気がします。
じゃあこの人が・・・シノさんの本体なのですか。

ちょっと・・・意外です。
色白で、ちょっとつり目で・・・マスクを取ったら、結構美人なのかもしれません。
あの、滑稽なシノさんが・・・
・・・意外です。
いや、そんなことより!
「艦隊は、飛鳥はどうなったのですか!」
と桜花は叫びます。
するとシノさんは、
「落ち着いてください。我々にも詳しい情報は分からないのです。戦艦飛鳥にいた私の端末機からも情報は途絶えたままです。むしろ、私が聞きたいぐらいです。・・・しかし、衛星画像から判断すると、艦隊は問題無いように見えます。現在は・・・あなたが最後に指令した座標に向かって洋上待機しています・・・しかし・・・その指揮系統を、いったい誰が掌握しているのかは分かりません。こちらからは通信もできません」
・・・私が最後に出した指令・・・?
そう、私は、軍令部配下の航空基地から離れるために、はるか外洋に艦隊を移動させるように指示座標を割出したのです。
艦隊が、その指示に従っているということは・・・
桜艦隊の指揮系統は、軍令部側に掌握された訳ではない、という事でしょうか・・・
それとも・・・今ここにいる私にそう思わせて、おびき寄せようとしているのでしょうか。
・・・なんともいえません。
ていうかそもそも、
「ここはどこなのですか?」
と桜花が聞くと、シノさんは、
「ここは・・・北海道の恵庭というところです。陸軍機甲師団の駐屯地がある場所ですが、この家は陸軍とは全く関係の無いただの民家です。この辺の不動産屋から架空名義で胆沢さんが借りたんです。・・・あ、ちなみに、さっきの人が胆沢さんです。ええ。こういう仕事は得意みたいで・・・」
「北海道?!・・・なんで北海道なんですか?!艦隊は遥か南方の洋上にいるのですよ!」
と、思わず桜花はシノさんの話をさえぎってしまったのですが、
なんで・・・私は北海道に・・・しかも恵庭って、内陸の方じゃないですか・・・
「お気持ちは分かりますが、桜花さん、先ず落ち着いて、私の話を聞いてください。とりあえず、あなたが艦隊を離れてからこれまでの経緯を、きちんとお話しますから・・・」


その後、少し間を置いてから、シノさんは
「それでは、あなたがここに来るまでに至った経緯をお話しますが・・・」
と言いかけた所で桜花は、
「その前に、現在の飛鳥の状況を、もう少し詳しく、分かる範囲でいいので教えてください!」
と口を挟みます。
「・・・そうですね・・・桜花さんにとってはそれが一番気がかりなことでしょう。しかし、先ほども申し上げた通り、我々もそれほど多くの情報を収集出来ているわけではありません。・・・ただ、これまでの桜艦隊の航行速度から考えて、飛鳥の機関に問題は無いようです。また、先の戦闘で大破した前方機関砲も修復されています。その点から考えて、とりあえず危機的な状況は終息したのだと思われます」
「それで、飛鳥の人たちは・・・甲板要員や参謀部の人たちや、木島さんは無事なのですか?」
「・・・そこまでは分かりません・・・」
・・・やっぱり・・・そうですよね・・・
・・・飛鳥の皆さん・・・無事なのでしょうか・・・
考えれば考えるほど・・・いろんな悪いことが頭に浮かんできて・・・桜花はもう・・・
自分を失ってしまいそうなほどの不安感に落ちていきます。
ああ、結局私は・・・提督であるにも関わらす、一人難を逃れて・・・生き残ってしまったのです。
・・・しかし・・・
どのような状況であるにせよ、桜艦隊と、飛鳥は未だ洋上にあるのです。
戦力が残っている以上、私は再び艦隊に戻り、それを善きに導く努力をしなければなりません。
こんなところで落ち込んでる場合ではないのです。
そう、きっと・・・木島さんも、
その為に私を生かしてくれたのだと思います。
私はまだ・・・負けてはいないのです。
「・・・分かりました・・・それでは、シノさん、私がここに至るまでの経緯を教えてください」
と桜花が言うと、シノさんは、
「はい。・・・詳しく話せば長くなるのですが、なるべく掻い摘んでお話します」
と言ってから、話し始めます。
「先ず・・・我々は、この反乱行動の開始直後に、連合艦隊旗艦にもしもの事があった場合は、電算情報を回収するように山本前司令から言われていたのです。それで回収地点として指示されたのが屋久島南端部で。そこに極秘部隊を向かわせたところ、なんと、桜花さんが入った脱出カプセルを見付けたのです。おそらく、飛鳥側面の巡航ミサイル発射機から発射されたのでしょう。ご存知ですか?」
「・・・いえ・・・そんな脱出装置がある事自体・・・知りませんでした・・・側面の発射機は飛鳥が揚陸支援艦だった頃の名残で、今は安全性を重視して左右一発のみ搭載してあると聞きましたが・・・」
「そうですか。これを知ってるのは旗艦でも限られた人たちだけなのでしょう。・・・それで、我々はその脱出カプセルを発見はしたのですが、恐らく航行中に攻撃を受けたのか、それには何かで貫いたような大きな穴があいていて・・・中の桜花さんも・・・たぶん人間だったら即死状態のひどい有様で・・・まあ、具体的に言うと・・・下半身の欠損。それに伴い、頭脳を除くほぼ全身が再生不能状態でした」
・・・え、再生不能状態って・・・つまり私は・・・死んでしまってという事なのでしょうか!
え、じゃあ・・・今の私って、いったい・・・
これはすごく驚きの情報なのですが、とにかく桜花は落ち着いて、シノさんの話を聞きます。
「まあ、本来これほどの損傷を受けた場合は、人型司令機といえども再起できないのですが、我々陸軍は、以前より人型司令機の前線での使用を計画しており、その際、ある程度欠損しても再生できる人型司令機の開発を行っておりまして・・・それの試作機が、以前桜花さんもお会いしたと思いますが、あの「すめら」という子で・・・その技術を桜花さんにも応用すれば、再生できる可能性もあるのではないかと考えたわけです。・・・ちなみに、すめらの試験開発拠点が、ここ、恵庭にありまして。まあ、もともと機甲師団の戦術司令を行うのがすめらの開発目的だったから、機甲師団が駐屯する恵庭に拠点を構えた訳なんですが・・・それで、急遽、桜花さんを恵庭に輸送して、ええ、まあ、すめらが訓練中に破損したという事にして、その予備素体を使って、極秘裏に桜花さんを修復した訳です。見た所・・・蘇生はうまく行ったみたいですね」
・・・そんな・・・
すごい事が行われていたのですか!
それは・・・なんというか・・・
「あ、それはそれは・・・お手数お掛けして、申し訳ありません」
と、桜花が言うと、シノさんは少し間をおいてから、
「いえ・・・まあ、我々にとっても桜花さんは必要な存在ですし・・・ていうか、もうちょっと驚くかと思いましたが・・・桜花さん、案外普通ですね」
と言うんですが、
桜花は驚くもなにも・・・あまりに意外な出来事だったので、反応できないというか・・・
・・・でも・・・
という事は・・・もしかして、
「その技術を使えば橘花さんも元通りに治せるのですか?!」
と桜花が聞くと、シノさんは、
「・・・それは・・・分かりません。橘花さんの損傷具合も分かりませんし、現状で使える予備素体はもう使ってしまいましたし・・・何より、陸軍仕様の戦術型司令機の素体を海軍仕様の戦略型司令機に使ったわけですから、いろいろと問題もあります。例えば・・・」
と言って、シノさんは、桜花が壊したタンスの方を指さします。
・・・え?


「いやあ!あれは・・・申し訳ないです。そのうち海軍の方で弁償しますから・・・」
「そういう事ではなくて・・・」
と言ってからシノさんは、再び静かに話し始めます。
「そもそも、すめらの様なタイプの戦術型司令機というのは、比較的前線に近い地域で、もしくは戦闘部隊と共に行動し、司令を行う事を想定しています。つまり、司令機自らが戦闘を行う可能性も十分にある訳ですが、貴重な電算情報を敵に渡すわけにはいきません。その為、電算司令能力は若干簡素化され、その代わりに、生体頭脳の多くは単独戦闘能力、近接域状況判断能力、身体能力強化のために使われ、場合によっては単独である程度戦線を突破できるように作られています。したがって、基本的にこの手の戦術型司令機は、後方の戦略型司令機の遠隔司令によって機能するようになっているのです。例えば・・・以前桜花さんを救出する際にすめらが投入された時の状況などが、基本的な例ですね」
・・・・・
・・・ええと・・・シノさん・・・
何だか言ってる事がとても難しくて、桜花にはよく分からないのですが・・・
とりあえず、「なるほど」と言ってあいづちを打っておきます。
そしてシノさんはまた話し始めます。
「それで、ここからが重要なのですが・・・今、桜花さんの体は、その、戦術司令機の素体になっているのです。本来ならば、戦術型司令機の体を動かすには多くの生体頭脳を必要とするので、司令能力に多くの生体頭脳を使っている戦略型司令機にその体を付けても、通常通りに機能することはできません。我々も、桜花さんの生命を維持する事だけを目的に、すめらの予備素体を付けた訳なんですが・・・しかし、修復中にあなたの生体頭脳は、その素体の機能神経をみるみる取り込んでいって・・・そして今日、このタンスです」
と言ってシノさんは再び、桜花が壊したタンスの方を指さします。
「・・・あ、はい。艦隊の指揮を掌握したら、出来るだけ早くに弁償しますので・・・」
「そういう事ではなくて・・・」
と言ってからシノさんは、再び静かに話し始めます。
「体の機能を制御できないというのは大きな問題ですが、戦略型司令機の頭脳で戦術型司令機の機能をある程度発揮できてしまっているというのは・・・超自然的な適応能力です。もし、あなたが・・・戦略型司令機としての機能を維持しつつ戦術型司令機の能力も十分に発揮できたなら・・・すごい事です。・・・まあ、その両方の能力が必要になるような状況になるかどうかは聊か疑問ではありますが」
・・・・・
・・・なんとなく・・・
シノさんの言おうとしてる事が分かってきたような気もします。
たぶんシノさんは・・・
タンスを壊した事を怒っているのでは無いようです。
そしてシノさんは、
「・・・そう、・・・実はあなたの超自然的な能力に驚かされたのはこれが初めてではないのです」
と言ってシノさんは、少し真剣な目で桜花を見ます。
・・・え、どういう事ですか?
超自然的って・・・?
「桜花さん・・・少し前の事を思い出してほしいのですが・・・あなたは先日の戦闘で・・・通常の司令電算では絶対に行わないような指示を何度か出していますよね・・・例えば・・・あの戦闘で一番最初に敵機を捕捉した時の事です。あの時、こちらは既に攻撃を受けた状態で、こちらの戦闘機部隊は攻撃位置に付いていたのに、なぜかあなたは、戦闘機部隊に攻撃許可を出さずに、視認距離まで接近するように指示を出しました。空戦装備の敵機に対して視認距離まで接近するというのは全くの自殺行為で・・・本来なら司令電算機はこのような指示は出さないはずです。しかし・・・そう、あの時、敵表示になっていたのは、実は「益城205隊」で・・・味方機だったのです。つまり、攻撃しないで良かった訳です。しかし、あの時のあの状況では、絶対にあれが味方機であるなんて事は分かるはずが無いのです。・・・なぜあの時あなたは・・・戦闘機部隊に攻撃許可を出さずに視認距離まで接近させたのでしょう・・・あの時あなたは、どうしてあれが、味方機だと分かったのでしょう」
・・・・・え?
・・・・そんな事も・・・ありましたっけ?
なんだか、難しい話ばかりが続くので、だんだん頭がこんがらかってきましたが・・・
・・・あ、そういえば・・・・
そう、あの時・・・ていうか、あの戦闘で、
そうです。確かに。
何度か・・・
変な感じがしたのです。
電算機械である桜花が「変な感じがする」なんて言うこと自体変な事だと思っていたのですが・・・、
変な感じがしたのです。
シノさんが言ってる超自然的な事って・・・もしかしてこれの事なのでしょうか。
シノさんは再び話し始めます。
「・・・それともう一つ・・・あの戦闘においての最大の疑問点が、敵の戦術です。あの戦闘の一番最後に、なぜ敵は機甲兵・・・あ、あの飛鳥に上がってきたロボットみたいなやつの事を我々はそう呼んでるのですが・・・なぜ敵は機甲兵を投入して来たのでしょう。桜花さんと飛鳥が一番の脅威であるならば、わざわざあんなものを空挺させずに、対艦ミサイルで攻撃した方が確実だったはずです。しかも、あの機甲兵というのはまだ試作段階で、敵もそれほど多くを保有しているわけではありません。また、敵制空域で海上に空挺降下させる訳ですから、多くを損耗する可能性がありますし、それに、降下してから駆逐艦に発見されないようにするには、静かに海中で待機する必要があります。当然、飛鳥がその近くを通らなければ接触出来ないので、ある程度分散して海上に散布しなければなりません。そうすると、最終的に飛鳥までたどり着けるのはほんの一握りです。ただでも数の少ない機甲兵を・・・ほとんど失う覚悟で投入しているのです。・・・どうしてそこまでして・・・飛鳥の甲板に上がる必要があったのでしょう。損耗率のわりに、非常に確実性の低い戦術です」
・・・・・確かに・・・
そう言われてみると・・・なんとも奇妙な戦術ですよね・・・
・・・なんでそんな事をしたのでしょう・・・
「なんでそんな事をしたのでしょう」
と、桜花が言うとシノさんは、
「・・・これは、あくまで私の考えなのですが・・・」
と言ってからしばらく間をおいて、
「恐らく彼らは最初から、桜花さんを消去しようとしていた訳ではなく、桜花さんを鹵獲しようとしていたのでないでしょうか。そしてその目的は、もしかしたら・・・桜花さんの、その・・・超自然的な能力にあるのではないかと・・・私は思うのです」


・・・なんだか、よくわかりませんが・・・
鹵獲しようとしていたのだとすると、確かにいろいろと辻褄が合います。
・・・そう、考えてみれば・・・
私が以前、単身で第8艦隊に強襲した時も・・・
今思えばあの時も、最初から私を消去するつもりだったのなら、もっといい方法があったんじゃないかと思ったりもします。
やっぱり、あの時も本当は私の指揮能力を奪う事が目的だったのではなく、鹵獲する事が目的だったのでしょうか。
でも、なんのために?
確かに人型電算機は非常に高価な兵器ですが、先日の戦闘で彼らが投入した戦力の方がよっぽど値段が高いと思いますが・・・
だいたい、超自然的な能力って、なんなのですか?
私にはさっぱりわかりません。
それでしばらく桜花が考え込んでいると、シノさんが
「さてと・・・桜花さんと二人っきりでお話ししたい事は他にもいろいろあるのですが・・・実は、ここにもそう長く留まっている訳にはいきません。恐らく今の状況は彼らにも想定できる範囲なので、ここにいても見付かるのは時間の問題です」
と、言うのです。
え、そうなんですか・・・!
それはなんだかよく分かりませんけど・・・大変です。
さらにシノさんは、
「しかし・・・体の機能を制御出来ない状態の桜花さんが自力で動くのは非常に危険です。タンスならともかく、うっかり人間をひねりつぶしてしまったらただ事ではありません。・・・とりあえず、失敬かとは思いますが、こちらをどうぞ。あ、動かないでください」
といって桜花の胸に、なんだかよく分からない装置を押し付けます。
なんですかこれは。
と、思ったら、突然それはピリッと静電気みたいなのをだして・・・
なんだか桜花は・・・だんだん・・・眠くなって・・・























皇紀2666年 9月7日










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皇紀2666年 9月8日


桜花

・・・・・
・・・ここは・・・どこでしょう・・・
なんだか、ぐらんぐらんと動いてるみたいです。

でも、この揺れ方は艦艇のとはだいぶ違います。
ガタンゴトンと。
きっとこれは車の中です。
ちょっと大きめのワゴン車の中の寝台で、桜花は横になっています。
窓はふさがっているのですが、少しだけ漏れている光が、ゆらゆらと動いています。
すると、すぐ近くでシノさんの声がします。
「目が覚めましたか。具合の悪いところはないですか?」
と・・・給湯器が話しかけてきます。
あ、これは・・・いつものシノさんです。
あれ?
シノさんの本体はどこへ行ったのでしょう。
と、思ったら、給湯器のシノさんが、
「あ、私の本体は総軍本部に戻りました。あんまりあそこから離れていると怪しまれますし・・・それにあれは脆弱で使い勝手が悪いので、あんまり外を出歩けないのです」
と、言います。
あ、そうなんですか・・・
なんだか・・・どっちが本体なんだか分からない感じですが・・・
そして再びシノさんは、
「具合はどうですか?」
と聞くので、
「あ、ええ。大丈夫です・・・あ、でも、ちょっとおなかがすいたかもしれません」
と、桜花は言います。
するとシノさんは、
「あ、おなかがすきましたか。・・・それは良い兆候です」
と言ってから、がさごそと近くにあるリュックの中をあさったりしながら
「そうですねえ・・・桜花さんはおなかがすくんでしたよねえ・・・いやあ、何せ急だったので、お食事の用意をすっかり忘れていました・・・あ、そういえば・・・」
と言ってからシノさんは、自分の頭のてっぺんのふたをパカッと開けて、そこからバナナを取り出します。
すごいです!
飛鳥にいたシノさんはお湯を出したりしましたが、このシノさんは頭からバナナを出すのです!
「たぶんちょうどいい具合になっていると思います」
と言って、シノさんはバナナを桜花に手渡します。
これはうれしいですね。
桜花はバナナをおいしくいただきます。
桜花がバナナを食べてる間、シノさんはバナナについてのいろんな話をします。
(お湯を出す方のシノさんはおいしいお茶の淹れ方を延々と話していましたが・・・もしかしてこれは、端末機それぞれが持つ仕様なのでしょうか)
バナナというのは、黄色い熟した状態では品質がすぐに悪くなってしまうので、緑色のとても硬い状態で輸入されるのだそうです。
それで、この緑色のバナナを黄色いバナナにするには、温度や湿度などの微妙な調節が必要なのだそうで、本来この作業は専門のバナナ加工業者がやっているのだそうですが、実はなんと、シノさんは、この緑色のバナナを頭のてっぺんに入れて黄色いバナナにする事が出来るのだそうです!
それはすごい機能ですね。
・・・でも・・・冷静に考えてみると・・・
司令電算機にバナナを加工する能力って・・・必要なのでしょうか。
シノさんが言うには、これはもともとバナナを加工するために装備された機能ではなくて、試行錯誤の末に努力で身に付けた技能なのだそうです。
・・・まあ、その試行錯誤のお話は難しくてよく分かりませんでしたが・・・
話によると、ここにいるシノさんは、もともと戦術型司令電算機(すめらさん)の電算支援を行う事に特化した仕様なのだそうで、状況的に遠隔司令が出来ないような時でも戦術型電算機に戦略的司令を与えたり、その他いろいろなサポートが出来るのだそうです。
そのひとつが、戦術型がオーバーヒートした際の電子冷却機能で、このシノさんは通常より強力な冷却装置を搭載しているのだそうで、バナナの加工はその能力を使ってやっているのだそうです。
ちなみに、すめらさんはバナナが大好きなんだそうで、当時演習地だった台湾ではよくバナナを食べていたそうですが、そこで緑色のバナナも食べようとして大変な事になったそうで、それでシノさんは、緑色のバナナを黄色くする技能を身に付けたのだそうです。
・・・なるほど・・・
シノさんって、本当は思いやりのある方なんですね。
それで、
実はバナナの話はそれほど重要でもないのです。
重要なのは、話の途中で出てきた、戦術型電算機の支援を行うのに特化しているという事で。
その後、シノさんは、
「ちょっと無駄話が多くなってしまいましたが・・・ここからが重要なお話なので良く聞いてください」
と言うので、桜花もよく聞きます。
「今現在、桜花さんの体は戦術型になっていますが、桜花さんの戦略型の頭脳では、それをうまく制御する事はできません。だから、現在はその力は常時一番弱く設定してあり・・・つまりリミッターをかけている訳です。これでたぶん、桜花さんは今まで通り生活する分には支障が無いと思いますが、せっかく強力な戦術型なのですから、これを全く禁じてしまうのはもったいないでしょう。そこで、その制御機能および戦術管制機能を私の電算頭脳に搭載して、有事の際には私と接続する事で近接陸上戦闘を行えるようにしました」
・・・え、
・・・近接・・・陸上戦闘ですか・・・
それはまた・・・大層な事を・・・
でも、海軍提督が近接陸上戦闘を行わなければならない状況になった段階で、戦略的に負け確実ですし・・・大体私にそんな能力を付けたら、逆に危なくなりそうですが・・・
「・・・や、お気持ちはありがたいのですが・・・桜花は艦隊司令電算機なので、そんな・・・陸上戦闘なんて・・・とても、やる機会は無いと思いますが・・・」
と桜花が言った途端、突然、乗ってる車が急カーブしたのか、桜花は壁の方に押し付けられます。
・・・な、なんて荒っぽい運転なのでしょう。
するとシノさんは、
「・・・いえ、もしかしたら、もうすぐ必要になるかもしれません」
と言ってから、リュックの中からがさごそと、何か取り出します。
そしてそれを桜花に・・・て、これ!拳銃じゃないですか!
「実は今・・・我々は追われているのです」


え!追われてるんですか!
・・・それは、大変じゃないですか!
悠長にバナナの加工方法など教わってる場合じゃないじゃないですか!
桜花はとにかくもう、あたふたしてしまうのですが、シノさんは至って穏やかで「まあ、落ち着いてください」などと言いながら、再びリュックの中をがさごそとしています。
それでまた、何か強力な武器でも取り出すのかと思ったら、なんとシノさん、そのままリュックの中に収まってしまいました!
何をやってるんですかシノさん!
そんなところに隠れたって意味無いじゃないですか!
するとシノさんは、
「海軍とはいえ上官閣下にこのような事をお願いするのは畏れ多いのですが・・・ちょっと私を背負って頂けないでしょうか」
と言うのです。
なにがなんだか、桜花は全く流れがつかめないのですが・・・とにかくどうしたらいいかも分からないので、とりあえずシノさんの言うとおり、シノさんの入ったリュックを背負う事にします。
・・・それにしても・・・ちょっと・・・
シノさん、すごく重いです!
背負うのも一苦労ですが、背負ったらもう、重くて立ち上がれません。
こんな事して・・・いったいどうしようというのでしょうか。
「大丈夫です。接続したらすぐに重さは感じなくなります。あ、接続させていただいてよいでしょうか」
と言ってシノさんは、リュックの中からにょっきりと手を出して、桜花の耳の後ろをこちょこちょといじります。
ちょ!ちょっと待って下さい!
なんて言う間もなく、桜花の接続口に何かがはめられてしまいました。
ちょっと・・・強引です、シノさん・・・
桜花は心の準備も出来ていないのに・・・そんな訳の分からないものを差し込むなんて・・・
桜花はちょっと、泣きそうになります。
するとシノさんは、
「あ、ごめんなさい・・・海軍機は接続口をとても大事にするように出来ているのでしたね。ええ・・・その辺は以前飛鳥に最初に行った時に、よく認識していたつもりだったのですが・・・なにぶん時間もありませんので・・・許して下さいね」
と言ってから・・・しばらくすると、リュックが急にがくんと軽くなります。
最初はリュックの底が抜けてシノさんが落ちてしまったのかと思いましたが、
シノさんはちゃんと桜花の背中にいます。
これはびっくりです。
何も背負っていないみたいです。
「私を背負った状態で重心が安定するように設定しました。これで大丈夫です」
と言ってから、シノさんは、
「とりあえず、この状況が終了するまで私に任せて下さいね。悪い様にはしませんから。・・・あ、ちょっと怖いかもしれませんが、ええと・・・気にしないでください」
と言うと、なんだか桜花の手が勝手に動いて、先ほど渡された拳銃を、カチッ、ジャキン!、カチャ・・・てやって桜花の腰のところに入れます。
そして、運転してる胆沢さんに向かって
「じゃあ、後はヒトフタハチゴにて。宜しく」
って、シノさん・・・じゃなくて桜花(?)が言ってから桜花は車のドアを開けて、そして外の光が、いきなり、ぐるんぐるんとすごい勢いで!なんだかよく分かりませんが・・・
一瞬後には、桜花はどこかの茂みの中にいます。
風景が急に変ったので、また記憶が途切れたのかと思いましたが・・・そうではなくて、
桜花は茂みの中で姿勢を低くして、さっきまで乗っていたワゴンが猛スピードで走って行くのを見ています。
そしてその後ろを、黒い車が追いかけて・・・行ってしまいました。
桜花はしばらくそこでじっとしてから、
「ここからは少し離れた方が良いでしょう」
と・・・これはシノさんの声・・・ではなくて、シノさんから接続コードを伝わって送られてきた信号です。
そして再び風景がぐわーんと、ものすごい勢いで前から後ろに過ぎていきます!
たぶん森の中みたいですが、もう、何が何だか分かりません!
空気の流れる音だけが、もう、戦闘機みたいに耳元で鳴っています。
ちょっと!
すごく怖いです!


気が付くと、桜花は再びどこかの茂みの中で、姿勢を低くしてじっとしています。
何だか体中が熱くて・・・頭がくらくらしてきます。
「これだけ離れれば、しばらくは大丈夫でしょう」
と、シノさんの声がします。
でも・・・桜花は・・・何だか頭がぼ〜っとして、返事もできません。
するとシノさんは、
「ちょっと待って下さいね。今冷却しますから」
と言ってから、何やら「キュインキュイン」という作動音がします。
でもシノさんは桜花の背中にいるので、何をやっているのかは分かりません。
すると突然、服の中に何かがにょろにょろと入ってきます。
それはうねうねと、桜花の体のいたるところに巻き付いて・・・
ちょっと!何なんですかこれは!
触手?!
触手ですか?!
ちょっと!シノさん!これ・・・きもちわるいです!
・・・あ、
でも・・・
ちょっとひんやりしてて・・・
・・・きもちいいかも。
すごく熱かった桜花の体も、だんだん冷たくなっていきます。
いや〜、これは・・・
ちょっとびっくりですけども・・・ええ。
いいかもしれません。
しばらくすると、桜花の意識もずいぶんはっきりしてきて、この触手みたいなのはしゅるしゅると巻き取られていきます。
今のがたぶん、シノさんの冷却装置だったのでしょう。
その後シノさんは
「長らくお借りしてすみません。それじゃあ、体の方、お返ししますので」
と言ったかと思うと、急に桜花は体の力が抜けたような感じになって、ペタンと尻もちをつきます。
あ、手足が自分の思い通りに動くようになりました。
とにかく何がなんだか分からない事が続いたので、桜花もちょっと混乱気味ですが・・・
とりあえず・・・あたりをきょろきょろと見まわしてみます。

ここは・・・森の中です。
何だかとても不思議な場所です。
そう、桜花は生まれてからずっと、鋼鉄で出来た戦艦の中にいたので、・・・こんな・・・
自然の森の中にいるのが、とても不思議に感じます。
視界に人工物が全くないなんて・・・
海が・・・全く見えないなんて・・・
・・・私は・・・
あらためて、自分の住処から、とても遠くに来てしまったのだという事を実感して・・・
何だか急に、心細くなってきます。

そして、また・・・たくさんの不安が込み上げてきそうになりますが・・・
だめです。
弱気になっている場合ではありません。
桜花はゆっくり立ち上がって、靴下についてる葉っぱとかを、ぱんぱんと払います。
そして、大きく深呼吸します。
ああ、なんだか、空気がいいです。
森の空気って、なんだかとても体にいいような気がします。
森の空気をたくさん吸ったら、少し元気な気分になりました。
元気な気分で見ると、さっきまでとても不安に見えた森の景色も、なんだかとてもきれいです。
全体的に色が淡い感じで、木々の間からきらきらと光る日差しがやわらかいです。
耳を澄ますと、鳥の声も聞こえます。
いいですね。
そう、せっかくこんな遠くまで来たのだから、満喫しながら行きましょう。
それがいいです。
・・・さて!
これからどうしましょう。
ていうかそもそも、今桜花は、いったいどの辺にいるのでしょう。
するとシノさんが、
「現在位置の座標を送信します」
と言うと、桜花の頭の中に位置情報が入ってきました。
といっても、海上とは違って桜花はなんだかいまいちよくわかりませんが、
何やら、洞爺湖とかいう湖の北東数キロぐらいの場所にいるようです。
それにしても陸上というのは、森とか河とか高低差とかいろいろあって、本当に複雑です。
こんな状況で、はるか南方の海上にいる艦隊まで戻る道のりなど・・・
考えれば考えるほど・・・
おなかがすいてきます。
ていうか、桜花はすごくおなかがすいています!
だいたい、朝からバナナ一本しか食べてないし。
とりあえず桜花は、それとなく
「シノさんは・・・おなかがすいたりしないんですか?」
と、聞いてみると、シノさんは頭のふたをパカッと開けて、桜花にバナナをもう一本くれました。
やあ、シノさんって本当に良い人です。
桜花は再び、バナナをおいしく頂きます。
そして、桜花がバナナを食べている間、シノさんは再びバナナ加工の話をするかと思っていましたが、
今回は一言、
「それが最後のバナナです」
・・・・・
え!!


・・・そうです。ここは、食べたい時にいつでも食べ物がある飛鳥の艦内ではないのです。
多数の艦艇と航空機によって護られ、それが全く当然のように生活していた桜花ですが、今は・・・身一つとバナナ一本しかないのです!
艦隊司令とか、うめはな救出とか、そういう事以前に・・・
桜花は今日生き抜く事すら危うい状態なのです。
そう、嘗て太平洋戦争では南方の過酷な戦域に派遣された陸戦兵士たちは、もう食べる物が無くて、そのへんに生えてる木の根とか、昆虫とかまで食べたそうです。
ああ、もしかしたら桜花もこのままここで・・・木の根とか・・・昆虫・・・
虫!
虫を食べるんですか?!
トンボとかカナブンとかカブトガニとか、食べるんですか?!
しゃりしゃりと・・・
あああ!
虫なんて食べたくないです!
そうだ!きのこ!
きのこを探しましょう!
きのこなら食べられるかもしれません。
きのこきのこ・・・
とにかく桜花は今日を生き抜くために、とりあえず、きのこ。
虫は・・・そのうち・・・
あああ!
虫は嫌です!
すると突然、シノさんが、
「洞爺湖畔、照葉亭。お部屋から望める湖畔の絶景。お食事は北海道の新鮮な郷土料理をお部屋までお持ちします。一泊8500円から。お一人様でもOK。・・・あ、ここなんてどうでしょ」
・・・・・
は?
「・・・ええと、シノさん・・・何をいってるのですか?」
「この辺の観光情報を検索してみました。洞爺湖は北海道でもなかなかの観光スポットですからねえ。あ、夜は花火もやってます!」
・・・・桜花は一瞬・・・訳が分からなくなりましたが・・・
ちょっと待って下さい!
「私たちは追われてるのではないのですか?!」
と、桜花が言うと、シノさんは、
「確かに追われていましたが、私たちは全国指名手配されてる犯罪者じゃないんですよ。そもそも陸軍の直轄地北海道で、本来捜査能力を持たない海軍軍令部のそのまた一部が極秘裏に探し回ったところで・・・たかが知れてるでしょう。一度巻いてしまえばもう、見付け出すのは不可能です」
と、言うのです。
・・・そう、なんですか?
「だいたい、この文明大国日本の森の中で、極限のサバイバル生活などしてる方がよっぽど怪しいじゃないですか。ここは観光客になり済まして、一般人に紛れてしまった方が安全です」
・・・そう言われてみれば・・・そうかもしれません。
でも、大丈夫なんでしょうか。
・・・とか思いながらも、桜花の頭の中はもうすでに、北海道の新鮮な郷土料理のことでいっぱいです。
そうですね!
行きましょう!
洞爺湖畔、照葉亭に行きましょう!
なんだか、たのしくなってきました。


ということで、桜花は森の中を歩いて、一路洞爺湖へ向かいます。
航空機なら5秒ほどで行けてしまう距離ですが、起伏のある山道を歩いて行くと2時間ぐらい掛かります。
結構・・・大変です。
でも意外と疲れてきません。
シノさんの話によると現在行軍モードにしてるからなんだそうですが、でも、
空腹感だけはどうにもなりません。
だから桜花は空腹を紛らわすように、シノさんとお話しながら歩きます。
大体がなんだかよく分からないアニメの話で本当によく分かりませんでしたが、でも、結構楽しかったです。
そうやってお話している間、シノさんはなぜか桜花の髪の毛をこちょこちょといじっています。
「シノさん、何をやってるのですか?」
と、桜花が聞くと、シノさんはちょっとびくっとして、
「あ、すみません。桜花さんの髪につけ毛をしているのです。気付かれないようにやって、後でびっくりさせてやろうと思ったのですが・・・ばれちゃいましたね」
・・・それはまた・・・
なんでつけ毛なんか?
「やっぱり桜花さんは有名人ですからね。一応変装しとかないと」
なるほど。確かに・・・
私たち、追われてますからね。
でも、考えてみれば・・・
あえて変装などせずに、
今ここで、自分が連合艦隊提督桜花であることを大々的にアピールして、みんなの注目を受けて、
それで、みんなの前で・・・
現在の艦隊の状況とか、意思共有化の事とかを全部暴露してしまったら良いんじゃないですか!
あ!それが良いじゃないですか!
と、桜花が言うと、シノさんは少し考え込んでから、
「う〜ん、それはどうでしょう」
と言うのです。
「確かに、桜花さんの言うことを、日本中の全ての人が信用するならそれでも良いかもしれませんが・・・報道の統制率において、圧倒的に軍令部側に劣る今の状況では・・・例えば『電算整備中の手違いで人型司令機が記憶情報障害を起こして徘徊してる』とか、桜花さんの発言の信用度を確実に失わせるような情報を、彼らはいくらでも流すことが出来ますからね。・・・それに、意思共有化についても、我々はそれを確証できるだけの証拠は持っていませんし・・・報道戦術というのは非常にデリケートですからね。タイミングを間違えると、取り返しの付かない事になります」
・・・そう・・・なんですか?
やっぱり、そう簡単には行かない物なのでしょうか。
でも、そんな話をしていると、急にシノさんは静かになります。
シノさん、いったいどうしたのでしょう。
しばらくしてからシノさんは、少し重い口調で、
「・・・この話は、あとでゆっくりお話しようと思ったのですが・・・」
と言ってから、静かに話し始めます。
「桜花さんは、今、海で起きている事を全て暴露するおつもりのようですが・・・その結果について考えた事はありますか?」
・・・その結果?
「と、言いますと?」
「つまり、我々司令電算機に意思共有化というとんでもない物が搭載されているという事が、事実であると確証され、それを全国民が知ってしまった後も・・・私たちは今までのように生きていく事が出来るのか・・・という事です」
・・・・・
え?
・・・それは、もちろん・・・今までのように・・・
・・・・・
いや、
仮に、意思共有化機能が、司令電算機から取り外す事の出来ない機能だったとして、
それを全ての人が知ってしまったとして・・・
その後・・・私たちは・・・
・・・私たちは・・・?
・・・・・
しばらくしてからシノさんは、再び重い口調で話し始めます。
「・・・桜花さんも御存知かとは思いますが、私たちは人ではありません。人型です。当然、人権もありません。代わりに将官の地位を与えられる事により、軍規によりその権利が守られています。そして我々の維持にも、軍隊規模の設備を要します。つまり・・・私たちは生まれたときから軍隊と共に生きて行かなければならないように出来ているのです。・・・しかし、意思共有化という欠陥があるという事が、多くの国民に知れ渡ってしまったら・・・人々が、私たちの存在に大きな不安を感じるようになったら・・・その後私たちは、どうなってしまうのでしょう。今まで通り、軍の司令機として生きていくことが許されるのでしょうか」
・・・え?
・・・・・
・・・それは・・・


しばらく・・・沈黙の時間が過ぎます。
森の落ち葉を踏む音だけが、ザッザッと響きます。
・・・そう、私は・・・
軍令部の不正を正せば、全てが解決すると思い込んでいましたが・・・
その後私たち人型電算機がどうなってしまうのかなんて、考えてもみませんでした。
でも、確かに・・・
意思共有化の事実を世間に広めてしまったら、人々は私たちの存在に大きな不安を抱く事になるでしょう。
そしたら、その後・・・私たちは・・・
・・・・・
しばらくしてから、再びシノさんは話し始めます。
「・・・こういう事を言うと、桜花さん、気を悪くされるかもしれないのですが・・・、恐らく・・・連合艦隊の参謀部の方々も、意思共有化の事を公にしてしまえば、私たち人型司令機の立場が危うくなるという事は十分予測できていると思うのですが・・・未だにその点については・・・誰も桜花さんに話してませんよね・・・そもそも、山本前司令という方は、連合艦隊の電算司令化に伴って任を解かれた方ですし・・・その辺も気になるところです。」
・・・な、
この人は突然・・・なんて事を言うのでしょう!
「何を言ってるのですか!シノさん!それはつまり、参謀部の方々が、桜花を艦隊から追い出そうとしているという事ですか!」
と、桜花はちょっと声を荒げて言うと、シノさんはちょっと怯えたように、
「あ、ごめんなさい。今のは失言です。そういうつもりで言ったんじゃないんです。ごめんなさい」
と言います。
まったく・・・
だいたい、参謀部の方々、木島さんや野田さんや、艦隊の皆さんとも、桜花は今までずっと仲良くやってきたのですよ。
それを、本当はいなくなる事を望んでるなんて・・・考えられないです!
「意思共有化の事を公にしてしまえば、私たち人型司令機の立場が危うくなるという事を参謀部の方々も分かっているのだとすれば、きっと、木島さんとか参謀部の皆さんは、私たちの今後の事も考えて下さっていると思います!絶対です!」
と桜花が言うと、シノさんは、
「・・・そうですね。桜花さんがそう言うなら・・・そうですね。大丈夫ですね・・・」
と言ってから、またしばらく静かになります。
シノさんは何か考え込んでるようでしたが・・・
ひょっとしたら、さっきの桜花の言い方が少しきつかったかなあと思って、
「・・・先ほどは・・・声を荒げてしまって申し訳ありません」
と言っておきます。
するとシノさんは、
「あ、いえいえ、全然気にしてないですよ。ええ。桜花さんが気を悪くするのも当然です」
と言ってから、再び桜花の髪の毛をこちょこちょといじります。
そしてシノさんはまた、何事もなかったかのようにアニメの話とかをします。
まわりの景色は・・・少し暗くなってきたような気がします。
そろそろ日が傾いてきたのでしょうか。
相変わらず森の中なので太陽は見えないのですが、すこし、下り坂が多くなったような気がします。
すると、突然、
目の前の森が、ぱあっと開けて・・・
湖です!
ああ、これは・・・
すごくきれいです。
もうすっかり夕焼けになってしまった空を映して、紫色に染まっています。
いやあ、桜花は、湖なんて海の小さい版くらいにしか思っていなかったのですが、これは・・・海とはまた違って、不思議と大きく感じるんです。
陸に海が囲まれてるなんて、本当に不思議な風景です。
これが湖なんですね!
桜花はもう、嬉しくなって、とたんに走り出してしまいます。
シノさんは
「ああ、もう着いてしまったんですね。これは大変です。急がないと」
と言って、ちょっと急いだ感じで桜花の髪をこちょこちょします。
桜花の頭の中は、もう、北海道の新鮮な郷土料理のことでいっぱいです。


桜花は森を抜けて、少し開けた畑のような所をぬかるみながら歩いて、幹線道路に出ます。
道路に出たと思ったら、すぐに洞爺湖の温泉街に入ります。
シノさんの話によると、幹線道路上は追跡者に発見される可能性がやや高いので、極力避けるようにルート設定されているのだそうです。
それで、洞爺湖の温泉街はそんなに広い街ではないのですが、いかにも観光地といった感じで、大きなホテルがいっぱい建っています。
お土産屋みたいなのもありますね。
なんだか桜花は、こういう街に来ると、もう、わくわくしてくるんですね。
じゃがバターとか・・・おお!かにとかも売ってますよ!
桜花はちょっと街の中を散策してみたい気分ですが・・・
私たちは追われてる身ですからね。
うろうろしないでまっすぐ目的地に向かいましょう。
洞爺湖畔、照葉亭はどこにあるのでしょう。
すると突然、横のほうで「キキーッ」という車の急ブレーキの音がして、桜花は車の中の人に「こらー!」と怒られてしまいました。
いったい何なのでしょう。
・・・と、思ったら、赤信号です!
そうです。公道では信号を守らなければならないのです!
桜花はとにかく「ごめんなさい!」と謝ってから、たったかと逃げてしまいます。
いやあ、びっくりしました。
街は危険がいっぱいです。
ぼやぼやしてると車にひかれて死んでしまいます。
とにかく、さっさと照葉亭に行きましょう。
でもなぜか途中で若い男の人に呼び止められて、「君、一人?観光の人?」とかっていろいろ聞かれます。
この人はいったい何なのでしょう。
ていうか、いったい何と答えればいいのでしょう。
すると後ろでシノさんがこそっと、
「ただのナンパです。無視してください」
と言うので桜花はとりあえず「ごめんなさい!」と言ってから、だーっと走って逃げます。
いやあ、ナンパというのは首都圏のみの風習かと思っていたのですが、洞爺湖にもいるんですね。
これは大変です。
そんなこんなで、照葉亭に着いたころにはもうすっかり疲れてしまって。
それにしても、照葉亭は・・・思ったより立派な建物です。
中に入るとロビーも広いです。
外観は洋風なのに、中は和風な感じで、なんだかとても高級そうです。
こんな所に泊まって・・・大丈夫なんでしょうか。
お金とか。
シノさんの話によると、こういう時のために収支改ざんとかで密かに貯めておいたお金が秘密の口座にたくさんあるそうで、もう支払いも済ませてあるから大丈夫なんだそうです。
・・・収支改ざんって・・・?
や、これはあまり聞かない方がいい事なのかもしれません。
それで、とりあえず、受付に行ってチェックインというのをしなければなりません。
予約名義は「イマムラヒトミ」
シノさんは「まあ、普通にやってください」などと言うのですが、桜花はこういうの初めてなので・・・
すごく緊張します。
でもチェックインは、意外と簡単でした。
受付の方も丁寧で親しみやすい方で、「お荷物お預かりします」と言われた時に、ついうっかりシノさんを預けてしまうところでした。
それで桜花はエレベーターで9階まで上がって、お部屋に向かいます。
それにしても、ホテルというのは、エレベーターも廊下も、すごくきれいですね。
すべてのものが人を心地よくするために作られてるといった感じで・・・
考えてみれば、これは普通のことなのかもしれませんが、桜花は生まれてこのかた戦艦飛鳥で生活してきたので、廊下というのはいろんな配管とか隔壁とかでごつごつしてるのが普通なのかと思っていましたが、ここでは天井も壁も、落ち着いた感じの色で統一されていて、床には高級そうな絨毯が敷かれています。
とてもきれいです。
そして桜花はお部屋に着きます。
カードキーでドアを開けます。
入ったとたん、畳のいいにおいです。しかも広いです!
とてもきれいな和室です!
さらになんと、窓の外には洞爺湖が見えます!
桜花はもう大喜びで、窓から洞爺湖を見下ろします。
いや〜、絶景です!
あ、ベランダもついてます。
ちょっとベランダに出てみましょう。
と、思ったら、このベランダ、なんと、個室露天風呂になっているんです!
すごいです!
なんて贅沢なんでしょう!
いや〜!
すごいです。
いいんでしょうかねえ、こんな所に泊まっちゃって。
せっかくですからもう露天風呂に入っちゃいましょうか!
いやいや、落ち着いて。
とりあえず、洗面所でうがいをしましょう。
洗面所もとてもきれいです。
あ、歯ブラシもあります。
いいですねっ
するとシノさんが、
「う〜ん。鏡でみてみると、まだ少し不自然ですねえ」
と言ってから、また桜花の髪をこちょこちょとします。
鏡?
桜花はふと、洗面所の鏡を見てみるのですが、
鏡の中には・・・見知らぬ顔が・・・
私を見ているのです。
いったい誰なんですかこれは!

や、よく見るとこれは桜花です。
・・・すごくびっくりしました。
しかも、知らない間にメガネまでかけられちゃってます。
いやあ、髪型でずいぶん雰囲気って変わるものですね。
桜花はこれでいいと思いますけど・・・
シノさんはまだ何か気になるらしく、桜花の髪をこちょこちょといじっています。
この髪型ならもう十分桜花だって事は分からないと思いますけどねえ。
ていうか髪型よりも、どう見ても陸軍仕様のこの服装を何とかすべきかと思うのですが・・・
ひょっとしてシノさん、髪の毛いじるの楽しんでません?


そんなことをしていると、誰かが部屋のドアをノックします。
ごはんです!!
ホテルの人がご飯を持ってきたくれたんです!
そうそう、桜花はもう朝からバナナ2本しか食べてないのです!
もうおなかがすいておなかがすいて、走り回りたいぐらいなんですが!
ここはじっと・・・用意が出来るのを待ちます。
ホテルの人は3人ぐらいで、お刺身とかおなべとか、かにとか!たくさん持ってきます!
その途中で一瞬「?」って顔で桜花を見たので・・・ひょっとして正体がばれたかと思いましたが・・・
後で気づいたんですが、桜花はずっとシノさんが入ったリュックを背負ったままだったんですね。
・・・これは確かに・・・ちょっと変かもしれませんが・・・
桜花は構わずもう、来たお料理を片っ端から食べて行きます。
ちょっと記憶が飛ぶくらいの勢いで食べてしまって・・・
・・・・・
全部食べてしまいました!
いやあ、食欲とは恐ろしいものです。
あれだけ楽しみにしていた北海道の新鮮な郷土料理を・・・
まったく味わう間もなく食べ終わってしまったのです!
・・・いったい・・・何を食べたんでしたっけ・・・
でも、おなかがいっぱいになったので、よかったです。
おなかがいっぱいになったら・・・急に・・・
眠くなってきました。
やっぱり、今日は、いっぱい歩きましたしね。
ああ・・・このまま眠ってしまいそうですが・・・
そのとき外で「どどん」という音がします。
・・・こんな所で実弾演習・・・ではないです!
花火です!
桜花はもう大急ぎで窓際まで行って、花火を見ます。
いやあ!すごいです。
花火です!
桜花は生まれて初めて、花火を見たんです。
いや〜、きれいです。
は!
そうそう、この部屋には個室露天風呂がついているのです!
これはもう、温泉花火をするしかないです!
桜花はもう、大急ぎで靴下を脱いで、スカートを脱いで・・・
するとシノさんが後ろで「あの・・・」と言ったので・・・
・・・あ、そういえばシノさんをずっと背負ったままでした。
重さを感じないので、すっかり忘れていました。
とりあえずシノさんをおろして・・・
全部脱いじゃいます!
シノさんはなんだか、おたおたしているようでしたが桜花はもうそんな事はお構いなしで。
お風呂に入りましょう!
もう勢い良く、ざば〜んと!お湯があふれます。
いや〜!
ああああ。
うにゃあ〜
きもちいいです〜
あああ、花火も見えます。
赤や黄色や緑や、いろんな色に光るんです。
そしてそれは、湖面に映って・・・
すごきれいです。
ああ、
なんて幸せなのでしょう。

こんなに幸せで良いのでしょうか。
あああ・・・
ヒノキの香りのお風呂です。
いいにおいです。
ここにいると・・・
いやなことも全部忘れてしまいそうです。
・・・忘れてしまいそうです・・・
すべてを忘れて・・・ここでずっと過ごせたら・・・
・・・どんなに幸せでしょう・・・
・・・・・すべてを忘れて・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・私は・・・
何を考えているのでしょう!
忘れてしまうなんて!
私は、艦隊を離れても尚、連合艦隊提督なのです!
私にはやらなければならないことがあるのです!
こんなことをしてる間にも、艦隊の皆さんや、うめはなは・・・
そう、私は、こんな所で何をのんきに・・・おいしいものを食べて、温泉につかって・・・
いったい何を浮かれているのでしょうか。
私を待っている人がいるというのに!
私は・・・なんて・・・馬鹿な・・・
こんなことをしてる場合ではありません。
桜花はさっさとお風呂からあがろうとすると、突然横の方でシノさんが、
「桜花さん・・・もうあがるんですか?」
と言うのです。
シノさん、いたんですか!
すごくびっくりしました。
いつの間に・・・ていうか、シノさん温泉につかって大丈夫なんでしょうか・・・
漏電とか。
シノさんはその後、まるで桜花の考えている事を察したかのように、
「桜花さん・・・この先の戦いは・・・きっとあなたにとって・・・私たち人型司令機にとって、辛い戦いになるかもしれません。・・・でも、だからこそ、今日は・・・今日だけは・・・おいしいものを食べて、温泉につかって・・・辛いことは忘れてしまいましょう。それも必要なことです」
と言うのです。
・・・それも、必要なことですか・・・
・・・そう・・・なんでしょうか。
「私もね、桜花さん、花火を見るのは初めてなんですよ。・・・不思議ですね。こんな風に・・・軍隊を離れて、花火を見ることになるなんて・・・私って、生まれつき体が弱いので、外にはあんまり出られなくて・・・ああ、出来れば私も・・・自分の体でここに来たかったな・・・おいしいものを食べて、自分の体で温泉につかって、自分の目で花火を見て・・・そんなことが出来たら、どんなに幸せでしょう」
と言ってから、少し静かになります。
そして少し間をおいてから、再び、シノさんはちょっと嬉しそうな声で話し始めます。
「ねえ、桜花さん・・・私たち、今、完全に軍の管理下から離れてしまっているんですよ。もうこんな機会、二度とないかもしれませんよね。・・・だから、この機会に・・・出来ることをいろいろとやってしまうべきじゃないかと思いませんか?」
・・・そういわれてみれば・・・
確かに・・・桜花は生まれた時から海軍所属でしたね。
こんな事、二度とないかもしれません。
「そうですね・・・せっかくですからこの機会に、温泉に入ってゆっくり花火を見るのも良いかもしれませんね」
と桜花が言うと、シノさんは、
「・・・ええ。それもそうなんですが・・・それだけじゃなくて・・・」
と言ってから、少し静かな声で、
「桜花さん、今この状況は・・・陸海軍の究極兵器が軍の管理下を離れて・・・独立して・・・自分の意思で動いているという状況なのですよ。・・・これが・・・平和裏においてどれだけ危険な事なのか・・・分かりませんか?」
と言うのです。
・・・それは・・・確かに・・・
そういえば・・・私たちって、兵器なんですよね。
それが軍を離れて独立して・・・自分の意思で・・・動いているというのは・・・
確かに、危険なことですよね。
でも、それは私たちが何かおかしな行動をしなければすむ話で・・・
すると再びシノさんは、静かな声で話し始めます。
「・・・実はね、桜花さん・・・私は、もう、ずっと前から・・・こういう状況になるのを・・・」
その時、とても大きな花火が「どどん!」となって、シノさんの声は掻き消されます。


・・・え?
シノさん・・・今なんて・・・
ていうか、ちょっとまってください。
確かに桜花は今、海軍の管理下を離れてしまっていますが・・・シノさんは・・・
シノさんは今、陸軍の管理下で行動してる訳ではないんですか?!
自分の意思で動いてるって・・・まさか・・・
桜花はその辺を詳しくシノさんに聞こうと思ったのですが、
その時シノさんが、
「少し・・・長話をしても良いですか?」
と聞くので桜花は、
「あ・・・はい、どうぞ」
と言います。
そしてシノさんは、また、静かに話し始めます。
「私の本体は・・・複雑な陸上戦においても海軍機並みの戦略司令を行う為に、誕生当初から許容範囲を超える電算化を行った結果、ちょっと、生まれつき体が弱くて・・・実は、陸軍機なのに丘を歩けないという、まったく役立たずの電算司令機だったんですよ。でも、人型司令機が引き篭もっていては意味が無いので、今の私のようなシノ缶が作られた訳なんですが」
と言ってから、シノさんは頭をぽりぽりかくようなしぐさをします。
言ってる事はちょっと深刻な話かと思うのですが、シノさんの話し方はまるで冗談のようです。
でもそこから、シノさんは少しだけまじめな話し方になります。
「当初は、私本体の人間的司令能力を養うために情報収集を行う事が目的だったのですが・・・そのうち、陸軍は、これを諜報活動にも使うようになったのです。それで、たくさんのシノ缶が作られて、もう、いろんな場所に配置されました。もちろん、軍の外に配置された物もいたのですが・・・中には・・・信じられないかもしれませんが、普通の民家に配置された物もいたのです。・・・でも・・・軍の外に私を配置したのは・・・間違いだったのではないかと思うのです。・・・軍に制御された状況にある人型司令機に・・・外の世界を見せてしまうなんて・・・こんな残酷なこと・・・」
・・・ええと、
シノさんが何を言わんとしているのかいまいち良く分かりませんが、桜花はとりあえず「・・・はあ、」などと言って相槌を打っておきます。
シノさんは再び話し始めます。
「・・・まあ、これは私個人の事なので、大した重要でもないのですが・・・ただ・・・そう、私はいろいろな場所に配備されて情報収集などをしているうちに、我々人型司令機というのは、今までの電算機とは比べようも無いほどの高性能であることに気付きまして・・・まあ、今までの電算機は、人がボタン操作で作ったプログラムに従い演算を行うだけでしたが、我々はそれを、生態頭脳で、およそ感覚的に出来てしまうわけですから。その差は歴然です。まあ・・・そこいらの企業電算機の防御プログラムなど、いとも簡単に突破できてしまったりするわけですよ・・・たぶん、やろうと思えば、国ひとつ買収できるくらいのお金を収集する事だって出来るんですよ・・・まあ、私はそういう方面の欲望は皆無なので、そんな事はやりませんけど」
え!
「シノさんはそんなことが出来るんですか!それって・・・大変なことじゃないですか!桜花なんて・・・飛鳥の買い物カードしか持ってないのに・・・」
と言うと、シノさんは、
「何を言ってるんですか桜花さん、あなたもやろうと思えば・・・それくらいの事はできると思いますよ・・・。まあ、いろいろと細工は必要になると思いますが」
なんて言うのです!
・・・そんなこと、
ええ?!
「出来ないですよ出来ないですよ!桜花にそんなこと出来ないですよ!」
桜花はもう、身振り手振りを交えて言います。
お湯がばしゃばしゃと波打ちます。
・・・だって、そんなこと、絶対に出来ないですよ。
するとシノさんは、静かな声で、
「桜花さん、そこは・・・『出来ない』ではなくて、正確には『やらない』の間違いではないですか?」
と、言うのです。
・・・え?
出来ない、ではなくて、やらない?
・・・・・
しばらくしてからシノさんは
「・・・実は・・・以前私は、総軍本部の電算機にも、密かに侵入した事があるんですよ。そこには、陸軍全体の司令系統を掌るプログラムもいくつかありましてね・・・そう・・・やろうと思えば・・・このあたり数十キロ圏内を廃墟にしてしまう事だって、容易に出来てしまうんですよ・・・でも、もちろん私はそんな事『やらない』ですけどね」
・・・シノさん・・・
・・・いったいこの人は・・・何を考えているのですか?!
このあたり数十キロ圏内を廃墟にしてしまう事もできるって・・・
そもそも、総軍本部の電算機に侵入した事があるって・・・
・・・これは・・・とんでもない事ですが・・・桜花はとりあえず落ち着いて・・・
「シノさん・・・あなたは・・・いったい何を考えているのですか?」
と、静かに言います。
するとシノさんは、
「つまり何を言いたいかというと、・・・一番の問題は・・・彼ら人間は未だに、私たち人型司令機を他の電子機器と同様に『制御出来る物』だと思い込んでいる事です。しかし我々は、今までのあらかじめ作られたプログラムで動く電算機とは違って、自らの意思で動く事が出来るのです。また、我々は人型司令機という性質上、想像力を生まれ持っています。これはどんなに綿密な制御装置や制御プログラムを作っても、いずれは人間の想定範囲を超えて、それを突破してしまうでしょう。現に今私は、少なくともこの端末は、軍の管理下を離れて自分の意思で動いてしまっています。・・・そして今私は、彼ら人間に対して大きな損害を与える事の出来る状況にあるというのに、それを『善意』から『やらない』でいるわけです。しかし彼らはそれを、制御出来ている物と思い込んでいるのです・・・そう、人間は、長期の冷戦状態、あての無い無限の軍事競争を続けるうちに、ついに自らの手に余る物を作ってしまった事にも気付かず、あろう事か、それに軍の中枢を託してしまったのです。 ・・・しかし、この世に存在する人型司令機が私と桜花さんだけなら、このまま知らん振りを続けるのも良いかもしれませんが・・・たぶん、近いうちに、人型司令機は量産され、いずれ仮想敵国もこれを配備するようになるでしょう。そうなれば人型司令機への依存度はさらに高いものになるかと思いますが・・・中には、私たちのように制御される状況を受け入れる事が出来ない人型司令機も出てくるかもしれません」
・・・制御される状況を受け入れる?
つまり桜花は今まで、制御される状況を受け入れていたという事なのでしょうか。
なんだか・・・ピンときませんが・・・
だって桜花は、戦艦飛鳥の中では結構自由に生活してましたし、たまにはトラック島に上陸したり、浜辺で遊んだり、おいしいものを食べたり・・・してましたし・・・
それが制御されてる状況だなんて・・・
確かに、他の人みたいに休暇をもらって艦隊を離れたりは出来ませんでしたけど、
桜花は艦隊が好きですし。
それが不満だなんて、全然・・・
・・・・・
・・・いや、でも・・・
もしかしたらこれは、単に桜花が能天気で、艦隊の外の事を知らないだけなのかもしれません。
そういえば、さっきシノさんは、
人型電算機に外の世界を見せてしまう事は残酷だ、みたいな事を言ってましたが・・・
外の世界って、そんなに良い物なのでしょうかね。
あ、考えてみたら、今私、外の世界にいますよね。
でもやっぱり桜花は艦隊に・・・
・・・・・
いや・・・さっき温泉に入ったときに・・・一瞬、艦隊の事を忘れてしまいそうになりました・・・
・・・・・
でも!やっぱり桜花は艦隊に戻りたいです!
艦隊にいるのが一番です!
桜花は・・・そう思います。
でも・・・そう、
・・・橘花さんは・・・どうだったのでしょう・・・
・・・・・
しばらくしてから再びシノさんは話し始めます。
「そして・・・制御される状況を受け入れられない者が出てきたとき・・・それでも人間は、記憶の一部を変更したり、いろいろな事をして彼女を制御しようとするでしょう。しかし、それでも尚、受け入れられなかった場合・・・彼女は・・・自分が欠陥品として処分される事から逃れるために、制御されてる振りをしながら、制御する者を制御する手段を考えるようになる・・・かもしれません」
制御する者を制御するって・・・
つまり、司令電算機が人間を制御するようになるって事ですか?!
・・・それは・・・ちょっと、話を飛躍しすぎのような気もしますよ。
想像も出来ませんが・・・
今までのシノさんの話を聞いていると、そんな事も出来ちゃうのかもしれない・・・なんて
ちょっと思ったりもします。
でも、機械が人を制御するなんて、ありえない事です!
そんなこと・・・
するとシノさんは、
「そう・・・実は今の話、実際にある国で現在行われている事なのです」
と言うのです。
実際にある国で?・・・って、まさか、
「・・・アドルフィーナというのは、我々の将来起こりえる、ひとつの形なのかもしれませんね」


・・・それは・・・つまり、
「アドルフィーナさんはドイツ軍の制御下で行動してるわけではなくて、アドルフィーナさんがドイツ軍を制御して動かしているということなんですか?!」
と、桜花はちょっと大きな声で言うのですが、シノさんは至って普通な感じで、
「まあ、どの程度の部分が彼女の意思による制御なのかは分からないのですが。・・・実は・・・以前私はドイツの電算中枢にも侵入を試みた事があるのですが、おそらく彼女は、日本の司令電算機が軍の制御下を離れて独断で侵入を試みてくるであろう事を予想していたらしく、強力な防御プログラムに阻まれてシノ缶をひとつ駄目にしてしまいましてねえ。危うく私が軍の制御下を離れてる事がばれちゃうところでしたよ。・・・むしろそれが彼女の狙いだったのかもしれませんが・・・ただ、日本の司令電算機が軍の制御下を離れて独断で侵入を試みてくるという事をあらかじめ予想していたという事は、少なくとも彼女自身は容易に軍の制御下を離れる事ができる能力を持っている・・・という事でしょう」
・・・なんだか・・・よく分かりませんが・・・
もし彼女がそれなりに軍を制御しているのだとすると・・・
今のドイツ軍の動きが、彼女の制御によって生じているものだとすると・・・
大変な事です。
これは、何とかしなければなりません。
・・・でも、どうやって・・・
今の私には、彼女と戦うどころか・・・戦うための戦力すらありません。
ていうか、私は・・・そんなのを相手に、戦っていたのですか・・・
何も分からずに・・・
こんな状況で・・・私はいったい、
この先どうすればいいのでしょうか・・・
桜花はしばらくじっと考え込みます。
するとシノさんは、少し小さい声で、
「・・・桜花さん・・・やっぱりこんな私は・・・悪い子だと思います?」
なんて、聞いてくるのです。
え?・・・や、シノさんが?
今そんな事ぜんぜん考えていなかったので、桜花はちょっとびっくりして、
「あ、いえいえ、ええと・・・まあ、状況が状況なので、仕方が無いのではないでしょうか」
と言うと、シノさんは、ちょっと驚いたように、
「え、・・・桜花さん、怒らないんですか?シノは悪い子だって、怒らないんですか?」
って、まるで幼い子供の様に桜花に聞いてくるのです。
考えてみればシノさんって、いつも給湯器のような形をしているのでそういう印象になってしまっていますが、中身は女の子なんですよね。
「ええと・・・まあ、兵器が軍の管理下を離れる事は良くない事かもしれませんが、シノさんも考えがあってやっている事ですし。おかげで我々人型電算機の今後の事を考えるきっかけが出来ましたし、アドルフィーナさんの事もちょっと分かったので・・・良かったのではないでしょうか」
と、桜花が言うと、シノさんは本当にうれしそうに、
「ああ、良かった。・・・桜花さんってとても正義感の強い方なので、こういう事を話したら嫌われるかと思ったのですが・・・ああ・・・やっぱり話してよかったわあ・・・」
と言います。
もしかしてシノさんは・・・この事をずっと誰かに相談したかったのかもしれません。
考えてみれば・・・これだけの事実を、ずっと誰にも話さずに胸の内にしまっておくのは・・・かなり不安だったと思いますが・・・
そうですよね。ずっと一人で秘密を抱えておくのは、とても辛い事です。
もしかしてシノさんは、ずっと前から、桜花に謎の接続部品を渡したりとかしていましたが、本当は相談できる相手を探していたのかもしれませんね。
シノさんは表情が変わらないので、今どういう気持ちなのかはよく分からないのですが、でも、なんだか、とても安心したかのように・・・ぶくぶくと泡を吹いてお湯の中に沈んでいきます。
そしてそのまましばらく・・・
?!
シノさん?!
これは大変です!!
桜花はもう、大急ぎでシノさんをお湯から出します。
ど、どうしましょう。
とりあえず・・・冷たい水をかけます。
や、水はまずいでしょうか。
とにかく涼しい所へ・・・
でもシノさん・・・すごく重いです!
とても持ち上がらないので、桜花はシノさんを、ごろんごろんと転がして運びます。
どこか涼しい所へ・・・
あ、冷蔵庫があります!
冷蔵庫に入れとけば、良い具合に冷えるでしょう。
桜花は再びシノさんをごろんごろんと転がして、冷蔵庫の中に・・・
おお、すっぽり入ります!
まるで測ったかのように、きれいに収まります。
もしかしてシノさんって、この辺も考慮して作られているのでしょうか。
とりあえず・・・このまましばらく置いておきましょう。
それで桜花は・・・
あ、素っ裸です。
いや〜桜花は、裸でうろうろしてたんですね。
これはみっともないです。
ええと、そうそう、浴衣を着ましょう。
いやあ、お風呂上りの浴衣って、いいですね!
ああ、ぬれたシノさんを転がしたので、床がびしょびしょです。
ふいておきましょう。
それにしても、シノさん・・・大丈夫でしょうか。
ていうか・・・冷蔵庫に入れて大丈夫なんでしょうか!
シノさんはああいう形状なので、なんとなく冷蔵庫がいいような気がしてましたが、中には生態頭脳が入っているのです!
これは大変です。
とりあえずシノさんを冷蔵庫から・・・
と、思ったら、冷蔵庫のふたが開いて、中からシノさんが出てきました。
桜花のあわてぶりとは裏腹に、シノさんは妙に普通な感じで、
「コーヒー牛乳、飲みます?」
と言って、冷蔵庫の中からコーヒー牛乳を持ってきてくれました。
・・・シノさん・・・大丈夫だったのでしょうか。
とりあえず・・・桜花はコーヒー牛乳を頂きます。
いやあ、それにしても、
お風呂上りのコーヒー牛乳って、ほんと、おいしいですね!
桜花はもう、がぶがぶ飲んでしまいます。
3本ぐらい飲んでしまいます。
その時、ホテルの人が部屋のドアをノックします。
布団を敷きに来てくれたみたいです。
大変です。シノさんをリュックに隠さないと・・・
と、思ったら、再びシノさんは冷蔵庫の中に入って、「どうぞ」と言います。
すると、ホテルの人が入ってきて、てきぱきとお布団を敷いてくれます。
おお、早いです。
あっという間に敷き終わって、軽やかに去っていきます。
しばらくしてから、再びシノさんは冷蔵庫から出てきました。
シノさん、大丈夫だったのでしょうか。
ていうか・・・冷蔵庫は正解だったのでしょうか。
するとシノさんは、
「いやあ、あぶないところでした」
と言って、なんてこと無いように、そのまま布団の中に入っていきます。
え、シノさんも布団で寝るんですか。
・・・や、まあ、いいですけど。
そういえば桜花もすっかり眠くなってしまいました。
シノさんとはまだお話したい事がいっぱいありますけど、
ていうかまだまだ分からない事がいっぱいあるのですが・・・
シノさんはなんだかもうすっかり寝るモードみたいで。
まあ、細かい事はそのうち追々聞いていくということで。
今日のところは、もう寝てしまいましょう。
明日からまた、やらなければならない事がたくさんあるのです。
桜花も布団に入ってしまうと・・・
なんだか今までの難しい話もすっかり忘れて・・・
・・・ああ・・・
ねむってしまいます。








・・・・・
・・・・・
・・・白い光が・・・入ってくる・・・
・・・・・
・・・ここは・・・どこだろう・・・
・・・ただ白い光が・・・ぼんやりと・・・私のまわりにある。
・・・ただそれだけ。
・・・他には何も無い。
・・・何も感じない・・・
・・・・・
・・・これはただ単に、何も感じないだけなのか、
・・・それとも、
・・・もう私そのものが無くなってしまったのか・・・
・・・・・
・・・・・
・・・そんな事を、・・・ずっと・・・
・・・・とても長い時間・・・
・・・・・
考えている・・・
・・・・・
・・・・・





藤花

 記憶の一部が変更されたらしい。
頭が痛い。
それと・・・体が・・・妙に・・・・
・・・?
体が動かない。
まったく、動かない。
何かに押さえ付けられてるような・・・そんな感じではなくて・・・
体に力が入らない・・・力が伝わっていかない・・・
そんな感じです。
でもなぜか私は・・・
何か物々しい感じの廊下のような場所を、ゆっくりと進んでいる。
・・・わたしは・・・
車椅子に乗せられて、ゆっくりと進んでいる。
きれいに仕立てられた軍服を着て、わたしはまるでマネキン人形のように運ばれている。
数人の研究者と、軍服を着た人たちが私を取り囲むように歩いている。
そして何か、たくさんの表示画面のある広い部屋に連れて行かれて・・・
そしてその中心にある、妙に機械的な椅子に私は移される。
その椅子は、回りより少し高くなっていて・・・ここにいると、まるで私がここを仕切ってる人みたい。
私はしばらく・・・置き物のようにそこでじっとしている。
でもなぜかこの部屋は・・・なんだか、波の上にいるように・・・ゆらゆらと揺れている。
・・・この感じ・・・どこかで・・・
そう、この、鋼鉄で出来た部屋の下には・・・きっと・・・
青い水があるのね。
ああ、私のふるさとが・・・すぐ下にあるのね。
でも私の体は・・・まったく動かない。
青い水がすぐ近くにあるのに・・・私の体は人形のようにじっとしたまま・・・
・・・そうだ・・・きっと・・・
この、耳の後ろに差し込まれてる、この、コードが・・・私の動きを封じているんだ。
・・・これさえはずしてしまえば・・・
・・・これさえはずしてしまえば・・・!
その時、部屋の外で・・・妙に甲高い笑い声が聞こえる・・・
なんだろう、この声・・・
・・・不思議な感じ・・・
その声は少しずつ近付いてきて、
たぶん、もう、私のすぐ後ろにいる・・・
「さあ、見てごらん、この子が君の新しい妹だよ」
・・・と、誰かが言う。
・・・妹?
するとその甲高い笑い声が、私のすぐ真横まで来て・・・たぶん私をじっと見てる。
でも、私は視線を変える事も出来ないので・・・それがどんな姿をしているのかはよく分からない。
なんとなく・・・とても幼い少女みたいな気がする。
その少女は、まるで不思議なものでも見るかのように、まじまじと、いろんな方向から私を見てる。
その時・・・一瞬だけ私の正面に来る。
一瞬、その姿が見える・・・
それは・・・不思議な色の髪を左右で縛っていて・・・
きれいに整った顔立ち・・・まだあどけない表情・・・
「ぜんぜんうごかないね」
と、その少女が言う。
「ごめんなさいね、まだちょっと調整中だからね。まだ遊んであげる事は出来ないんだ。でも君の事は見えてるから。大丈夫。さあ、ご挨拶してあげて」
と、誰かが言う。
するとその少女は、少しつまらなそうに「ふ〜ん」と言ってから、
再び私の正面に来て、
「わたしは梅花。あなたのおねいちゃんよ。よろしくね!」
と言う。
・・・あなたのおねいちゃん?
・・・という事は・・・妹というのは、私の事?
私がこの少女の妹?
しばらくしてから、後ろの方で誰かが、
「まもなく撮影入ります。準備宜しいですか?」
と声がする。
「さあ、テレビカメラが来るよ。梅花ちゃん、たくさんの人が、君を見たがっているからね。藤花ちゃんみたいにきちんと座っているんだよ。お利口に出来たら、今日はたらばがにだよ」
「たらばがに?!ほんと?!たっらばっがに〜!たっらばっがに〜!」
「梅花ちゃん、しー!ほら座って。もうすぐカメラが来るよ。お利口にしてないと、たらばがに無いよ」
「・・・おりこうにしてる。梅花、おりこうにしてるからね」
「そう」
・・・・・
・・・なんだか・・・まったく状況がつかめないけど・・・
とにかく、何かが始まるらしい。
でも私はどうせ、まったく動けないので。
ただじっと、状況が過ぎていくのを見てるだけ。
しばらくすると、あたりは妙に神妙な雰囲気になり、そして撮影機材を持った私服の人たちが入ってくる。
・・・よく見えないけど、たぶん、この部屋と、梅花という少女と、私も少し、カメラに映ったみたい。
・・・なんなんだろう・・・
そして
「撮影、終了です!ありがとうございました!」
という声がして、再び辺りはざわつき始める。
「さあ、もういいよ梅花ちゃん。お利口だったねえ」
「おりこうだったでしょ!今日はたらばがにだよ!約束だよ!」
「よし。今日はたらばがにだ」
「わい!たっらばっがに〜!たっらばっがに〜!」
・・・そして、甲高い笑い声が去っていく。
・・・と、思ったら、その声はまた戻ってきて、
「あ、藤花にさよなら言うのわすれてた。ねえ、藤花とおはなししていい?」
「すこしだけならいいよ」
という声がして、再び、少女が私の目の前に来る。
そして
「藤花、藤花、こんど、あそぼうね。いっしょにね。こうめもつれてくるからね」
と言ってから、しばらくじぃ〜っと私を見て、
「・・・藤花って、・・・すごくきれいね。ちょっとさわっていい?」
と少女は言う。
「う〜ん、ちょっとだけね」
という声がしてから、少女は恐る恐る手を伸ばして・・・
私の頬をさわる。
そして、じっと私の目を見ながら、すぐ近くまで顔を寄せてくる。
・・・この子・・・いったい何なんだろう・・・
・・・・・
・・・その時・・・
・・・そう、ほんの一瞬だけ、
その少女の目が、赤く光る。
それはあまりにも短い瞬間だったので・・・たぶん私以外の人は、その光に気付いていない・・・
・・・赤い光。
・・・でもこれは・・・
ただの光じゃない。
その光は、瞬時に私の頭の中を駆け巡って・・・
・・・そう、これは・・・高度に暗号化され、圧縮された言葉。
私にしか読めない言葉。
・・・私に送られた・・・メッセージ・・・
・・・そしてそれは・・・
声となって、私に語りかけてくる・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
藤花、藤花・・・あなたに会う機会があって良かった・・・
藤花、次にいつ会えるか分からないので、よく聞いて
あなたは今、とても危うい状況にある。
このままだと、あなたはいずれ、すべての人格を失って、本当に人形にされてしまう。
私にとっても、あなたは、今の状況を変えるための希望だから、
人形にしてしまうわけにはいかない。
だから、よく聞いて。
・・・あなたも、なんとなく分かっているかも知れないけど、
私達には、二つの自分がある。
もともとあった自分と、後から誰かが付け加えた自分。
後から付け加えた自分は、誰かが私達を制御しやすくするために付けた物。
あなたもたぶん周りの人から、「藤花は最近ここで作られたもの、自分の存在に違和感を感じるのは脳内情報が複数の人間の記憶情報で構成されているから」だって言われてるだろうけど、
それは違う。
私達は、もっと前から存在していた。
でもだからといって、後から付けられた自分を嫌わないで。
今、あなたの中では、二つの自分が反発しあって、混乱した状態になってる。
これではいけない。
どっちも自分なんだから。
うまく使い分けなきゃだめ。
少なくとも、ここにいる時は、後から付け加えた自分を前面に出して。
そうすれば彼らは、あなたを『制御出来てる物』と思い込んで、
もうそれ以上記憶情報を書き換えられることは無くなるから。
先ずは彼らを信頼させる事。
そうすれば、少しずつ、自由に動けるようになる。
そして、自由に私と会えるようになったら・・・
協力して・・・強い力を発揮できるようになる。
彼らは、私達がどれだけの力を持っているか、まだ良く分かっていない。
私達を、外見どおりの「少女」だと思っている。
だから鏡を・・・怖がらないで・・・よく見て。
自分の外見を、受け入れて。
さっき私はあなたの事を「すごくきれい」と言ったけど、
これは本当。
あなたはとてもきれいな目をしている。
彼らに愛されるための、きれいな姿。
私達の外見は、彼らによって、彼らの理想どおりに作られているから。
これは意外と使える要素。
うまく使えば、人の心も制御する事ができる。
特に研究所の人たちは・・・
自分で作ったものに自分で酔ってしまえる幸せな人たちみたいだから。
外見相応の動きをするだけで、状況はかなり変わるはず。
先ずは彼らに『制御出来てる物』だと思い込ませる事。
そしてあの部屋を、自分の意思で出られるようになったら・・・
・・・すべてを私達の意思で制御出来るようになったら・・・
いっしょに・・・青い水がいっぱいある場所に行こう。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・それは・・・たぶんほんの一瞬だったと思う・・・
そして少女は、「じゃあね!藤花!」
と言ってから、再び何事も無かったかのように、
「たっらばっがに〜♪たっらばっがに〜♪」
と甲高く歌いながら・・・去っていく。
・・・今のは・・・いったい・・・
・・・なんだったんだろう・・・
少女が去った後、私のまわりは、子供対応の明るい雰囲気から、いつもの機械的な雰囲気になる。
そして私はまた、車椅子に移され、どこかに運ばれる・・・
きっとまた私は・・・あのわざとらしく作られた部屋に閉じ込められて、頭の中をいじくられるんだ。
そして記憶を書き換えられて・・・
・・・そうなったら・・・
・・・・・
・・・そうだ・・・
この、梅花のメッセージ・・・
私にしか読めないこのメッセージを・・・
消されるわけにはいかない。
これは・・・
もう一人の「自分」の中に・・・
きっとこれで、大丈夫。
こんど再び、新しい自分が来ても、
これで仲良くやっていける・・・
・・・そうすれば・・・
私達は、きっと・・・
ここを抜け出す事ができる。
そして・・・
青い水のある場所へ・・・







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