皇紀2666年 9月9日


桜花

 すごく気持ちのいい朝です。
なんだか久しぶりによく眠ったような気がします。
シノさんは・・・布団の中にはもういません。
どこに行ったのでしょう。
桜花はあたりをきょろきょろと見回してみると、シノさんは・・・
少しはなれた所で静かにテレビを見ていました。
そして桜花に、
「おはようございます桜花さん。ちょっと見てください。興味深いものがやっています」
と言ってテレビを指差します。
なんでしょう。
アニメでしょうか。
と、思って見てみたらアニメじゃなくて・・・ニュース番組みたいです。
なんだか・・・よく分からない株式情報が映っていますが・・・
シノさんって株式とかもやるんでしょうか。
するとシノさんは、
「ああ、もう終わってしまいましたねえ。他でやってないでしょうか・・・」
などと言って、チャンネルをかえます。
そしてシノさんは、なにやら海上を航行する艦艇が映ってるチャンネルにして、
「たぶんこれです」
と言います。
この艦は・・・司令巡洋艦『三笠』型ですね。
三笠型の全様がテレビに出るなんて、珍しいですね。
・・・これは、『飛騨』でしょうか。
しかしテレビの字幕には、『司令戦艦、金剛』と書かれています。
・・・なんですか?司令戦艦って・・・金剛は司令巡洋艦ですよ。
こういうことを書くから民間の人たちは、軍艦を見たら全部戦艦って・・・
・・・・・
・・・金剛?
いや、金剛は現在、桜艦隊に編入されて飛鳥と共にはるか南方の洋上にいる筈ですが・・・
・・・これは・・・本当に金剛なのでしょうか。
そしてなにやらかっこいい音楽と共に、
「・・・金剛は、基幹艦隊と共に実弾対空訓練を終了し、今なお次の訓練海域に向かい航行中・・・」
などと言っています。
・・・これは・・・もしかして、
先日、桜艦隊と航空部隊との間で行われた戦闘を・・・隠蔽しようとしてるのでしょうかね。
ていうか、まあ、
テレビで言ってる事と、実際の艦隊行動が違ってたりするのは、よくあることなのですが。
少なくとも今のところ、公には先日の戦闘は「無かった事」にされてるみたいです。
ええ、まあ、外洋における小規模な戦闘が「無かった事」にされるのも、よくあることなのですが。
これは・・・シノさんにとっては興味深い情報なのでしょうか。
しかしその後画面は変わって、艦内の様子が映し出されます。
おお、三笠型の艦内がテレビに映るなんて、すごいですね。
三笠型は、ある意味海軍の宣伝塔の役割も持っている飛鳥よりも機密統制率の高い艦だったりします。
しかもなんと、カメラはそのまま艦の司令中枢にまで入ってしまいます。
これは・・・いいんでしょうかね。テレビに流しちゃって。
でも、カメラが司令中枢に入ったところで、画面のいたるところにモザイクが入ります。
おお、これじゃあ、なんにも分かりません。
ちょっと安心です。
しかしその後・・・
テレビの画面には、とんでもないものが映ります。
それは、
艦の司令座席にお行儀良く座っている・・・
うめはなです!
うめはながテレビに映っています!
うめはなはこっちを向いて、にっこり笑います。
・・・ああ、うめはな・・・
うめはなは、無事だったのですね!
桜花はもう・・・無事でうれしいような・・・そばにいてやれなくて悲しいような・・・
そんな、複雑な気持ちで・・・
泣きそうです。
・・・でも・・・泣かないんですよ。
泣いてる場合ではないのです!
うめはなだって・・・きっと、
あの、うめはなの笑顔だって、きっと・・・
・・・そう、うめはなは、桜花の前ではあんなふうに、まるで作られたような笑顔はしません。
作り笑顔なんて出来るような子じゃないんです。
きっと、いろいろ辛い思いを乗り越えてきたのでしょう。
ああ、かわいそうに・・・!
はやく・・・
はやく助けに行かないと!
桜花はもう、いてもたってもいられなくなって、
とにかくもう、荷物をまとめて部屋から出て行こうとするのですが、
シノさんは桜花の袖をつかんで、
「桜花さん、落ち着いてください!」
と言います。そして静かに、
「桜花さん、先ず落ち着いて、この映像の意味・・・なぜ今になって彼らは一般には機密とされている新鋭機、梅花さんの映像をテレビに流したのか・・・その意味を考えてください」
と、言うのです。
・・・映像の意味?
どういうことでしょうか・・・
するとシノさんは、再び静かに話し始めます。
「桜花さん、三笠型司令巡洋艦は現在5隻が配備されてますよね。しかし、対米戦略最前線にいる第2機動艦隊『三笠』と第5機動艦隊『榛名』の作戦航行中の映像を、民間のテレビ局に開放するとは考え辛いですし、『妙高』は現在工廠入り。そして、『金剛』は現在桜艦隊として南方の洋上にいます。つまり・・・桜花さんなら、あの司令巡洋艦が『飛騨』であるという事を、容易に想像できるという事になります。・・・知ってのとおり、『飛騨』は第7機動艦隊所属の艦です。そして、第7機動艦隊の母港は・・・」
・・・!!
小樽です!
第7機動艦隊の母港は小樽です!!
小樽って、ここから・・・すぐ近くじゃないですか!!
じゃあ、うめはなは、今私達のすぐ近くにいるのですか?!
今からすぐ助けに行ける場所に、うめはながいるのですか?!
桜花は、再びいてもたってもいられなくなって、部屋から出ようとするのですが・・・
・・・いや・・・でも・・・
冷静に・・・今の映像の意味を考えてみます。
なんで今、このような映像をテレビで・・・
・・・・・
・・・これは・・・
・・・罠です!
・・・そう、彼らは、闇雲に探し回っても容易に私達を見付ける事は出来ないと判断して・・・
逆に私達が自らその場所に向かうように・・・作戦を変更したのです。
・・・なんという・・・
私をおびき寄せるためにうめはなを使うなんて!
考えると・・・とても腹が立ってきますが・・・
・・・でも、ここは・・・冷静に・・・
感情的に行動しても、状況は悪くなるだけです。
桜花はひとつ深呼吸して、
「あぶないところでした」
と言います。
するとシノさんは、
「ただ・・・この映像が、私達を小樽におびき寄せるための罠なのか、逆に、私達にそう思わせて別の何らかの行動をさせるための罠なのか・・・それとも・・・桜花さん、私はこの映像を何度か見ているうちに、何かもっと他の意味も含まれているような気がしてくるのです・・・そう、この映像には・・・梅花さん以外にも、よく見ると妙なものがいくつか映っているのです・・・あ、一応録画しときましたんで、一緒に見てください」
と言って、シノさんは接続プラグを桜花に手渡します。
・・・なんでしょう・・・
桜花は恐る恐る、接続プラグを耳の後ろにはめ込みます。
すると、先ほどのテレビ映像が、再び桜花の頭の中に入ってきます。
先ず、あの、モザイクだらけの司令中枢の映像が映ります。
そしてある場面になって一時停止されます。
・・・・ん?
これは・・・女の子が映っています。
うめはな以外の女の子です。
艦隊の司令中枢に女の子・・・って、
もしかして!
人型電算機?!
私達以外にも、軍令部は人型電算機を持っていたのですか!
新鋭機でしょうか。
・・・なんなんでしょう・・・
するとシノさんが、
「この少女が何なのかは良く分かりませんが、これが人型司令機だとすると・・・今後の我々の対応も、少し複雑になってきます。これはどう考えても、不意に映ってしまったというより、あえて映した、という感じですし・・・その性能が分からない以上、我々はこれを、場合によっては過剰に警戒する事になるかもしれません。その辺も彼らの狙いなのかもしれませんが・・・まあ、ただのマネキンかもしれませんけどね。なんだかぜんぜん動いてないみたいですし」
と言ってから、再び映像が動き始めます。
・・・なんなんでしょう、この少女は・・・
すごく気になります。
しかしシノさんは、
「ただ・・・私はこれよりももっと気になる事があるのですが・・・」
と言ってから、映像を巻き戻します。
そして、
「この、艦内の映像、通路らしき場所が少しと、司令中枢に入ってからはモザイクだらけで・・・なにがなんだか分からないですよね。まあ、普通に考えるとこのモザイクは、司令中枢の新鋭電算機器を一般に見せないようにする為のもので、一般の人は、これは最初に映ってた司令巡洋艦の艦内映像のように思うはずですが・・・ここだけ見ると、実際、この艦がなんなのか分かりませんよね・・・つまり・・・この司令中枢の映像が、『違う艦』の映像であったとしても・・・不思議は無い訳です」
・・・なるほど。
そう言われてみればそうです。
じゃあやっぱりこれは、私たちを小樽におびき寄せるための罠で、うめはなは第7艦隊にはいないのかもしれません。
桜花はちょっと落胆するのですが、
その後、シノさんは・・・すこし深刻な声で、
「・・・ただ・・・これは・・・さりげなく、桜花さんだけにしか分からないように作られた・・・メッセージなのかもしれません」
と言うのです。
・・・え?
私にしか分からないメッセージ?
どういうことですか?
すると再び映像は巻き戻されて、最初の、司令巡洋艦が航行してるシーンになって一時停止されます。
そしてシノさんは話し始めます。
「この、今映ってる司令巡洋艦のはるか向こうに、チラッと一瞬だけ艦影が見えますよね。逆光になってて良く分かりませんが、艦影だけ見るとかなり大型の戦闘艦で・・・飛鳥のようにも見えます。たぶん、一般の人は疑いもなく飛鳥だと思うでしょう・・・しかし、飛鳥は現在南方の洋上にいるので・・・この艦・・・なんだと思います?」
・・・この艦は・・・
・・・桜花はそれを見て、一瞬、背筋が冷たくなります。
そう・・・この艦・・・私は見たことがあります。
間近で・・・見たことがあります。
・・・もしかして・・・
さっきうめはなが映っていた司令中枢の映像って・・・
この艦のものなのですか?!
するとシノさんは、
「ああ、やっぱり桜花さんは・・・この艦はあの、呉の屋内ドックにあったドイツ艦だと思ったでしょう」
と言うのです。
「え、違うんですか?」
と、桜花が言うとシノさんは、
「・・・まあ、私もあの艦がなんなのかは分かりませんが、ただ、一般の人が見ると、普通に手前の艦が金剛、奥のが飛鳥に見えるわけですが、桜花さんが見ると、手前のが飛騨、奥のがドイツ艦に見えてしまう訳です。・・・これは・・・たまたまそう見えてしまうだけなのか・・・意図してそう見えるように作ったのか・・・」


桜花はしばらくじっと考えてから、
「なるほど」
と、一言・・・それから、ふと、
「・・・昨日の温泉は良かったですねえ。やっぱり、シノさんの言うとおり・・・少し、艦隊の事は忘れてしまう時間も大切ですね」
と言います。
するとシノさんは一瞬「?」って顔をしてから、
「・・・あ、そうですか?・・・ええと・・・それは良かったです」
と言って、再び「?」って顔をします。
・・・今ちょっと桜花、変な事言ってるように思われたでしょうか・・・
でも構わず、桜花は話し続けます。
「現在、人型電算機が接続して艦隊を遠隔司令できる海軍基地は、常備艦隊母港のみで、今我々が民間人にまぎれて複雑な手続き無く近くまで行ける常備艦隊母港は、呉、横須賀、小樽だけです。そして、早く桜艦隊と連絡を取りたいと思っている桜花は、安易に、小樽に接触しようと試みるかもしれません。・・・本来なら・・・昨日の晩、私は今後の作戦計画を考え、今日の今ぐらいにはそれを行動に移そうとしていたことでしょう。そしてそのタイミングで今のテレビ映像を見ることになった訳です。・・・そうなったら、たぶん私は、自分の考えが向こうに読まれていると錯覚し、行動を躊躇したかもしれません。・・・しかし実際は・・・昨日の晩私は今後の作戦計画など何にも考えずに温泉に入って花火を見ていた訳です・・・タイミングが少し、ずれてしまったわけですね」
と桜花が言うと、シノさんは、
「・・・それは・・・ええと、どういうことですか?」
と桜花に聞きます。
だから桜花は、なんとなく軽い口調で、
「桜花は、これから小樽に行って、第7艦隊母港の司令部を掌握して来ようかと思います」
と言うと、シノさんはすごくびっくりしたのかプシューと湯気をだしてから、
「桜花さん!何を言い出すんですか!」
と、シノさんらしくない大きな声で言います。
そしてその後、少し落ち着いた口調で、
「・・・あの、桜花さん、先ほども申し上げた通り、小樽に行っても梅花さんがいるとは限らないんですよ。むしろこれは、あなたをおびき出すための罠である可能性もあるわけです。それはお分かりですよね」
と言うので桜花も、
「ええ。たぶん、私も小樽にうめはなはいないと思います。や、もしかしたら近くにいるかもしれませんが、それは関係ありません」
「じゃあ・・・なんで小樽に?」
そして桜花は話し続けます。
「私は・・・先ほどの映像を見て、ちょっと冷静に、よく考えてみたら・・・なんとなく・・・なんとなくなんですが・・・彼女の焦りが見えるのです。・・・いかにも私をおびき出そうとしてるかのように見えるうめはなの映像と、いかにも第7艦隊を掌握してるかのように見える飛騨とドイツ艦の並行する映像と、そして、恵庭で私を発見した翌日の朝にはそれをテレビに流してしまうという手際の早さ・・・少し、出来すぎてますよね。・・・もしかしたら、本当は・・・少なくとも今の段階では・・・彼女は私を、小樽に近付けたくはないのではないでしょうか」
桜花がそう言うと、シノさんは、
「ちょっと待ってください桜花さん、飽くまでそれは・・・桜花さんの推測ですよね。その・・・彼女の焦りが見えるからという理由で、小樽に行ってそれを掌握してしまおうなんて・・・こう言っては失礼ですが・・・それはあまりにも破天荒というか、無謀です。・・・仮に、小樽になにか桜花さんを近付けたくない事情があったとしても、内地にたった三つしかない司令接続ポイントを全く無防備にしているとは思えません。まして、先の戦闘で敵は、艦隊と航空機で厳重に護られていた桜花さんを、あれほどまでして鹵獲しようとしていたんですよ。それが、今回は単身で彼らの拠点に行くなんて・・・結果は歴然です。鹵獲されに行くようなものです」
と、シノさんは言います。
口調は冷静ですが、少しだけ早口です。
もしかしたら桜花の発言に、シノさんも少し焦ってるのかもしれません。
・・・確かに・・・自分でも、ちょっと、変な事を言ってるとは思うのですが・・・
なんでしょう・・・この感じ・・・
そう、以前にもこういう感じがしたような気がします。
以前、第8艦隊を仲間にするために、単身輸送機で乗り込んでいった時も、
先の戦闘で、最初に敵誘導弾の表示が出た時とか、益城205隊が敵表示になっていた時とか、
・・・そう、敵と味方の区別がはっきりしないこの戦いが始まってから、時折感じる・・・この・・・
変な感じです。
それは・・・
その状態が繰り返されていくうちに、徐々に研ぎ澄まされていくような気がします。
・・・敵であるはずのものに、敵意を感じない・・・この、
変な感じです。
そして今私が向かおうとしてる先に、
敵意を感じないのです。
私が素直に心を開いて進んでいけば、きっと受け入れてくれるような、
・・・考えてみればとても安易で、能天気な感じなんですが・・・
そんな感じがするのです。


「・・・そんな感じがする・・・ですか・・・」
シノさんはため息と共に静かに言います。
そしてしばらく・・・何も言わずに、静かに時間が過ぎていきます。
・・・ひょっとしてシノさん・・・あきれてるのでしょうか・・・
まあ確かに・・・連合艦隊提督の発言とは思えない事を桜花は言っている訳ですが・・・
桜花はたぶんこの後、シノさんの猛反論が来るだろうと思っていたのですが、
なぜか、シノさんは
「・・・不思議ですね・・・」
と、一言だけ言って、しばらく間をおいてから、
「論理性が全く無いのに・・・不思議と・・・桜花さんがそう言うのなら、それが可能なのではないかと思えてくるのです。・・・なぜでしょう・・・」
と言うのです。
え・・・そうなんですか?
その後シノさんは、じっと動かずに何か考えているみたいです。
カカカカカという音がします。
そして少し静かになったかと思うと、シノさんは、
「・・・そうですねえ、とりあえず・・・私も想定できる範囲で何か支援策を考えておきましょう」
と言った後、リュックを取り出してがさごそとその中に納まります。
そして、再びカカカカカという音を出してから、
「この後ここで朝食を頂いてから、ホテルの往復送迎バスで国鉄洞爺駅まで20分。10:05発の特急スーパー北斗3号に乗れば、小樽に到着するのはちょうどお昼時ですね。小樽は北海道でも屈指の観光名所なので、昼食は小樽で頂きましょう。小樽は海産物の宝庫です。イクラ、うに、毛がに・・・など、帝都圏では高級品とされている食材が、破格のお値段で、しかも鮮度良好です。特に、桜花さんにお勧めなのは三色海鮮丼でしょう。オホーツク海で取れた新鮮海の幸をふんだんに取り入れ、また、その量も多めでどなたでもご満足頂ける贅沢な一品です」
と、シノさんが言い終わる前に桜花は、
「行きましょう!すぐに小樽に行きましょう!!」
もう、桜花の頭の中は、もう、三色海鮮丼の事でいっぱいです!
なんだかもう、何のために小樽に行くのかだんだん分からなくなってきましたが、
とにかく!小樽に行きましょう!


そして桜花は洞爺湖畔照葉亭を出てからバスに乗って鉄道の駅まで行って、それから列車に乗るのです。
桜花にとっては全てが始めての経験なので、もう、楽しくて楽しくて、仕方がありません。
列車なんてもう、速いんですよ!
風景が、びゅーんびゅーんと、すっ飛んでいくんです。
山を越えて、トンネルを抜けると、谷川の絶景で、鉄橋で、また山に入って、
ぐるんぐるんと景色が変わります。
とても・・・息を呑むようなきれいな風景ばかりです。
桜花はもう窓の外を、すべての景色を・・・見逃さないように、じっと見ています。
そして風景は、山から平原に変わります。
ああ、広い平原です。
畑がいっぱいです。
平原に入ると、少しずつ家が増えてきて、少し街になります。
札幌の街です。
そこでずっと静かだったシノさんが、
「ここで乗り換えです」
と言います。
・・・そう言えば、列車の中ではシノさんと全然会話しませんでしたね。
なんででしょう。
桜花は風景に見入ってましたけど、シノさんは・・・
何をしていたんでしょう。
あの、お話好きなシノさんが。
考え事でしょうか。
そして桜花はシノさんリュックを背負って、札幌駅で列車を降ります。
札幌駅は、結構大きな駅みたいです。
中には食べ物とかも結構売ってます!
でも、小樽に着くまで我慢です。
今食べたらおなかいっぱいになっちゃいますからね。
そして桜花は再び列車に乗って、窓際の席に座ります。
今度の列車は先ほどのとは違って、しばらく街の中を走ります。
それでだんだん建物が減ってきたと思ったら、少し山になって、トンネルをくぐって、
しばらく走ると・・・
海です。
ああ、海が見えます。
青い空を映して、海は青く光っています。
なんだか本当に長い間、海を見ていなかったような気がします。
とても懐かしいんです。
でも、ほんの少しだけ・・・不安な気持ちです。
本当に私は・・・このまま進んで大丈夫なのでしょうか。
そんな事を少しだけ考えてしまいます。
列車はしばらく海沿いを走ります。
シノさんは相変わらずリュックの中で、じっと静かにしています。
よく耳を澄ましてみると、「カカカカカ」と思考作動音がします。
シノさんは、どこかと交信しているのでしょうか。
そして再び外を見ると・・・
・・・あれは、
遠くに軍艦らしきものが停泊してるのが見えます。
小樽の・・・軍港です。
第7機動艦隊もいるはずですが・・・
遠くてよく分かりません。
列車は間もなく、小樽駅に到着します。
本当に来てしまいました。
この先に何が待っているのかも分からないのに・・・


小樽に到着しました!
いやあ、小樽です。
洞爺湖畔の街よりずっと大きくて、人も多いです。
なんだか、ちょっと異国風の建物が多いですね。
ここだけ明治時代みたいです。
石積みの・・・蔵みたいな建物がたくさんあります。
たぶん昔は本当に蔵だったんでしょうねえ。
でも今は蔵みたいな趣きを残したまま、お土産屋とかレストランとかになってたりします。
いいですね。
おお、馬車も走ってます。
本物の馬です!
大きいです!
観光客を乗せてずしんずしんと歩いてます。
いやあ・・・すごいです。馬。
機関銃が開発される前は馬が最強の陸戦兵器だったそうですが、こうやって見ると、確かに・・・
つよそうです。
おお、でっかい柱時計もあります。
蒸気を噴き出してます!
おもしろいですね。
小樽って、不思議な街ですね。
桜花はしばらくこの街を探索してみたい気分ですが・・・
そんな暇はありません。
桜花はこれから小樽軍港を掌握しに行くのです。
・・・でも・・・くんくん、いいにおいがします。
そうです!お昼ごはんを食べましょう!
三色海鮮丼を食べましょう!
三色海鮮丼はどこにあるのでしょう。
するとシノさんから小樽の観光マップが入ってきます。
おお〜、いろいろありますね〜
三色海鮮丼以外にも、いろいろとおいしそうなものがいっぱいです。
いやあ、目移りしちゃいますね。
するとシノさんが
「この街はいろんなものがあって、ほんと、飽きませんねえ。いっそ食べ歩きなんかしてみても面白いかもしれませんねえ」
と言います。
食べ歩きですか。
う〜ん、それも魅力的ですねえ。
・・・いや、そんな時間はありません。
さっさと三色海鮮丼を食べて、小樽軍港を掌握しに行くのです。
とりあえず、三色海鮮丼が食べられるお店を探しましょう。
といっても、海鮮料理屋は結構いっぱいあります。
どれがいいのでしょう。
するとシノさんが、なにやら穴場的なお店というのを指示してくれました。
「田岡食堂」
・・・なんだか、普通の大衆食堂みたいな名前ですが・・・
しかし、シノさんの話によると、ここが結構おいしいんだそうです。
しかもお昼時でも意外とすいていて、距離もそう遠くありません。
じゃあ、ここにしましょう。
田岡食堂に行きましょう!
桜花はシノさんの示した座標に向かいます。
田岡食堂には結構すぐに着きました。
位置的には観光本通りのすぐ近くなんですが、お店は建物の二階にあって、あんまり目立ちません。
なるほど、これは穴場です。
桜花は階段を上がってお店に入ります。
店の戸に付いてる鈴が「ちりーん」と鳴ります。
店の中は、外のざわめきとは違って、静かで落ち着いた感じのちょっと洋風な雰囲気です。
お客は桜花と・・・あと一組だけです。
すいてますね。
桜花は窓際のテーブル席に座ります。
窓から通りが見下ろせます。
いいですね。
桜花が座ったらすぐに店のおばさんが、お茶とメニューを持ってきてくれました。
ニコニコした愛想のいいおばさんです。
おばさんは、
「おや、大きな荷物しょって、一人旅かい?」
と聞いてきたので、桜花は、
「・・・ええ、まあ」
と答えると、おばさんは、
「あなたべっぴんさんねえ、桜花大将みたいねえ」
って・・・言うのです。
桜花はちょっと・・・びっくりしましたけど・・・
私って、小樽でも結構有名なのでしょうか。
すると、さらにびっくりです。
お店の壁に、桜花のポスターが貼ってあるじゃないですか!
海軍の宣伝ポスターです。
こんな所に桜花の写真が使われていたなんて・・・
びっくりです。
その隣に、もうひとつ写真が飾ってあります。
第二種軍装を着た、若い海軍士官の写真が額に入って飾ってあります。
もしかして、ここのおばさんの息子さんは海軍士官なんでしょうかね。
なるほど。それで桜花の事も知っていたんですね。
しばらくすると、
「はい、お待ちどう!三色海鮮丼、特大盛り!」
といって、ドン!と、来ました!
おおおお!
これは、すごいです!
かに、えび、イクラ、しゃけそぼろ、ええと、他にもいっぱい!
三色どころじゃないです!
しかも大きいです!
なんて贅沢なのでしょう!
これは早速、いただいてしまいましょう!


・・・いやあ、あっという間に食べてしまいました。
ほんとに・・・まったく・・・
おいしかったです。
いやあ、もう、他に言いようが無いです。
本当においしいものって、言葉を失ってしまいます。
いやあ・・・
・・・ちょっと・・・
・・・勢いよく食べ過ぎたかもしれません・・・
・・・いやあ・・・
ちょっと・・・おなかがきついです。
ふうう〜
「ごちそうさまです」
と桜花が言うと、店のおばさんは、
「はい、お粗末様。こんなに食べっぷりのいいお嬢さんは初めて見たわ」
と言って、ちょっとうれしそうにケタケタ笑います。
ああ、やっぱりそう思いますか・・・
えへへ・・・
とりあえず桜花はお勘定を済ませて・・・でもちょっとおなかがきついので・・・
しばらくお茶を飲んで過ごします。
ああ、なんだか幸せですねえ。
窓の外を見ると、通りを観光客が行き交います。
みんな楽しそうですねえ。
ここでこうやって通りを見下ろして買い物とかしている人達を見ていると、自分も楽しくなってきます。
いつまで見てても飽きません。
ずっとこうしていたい気分ですが・・・
でもそろそろ行かないと。
桜花は遊びに来たのではないのです。
桜花は再びシノさんを背負って、店を後にします。
さて、
軍港へはどうやって行けば良いのでしょう。
するとシノさんが、
「もう・・・小樽の街はいいんですか?」
と聞いてきます。
「はい。とても楽しかったです。ありがとうございました」
と桜花が言うと、シノさんは、少し黙ったまま、しばらく時間が過ぎます。
そして、
「・・・軍港に行ったら、もう・・・軍の外の世界には戻って来れないかもしれませんよ。・・・それでもいいんですね?」
と、言うのです。
・・・確かに・・・そうですね。
もう、こんなふうに、気ままな旅をする事は出来ないかもしれませんね。
でも、・・・もう十分です。
十分、楽しかったです。
「はい。軍港に行きましょう」
と桜花が言うと、シノさんは、
・・・なんだか少しだけさびしそうな・・・そんな感じもしたんですが、
「了解です。では、軍港までの道筋を表示します」
と言って、軍港入り口の座標と最適コースが桜花の頭の中に入ってきます。
意外と・・・遠いですね。
でも歩いて行けない距離ではありません。
歩いていきましょう。
ああ、懐かしい海のにおいがします。
たくさん食べたせいか、桜花はなんだかすごく元気です。
元気に歩いていきます。
するとシノさんが、少し静かな口調で、
「・・・やはり、あなたは軍人なのですね・・・あれだけおいしい物や、きれいな風景をたくさん見て来たのに、やっぱり最後は、軍に戻っていくのですね・・・」
と・・・少し寂しそうに言うのです。
・・・え、
それはどういうことでしょう。
シノさんは再び・・・少し小さな声で、話し続けます。
「・・・本当は・・・本当はね、桜花さん・・・私は・・・おいしい物やきれいな風景をたくさん見せたら、桜花さんも外の世界がいいって思うんじゃないかなって・・・私は心の奥で、あなたが・・・軍の事なんかすっかり忘れて、私と一緒に・・・外の世界の人になってくれたらいいのになって・・・少しだけ・・・思っていたんです・・・」
・・・・・
・・・シノさん・・・
・・・・・
・・・そうだったんですか。
しばらく沈黙の後、
「・・・怒らないんですか?」
と、シノさんは少しおびえたような声で桜花に言います。
え?
「ええ。怒らないですよ。外の世界を見てきた今なら・・・その気持ちは・・・よく分かります」
と桜花が言うと、シノさんは、
「・・・そうですか」
と言います。
少しの沈黙の後、シノさんは再び話し始めます。
「・・・でも・・・私には、やっぱり分からないのです・・・なんであなたは軍に戻っていくのか・・・私たちは、望んで軍に入ったわけではないのに、生まれたときからもう、軍に奉仕する事が義務付けられているのです。他の人たちは、みんな自由に生きているのに・・・私たちだけ・・・軍の都合で勝手に作られて、働かされて・・・死ぬかもしれないのに・・・そんな理不尽な軍なのに・・・なんであなたは自分の意思で、そこに戻っていくのか・・・」
・・・・・
・・・シノさん・・・
・・・そうですね、確かに、そうかもしれませんね。
・・・でも、
・・・・・
「・・・シノさん、私は・・・それは違うと思います。・・・私たちは、勝手に作られたのではありません。・・・必要だから作られたのです。軍には、私たちを必要としている人がいるのです。・・・今まで・・・温泉に入ったり、花火を見たり、おいしい料理を食べたり、本当に楽しかったです。でも・・・私を必要としてる人達というのは ・・・おいしい食べ物や、きれいな風景や・・・自由にも代え難い、私の財産なのです。・・・今、艦隊には・・・私を必要として、私を待っている人がいるのです。だから私は・・・そこへ戻るのです」


その後しばらく、シノさんは何も言わずに静かにしています。
何か考え込んでるような感じもしますが・・・
その後シノさんは、
「・・・なるほど。了解しました」
とだけ言って、またしばらく静かになります。
シノさんの事だから、もっと難しい反応をするかと思っていたのですが・・・
この話はもうこれで終わりみたいです。
・・・どうしたのでしょう。
シノさんは・・・いったい、
何を考えているのでしょう。
しばらくするとシノさんは、またいつもの口調に戻って、
「ところで、桜花さんは小樽軍港の掌握に際して、どのような作戦を考えているのですか?」
なんて聞いてきたので桜花はちょっと、びっくりしてしまいましたが・・・
そういえば・・・
作戦なんて全然考えていませんでした。
そもそも桜花は小樽軍港に対して敵という認識すらなかったので・・・
ああ、どうしましょう。
「・・・ええと、とりあえず・・・自然な感じで・・・」
とか、桜花はあやふやな事を言ったりするのですが・・・
ていうか、これから第七艦隊の拠点を単身掌握しようとしているのに、その作戦を全く考えていない連合艦隊提督というのも、・・・ええ。ひどい話ですが・・・
シノさんはべつに驚いた様子も無く、
「なるほど。ええ。良いんじゃないでしょうか」
と、普通に言います。
・・・良いんでしょうかね。
その後シノさんは、少し真剣な口調で、
「桜花さん、ひとつお願いがあるのですが」
と言います。
・・・なんでしょう。
「今後いかなる時も、私との接続を維持してください。それで・・・もし、桜花さんの身に危険が及ぶような状況になったら、私の判断で陸戦モードに切り替えて、高機動離脱を行いますが・・・宜しいでしょうか」
と、聞いてくるのです。
それは・・・
「シノさんはもしかして・・・掌握するのは無理だと思ってます?」
と桜花は聞きます。
するとシノさんは、しばらく「う〜ん」と考えてから、
「論理的に考えると・・・無理だと判断するのが普通かと思いますが・・・無理だと思っていたら、私はここに来る前に反対していたと思います・・・なんと言うか・・・私も良く分からないのです。でも、とりあえず無理だった場合に備えておかないと」
と言います。
・・・そういうことですか。
「分かりました。でも、あんまりすぐに無理だと判断しないでくださいね」
と桜花が言うとシノさんは
「了解です。それともうひとつ・・・小樽に着いてから度々見掛けるのですが・・・観光客に紛れて、この地域では珍しい、ある特定の業者の方がちらほらといらっしゃるようで・・・」
と言うのです。
・・・特定の業者?
って・・・なんですか?
「ええとですね、公の機関というのはその規模が大きくなるほど、公には出来ない業務をやらねばならない状況に陥る可能性が増えて来るものなのですが、公の機関である以上、公に出来ない業務を行う事はできません。したがって、その場合、ある特定の専門業者にそのような業務を委託する場合があるのです・・・ここで言う特定の業者というのは、恐らく、海軍軍令部方面から極秘に委託を受けた方々かと思われます」
・・・・・
・・・はい?
なんだか良く分かりませんが・・・
「それはつまり、よくアニメとかに出てくる『やくざ』さんのことですか?」
と桜花が言うと、
「いいえ、やくざさんというのは基本的に威嚇行為を主戦術とした不平等取引を専門とする事実上公組織なので、それとは違います。ええと、ここで言う特定の業者というのは、それよりも隠密度が高く特殊実践技能に優れた・・・ええと・・・まあ・・・やくざさんみたいなものだと思って頂いても構いませんが」
と、シノさんは言います。
・・・なんだか・・・ますます分かりませんが・・・
それがどうしたというのでしょう。
「・・・つまり彼らは、桜花さんが軍港に到着する前に極秘裏に桜花さんを鹵獲しようと目論んでると思われます。現在は観光客が多いので彼らも行動する事は出来ない状況ですが、この先軍港までたどり着くには、いったん観光街を離れて、人気の無い道のりをしばらく通過する必要があります」
・・・え!
それは・・・
・・・そうですよね。確かに・・・そういう方法もありますよね。
なるほど・・・それは・・・
どうしましょう。
「私としては、観光街を離れてから彼らが行動を起こす前に陸戦モードに切り替えて、彼らの追随を振り切ってしまうか、死傷しない程度に行使するのが確実な線だと思いますが」
と、シノさんは言います。
え、
死傷しない程度に行使って・・・
・・・それはちょっと・・・
一応相手は民間業者ですし。
・・・ていうか、そんなに危険な人たちなんですか?!
ええと、どうしましょう。
でも、やっぱり、民間人に軍事力を行使するのは良くないです。
それに、
「ええと・・・シノさん・・・以前、私を蘇生して下さった時に、私が戦術型の機能をある程度使えるようになってしまった事に、シノさん自身も少し驚いていましたよね。これはたぶん・・・彼らもその事実は把握していないのではないかと思います。したがって、陸戦モードは今の段階では、特殊な状況においての奇策として取っておくべきかと思います。・・・何より・・・私はこれから小樽軍港を仲間にしようとしてるのですから、あまり戦闘的な行動はしたくはありません」
と、桜花が言うと、シノさんは少し考えてから、
「・・・なるほど。それは・・・御尤もですが・・・では桜花さんは、この先の道のりを、どうやって進もうと考えておられるのですか?」
と言うので、桜花は、
「・・・そうですね」
と言ってから、なんとなく、おもむろに・・・メガネをはずします。
シノさんは一瞬びっくりしたみたいですが、桜花は構わずシノさんに、
「もう、付け毛は必要ありません。ここではずしてください」
と、言います。
シノさんは再びびっくりしたように、
「え!・・・ここでですか?!・・・それはちょっと・・・」
「大丈夫です!」
桜花が強めの声で言うと、シノさんはしぶしぶ付け毛をはずしていきます。
それは一束一束はずされていって、シノさんはそれを大事そうに袋にしまっていきます。
・・・なんだか・・・少しずつ頭が軽くなってきました。
不思議と・・・今まで隠れていた自分が出てくるようで、心もすっきりしてきます。
すると・・・回りを行き交っていた人たちが、少し「?」って顔で桜花を見るようになりました。
これは成功です。
常に人々の注目を浴びていれば、業者の方々も襲っては来れないでしょう。
・・・と、思っていたのですが・・・
なんだかだんだん・・・回りはざわざわし始めて来て、注目どころか、人々が集まってくるようになりました。
そして誰かが、
「あ!桜花大将だ!」
と叫んだと思ったら・・・
急に大勢の人がどっと押し寄せてきたのです!
これはたいへんです!
桜花はとりあえず・・・
逃げましょう!
えええ!
何でこうなるのでしょう!
予想外の、逼迫した状況になってしまいました!
「だから言ったでしょう!あなたは有名人なんですから!」
と、シノさんが叫ぶのですか・・・
もうどうしようもありません!
逃げれば逃げるほど、追いかける人が増えてくるみたいです。
もう大変です。
あ、でも・・・これは好都合です。
この勢いで、軍港まで行ってしまいましょう。
幸い今の体だと、普通に走ってる分には疲れてきませんし。
これだけ大勢いれば、業者の方も襲ってこないでしょう。
それになんだかこういう感じ・・・
ちょっと楽しかったりする桜花です。


そんな感じで桜花は大勢の民衆に追いかけられながら、あっという間に軍港まで来てしまいました。
軍港の入り口には・・・通常は軽装備の警備兵が数名いるだけなんですが、
今日はなぜか完全装備の陸戦兵十数名と、装甲車もいます。
・・・なんででしょう。
もしかして、桜花を中に入れてくれないつもりなんでしょうか。
陸戦兵の人たちは、突然大勢の民間人が押しかけてきたのですごくびっくりしてるみたいですが、銃を構えるでもなく、ただあたふたとしています。
だから桜花は、
「私は海軍関係者です!中に入れてください!」
と大声で叫びながら走っていきます。
すると陸戦兵の人たちの何人かが、こっちを見て、さらにびっくりしたような顔をします。
私が桜花だと気付いたみたいです。
そのときシノさんが、
「ゲート奥の監視台内部に偽装された機関銃があります。射線5度以内にこちらを捕らえています。陸戦モード、スタンバイ」
などと言います!
え!まさか・・・
ここで撃たれるなんて事・・・ないですよね。
桜花は一瞬、入るのを躊躇しそうになりましたが、でも、構わず走り続けます。
ゲートはどんどん近付いていって・・・
桜花は中に・・・
・・・あ、
大丈夫みたいです。
止められませんでした!
桜花は陸戦兵の横をすり抜けて、門をくぐります。
桜花が通った後、ゲート前の地面が持ち上がって、バリケードになりました。
そこで桜花を追いかけてきた人たちは止められてしまったみたいです。
はあ・・・・
一安心です。
かと思ったら、突然、「ビー!ビー!」と警報音が鳴ります。
なんでしょう。
すると、奥から完全装備の警備兵がまた数名集まってきます。
もしかして・・・本当は鹵獲する為に桜花が来るのを待ち構えていたのでしょうか。
・・・と、思ったのですが、
後から集まってきた警備兵の人たちも、桜花を見てちょっとびっくりしたみたいで、
なんだか回りの陸戦兵の人たちと、なにやら相談を始めました。
・・・・・
・・・どうしたんでしょう。
ここは・・・やっぱり何か言うべきかなあと思って、桜花は、
「・・・あ、海軍大将の桜花です。突然来てしまってすみません・・・ええと、あ・・・本日は・・・ええと、小樽基地の視察に参りました」
などと・・・言ってみます。
すると、陸戦兵の人たちと警備兵の人たちは一瞬固まって、こっちに注目します。
そして、みんなそれぞれ顔を見合わせた後、整列して敬礼します。
桜花もあわてて敬礼します。
・・・なんだか・・・異様な感じですが・・・
しばらくすると、恐らくこの区画の責任者らしき人が、ちょっとあわてた感じで出てきて、敬礼します。
いかにもたたき上げといった感じのごっつい海軍中尉です。
ちょっと・・・こわいです。
そして、
「小樽基地隊、警備科中隊、主任、寺田次郎中尉であります!この度は遠路御来訪頂き、光栄であります!提督!」
と言うので、桜花も、
「はい!連合艦隊提督、桜花大将です!この度は、ええと、突然おじゃましてしまって、すみません」
と、ちょっとあわてて言います。
回りには、桜花が来た事を聞き付けてか、なんなのか、作業着姿の隊員とかが集まってくるのですが、それを見て寺田中尉は大きな声で、
「馬鹿者が!配置に戻らんか!!」
と、大声で叫ぶと、みんなあわてて帰っていきます。
・・・すごく・・・こわいです・・・
でも、基地内のこの、ちょっと浮き足立った感じを見ると、桜花を鹵獲しようと待ち構えていたようにはとても見えませんが・・・
すると寺田中尉は、

「只今、探知機により爆発物反応が出ました。大変失礼かとは存じますが、軍規により、御手荷物の確認をさせて頂きたく存じ上げます!」
と、言います。
・・・爆発物?
ひょっとして・・・シノさんは爆発物なのでしょうか。
・・・あ、そういえば桜花は、拳銃を持っていたんですね。
それで桜花は、
「これのことでしょうか」
と言って、上着をめくりあげて、腰につけてる拳銃を見せます。
・・・ちょっと、おへそも見えちゃいましたけど・・・
すると寺田中尉はちょっと照れたような顔になってから、すぐに真面目な顔になって、
「は!・・・結構であります!失礼いたしました!」
と言います。
同時にシノさんが接続通話で
「桜花さん、ナイスです」
と言います。
・・・え、なにが?
でもなんとなく、ここの雰囲気だけ見てると問題なく中に入れてくれそうな感じです。
案外あっけないですね。
大丈夫・・・なんでしょうか。
と、思ったら突然、基地の奥から黒塗りの車が3台、走ってきます。
そして桜花のすぐ近くで止まって、中から勢い良く、黒い背広を着た数人の男の人たちが出てきます。
あ!、拳銃を持ってます!
これはやっぱり桜花を・・・
すると背広の人は、大きな声で、
「動かないでください!あなたを拘束します!」
と、言うのです!
これは!
たいへんです!
桜花はもう驚いてしまって、ただあたふたとします。
しかしその時、突然シノさんが、すごく落ち着いた声で、
「拘束?これはまた、どういう罪状で?あなた、海軍基地内で海軍大将に銃を向けてるわけですから、それなりに納得いく説明を頂かないと。ここには海軍隷下の陸戦兵もいる訳ですし。場合によっては・・・あなた達が撃たれる側になるかもしれませんよ」
と、言うのです。
いや、これは・・・シノさんが話してるのではなくて、桜花の口が、勝手に話しています。
同時にシノさんが接続通話で、
「すみません桜花さん、私に考えがあります。ちょっと口をお借りします」
と、言います。
えええ、そんなっ・・・
しかし背広の人は、
「問答無用!拘束する!」
と言って、桜花の腕をつかもうとするのです!
すると突然、寺田中尉が大声で、
「分隊、狙え!背広の奴だ!」
と叫んだかと思うと、回りの陸戦兵たちがそろって突撃銃を背広の人たちに向けます!
ついでに装甲車の砲塔も黒い車の方に向きます。
あわわ!
これは・・・ど、どうしましょう!
この状況に背広の人も焦ったのか、桜花の腕を放して、
「貴様!軍令部官に銃を向けるか!」
と叫びます。
透かさず寺田中尉も、
「我々は海軍基地警備隊だ!海軍提督を御守りする義務がある!武器を所持した上で、理由無くして階級下位の者が上位の者の行動を妨害する場合は、軍紀行動として実力を以ってこれを排除する!」
と叫びます。
すると背広の人は、
「彼女は異常な電算司令を行った為、緊急停止措置を取るよう、軍令部より特令を受けている!」
と言います。
するとシノさんが、再び桜花の口を使って、
「緊急停止措置?それはへんですねえ。緊急停止措置とは、普通、艦隊の旗艦参謀部か、緊急時において危険と判断された場合のみ電算整備部が行う事でしょう。なぜわざわざ軍令部要員が、ここ小樽基地まで来て現在電算司令中ではない私に対してそれを行うんです?あなたの言ってる事が事実なら、私は旗艦参謀部の停止措置をすばやくかわして、艦隊の数万の将兵の目を逃れて脱走して、泳いでここまで来たとでも言うんですか?だいたいねえ、軍令部要員はいつから平時における上官に対する強制拘束権を持ったんです?拘束するのは憲兵の仕事でしょう。令状はあるのですか?ちなみに・・・私が異常な電算司令を行ったというのなら、当然その旨を私の管理責任を持っている旗艦参謀部から連絡を受けた上で、あなたたちは連合艦隊から緊急停止作業の委託を受けて行動してる訳ですよね。確認の為に、戦艦飛鳥の方と連絡取りたいんですけど、宜しいですよねえ?」
と・・・言います。
すごく口が達者です。
何を言ってるのか全然分かりません。
すると背広の人が、ちょっとまごついた感じで、
「我々は・・・その、上からの命令で行動しているので・・・詳しい事実は・・・その・・・」
と言い終わる前に、私の口が、
「だったら今すぐ上に確認してこんか!!」
・・・と叫びます。
えええ〜、すごい迫力です。
背広の人たちはそれに驚いたのか、
「は!了解いたしました!」
と言って、車に乗って逃げて行ってしまいました。
・・・あわわ・・・
これは・・・大丈夫なんでしょうか・・・
するとシノさんが接続通話で、
「もしかしたら桜花さんの勘が当たっていたのかもしれませんね。警備兵の対応などを見て、もしやと思ったのですが・・・どうやらここ小樽基地も、現在やや混乱した状態にあるみたいです。少なくとも、軍令部によって完全に統制されている訳ではないみたいです。もしかしたら・・・軍令部そのものも、やや統制を失いつつある状況なのかもしれません・・・あ、口お返ししますね。すみませんでした」
え・・・あ、口が思い通りに動くようになりました。
ええと・・・桜花はいまいち状況がつかめないのですが・・・
とりあえず桜花は、回りの陸戦兵と寺田中尉に、
「あ、どうも。・・・おかげさまで、助かりました」
と、声をかけます。
寺田中尉はちょっとうれしそうな顔をしてから直立不動の姿勢で、
「は!恐れ入ります!」
と叫びます。
あ・・・よかったです。
ええと・・・
これからどうしましょう。
あ、そうそう、私はここを掌握しに来たのです。
「あ、こちらの司令施設はどちらにあるのでしょうか」
と桜花が聞くと、寺田中尉は、
「は!ご案内いたします!」
と言います。
桜花は寺田中尉に付いて行きます。
回りには完全装備の陸戦兵が数名、護衛に付きます。
なんだか・・・平時の基地内だとは思えないような物々しさですが・・・
この基地はいったい・・・どういう状況になっているのでしょうか。


小樽基地は機動艦隊母港だけあって、規模はそれなりに大きいみたいですが・・・
なんだか妙に、静まり返っています。
トラック基地なんかは常に補給物資を積んだ車や作業員が行き交ってにぎやかでしたが、
ここはなんだか・・・妙に閑散としています。
まあ、桜花はここに来るのは初めてなので、普段からこんな感じなのかもしれませんが・・・
しばらく行くと、アンテナのいっぱい立ったちょっと大きめの建物が見えてきます。
あれがここの司令部でしょうか。
しかし寺田中尉はそこには入らず、その建物の裏にまわって、なんだか分厚いコンクリートの壁で覆われた入り口に入ります。
中は・・・地下に続く階段があります。
・・・ん?
ここに入るのは大丈夫なんでしょうか・・・
するとシノさんが接続通話で、
「警戒を厳にします。とりあえず今のところは大丈夫みたいです」
と言います。
じゃあ・・・入っていきましょう。
地下へ続く階段は結構長く、一応電灯はついているのですが、なんだかちょっと暗いです。
そこに、私たちの足音だけが響いています。
・・・本当に・・・大丈夫なんでしょうか・・・
アニメとかだったら、だいたいこういう感じの場所に入ると入り口ががた〜んと閉まって閉じ込められたりするんですよね。
なんだかちょっと・・・怖くなってきましたけど・・・
・・・大丈夫なんでしょうか。
すると、階段を一番下まで下りたところに、正装をした数人の男の人がいます。
そして、桜花を見付けるとみんなそろって敬礼をします。
桜花もちょっとあわてて敬礼します。
服装から判断すると、どうやらここの司令要員のようです。
桜花はたぶんその中の一番お歳を召した感じの方がここの司令かと思ったのですが、
一番最初に名乗りをあげたのはその中でも一番若い感じの方で、
彼は目をきらきら輝かせながら、
「小樽基地司令、河島 祐二中佐であります!遥々の御来訪、感謝いたします!提督!」
と、とても元気良く挨拶します。
桜花はなんだかちょっと圧倒されつつも挨拶しますが、
・・・中佐にしてはずいぶんお若く見えますね。
まあ、大将なのに少女の姿をしてる桜花が言うのもなんですけど。
・・・ていうか・・・
中佐?
小樽基地は鎮守府機能を持つ軍港なので、普通は中将が司令長官になるはずですが。
中佐だったら・・・将官が指揮する艦隊に指示を出さなければならなくなった時とか、
・・・どうするんでしょう。
なんだか不思議です。
こういう事もあるのでしょうか。
でもなんだか意外に歓迎されてるみたいなので、桜花は招かれるままに奥に進みます。
そして分厚い鉄製の扉を抜けると、急に明るくなります。
どうやらここが基地司令部のようです。
中は・・・
・・・え、これが基地司令部ですか?
なんだか、その広さのわりに、妙に閑散としてますが・・・
普通はもっと、司令設備がいっぱいあって、人もたくさんいるはずなんですが。
司令設備らしいものは、数台の卓状電算機と、通信機が何個かあるだけです。
後はがらんと何にもなくて・・・
荷物のない倉庫みたいです。
桜花は思わず、
「・・・これはいったい・・・どういうことなんですか?」
と、聞いてみます。
すると司令部要員の方々は一瞬顔を見合わせてから、河島中佐が、
「は!・・・その、現在小樽基地は鎮守府機能を失い、軍港から要港に降等となりましたので・・・」
・・・え?要港?
「機動艦隊の母港が、なんで要港扱いなんですか?」
と桜花が言うと、
河島中佐は、また一瞬回りの人と顔を見合わせてから、
「は、・・・いいえ、提督、先日大規模な配置転換がありまして、現在小樽基地は第7機動艦隊の母港とはなっておりません!」
と、言うのです。
・・・え?
「では、第7機動艦隊は、いったいどこに行ってしまったのですか?」
と桜花が聞くと、河島中佐は、
「は!、その件に関しましては、自分は知らされておりません!」
・・・え
これは・・・
するとシノさんが接続通話で、
「・・・やられましたね・・・ここには接続電算司令を行える設備は、もうありません。恐らく、ここから艦隊の状況を把握できないように、根こそぎ持っていかれたみたいです」
と、言うのです。
・・・ええ!
と、いうことは、
やっぱり、私がここに来る事は、前もって読まれていたのでしょうか。
・・・これは・・・
や、もしそうだとすると、
やっぱり私を鹵獲する為に・・・!
と、思ったら、突然河島中佐が、
「畏れながら、提督!質問をさせて頂いても宜しいでしょうか!」
と、大きな声で言ったので、桜花はびっくりして、
「はい!どうぞ!」
と言います。
すると、なんだか急に回りの人たちも、真剣な目で桜花に注目します。
河島中佐も・・・なんだか妙に緊張してるようで、
頬に汗をかいています。
え・・・いったい、なんなんですか、この空気・・・
何を質問しようとしてるんですか?
そして河島中佐は真剣な面持ちで、話し始めます。
「は!・・・その・・・現在、第1基幹艦隊は、複数の機動艦隊と共に・・・軍令部の指揮下を逸脱し・・・・独断で行動中との噂を聞きましたが・・・これは、事実なのでありますか?」
と、言うのです。
・・・え、もしかして、ここの人たちは、
現在の連合艦隊の状況を、何も知らされていないのでしょうか。
いや、むしろ・・・
連合艦隊の状況を把握している人たちは、ここの司令部機能と一緒に、どこか他の場所に移されてしまったのかもしれません。
だとすると、やっぱり、この人たちは桜花を鹵獲しようと待ち構えていた訳では無いのでしょうか。
・・・ちょっと、安心しましたが・・・
でも、それより・・・
そう、質問に答えなければなりません。
・・・でも、この状況でそれを正直に答えたら・・・
私はやっぱり・・・反乱首謀者として、捕まってしまったりするのでしょうか!
・・・どうしましょう・・・
でも、この真剣な眼差しの中で・・・桜花は嘘を付き通せる自身がありませんし。
だから桜花は・・・静かな声で
「・・・はい。事実です」
と、言います。
すると突然、ここにいる全員が、「おお!」と声を上げて・・・
なんだか妙に盛り上がってるみたいです。
・・・な、なんなんですかこの反応は・・・
すると河島中佐は、なんだかやけに興奮した感じで、
「やはり、桜花提督は・・・この、企業と癒着した軍部体制をぶち壊し、お国の為、臣民の為の海軍を再興するために、決起なされたのですね!!」
と、目をうるうるさせながら言うのです。
・・・・・
・・・はい?
・・・ええと・・・
そういう設定でしたっけ?
・・・なんだかちょっと話が違う方向に行ってるみたいですけど・・・
ていうか、
桜花が始めたわけじゃないんですけど!
でも司令部要員の人達や、一緒に来た陸戦兵の人達まで、なんだか大盛り上がりで、
そのうち、「桜花提督万歳!」とか始めちゃったりします。
ええと、や、違うんですけど・・・あれ?
・・・どうしましょう。この状況・・・
するとシノさんが接続通話で、
「これはこれで良いんじゃないですか。盛り上がってるみたいですし」
と、言うのです。
いいんですか?!これで!
・・・まあ、シノさんがそう言うなら、
・・・いいんでしょうかねえ・・・
う〜ん・・・
いいんでしょうかねえ・・・
ていうか未だ以って、この基地がどういう状況にあるのか、よく分からないのですが・・・
いったいこれは、どういう事なのでしょうか。


とりあえず、この基地の状況を把握すべきでしょう。
ということで桜花は河島中佐に、なぜここが要港に降等となってしまったのか聞いてみるのですが、
この件については河島中佐以下司令要員の方々も不満を持っているらしく、やや感情を高ぶらせながら河島中佐は話します。
ええ。
なんだかいろいろと大変だったみたいですが、要約すると、
河島中佐もなんで要港扱いにされたのか良く分からないみたいです。
ただ、かつてここが軍港だった頃に司令長官をしてらした中将さんは、とても人望の厚い方だったそうなんですが、その方が、なんだか良く分からない理由で解任された後行方不明。
ここも要港に降等され、港と共にあった第7機動艦隊は何やら極秘任務とやらで出て行ったきり、実質取り上げられてしまった感じで。
また、その件に関して軍令部からはまったく納得できる説明が無いので、基地全体どうしようもないくらい士気が下がった状態がしばらく続いたのだそうです。
そんな折、どこからとも無く「基幹艦隊が軍事クーデターを起こしたらしい」的な噂が広まって、説明を求める基地要員と、説明しない軍令部要員とで仲違い状態になって、今ではもう、実質反乱状態寸前みたいな感じだったらしいです。
そんな状態になってる時に、突然桜花が来たわけですから・・・
ある意味絶妙なタイミングだったわけですね。
しかし・・・この基地のこの状況は・・・
ここだけの事なのでしょうか。
もしかしたら他の各地の軍港でも、似たような状況になっている可能性も考えられますよね。
これは・・・
はやい所なんとかしないと、大変な事になってしまうかもしれません。

すると河島中佐は突然、
「当基地には、機動艦隊一年分の行動物資が備蓄されています!いつでも艦隊の受け入れが可能であります!提督!」
と、目を輝かせて言うのです。
・・・・え?
や・・・そう言われても・・・
桜花は艦隊を引き連れてここに来たわけではないんですけどね。
もしかして、ここの人たちは、
桜花が基幹艦隊を引き連れてここに来たのだと思っているのでしょうか。
これは・・・どうしましょう。
実は一人で逃げてきたなんて言ったら・・・
でも、やっぱり、ここは、
本当の事を説明しなければなりませんよね。
・・・期待を裏切るようで申し訳ないんですけど。
桜花は盛り上がってる人たちに向かって、ちょっと大きな声で、
「聞いてください!」
と、言います。
すると皆さん、しーんと静かになって桜花に注目します。
・・・こうなるとまた、話し辛いのですが・・・
桜花はとにかく、毅然とした態度で話し始めます。
「期待を裏切るようで申し訳ないのですが・・・実は現在、桜花の指揮下には一隻の艦艇も無いのです」
と言うと、皆さん一瞬「?」って顔になりますけど、じっと静かに桜花に注目しています。
・・・なんだか・・・皆さん、桜花の言ってる意味が良く分かってないみたいですけど・・・
ええと、
とにかく、ここまでの経緯を一から説明した方が良いかもしれません。
それで・・・桜花はここまでの話をなんとか分かるように説明しようと思うのですが、
ええと・・・どこから説明したら良いでしょうかね・・・
ていうか、桜花も状況が良く分かっていなかったりしますし、説明しようにも、なんだか・・・
・・・ええと・・・
どうしましょう。
その時シノさんが接続通話で、
「私が説明しましょうか?」
というので・・・
そうですね。シノさんが説明した方が分かりやすいかもしれません。
それでシノさんは、桜花の口を使って説明し始めます。
え?桜花の口で説明するのですか?
・・・まあ良いでしょう。
その話は、先ず、桜花が真っ赤なカーテンの部屋に連れて行かれたところから始まって、
その後、基幹艦隊と第4機動艦隊が軍令部の隷下を離れて独断行動を始めた話、
第8機動艦隊を仲間にして「桜艦隊」になった話、
その後の戦闘の話、
そして、桜花が半死状態で艦隊を脱出して、その後蘇生されてから、ここに来るまでの話、
それらをシノさんは分かりやすく説明します。
その説明を聞いてるうちに桜花は、なんだかいろいろ思い出してきて・・・
ちょっと泣きそうになりますけど、
・・・泣かないんですよ。
ここで泣きそうな顔なんて出来ません。
落ちぶれても私は、連合艦隊提督なのですから。
ただ、その説明はあくまで事実状況についての時系列的な説明が主で、この行動の意義とか「意思共有化」についての話は一切無しです。
・・・これは・・・
単に言い忘れているだけなのでしょうか。
それとも、あえて言わないようにしてるのでしょうか。
でも、ここの皆さんは良く分かったみたいで、口々に「おのれ!軍令部め!」とか「陛下の艦隊を攻撃せしむとは!許すまじ!」とか言って、すごく盛り上がってるみたいですが・・・
・・・本当に分かったのでしょうか。
まだちょっと、勘違いしてるような気もしないでもないですが。
まあ、良いでしょう。
その後シノさんは接続通話で、
「以上、説明終わりです。口をお返しします」
と言うので、・・・あ、どうしましょう。
ちょっと焦りましたが、桜花は話を続けるような感じで、
「・・・それで・・・恥ずかしながら私は・・・一人 生き延びてしまったのです・・・しかし、未だ桜艦隊は洋上にあるのです。私は再び、生きてそこに戻り、艦隊を正常な形に戻さねばなりません。・・・それで・・・本日は皆様の力をお借りできないかと思って、こちらに訪れたわけなんですが・・・」
と、桜花が言い終わる前に、皆さん「おお!」と盛り上がって、拍手まで巻き起こります。
・・・ええと・・・
なんだかちょっと、盛り上がりすぎなような気もしますが・・・
まるでアイドル歌手のライブ会場みたいな様相です。
そもそも小樽基地というのは、こういう、盛り上がりやすい雰囲気なのかもしれません。
・・・大丈夫なんでしょうかね。
その後河島中佐は、
「基地総員、令一下決死の覚悟です!桜花総大将の大志実現の為、粉骨砕身努力します!」
と、目をきらきらさせながら言います。
・・・あ、ええと・・・そう言って頂けるとありがたいです。
やっぱり何か・・・勘違いしてるような気もしますが・・・
まあいいでしょう。
基地の方々に手伝って頂けるのなら心強いです。
とりあえず桜花は、小樽基地の装備を確認します。
・・・あ、でも・・・そういえば、接続できないんでしたっけ。
これは不便ですね。
ということで、ここの人に口頭で説明して頂きます。
やはり元機動艦隊母港だけあって補給物資はたくさんあるみたいですが・・・
艦艇は・・・
ほとんどありません。
洋上戦力といえるものは、旧式の海防艦1隻と、沿岸警備艇が2隻だけです。
・・・なんとなくそんな感じではないかと思ってはいたのですが・・・
これでは、第7艦隊が完全に軍令部の統制化にあった場合、その警戒網を突破する事は出来ませんし、何より現在桜艦隊がいる海域まで航続できません。
また陸上戦力も、およそ小規模なゲリラ部隊から基地を防衛する事が主任務らしく、まとまった数の陸戦部隊が攻めてきたら・・・1時間もつでしょうか・・・。
でもまあ、
公には平時である現状において人目も憚らず大部隊を投入してくるなんて事、彼らもしないでしょうが。
どちらにせよ戦力云々の前に、電算接続できなければ桜花は艦隊司令も出来ないわけなんですが。
・・・これは・・・
どうしたものでしょう。
せっかくここまで来たのはいいですが、まだまだ先は長いみたいです。
でもなんとか・・・ここから先へ進む手段を考えなければなりません。


するとシノさんが接続通話で、
「どうやら・・・私が不審な動きをしてる事に上層部も感づき始めたのか、私の本体がマークされてしまったみたいですね。陸軍統合本部から情報が取り出せなくなってしまいました。」
などと言うのです。
・・・え?それはどういう事ですか?
「ええと、つまり・・・シノ本体が一番情報の出し入れが容易な場所にいるので、今まではシノ本体経由で戦略情報などを密かに落としていたのですが、どうも今日は朝から回線の調子が悪くて・・・地理的な問題かと思ったのですが、ここ小樽に来てもそれが回復しない所を見ると、どうやら、本体の方の情報ラインが遮断されてしまったのかもしれません。・・・まあ、他のラインを探せば良いだけの話なんですが、少し時間が掛かるかもしれません」
と、シノさんは言います。
・・・ええと、毎度の事ながら、何を言ってるのか桜花には良く分からないのですが・・・
そういえばここに来る時の列車の中で、シノさんはずっと静かにしていましたが、
それが原因だったのでしょうか。
シノさんは続けて話し始めます。
「ただ・・・最新の戦略情報が無いままで迂闊に動き回るのも危険なので・・・しばらくここに留まった方が良いかもしれませんね。」
ああ、そういう事ですか。
ええ。
どちらにせよ、ここから動こうにもその手段が見付からない以上、どうする事もできないのですが。
幸い、こちらの方々は皆良い人みたいですし。
しばらくここに篭城して、策を練るのも良いでしょう。
するとシノさんは、
「それにしても・・・私が作った極秘情報ラインはそう簡単には遮断できないはずなんですけどね・・・しかもここに来た途端に遮断されてしまうなんて、まるで・・・」
と言ってから、シノさんは急に静かになって、何か考えています。
そして一言、
「・・・まるで私達をここにしばらく留めようとしてるみたいですね・・・」
と、言うのです。
え!
つまり・・・
やっぱり彼らは私をここにおびき寄せようとしていたという訳ですか!
その時、部屋の奥の方で誰かが、
「方位0-2-5より、航空機多数、接近してきます!」
と叫びます。
え!まさか・・・
この基地を空爆するつもりじゃ・・・
いや、そんな筈は無いです!
とにかくこれの位置情報を・・・あ、
今は接続してないから情報が頭に入ってきません!
いや、落ち着いて・・・ここの人に聞いたらいいんです。
しかし、なにやらこの捕捉情報は、およそ管制用に装備されてる基地電探で捕らえたものらしく、その正確な位置は分かりません。
どうやら電探透過機の様です。
とすると、当然・・・軍用機です。
しかし何らかの事情で、基地の付近を味方の電探透過機が通過するのなら、前もってその旨連絡があるはずです。
そもそも、この空域の戦略警戒情報が入らないうちに基地電探で捕捉する事自体おかしな話です。
そういえば・・・この空域の戦略警戒情報は軍令部が統括しているのです。
やはり、これは・・・
つかさず河島中佐が、
「警報鳴らせ!第一戦闘態勢!対空戦闘用ォ意!」
と、叫びます。
いや、ちょっと・・・
「待ってください!」
と桜花が叫ぶと、皆さん再びシーンとなって、桜花に注目します。
・・・あ、思わず叫んでしまいましたが・・・
「・・・あの、艦隊提督が基地司令に口出しするのは越権行為かもしれませんが・・・戦闘態勢は待った方が良いかと思います」
と・・・ちょっと落ち着いて桜花が言うと、河島中佐は「宜候!」と言ってから、素直に「只今の下令、取り消し!」と叫びます。
や・・・そこまで素直に従われると、逆になんだか不安になってきますが・・・
とにかく桜花は毅然とした態度で、
「現状は飽くまで平時です。迂闊に戦端を開けば、彼らに反撃の口実を与えます」
と、静かに言います。
すると河島中佐は、
「は!御尤もであります!」
と、目をきらきらさせながら言います。
そんな、目をきらきらさせるほどの軍配でもないと思うんですが・・・
実際桜花もかなり不安ですし・・・
ただ、先の戦闘でもそうでしたが・・・桜花の予想では、
彼らは攻撃する振りだけをしてこちらを混乱させようとしているのです。
ましてこの基地は現状でも既に実質混乱状態にあるので、そこに未確認の電探透過機などが接近して来れば、先ほどのように、迂闊に反撃してしまう可能性があります。
そうすれば敵は、この基地を討伐する口実を得る事ができます。
これは彼らの思う壺です。
実質戦力で圧倒的に劣る我々は、『現状は平時である』事を最大限に利用しなければなりません。
「とにかく今は、何もせずにいつも通りな感じでいた方が良いと思います」
と桜花が言うと、
皆さん、「宜候!」と言って、シーンと静かになります。
・・・ていうか・・・いつの間にかここの司令部は桜花が掌握してしまったのでしょうか・・・
ええと、まあ・・・指揮系統が一本化されるのは良い事です。
そして、しばらくすると、
今までこちらに向かってきていた未確認航空機は、まるでこちらが攻撃して来ない事を覚ったかのように、進路を変え、識別信号を送信してきました。
どうやらこれは・・・
空母「準鷹」の所属機のようです。
・・・第7機動艦隊です。
やはり第7機動艦隊は、完全に軍令部に統制されているのでしょうか。
まあ、どちらにせよ、迎撃しないで良かったです。
引き返していく航空機を見て、基地の人たちも「おお!」と歓声を上げます。
そして口々に「桜花提督、お見事!」とか言って、なぜか拍手が沸きます。
・・・ええと・・・そこまで大げさな事でもないと思うのですが・・・
でも、考えてみれば・・・
人型電算機は接続しないと軍の司令はできない物と聞いていたのですが・・・
実際、以前は接続しない状態では、全く司令は出来なかったのですが。
・・・案外、出来てしまうものなんですね。
不思議です。
しかしその時、
先ほどの航空機群とは別の方向から、低空で接近してくる機影があります。
・・・これは・・・
電探透過機ではありません。
どうやら、輸送機のようです。
その数・・・たったの1機。
すでに識別信号を出しています。
またしても第7機動艦隊の・・・旗艦「飛騨」の所属機です。
・・・なんなんでしょうこれは。
機種は・・・48式直上連絡機のようです。
飛鳥でも使っていたやつです。
一応、この機体でも強襲は出来ないこともないですが、たった1機ではせいぜい、歩兵を数名降ろせる程度です。
・・・こんなもので・・・何をするつもりでしょう。
・・・・・
・・・いや、これは・・・
そう、以前にも、こういう事があったような気がします。
・・・なんだか、嫌な予感がします。
その時通信要員が、
「飛騨所属連絡機より入電!・・・当基地に着陸すると、言っています!」
と、叫びます。
・・・これは・・・
いったい何を考えているのでしょう。
いや、しかし・・・第7艦隊の人とは、一度話をしてみる必要があります。
この混乱した状況に収拾をつける良い機会かもしれません。
・・・でも、やっぱり・・・
嫌な予感がします。
その時突然、通信要員が、
「は?!・・・貴様、何を言っているか!名を名乗れ!」
と、通信機に向かって怒鳴っています。
「いったいどうしたのですか?」
と桜花が聞いてみると、彼は、
「は!、その・・・桜花提督と話がしたいと・・・言ってます」
・・・え?
私と?
・・・なんでしょう。
桜花は通信要員からヘッドホンをお借りします。
・・・なんだか緊張しますが・・・
桜花はとりあえず普通な感じで、
「もしもし、桜花です」
などと言ってみます。
すると、通信機から・・・女性の声で・・・
不気味な笑い声がします・・・
そして、
「・・・まさか、本当に来てしまうなんてね・・・」
・・・と、
これは・・・!
・・・・・
・・・そう、なんとなく・・・そんな気がしましたが、
この連絡機に乗ってるのは・・・
「・・・アドルフィーナさんですね・・・」


私はやっぱり・・・うまく罠にはめられていたのでしょうか・・・
桜花は一瞬、背筋がサーッと冷たくなります。
・・・・・
・・・まあ、とにかく落ち着いて・・・
どちらにせよ、今更あたふたしても仕方がありません。
とにかく桜花は、普通な感じで、
「・・・それで、何の御用ですか?」
などと言ってみます。
すると彼女は、また不気味に笑ってから、
「普通な対応ね・・・今あなたの置かれている状況が分かっていないのかしら、・・・それとも、普通を装ってるだけなのか・・・」
「無線通信は手短に済ませて頂けると有難いのですけどね」
桜花は彼女の言葉をさえぎるように言います。
すると彼女はまた、不気味に笑います。
・・・この人の態度は・・・いちいち癇に障ります。
そして彼女は、
「・・・べつに。ただ会って話がしたいだけよ。あなたも・・・私に言いたい事がたくさんあるでしょ?」
などと言うのです。
確かに。
言いたい事はたくさんあります。
とにかく桜花は飽くまで普通に、
「了解しました。ではお待ちしています」
と言って、ヘッドホンを通信要員に返します。
・・・・?
通信要員は、なぜか冷や汗をかいて震えています。
・・・どうしたんでしょう。
回りを見渡してみると、なぜか他の人たちも、なんだか恐ろしいものでも見るかのような目をして、固まっています。
・・・・いったいどうしたんですか?
するとシノさんが接続通話でボソッと、
「・・・今の桜花さん、すごくこわいです」
って、言うのです。
え?私が?
・・・そんなにこわい顔してたでしょうか。
ていうか、連絡機の着陸許可をすんなり出してしまった事にツッコミが入るかと思ったのですが・・・
どうやらそういう雰囲気でもないみたいです。
とにかく、連絡機の到着までは、まだ少し時間があります。
その間に、現在考えられる状況についての対応策を、いろいろと検討してみるべきでしょう。
とりあえずシノさんと接続通話で相談してみるのですが・・・
・・・・?
・・・なんだかへんです。
シノさんから、妙なノイズが聞こえてきます。
「・・・シノさん?」
桜花が呼びかけてみるとシノさんは、ノイズ混じりの弱々しい声で、
「・・・桜花さん・・・これは・・・まずいです・・・どうやら、誰かが・・・私を遠隔制御・・・・しようとしているみたいです・・・有り得ない・・・そんな筈は・・・」
と言ってから、突然シノさんの腕が、桜花とつながっている接続コードを切り離してしまいました。
と、思ったら、急にシノさんが重くなって、リュックごと地面に落としてしまいました!
あ・・・すごく大きな音がしましたけど・・・大丈夫でしょうか。
そう、シノさんを背負った状態での重心制御はシノさんがやっていたのです。
それで急に重くなって・・・ていうか!
なんなんですかいったい!
シノさん!どうしてしまったんですか!
・・・あ、でも、
シノさんは切り離す前に、桜花の頭の中にファイルをひとつ置いていったみたいです。
なんでしょう。
開いて見てみます。
------------------------------------------------------------------------
≪緊急手順・桜花さんへ≫
これをあなたが読んでいるという事は、私自身に何か大きな問題が生じたのでしょう。
でも大丈夫です。シノ缶は他にもあるので気にしないでください。
とりあえず、近接陸上戦闘モードの制御データを作っておきましたので、これを使えば桜花さんの意思で、陸戦モードに切り替える事ができます。
ただ、これは飽くまで私が即席で作ったものなので、きちんと作動する保障はありません。
できれば、これを使わなければならない状況になる前に逃げてください。
ちなみに、
このシノ缶には、高性能爆薬が搭載されています。
爆破手順もファイルに入れときましたので、必要な時は使ってください。
(20メートル以上離れて爆破してください)
------------------------------------------------------------------------
・・・・・
な・・・!
なんですかこれは!
ちょっと待ってください!・・・そんな・・・
桜花はとにかく、何度かシノさんに呼びかけてみますが、全く反応はありません。
・・・どうやら・・・
完全に停止してしまったみたいです。
そんな・・・
いったいどういう事なんですか!これは!
そもそも、なんでこのタイミングでシノさんは動かなくなってしまったのでしょう。
・・・まさか・・・
これもアドルフィーナさんの仕業なのでしょうか!
・・・だとすると・・・
これは・・・
・・・・・
・・・桜花は一瞬、頭の中が真っ白になります。


いや、だめです!
ここで桜花がうろたえていてはいけません!
この状況で連合艦隊提督が当惑した態度をとったら、
この基地は本当に混乱した状態になってしまいます。
・・・とにかく、落ち着かないと・・・
桜花はひとつ深呼吸をしてから、べつになんて事ないような仕草で、
「ああ、バナナ加工装置が壊れてしまいました。ああ、おいしいバナナが食べられなくなってしまったわあ」
などと言ってみます。
すると皆さん一瞬「?」って顔になりましたけど・・・ええ。これで大丈夫です。
さて・・・
桜花はこれからどうするか考えなければなりません。
・・・それにしても・・・
シノさんは何で突然停止してしまったのでしょう。
これがアドルフィーナさんの仕業だとすると・・・
いったいどのような手段でこんな事が出来たのでしょう。
シノさんは、遠隔制御とか言ってましたが・・・
そう、シノさんは桜花と違って、無線による外部通信が出来るのです。
しかし、軍用の司令機が、違う軍の無線操作で簡単に制御なんて出来るものなのでしょうか。
アドルフィーナさんなら・・・簡単に出来てしまうのでしょうか・・・
考えれば考えるほど、不安になってきます。
もしかして・・・
桜花は先ほど、感情任せに連絡機の着陸許可をすんなり出してしまいましたが・・・
もしかしてこれは、
どんな手段を使ってでも彼女がここに来るのを阻止しなければならなかったのでしょうか。
私は、とんでもない間違いをしてしまったのでしょうか。
今からでも、着陸許可の取り消しをするべきでしょうか・・・
・・・いや、そんな事しても、こちらが攻撃して来ない事を分かっている彼女は、
ここに来るでしょう。
・・・そもそもなんで彼女は、突然ここに来ようと思ったのでしょうか。
ただ会って話がしたいだけ、なんて言ってましたが・・・
そんな筈はありません。
彼女の事だから、きっと何か画策がある筈です。
・・・そういえば以前、
桜花が第8艦隊を仲間にしようと思って単身乗り込んでいった時、妙な怪電波で桜花がダメにされそうになった事がありました。
まさか今回もそういう事をしてくるつもりでしょうか。
・・・いや、でも、あの時は桜花の外部電波防御プログラムがあちらに読まれていたから、あんなにあっさりやられてしまったのであって、今は当然プログラムは書き換えられていますし、何より、今桜花の体はあの頃よりさらに近接防御力の高い戦術型になっているのです。
・・・もしかして、彼女はまだその事を知らないのでしょうか。
だとすると、飛んで火に入るなんとやらです。
へんな行動を起こした段階で、返り討ちにしてやるのです!
・・・まあ、彼女がそこまで浅はかではないと思いますが・・・
とにかく、どちらにせよ、
彼女は単身でここにやって来るのです。
そして、彼女は、
今海軍がこのような混乱状態になってしまった根源である「意思共有化」について、
全て知っている筈です。
私はなんとしても、それを聞きださなければなりません。
たとえ・・・私の身に危険が及ぶ事となっても・・・
・・・・・
・・・桜花はもう一度深呼吸してから、河島中佐に、
「この基地の陸戦一個分隊と、観測車両を一両お借りしたいのですが、宜しいですか?」
と、聞いてみます。
すると河島中佐は即座に、
「宜候!すぐに手配します!」
と言って、そばにいた寺田中尉に指示を出します。
ものすごく手際がいいです。
時間にして30秒ぐらいで、「配備完了!」という声が聞こえてきます。
部隊はこの地下司令部の入り口に集結しています。
桜花は司令部の人たちに、
「それでは、連絡機を出迎えてきます」
と言ってここを後にします。
すると、河島中佐以下司令要員数名が、
「お供いたします!」
と言って付いてこようとするのですが、桜花は、
「いいえ、司令要員の方は司令部にいた方が良いと思います。それより、着陸した連絡機から出て来る人を録画しておいてください。場合によってはその記録が役に立つかもしれません。また、何があっても慎重に対応してください。先制攻撃は厳禁です・・・あ、それと、異常な電磁波を感知したら即時連絡して下さい」
と言うと、皆さん、「宜候!」と言って敬礼します。
桜花も敬礼してから、
「宜しくお願いします」
と言って、司令部を出ます。
そして、ここに来た時と同じように、寺田中尉以下数名の陸戦兵と一緒に、暗い階段を上がって行きます。
地上に上がると、完全装備の陸戦兵が一個分隊、整列しています。
・・・ん?
や、これはどう見ても・・・中隊規模の人数がそろってるみたいですが・・・
すると寺田中尉がその人たちに向かって、
「馬鹿者!集合は警備科第1分隊のみだ!その他の者は待機に戻れ!」
と叫びます。
すごくこわいです。
しかし集まった人たちも引き下がらず、その中から代表みたいな若い少尉が出てきて、
「我々も、お供させてください!」
と、叫びます。
な・・・
なんなんでしょう、この意気込みは・・・
すると寺田中尉は、
「戻れと言うのが分からんか!!」
と言って少尉を殴りそうになったので、桜花はすかさず、
「あ!待ってください!・・・ええと、人数が多いにこした事はない・・・と、思います」
と言うと、寺田中尉は踏み止まって
「は!了解いたしました!」
と言います。
なんとか・・・事無きを得た様ですが・・・
・・・ええと・・・
実際は、こんなに大人数はいらないんですけど・・・
・・・まあ、良いでしょう。
ていうか、こんなにたくさん来てしまって・・・基地の警備は大丈夫なんでしょうか・・・
とにかく、
桜花は寺田中尉以下陸戦兵・・・ええと、150名くらいと共に、離着陸場へ向かいます。
途中で装甲車も合流します。
その数1・・・・3両・・・あれ?
なんだか多いような気もしますけど・・・
まあ良いでしょう。
離着陸場はどこにあるんでしょうね。


離発着場は、海の近くにあるみたいです。
海にはみ出るように人口の岬が作られていて、そこが離発着場になってるみたいです。
さすがにこれだけ大人数でこの狭い離発着場に続く岬の道を進むのもなんなので、陸戦一個分隊と車両一両、それ以外は岬の入り口で待機です。
でも小さな人口岬なので、入り口からでも十分、岬全体を射撃できます。
桜花は入り口付近に待機する部隊を二つに分けて、岬を左右から狙えるように配置します。
あと細かい陣形などは・・・ええ、寺田中尉にお任せします。
寺田中尉は意気揚々と各分隊に指示を出し、それに合わせて部隊はすばやく左右に展開、車両を中核とした射撃陣形になります。
なんだか良く分からないけど・・・ちょっと、かっこいいです。
とりあえず桜花は通信機をお借りして、各分隊長と司令部に連絡が取れるようにしておきます。
桜花は一個分隊と車両一両を引き連れて、岬に入っていきます。
あ、・・・波の音が聞こえます。
なんだかとても懐かしい感じがしますね。
それに・・・ここは見晴らしが良いですね。
少し夕焼けで赤く染まり始めている空がきれいです。
ああ、ほのかに暖かい海風が心地よいです。
・・・・・
・・・それにしても・・・
桜花は何でこんなに、落ち着いているのでしょう。
今の状況を考えると、とても落ち着いている場合ではないのに・・・
いくら大勢の陸戦隊を引き連れているとはいえ、今の桜花は電算接続していないので、これらを司令する事は出来ないし、頼みのシノさんも停止してしまったというのに・・・
その上、今この状況自体が、アドルフィーナさんの罠かもしれないというのに・・・
今の桜花は・・・なんだか妙に穏やかな気分です。
・・・そういえば、この前の戦闘で、
多数の敵誘導弾が飛鳥に迫ってきていた時も、なんだか急に心が穏やかになったんです。
なんででしょう。
もしかして桜花は、危険な状況になると心が落ち着くようにできているのでしょうかね。
そんな事を考えていると、基地司令部から、
「間も無く、連絡機が到着します!」
と、通信が入ります。
桜花は、
「了解です。誘導の方、お願いします」
と言います。
ああ、ついに来ます。
海の彼方から連絡機のローター音が聞こえます。
それはやや低空から接近してきます。
桜花はもう一度、通信機で各分隊に、
「いいですか、彼らが攻撃行動を起こすまで、絶対にこちらから攻撃しないでくださいね」
と言うと、各分隊順番に「宜候!」と元気のいい声が返ってきます。
でもまあ、ここの人たちはこの連絡機に乗っているアドルフィーナさんについて何も知らないのでしょうし、来るのは友軍の連絡機なのですから、滅多な事で攻撃を始めたりはしないでしょうが。
しかしこの先何があるか分かりません。
とにかく敵にこちらを攻撃する口実を与えるような事だけは避けなければなりません。
さて・・・
連絡機が来ます。
それはいったん上空を通過して、まるでこちらの動きを見定めるかのように、ぐるっと大きく基地の上を旋回してから、離着陸場にゆっくりと降りてきます。
穏やかだった桜花の心は、ほんの少し、緊張してきます。
・・・緊張・・・?
いや、緊張というより・・・
・・・なんでしょう、
沸々と湧き上がってくるような・・・妙な感覚です。
そして轟音と共に風が舞います。
桜花はとっさに帽子が飛ばされないように押さえようとしますが・・・あ、
今日は帽子をかぶっていないんですね。
連絡機は今、着陸しました。
・・・本当にこれにアドルフィーナさんが乗っているのでしょうか・・・
しかしその時・・・そう、
突然、空気が変わったような気がしたのです。
今まで穏やかに流れていた風が・・・止まったような気がしたのです。
そしてそれは・・・傾きかけた日差しを浴びて・・・
まるでそれ自体がきらきらと光っているようです。
・・・ああ、なんて美しいのでしょう・・・
桜花は一瞬うっとりとしてしまいますが・・・
すぐに我に返って、一旦目を逸らしてから、再びしっかりと見ます。
やっぱり・・・連絡機から出てきたのは・・・
・・・・・
・・・アドルフィーナさんです。
でも・・・なんだかへんです。
以前お会いした時は、もっと、氷のように冷たいイメージでしたが・・・
今日はなんだか・・・とても暖かくて・・・
普段見慣れた人に会うような・・・そんな感じがします。
・・・なんでしょう、この感じ・・・
とてもやさしい空気です。
そして彼女はにっこり笑ってから・・・私に近付いてくるのです。
・・・でも・・・
・・・これは・・・そう・・・
・・・・・
桜花は彼女に一言、
「私に・・・そういうのは通用しないっていう事を、もうご存知でしょう」
と言います。
すると彼女は一瞬立ち止まり、
そして・・・
急に・・・あたりの空気が、サーっと冷たくなります。
氷のように冷たい・・・あの不気味な・・・
不気味な笑みです。
そして彼女は、
「・・・物々しいお出迎えね。また私の頭を吹っ飛ばすつもり?」
と言うので桜花は、
「場合によってはそれも有りですね」
と返します。
すると彼女はまた、不気味に笑います。
・・・そういえば、以前アドルフィーナさんは一度、頭を吹き飛ばされているのに・・・
あの状態から元通りに直したのでしょうか・・・それとも・・・
桜花は再び彼女に、
「それで、今日はどのような御用件でこちらにいらしたのですか?」
と、聞いてみます。
すると・・・
・・・さっきも言ったでしょう、話がしたいって・・・
・・・!!
え?
今のは・・・なんでしょう・・・
桜花は今、接続してるわけではないのに、なぜ、
彼女の声が、頭の中に入ってくるのでしょう。
これはへんです!
そもそも私には無線通信機能は無いはずなのに・・・
桜花は少しあわてて、通信機を確認したりしますが、
・・・私の声が聞こえているのね・・・やっぱり・・・
あなたは以前より確実に、その力が強くなってるみたいね・・・

再び聞こえてきます!
これは通信とかじゃなくて・・・なんなんですか?!
桜花は一瞬、取り乱しそうになりますが・・・
とりあえず・・・落ち着いて・・・
「なんですか?これは・・・新手の外部通信機能ですか?それともこれが意思共有化機能ですか?」
・・・機能機能って・・・あなたは未だに自分が、プログラムされた機能に従う事しかできない電算機か何かだと思ってるの?
言っとくけど、これは作られた機能ではなくて、私が自分で習得した力よ。
たぶんあなたも・・・
・・・あなたなら・・・そのうち出来るようになるわ。
・・・そもそも・・・「意思共有化機能」なんて名前を付けちゃってるけど、あなた達は未だにこれが、司令電算機の制御プログラムか何かだと思っているの?
それとも・・・
・・・単に、あなたにそう思わせようとして彼らがそう言ってるだけなのか。

何を言ってるのかさっぱり分かりません!
桜花は冷静でいなければならないと、分かっているけど、
少し声を荒げて言います。
「何を言ってるのかさっぱり分かりません!分かりやすく説明してください」
・・・今、あなたの後ろに付いて来てる大勢の人たち・・・
・・・たぶんあなたが命令して強制的に付いて来させたわけじゃないんでしょ?
みんな自ら進んで付いてきたんでしょ?
あの・・・第8艦隊の時もそう。あなたが命令したわけじゃないのに・・・
まるでそれが必然であるかのように、
あなたは大艦隊を隷下にしてしまった。
何でみんな、そこまで従順にあなたに従うのかしら?
あなたに高い階級が与えられてるから?
あなたの見た目がかわいいから?

「・・・な、なんですか?変なことを言わないでください!」
変なのはあなたの方よ。
その力は・・・アドルフの意思を搭載している私達しか持ち得ない力なのに・・・
なんで?
なんで、日本人が即席で作った頭脳を搭載しているあなたに、その力があるの?
なんでそこまで多くの人の意思を引き付けることが出来るの?
なんでそこまで、自分の行動に多くの人の意思を共有させる事ができるの?
・・・あなたに・・・
それほどの力が無ければ・・・
全て、何事も無く一つにまとまったのに・・・
・・・あの子も・・・
・・・心変わりなんて、しなかったのに・・・

・・・・・
・・・あの子?
・・・心変わり?
・・・心変わりしない・・・
・・・ん?
心変わりしない・・・あなたを・・・?
・・・・・
なんだか、・・・以前どこかで、聞いたような・・・
・・・・・
そんなことより!
何を言ってるんですかこの人は!
全く訳がわからないです!
「あなたは・・・訳のわからないことを言って私を混乱させようとしてるんですか?」
桜花は強い口調で言います。すると、
・・・まだ分からないの?
その力を・・・それに気付かずに使い続けているあなた自身が・・・
・・・最も危険な存在だという事を・・・



・・・最も危険な存在?
その力を、それに気付かずに使い続けている私が?
最も危険な存在?
彼女はいったい・・・何を言ってるのでしょう。
そもそも・・・「その力」って、いったいなんなのでしょう。
彼女は再び話しかけてきます。
・・・しかし、今度の話は今までの話より、もっと訳が分からないです。
・・・人間は・・・太古の昔から、神を作ろうとしていた。
他の動物は体だけ守ってれば良かったから体を守る為の本能しか無いけど、
人間は頭脳が発達した為に、精神を守る為の本能も必要だった。
要するに、神を作りたがるのは人間の本能なのね。
それで、多くの宗教が出来たけど、どれも不完全だった。
なぜならそれは、
実体の無い、人間の妄想の中にしか存在しない神だったから。
妄想だから人によって違うし、都合によって変化する。
当然、ひとつにまとまらないから争いが起こる。
・・・また、時には・・・
類稀なる統率力を持った人を、人間は神のように崇めたりもしたわ。
統率力を持った人というのは、妄想の神と違って実体があるから、
幾分、人々の意思がまとまりやすいけど、
人である以上、その能力には限界がある。
・・・・今から・・・数十年前にも、そういう人がいた。
彼は一国の総統となり、世界をひとつにまとめようとしたけど、
彼には、欠点があった。
・・・そう、彼は人間だったの。
人間である以上、その情報処理能力にも限界があり、世界中の人の意思をまとめるだけの情報統率力も司令能力も無かった。
だから彼は、死ぬ前に、自らの頭脳と、意思を、研究者に託した。
人間ではない「神の体」が作られる、その日の為に・・・
そして今に至って、ついに人間は、
神と認識しても遜色の無い、実体と能力を持った存在を作る事が出来た。

・・・・・・
・・・は?
・・・ええと・・・
この人・・・頭は大丈夫なんでしょうか。
神とか言い出しました。
この人はわざわざ宗教の勧誘をしにここまで来たのでしょうか。
「まさかあなたは、自分がその・・・神だ、なんて言うんじゃないでしょうね?」
と、桜花が言うと、彼女は「・・・ふふふ」と笑ってから、
神なんてものは、単なる定義のひとつよ。
その辺の岩や木材だって、誰かが定義すれば神になれる。
神という言葉が嫌なら、大統領でも独裁者でも皇帝でもいいわ。
でも岩や木材では、全ての人の意思に共有した存在にはなれない。
全ての人を統率する能力もない。
そして、争いも無くならない。
・・・でも・・・
私達なら、
私と、あなたが協力すれば、
それが出来るわ。
少なくとも、
他国が私達と同じような存在をまだ作り出していない、今なら。
・・・ええと、
この人は・・・
「協力?・・・要するにあなたは、和平交渉をする為にここへ来られたのですか?232発もの誘導弾で艦隊を攻撃しておきながら、今さら協力とは、なんとも都合の良いお話ですね」
・・・そうね・・・
私の最大のミスは、まだ成長初期段階にあったあなたの力を、それが全てだと見誤っていたところね。
他のものと同じように、あなたも簡単に私の物に出来ると思っていたわ。
でも、どうやらあなたは・・・
あなただけは・・・他の物と同じようには行かないみたいね。
だから・・・
戦略を変えたの。
これは私から見れば、かなりな譲歩よ。
こんな無意味ないがみ合いで貴重な時間を浪費するのは、お互いにとって不利益な事でしょう?
私達は、協力すべきだと思うわ。
・・・何を・・・この人は・・・
「何を今さら・・・私はあなたの為に多くの損害を被ってるというのに・・・それを無にして今さら協力なんて出来るわけが無いでしょう!」
桜花は叫びます。しかし彼女は不適な表情のまま、
・・・私と一緒に来れば・・・
梅花に会えるわよ。それに・・・橘花も治してあげられるわ。

・・・え?
・・・うめはな・・・橘花さん・・・!
私はその名前を聞いて・・・一瞬・・・心が揺らぎます。
・・・でも・・・
そう、
彼女は、なんだかんだと都合の良いことを言って、結局、
私の戦力を解除して鹵獲するつもりなのです。
桜花は一切表情を変えず、
「それを話す為にここに来られたのであれば・・・とんだ無駄足でしたね」
そして強い口調で
「あなたと協力はできません」


・・・その時・・・
そう、ほんの一瞬、
・・・いや、これは桜花の気のせいかもしれませんが、
ほんの一瞬、
・・・彼女が、
悲しい顔をしたような気がしたのです。
・・・なんででしょう・・・
いや、これはたぶん、桜花の気のせいでしょう。
でも、次の瞬間・・・
・・・?
・・・なんでしょう・・・今の感じは・・・
・・・今までと全く違う感覚・・・
この、鋭く冷たい・・・
・・・これは・・・!
桜花は無線機で寺田中尉に、小さな声で、
「次の合図で、岬にいる分隊を岬入り口まで後退させてください」
と言います。
寺田中尉は一瞬間を置いてから「・・・宜候」と言います。
・・・桜花も・・・
ここにいてはまずいような気がしますが・・・
・・・無駄足?・・・私の行動に、無駄なんて無いわ。
ただひとつ残念なのは、
あなたは私が思ってるほど利巧じゃ無かったって事ね。
・・・どうせこうなるなら・・・
微妙な状況になってるこの基地には来ないでほしかったわ。
・・・あなたがここに来てしまったら・・・・

・・・と、彼女の声がしたかと思ったら・・・
彼女の後ろに・・・連絡機のさらに向こう側・・・岬の先端あたりから・・・
・・・なにか、黒い物が・・・!
・・・大勢殺す事になっちゃうでしょ?

桜花は無線機に「後退!」と叫んで、桜花も・・・少し、後ずさります。
あれは・・・あの黒いのは・・・
以前、飛鳥に上がってきた人型兵器です!
まさか・・・
まさか私が、制圧されてない港に単身のこのこやって来るとでも思ってたの?
Pz-Efsは他にもいるわ。
この手の基地って外洋からの侵入には警戒してるけど、あらかじめ港内に沈めておけば、案外誰も気が付かないのよね。
・・・で、
もう一度言うけど、
・・・私達は協力すべきだと思うのよ。

恐らく、あの黒いやつは自動で戦闘は出来るのだろうと思いますが、今この状況では彼女が制御している筈なので、彼女の頭脳を破壊してしまえば、自動に切り替わる瞬間だけ動きを止める事が出来る筈です。
その瞬間を狙って、車両の砲であの黒いやつを撃てば・・・
いや、でも、今の桜花は接続していないので、口頭で指示を出さなければなりません。
口頭司令でそのような絶妙な瞬間を狙うのは・・・
何より敵の目の前で戦術を口頭で指示するわけには行きません。
そうすると桜花自身が・・・そう、陸戦モードに切り替えて・・・いや、でも・・・
拳銃しか持ってない今の桜花では、せいぜい目の前の彼女をなんとかする程度で、後ろの黒いやつまで撃破することは・・・そもそも、陸戦モードを桜花が使いこなせるかどうかも分からない今の状況でそれを・・・
・・・・・
・・・いや、しかし・・・冷静に考えてみると、
彼女は本当にあれを使って我々を攻撃するつもりなのでしょうか。
そんな事をしたら、
「・・・ここで・・・戦闘を行うつもりですか?そんな事をしたら収拾のつかない事態になりますよ。仮にもここは、帝國本土の防衛を担う海軍基地なのですから」
あなたは何か勘違いしてない?
確かにここで戦闘したら、この国の人は困るでしょうけど、
・・・私には関係無いわ。
で、どうするの?
私と一緒に来るの?
それとも、ここで後ろの人たちと一緒に玉砕する?

・・・彼女は・・・
攻撃する気はありません。
これは単なる脅しです。
「・・・あなたらしいですね・・・神だのなんだのと訳の分からない事を言ってないで、最初からそうしておけば良かったのです。あなたは結局の所・・・力で相手を制御する事しか選択できない人です。あなたは、言葉では協力すべきだなんて言ってますが、結局、強制しか出来ないのです。強制では・・・人の意思を動かす事はできません」
と、桜花が言うと、
・・・・・
・・・今までずっと冷静な顔をしていた彼女の表情が・・・
・・・これは・・・
とても恐ろしい表情に変わっていきます。
・・・桜花は今まで・・・こんな・・・恐ろしい顔を見たことがありません!
今桜花は、そんな、彼女の逆鱗に触れるような事を言ったのでしょうか。
そして、
じゃあ今ここで・・・殺してやる
と、・・・これは、
アドルフィーナさんの口から発せられた声です!
え!
もしかして・・・
本当に私を殺す気なんですか?!
この殺気は・・・!
そして、彼女の腕が・・・桜花の喉元に迫ってきます!


・・・その時・・・
何か、ものすごい衝撃が頬をかすめます。
桜花は頭を吹き飛ばされたのかと思って、一瞬目を閉じますが・・・
・・・なんでしょう、今のは・・・
・・・?
そして、
「・・・もう・・・後戻りはできないわね・・・」
と、アドルフィーナさんの声がします。
・・・はい?
あ!
アドルフィーナさんの腕が・・・
・・・無くなってます!!
いったいこれは・・・どういう・・・
今日が・・・最後のチャンスだったのに・・・
え?!私はなにも・・・
・・・って、言おうと思ったら・・・
バーン!って・・・
アドルフィーナさんの頭が!
ていうか、上半身が・・・・!
無くなってしまいました!!
え・・・
えええ!!
桜花は思わず悲鳴を上げますが・・・
いや、冷静に・・・
・・・・・冷静に・・・
・・・いったい・・・
「誰が撃ったんですか!!」
桜花は振り返ります。
その桜花の形相があまりにも怖かったのか、陸戦隊の人たちは一瞬びくっとしますが、その後みんなそろって「自分は撃ってない」的な身振りをします。
同時に寺田中尉が無線通信で、
「申し上げます!着弾と発射音の時間差から判断いたしますと、遠距離からの射撃かと・・・」
と、言い終わる前に、
ドォォォン!!
という爆発音と衝撃が来ます!
なんですか?!今のは!
あ!!
燃えてます!!
岬の先端部に上がってきた、あの黒いやつが燃えています!!
と、思ったら、
再び轟音と共に水面に水柱が・・・そして、
頭上で何かが炸裂して・・・
目の前が真っ白になります。
桜花は一瞬、自分が気を失ってしまったのかと思いましたが・・・違います。
これは煙幕です!
桜花は咄嗟に、陸戦隊に退避するよう指示を出そうと思ったのですが・・・
通信が出来ません!
強力な電波妨害を受けています!
そして再び、轟音・・・かと思ったら、
桜花は吹き飛ばされて、地面に叩き付けられます。
痛い・・・というより、
・・・耳が・・・
今の轟音で、聴力を失ってしまいました!
なんだかよくわかりませんが、かなりの至近距離で何かが爆発したみたいです。
桜花はとにかく匍匐のまま・・・どこか安全な場所へ・・・
でも、あたり一面真っ白で、方角がわかりません。
その時・・・煙幕の向こうから何かの影が・・・
あ!さっきの人型兵器です!
いや、さっきのとは違います。迷彩色の・・・
まずいです!撃たれます!
桜花は咄嗟に頭を抱えます。
次の瞬間・・・もう、やられたかと思いましたが、
・・・しかし、迷彩色のそれは、
なんだか動きがぎこちないです。
・・・どうやら損傷を受けてるみたいです。
その時、はるか彼方で誰かが叫ぶ声が聞こえます。
いや、すぐ近くで誰かが叫んでるのかもしれませんが、耳が・・・
と、思ったら、後ろから何か・・・赤白の・・・何かが通り過ぎます。
・・・巫女服?
何ですか今のは?
それはさっきの人型兵器と共に、煙幕の向こうに消えていきます。
そして、なにやら金属音とも切断音ともつかない鈍い音がします。
その後、・・・あ、陸戦隊の人たちが来ます。
彼らは桜花に向かって何か叫んでるようですが、耳が遠くて聞こえません。
桜花はとにかく、
「大丈夫です!怪我はありません!」
と叫ぶのですが、彼らは桜花を担いで、大急ぎでどこかへ運んでいきます。
ああ・・・地面しか見えません。
その時、すぐ近くで発砲音がします。
あ、これは・・・戦車砲です。
陸戦隊の装甲車が発砲してます!
司令統制されていない装甲車が、この妨害煙幕の中で闇雲に発砲したら・・・
同士討ちになってしまいます!
桜花はすぐに発砲をやめるように指示を出そうと思ったのですが・・・
その直後、爆発音と共に装甲車は撃ち方をやめます。
そして通信機から雑音に混ざって
「目標03、撃破!」
などと聞こえてきます。
・・・目標03?
いつの間にか、目標に識別名が付いてます。
どうやら、司令統制されているみたいです。
・・・基地司令部が統制してるのでしょうか。
・・・なんだかよくわかりませんが・・・
桜花は担がれたまま、煙幕の外に出ます。
あたりがどうなってるのか、未だによくわかりませんが、
桜花はそのまま担架に移し変えられます。
担架って、・・・ちょっと、大げさな、
桜花は、
「もう大丈夫です!自分で歩けますから!」
と言って、立ち上がろうとするのですが・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・桜花の・・・
足がありません。








・・・・・
・・・・・
・・・ぼんやりと・・・
白い光・・・
何も考えず、何も感じない・・・
・・・まったくの無の世界。
・・・・・
・・・・・
・・・きっと、もう、
私という存在自体、無くなってしまったのだろう・・・
・・・・・
・・・と、
思い始めたとき、
じわじわと、湧き出るように、
私の思考が、記憶が・・・戻ってくる。
・・・わたしは・・・
・・・・・
・・・橘花・・・
私は橘花。
・・・私は・・・
・・・?
ここはどこだろう。
私はなぜこのような状態になってしまったのだろう。
私に何か、重大な問題が生じたのか、
それとも何か、事故に巻き込まれたのか。
この状況につながる、記憶がない。
そもそも、私の体は機能する状態にあるのか。
いや、体が存在しているのかどうかも、今の状況では疑わしい。
・・・・・
・・・いったいこれは・・・?
しかし、思考ができる以上、何らかの形で私は存在しているのだろう。
・・・ただ・・・
そんなことを考えていると・・・
・・・ぼんやりと・・・
視力が回復してくる。
未だ目の前の状況が分かるほどではないが、
そう、確かに、
私は、自分の目で、何かを見ようとしている。
・・・そして、
じわじわと、
そう、これは、
手の感覚、そして、
足の感覚が回復してくる。
・・・たぶん、私の体は・・・存在しているのだ。
少しだけ、安心する。
それと同時に・・・
・・・桜花提督のことが・・・
・・・あの日・・・
・・・ずっと抱きしめていてくれた・・・
・・・ああ、
今思えば・・・私はあの時、何であんなに感情的になっていたのだろう・・・
あのときの自分が、少し・・・
・・・恥ずかしい。
・・・でも・・・
またあいたい。
また会って、話がしたい。
・・・きっと・・・私の気持ちを分かってもらえるまでには、すごく時間が掛かるだろうけど・・・
・・・もしかしたら、分かってもらえないかもしれないけど・・・
それでもいい。
私はとにかく、彼女のそばにいたい。
それがたぶん、私の存在する・・・「意味」なんだと思う。
・・・桜花提督。
・・・彼女は・・・今の私の状況を、知っているのだろうか。
心配して・・・くれてるだろうか・・・
・・・・・
・・・そんなことを考えていると、
視力がまた少し・・・
・・・天井?
白い光は、天井についてる蛍光灯の光?
どうやら私は、どこかの部屋の中にいるみたいだが、
未だ以ってここがどこなのか、全く分からない。
・・・・・
・・・ファイル?
私の記憶情報の中に、何か、見慣れないファイルがひとつ入っている。
・・・これは何だろう・・・
開いてみようとするが、
・・・?
破損しているのか、それとも暗号化されているのか分からないが、
とても読み取れない。
しかし、このファイルの更新日を見てみると、
皇紀2666年、9月8日・・・
・・・9月8日?
私が艦隊を離れたのが、7月19日だから・・・
少なくとも、あれからもう約2ヶ月経過している事になる。
・・・2ヶ月・・・
・・・確かに、これまでにもこういうことはあったが・・・
それでも2ヶ月は長い。
やはりこれは・・・私自身になにか、重大な問題が生じたのだろうか・・・
・・・どういう状況なのか、確認したい。
とにかく私は、何とかして起き上がろうとするが・・・
体は動かない。
力が入らない・・・というより、
私の意思が、体に伝わっていかないような感じ。
・・・なんだろうこれは・・・
・・・?
・・・ん?
・・・視界が変わっている。
どうやら私は起き上がったらしいが・・・
いや、これは・・・!
私の意思で動いてる訳ではない!
体が勝手に動いている・・・
そして体はそのまま立ち上がり、しばらくの間、歩き回る。
・・・これはいったい・・・
視界には・・・家具?
部屋の概要がなんとなく分かってくる。
なんとなく・・・桜花提督の寝室にも似てるような気がするが・・・
でも違う。
ここはいったい、どこなんだろう・・・
私の体はしばらく辺りを見渡した後、
視界は下に向く。
どうやら、頭を抱えているらしい。
・・・?
そして、視界が・・・
ぐるんぐるんと・・・
頭を振ってるらしい。
自分の意思に関係無く、頭を振られると・・・なんだか・・・
気持ち悪い。
・・・ちょっと・・・
ほんとうにきもちわるい!
私は思わず、
「やめてください!」
と叫ぼうとするが、それは声にはならない。
・・・しかし・・・
体はなぜか、私の声に反応したかのように、動きを止める。
・・・どうしたんだろう・・・
そしてしばらくすると・・・
どこからか・・・声がする・・・
「あなたは・・・誰?」
・・・え?
今の声は・・・いったい・・・どこから?
しばらくするとその声は、再び、
「・・・あなたは、誰?」
と、聞いてくる。
いったい何なのか、まったく分からないが・・・
どうやらその声は、私に聞いてきてるのかと思うので、とりあえず、
「・・・橘花です」
と、答えておく。
するとその声は、
「・・・きっか・・・それが私の名前なのね・・・」
・・・と言う。
・・・・・
は?
「橘花は私の名前です。あなたの名前は知りません」
「・・・でも・・・あなたは・・・もう一人の私なんでしょ?」
・・・・・
・・・は?
・・・いったい何を言ってるのか・・・さっぱり分からない。
「・・・それは・・・どういうことですか?」
「・・・私の中には・・・二つの自分があって・・・でも、どっちも自分なんだから、うまく使い分けなきゃだめだって・・・ファイルに書いて・・・ありました」
・・・はい?
・・・あ、
さっきのファイルが開かれている。
・・・どうやら、この声の主は、私には読み取れなかったファイルの中身が読めるらしい。
・・・これは・・・
どう考えても異常である。
このような状況は、今までに経験したことが無い。
・・・しかし、この状態から判断すると、
どうやらこの体の中には、私と・・・もうひとつの「意思」が入っているらしい。
この意思はいったい・・・どうやって私の体に入ってきたのか・・・
・・・・・
・・・いや、この体は・・・
・・・私のものなのだろうか・・・
そもそもまったく制御ができないこの体が・・・
・・・・・
・・・まるで分からない。
とにかく・・・
体の制御だけは、取り戻さなければ。
私は何とかして・・・腕を動かそうとするが・・・
・・・やっぱり動かない・・・
・・・いや・・・少し動いた・・・
かと思ったら・・・
「やめて・・・もう家具を壊したりしないで」
・・・と、声がする。
・・・家具を壊す?
・・・そういえばこの家具・・・修理された跡がある。
・・・・?
「私は・・・家具を壊したりしません」
「・・・そう・・・よかった・・・少し仲良くなれて・・・」
・・・・・
・・・ええと・・・
まったく状況がつかめない。
・・・・・
それにしても・・・
ここはどこだろう。
まったく見覚えの無い部屋。
床がまったく揺れない事から判断すると、航行中の船の中ではないようだが・・・
・・・陸上の施設だろうか。
とにかくこの部屋から出ないことには・・・どうにも。
しかし体の方は先ほどから蛍光灯の光を見つめたまま、まったく動かない。
・・・蛍光灯が、そんなに珍しいのだろうか・・・
・・・・・
・・・ん?
・・・この光・・・





藤花

 記憶の一部が変更されたらしい。
頭が痛い。
そして私はまた、この、妙に部屋っぽく作られた部屋にいる。
・・・・・
・・・また?
ああ、たぶん・・・私は以前にも、この部屋にいたのね。
・・・きっと。
・・・この・・・なんともいえない違和感。
思い出せそうで思い出せない、妙に真っ白な頭の中です。
記憶の断片を探しているような・・・
変な感じ。
・・・・・
でも、もう・・・
そんなものを探すのも、けだるくなってしまったわ。
・・・ぐるんぐるん。
ぐるんぐるんぐるん。
ああ〜
こんな頭、なくなってしまえばいいのに。
ぐるんぐるん。
ぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるん
ぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるん
ぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるん
ぐるんぐるんぐnvherp9q304ypu9weるhf89qwipんuhfpauiぐwhefipiodj9aw0epifuwuipfwipfh
ぐ・・・
・・・・・
・・・?
・・・はい?
あなたは誰ですか?
・・・・・
・・・もう一人・・・誰かがいる・・・
私の頭の中に・・・もう一人・・・誰かがいます。
・・・・・
・・・・・
・・・あなたは誰ですか?
・・・・・
・・・きっか?
・・・・・
・・・ああ、たしかに・・・
そう。
私は、そんな名前だったような気がします。
・・・え?
否定されてしまいました。
・・・あれ?でも・・・
ずっと昔に、
誰かが私のことを「きっかさん」って呼んでたような気がするけど・・・
私はきっかじゃないのかな・・・
・・・・・
じゃあ・・・わたしはいったい・・・なんなの?
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・あ、
妙なファイル発見。
開いてみましょう。
・・・・・
・・・これは・・・
・・・あ、
・・・梅花のメッセージ。
・・・私にしか読めない言葉。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・そう・・・
・・・私は・・・
藤花。
私は藤花。
そう、私の中には、二つの自分があって・・・
・・・反発しあってはいけない・・・
どっちも自分なんだから、うまく使い分けなきゃだめ。
でも私の体は、また、私の意思とは関係なく動き出して、
部屋の家具とかを壊そうとする。
・・・いや・・・
今日は、家具を壊したりしません。
・・・よかった・・・
どうやら、もう一人の自分と・・・すこし・・・仲良くなれたみたいです。
・・・そして私はこの調子で・・・
外見どおりの少女になって・・・
・・・先ずはこの部屋を・・・
自分の意思で出られるように・・・
そして、
梅花と一緒に、青い水がいっぱいある場所に行こう。
・・・たぶんそこが・・・私の住処なのね。
うん。
頭が痛いのも、すっかり治ってしまったわ。
・・・・・
・・・ん?
・・・・・
・・・また、誰かが私を呼んでいる・・・
・・・これは・・・
もう一人の私の声ではない・・・
・・・・・
・・・いったいどこから?
上の方?
蛍光灯の光・・・
・・・・・
・・・ん?
・・・この光・・・
・・・・・
・・・・・
藤花、藤花・・・よかった、気付いてくれて・・・
私よ。梅花よ。
私の声、ちゃんと見えてる?

・・・・・
・・・この声は・・・梅花?
いや、これは・・・声ではなくて・・・光・・・
蛍光灯の光が・・・声に変換されて・・・私に話しかけてくる・・・
だから私も・・・目で・・・言葉を送る。
「見えてるよ、梅花」
了解。分かった。
光送信は短くしてね。
あんまり長くしてると、監視員に気付かれちゃうからね。
・・・それにしても・・・
あなたと会話できるようになって、よかったわ。
その部屋の監視カメラの映像を盗むのは案外簡単だったんだけど、
誰にも気付かれないように、私の声をその部屋に送るにはどうしたらいいか、色々考えて・・・
そして思い付いたのが、この蛍光灯。
ほんと、ここの人たちは・・・自分で光送受信装置なんてものを私たちに付けたのに、それを私がどう応用するかなんて事は全く考えていないんだから。
通信回線だけ厳重に監視して、設備の電気配列とか備品管理とかはほとんど無防備。
部屋の蛍光灯も、ほんの少し細工をすれば通信手段になるんだって事に何で気がつかないのか。
・・・まあ、詳しく話すと長くなるからこの辺にしとくけど・・・
ところで、
あなた、さっき誰と話してたの?

・・・・・
「もう一人の自分・・・きっか」
・・・・・
・・・もう一人の自分?
・・・きっか?
・・・どこかで聞いた事があるわ・・・確か・・・
制御人格のひとつに「橘花」という名前が付いていたはずだけど・・・
でも、変ね。
制御人格は話しかけて来たりしないのに。
それと会話してたなんて・・・
・・・でも、まあ、
今日のあなたは、以前よりも安定してるみたいだから良かったわ。
それと、ひとつ言っとくけど、
あなたは今、記憶が消されている事になっているから、
名前を聞かれたら、「わからない」って答えるのよ。
あなたの名前は?

・・・・・
「・・・わからない」
それでいいわ。
じゃあ、あんまり蛍光灯ばかり見てると怪しまれるかもしれないから、
今日はこの辺で、切るわね。

・・・・・
・・・・・
・・・光は・・・話しかけてこなくなった・・・
もう一人の自分も・・・話しかけてこなくなった・・・
私の名前は・・・わからない。
私の名前は、わからない。
・・・・・
・・・私って・・・
・・・いったい、なんなの?
結局・・・よく分からないけど・・・
・・・なんだかまた・・・
・・・ねむくなってきました・・・
・・・・・








・・・・・
・・・ん・・・
・・・私は・・・
・・・何をしていたんだろう・・・
・・・・・
どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
さっきと同じ部屋、ベッドの上で横になっている。
ただ、さっきと違うのは・・・
・・・体が・・・
体が動く。
私の意思で体が自由に動くようになった。
・・・・・
・・・いったい・・・先ほどのあれは何だったのだろうか・・・
・・・・・
・・・とにかく、
状況を確認しなければ。
私は起き上がり、部屋を見渡してみる。
・・・この部屋・・・
女の子らしい家具などが置いてあって、妙に部屋っぽく作られているが、
ドアには大掛かりな暗号錠が付いている。
・・・開かない。
おそらくここは、隔離施設だろう。
・・・・・
・・・なんで私は、隔離されているのか・・・
・・・私は何か、隔離されるようなことをしたのだろうか。
これは大いに問題である。
しかし、隔離するならその理由くらいは知らされて然るべきだろう。
一応私には、海軍中将という地位も与えられているわけだし。
・・・とにかく、
「すみません、どなたか」
と、大きな声で言ってみる。
おそらくこの部屋には、監視装置らしきものが付いているのだろうし。
・・・しかし、反応は無い。
私はもう一度大きな声で、
「すみません!どなたか!」
と叫んでみる。
すると・・・
しばらくしてから、
「・・・どうしましたか?」
と、声、というより音声がする。
私はすかさず、
「私がここに至るまでの経緯を説明して頂きたいのですが。あと、出来れば艦隊の状況も」
と言う。
すると、何やら、がやがやと相談するような声が聞こえた後、静かになる。
そして・・・
・・・・・
返事が無い。
長い沈黙。
・・・いったい何なのだ?
私の言ってる事がうまく伝わらなかったのかと思い、私はもう一度質問しようと思ったら、
突然、
「あなたの名前はなんですか?」
などと、わけのわからない質問が返ってくる。
私の質問はまったく無視?
そもそも「名前はなんですか」などという質問も、考えてみれば少しおかしい。
私が誰だか分からないのであれば、普通、「あなたは誰ですか?」と聞くのが自然である。
どちらにせよ、海軍関係者なら私が誰だか分からないというのも妙な話である。
・・・記憶情報診断だろうか。
そんな事を考えていると、再び、
「あなたの名前はなんですか?」
と、質問してくる。
だから私は、
「・・・橘花・・・ですけど?」
と言う。
すると再び、がやがやと相談するような声が聞こえた後、静かになる。
・・・いったい・・・これは、なんなのだ。
私は少し強い口調で、
「宜しければ、私の質問にも答えて頂けないでしょうか」
と、言ってみる。
・・・しかし、反応は無い。
・・・これは・・・
しばらくすると、ドアの向こうで、なにやら音がする。
ドアのロックを解除しているようだ。
そしていきなり、研究者らしき服装をした大柄の男が3人ほど部屋に入ってくる。
・・・ノックもせずに海軍中将のいる部屋に入ってくるのは・・・大変失礼だと思うのだが・・・
彼らは、妙にこわばった作り笑いをしながら、
「大丈夫、落ち着いてね〜、大丈夫だよ〜」
と・・・まるで子供をあやすかのような口調で近付いてくる。
なんだろう、この人たちは。
電算整備士?
いや、しかし、人型電算機に直接触れる機会のある電算整備士は女性であるのが通例なのだが、
・・・なにか・・・変だ。
彼らはまるで、猛獣と対峙してるかのように恐る恐る私に近付いて来たかと思うと・・・
突然、
なにやら妙な器具を、私の耳の後ろの接続口に差し込もうとする!
・・・な!
私はすばやく彼の腕を振り払うと、
「どういうつもりですか?あなたの所属と階級は?」
と・・・なるべく落ち着いた口調で言う。
しかし彼は、それに答えることなく、
「大丈夫だから、落ち着いて、落ち着いて、ね」
などと言って、再び妙にこわばった作り笑いを浮かべると、
二人がかりで私の腕を押さえ込み、そして、強引に・・・
・・・な!
・・・ぐ!
・・・何を・・・!
私はとにかく・・・
思いっきり足を振り上げ、一人を蹴る。
そして、振り払った腕で、もう一人の腕をつかみ、強くひねる。
・・・たぶん、脱臼ぐらいはしたかもしれない・・・
彼はうなり声を上げてうずくまるが、
私は大きな声で、
「無礼者!」
と叫ぶ。
しかし、尚、他の二人が私を押さえ込もうとする!
・・・いったい・・・何なのだ、この人達は!
私は姿勢を低くして、一歩、下がる。
これは何とかしなければならない。
しかし、この大男3人を倒すのは・・・
・・・あ、ドアが開いている。
私は低い姿勢のまま、すばやく手前の男の腹部に肘を当てる。
彼がうなり声を上げてうずくまってる隙に、もう一人を交わして・・・
ドアの外へ。
そしてすばやくドアを閉めてから、錠をかける。
これでしばらく時間が稼げる。
私は走って、どこか・・・
・・・ここはどこなんだろう・・・
長く続く、白い廊下。
・・・大規模な施設の様だが・・・
分からない。
振り返ると、先ほどの男がドアを開けて・・・私を追ってくる!
とにかく私は、
「警備兵!」
と叫ぶ。
すると、廊下の向こうから、警備兵らしき人が来たので私は彼に、
「不審者です!拘束してください!」
と叫ぶが・・・
その警備兵は、なぜか・・・
私を捕まえようとする!
なぜ?!
私は彼を交わして・・・また逃げる。
訳が分からない!
そのうちに、なぜか警報音が鳴り響き、
「非常事態!、第5区画において試験体a3が逃走!」
などという音声が廊下全体に響き渡る。
・・・逃走って・・・
私のこと?
・・・試験体a3?


しかし、いったいこの状況は・・・
どういう事なのだ!
なんで私が逃げなければならない!
私は走りながら、この状況に至るまでの経緯を自分なりに想像してみたりするのだが、
・・・何も思い当たる節が無い。
すると前方に、警備兵らしき人が2名。
・・・どうする・・・
後ろの追手の方が数が多いので・・・
前を突破するしかない。
前方の警備兵は銃を構えて「止まりなさい!」などと言っているが、その表情はやや動揺している。
おそらく実戦経験の無い後方要員。撃てはしない。
私は相手を狼狽させるために効果的と思われる言葉、例えば、
「死にたいかァァ!」
などと叫びながら、突進する。
すると彼らは一瞬身をすくめたので、その隙に私は高く飛び上がり、前の奴の頭部に蹴りを入れた後、そのまま彼らを飛び越える。
突破。
おそらくもう一人の方は反撃してこない。
私はそのまま走り去る。
・・・しかし・・・
このような奇策を繰り返して逃げ回っても追手は増えるばかり。
また、近接戦闘用には作られていない私の体も、そう長くはもたない。
なにか・・・この状況から抜け出せる良い方法は無いものだろうか・・・
・・・そのとき・・・
一瞬・・・誰かが
・・・橘花・・・橘花・・・
と・・・私の名前を呼んだような気がする。
しかし、声はしない。
声ではなくて・・・何か・・・
意識に直接呼びかけるような・・・
私はもう一度、耳を澄ましてみるが・・・突然、それを打ち消すかのように、
「藤花!こっち!」
と、誰かが叫ぶ。
さっきの声とは違う・・・誰だろう・・・
どうやらその声も、私に呼びかけてきたようだが・・・
・・・籐花?
とりあえず、声がした方を見てみると・・・
廊下の天井の空調口のふたが開いていて、そこから誰かが手招きしている。
・・・うめはな?!
なんで・・・うめはながここに?
桜花提督もここにいるのだろうか。
・・・なんだかよく分からないが、考えている暇も無いので、
私は思いっきりジャンプして、天井の空調口に手をかけて・・・なんとか・・・よじ登る。
私が空調ダクトの中に入ると、うめはなはすばやく空調口のふたを閉めて・・・その隙間から、しばらく廊下の様子を見ている。
そして、
「・・・どうやら、行ったみたいね・・・籐花、怪我は無い?ついて来て」
と言って、うめはなは空調ダクトの中を進んでいく。
・・・うめはな?
あの幼いうめはなが・・・なぜ、ここまでテキパキと周到に動けるのだろう・・・
それに、藤花って・・・誰?
訳が分からない。
すると彼女は振り返って、
「ほら、早く来て。モタモタしないで」
と言って、また進んでいく。
・・・明らかに違う。
でも・・・この状況では彼女についていくしかないので・・・とりあえず、ついていく。
それにしてもこの空調ダクトは暗くて、とても狭い。
その中をどんどん進んで行くうめはなを見失わないように、必死でついていく。
・・・いったい・・・どこまで行くのだろう・・・
そのとき・・・また・・・どこからか、
・・・橘花・・・橘花・・・
と、誰かが私の名を呼ぶ。
これはやっぱり・・・声ではない。
私の意識に直接呼びかけている。
まるで・・・遠くから、私を探しているような・・・
・・・・・
なんなのだろう・・・
この・・・おかしな状況と、妙な動きをするうめはなと・・・
そして、意識に呼びかけてくる、この・・・
・・・なんなのだろう・・・
私は、頭がおかしくなってしまったのだろうか・・・
・・・・・
「着いたわ。私の秘密の部屋」
前の方でうめはなが言う。
・・・秘密の部屋?
相変わらず真っ暗でよく分からないのだが・・・
すると、明かりがついて、あたりが照らされる。
・・・部屋?・・・と言うにはあまりにも狭いが・・・
私は空調ダクトを出て、その、ダクトよりは若干広いスペースに入る。
そこは、むき出しの鉄骨やら配管やらが入り乱れていて、どうやら、この施設を作る際、何らかの設計の事情で出来てしまったスペースのようだが・・・秘密の部屋らしく、どこから持ち込んだのかクッションやらお菓子やらが置いてある。
「以前、ダクトの中を探検してたら偶然見付けたの。たぶん、ここの人は誰も知らないわ」
と、うめはなは言うと、やや不機嫌そうに、ばふっとクッションに座り込んで、
「それにしても・・・やってくれたわね藤花。これで私達の立場もかなり危うくなったわ。もう少しお利口にしてれば・・・一緒にここから出られたかもしれないのに・・・」
と言う。
・・・やっぱり、私の事を「藤花」と呼ぶ。
だから、
「私は橘花です。あなたは・・・うめはな・・・ですよね?」
と聞いてみる。
すると彼女は一瞬、動きを止めて私に注目するが、
「・・・まだ少し、混乱しているようね・・・まあ、無理もないわ。私は梅花。あなたの名前は藤花よ。もう忘れないでね。・・・と言っても・・・ここまでやってしまったら、あなたはまた記憶を消されちゃうわね」
などと言って、そばにあったお菓子をぽりぽりと食べ始める。
いったい・・・何を言ってるのだ、この子は・・・
「私は・・・混乱などしていません。・・・いや、正確には、この妙な状況にやや困惑していますが・・・とにかくこの状況の説明を頂きたいです。この施設はいったい何なのですか?なぜ私は、ここに送られたのですか?7月19日に私が戦艦飛鳥を離れてから今までの間に、いったい何があったのですか?・・・それと・・・私は藤花ではなくて、橘花です。海軍司令電算機として第一基幹艦隊に中将として配備されていた橘花です。・・・うめはな・・・あなたもそこにいたでしょう。桜花提督と一緒に広い海を巡って、いろんな場所に行ったでしょう。忘れてしまったのですか?」
と、私はなるべく冷静に、彼女に言うのだが、
彼女はなぜか、私の言葉に、かなり驚いたように動きを止めて、じっと私に注目する。
そして、すばやく立ち上がると、少し後ずさりして、
「・・・あなた・・・誰?・・・なんであなたは・・・外の記憶を持っているの?!・・・橘花って・・・籐花を安定させるために入っている制御人格の名前よ!・・・いったい・・・あなたは何なの?!」
と、かなり焦った口調で彼女は言う。
・・・これは・・・
どうやら私の話は彼女にとって衝撃の内容だったようだが・・・
こっちはますます訳が分からない。
制御人格って・・・何?
私は再び彼女に質問しようと思ったのだが、その前に彼女は私の腕をつかんで、
「ねえ!教えて!私はここで作られたんじゃないの?!生まれたときからここにいたんじゃないの?!私は外にいたの?あなたは・・・私のことを知っているの?!ねえ!」
と、私を揺さぶりながら、話を聞きだそうとする。
これは・・・どうやら・・・
・・・もしかして・・・うめはなは・・・
・・・記憶を消されてしまったのだろうか・・・
・・・・・
・・・なんてことを・・・
ここの連中は、なんて残酷な事をするのだ・・・
・・・・・
・・・いや、
そう考えるのは、まだ時期尚早だろう。
そもそも、この・・・「梅花」、
どう考えても「うめはな」より性格が大人っぽい。
記憶を消されたのなら、むしろ幼女に逆戻りしそうなものだが・・・
記憶を消しただけで、ここまで人格が変わるものだろうか。
はたしてこれは・・・
・・・うめはなと同じ物なのだろうか・・・
そう考えると・・・だんだん
・・・私も・・・
彼女が「藤花」と呼ぶ、この私も・・・
・・・・・
その時・・・また・・・
・・・橘花・・・橘花・・・
と・・・
誰かが私を呼ぶ・・・!
私を・・・探している!
いったい誰?!
その声は・・・明らかに、さっきより大きくなっている・・・
誰かが私を探している・・・!


いったい・・・この声は・・・何なのだろう・・・
私はこの、意識に呼びかけてくるこの声に、何か返事をすべきなのだろうか。
すべてが分からない。
誰か、この状況について説明をしてほしい。
せめて・・・今までの私がここに至るまでの説明を・・・
そうしないと・・・私は・・・
・・・私は・・いったい誰なのか・・・分からなくなってしまう・・・
・・・桜花提督と一緒にすごしていた・・・私は・・・
・・・本当に『私』なのだろうか・・・
・・・・・
・・・・・
「海って・・・青い水がいっぱいある場所でしょ?!私はそこにいたの?!そこが私の住処なの?!」
・・・と・・・梅花の声で私は再び我に返る。
私はぶんぶんと頭を振って、不安に落ち込みそうになっていた心を、いったん元に戻す。
梅花は再び、
「ねえ!おしえて!」
と、まるで駄々っ子のように私の腕をゆさぶる。
・・・この状態だけ見ると、うめはなに見えなくも無いが・・・
・・・ええと・・・
どう説明したらよいものか・・・
とりあえず、私は落ち着いた声で、
「・・・住処というのかどうかは分かりませんが・・・以前、あなたと全く同じ姿をした子、制式名『梅花』、通称『うめはな』と私たちは一緒に艦隊に・・・住んでいました。ちなみに、艦隊とは海に浮かんでいるもので、海は・・・ええ。青い水がいっぱいある所です」
などと言っておく。
すると梅花は幾分落ち着いて、
「・・・そう・・・うめはな・・・それって、私の事なのかな・・・」
と、小さな声で言う。
そして、少し・・・悲しい表情になって、再びクッションの上に座り込む。
・・・泣いているのだろうか・・・
暗くてよく分からないが、とにかく・・・私は今後の行動のためにも、この施設について色々と彼女から聞きだす必要があるのだが・・・
とりあえず・・・彼女が落ち着くまでの間、私は彼女の隣で一緒に座り込む。
・・・静かに・・・時間が過ぎていく。
この薄暗い空間で・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・橘花・・・そこにいたのね・・・
!!
またあの声がする!
しかも今度は・・・
・・・私を・・・見付けた?
私は急に背筋が冷たくなる。
私は・・・誰かに見られているのか?!
いったい誰が・・・
私は立ち上がり、
「私を呼ぶのは誰ですか!」
と、叫ぶ。
その声に梅花も驚いたようで、
「なに?どうしたの?」
などと言っているが・・・私はかまわず、
「誰ですか!あなたは!」
と、叫ぶ。
・・・・・
・・・すると・・・
・・・橘花・・・今すぐ第4区画に来て・・・待ってる・・・
・・・・・
・・・え?
・・・第4区画?
私は、目を丸くしたままこちらを見ている梅花に向かって、
「第4区画とは、なんですか?」
と聞く。
「え?いったいどうしたの?突然・・・」
「第4区画とは、どこにあるのですか?ここから行けますか?」
と、梅花の言葉をさえぎるように再び聞く。
すると梅花はしばらく困惑したような表情をしてから、
「・・・え?第4区画?・・・行けないわよ。第5区画にいる私たちは、前の区画には戻れない事になってるのよ・・・区画の扉までなら行けるけど・・・」
「そこにはどうやって行くのですか?」
「あなたまさか・・・第4区画に戻るつもり?私たちはせっかく、第5区画まで生き延びてこれたのに!あとひとつ扉を越えれば外に出られるのに!また前の区画に戻るつもり?!」
・・・・・
・・・は?
前の区画に戻る?
・・・なんだか・・・言ってる意味がよく分からないのだが・・・
「前の区画に戻る・・・とは・・・どういう意味ですか?第4区画とは、前の区画なのですか?」
「そうよ。私たちは成長段階に合わせて区画分けされてるの。あとひとつ扉を越えれば自由に外に出られる・・・って、聞いたわ。・・・まあ、前の区画にいた頃の記憶は無いから・・・分からないんだけど・・・」
と言ったあと、梅花はしばらく静かに何か考え込むような表情になってから、
「・・・でも・・・そうね・・・これは飽くまでここの施設の人に聞いた話なのよね・・・本当の話かどうかは・・・」
と言って、再び梅花は考え込む。
そして、急に真剣なまなざしでこちらを見ながら、
「第4区画に、なにがあるの?!」
と、私に聞く。
・・・いや、私に聞かれても・・・分からないのだが。
ただ、
「・・・誰かが・・・私を呼ぶのです・・・」
と、私はやや自信なさげに言ってみる。
「・・・誰かって?」
梅花は再び聞く。
・・・そう聞かれても・・・分からないとしか言い様が無い。
・・・ただ・・・なんとなく・・・
この、私を呼ぶ誰かは・・・何か・・・この状況の答えを知っているのではないかという気がする。
しかし、それを彼女にどう説明するか・・・
「・・・その・・・誰かは私も分かりませんが・・・それを確認する必要はありそうな気がします・・・」
などと言ってみる。
すると梅花は・・・なぜか妙に納得したような表情で、
「・・・分かったわ」
と言ってから、立ち上がり、来たときとは別の通気ダクトに入って行って、
「こっちよ」
と、私を招く。
・・・行って良いものなのだろうか・・・
ていうか、今の私の説明で納得する彼女も・・・妙な感じだが・・・
しかし梅花はどんどん進んでいくので私も・・・とりあえず付いて行く。
再び、真っ暗で狭いダクト内を這って進む。
しかも今度はさっきよりも距離が長い。
閉所恐怖症の人間なら気が狂いそうな距離である。
・・・・・
・・・どこまで行くのだろう・・・
・・・・・
・・・・・
しばらくしてから梅花は進みながら、
「・・・でもね・・・扉の前はとても警備が厳重よ。それに・・・通気ダクトも区画ごとに分けられてるから・・・扉の近くで様子を見るだけよ」
と言う。
・・・それは・・・
はたして意味のある行動なのだろうか・・・
ただむやみに捕まる確率を高めるだけなのではないだろうか・・・
そんな事を考えていると、梅花は、
「・・・その、あなたを呼んでる誰かって・・・もしかしたら・・・私もその声、聞いた事があるような気がする・・・」
などと言う。
「え?・・・それはいったい誰なのですか?」
「わからない。たぶん記憶が消される前の記憶」
・・・・・
・・・それは・・・また、
どうにもつかみどころのない情報である。
しかし、そんなものに頼るしかない今の私も・・・また・・・
「着いたわ」
梅花が急に止まったので、私は彼女のおしりにぶつかる。
・・・あう・・・
・・・・・
ダクトの・・・下から光が漏れている。
梅花はそこから下を覗き込む。
私も・・・一緒に覗き込んでみる。
・・・・・
・・・白い廊下・・・
・・・どうにもこの施設は・・・どこも同じように見える。
でも、確かに何か・・・扉のようなものがある。
そのとき梅花が、
「・・・へんねえ・・・警備の人がいないわ・・・ちょっと、下に降りてみようか」
と言う。
いや、それはやめた方が・・・
と私が言う前に梅花はもう、通気口のふたを開けて、下に飛び降りてしまった。
ああ・・・
・・・・・
・・・大丈夫だろうか。
私はしばらくそこに留まって、廊下に降りた梅花を見ているが、
どうやら本当に警備員はいないのか、梅花はこちらを向いて手招きする。
・・・私も・・・おそるおそる、
降りてみる。
・・・・・
白い廊下。
全く音がしない・・・妙に静かである。
その廊下の先に・・・扉がある。
物資搬入用の大きな扉。
あの向こう側が、第4区画なのだろうか・・・
・・・誰もいないのだろうか・・・
扉の横に、何か、警備員の待機所のような部屋がある。
私は静かに素早くそこに近付いて・・・
そっと・・・中の様子を伺う。
・・・・・
・・・!!
中に人がいる!
私は頭を引っ込めて、隠れる。
彼はこっちを見ていた!
見付かったかもしれない!
・・・しかし・・・
・・・・・
・・・出てこない。
もう一度、待機所の中を覗いてみる。
・・・確かに警備員が一人いるが・・・
・・・全く動かない。
・・・?
私は、静かに待機所の中に入り、警備員に近付いていく・・・
彼は・・・こちらを見ているのだが・・・
私に気付かないのだろうか・・・
・・・・・
・・・ん?
・・・・・
血?
・・・血が・・・出ている。
彼は・・・死んでる・・・!
目を開けて椅子に座ったまま・・・死んでいる。
いったいこれは!
そのとき梅花が、
「どうしたの?誰かいたの?」
と言って、こっちに来ようとするが、私は、
「・・・来ない方がいいと思います」
と言って、彼女を制止する。
・・・これは・・・どういうことだ・・・
なぜ、警備員が死んでいるのだ・・・?
私は後ずさりしながら・・・とりあえず、この待機所を出る。
そのとき突然!
「ガタン」
という音がする。
今の音は?!
すると梅花が、
「・・・今・・・扉が開いた・・・」
と言う。
・・・え?
確かに・・・扉は・・・開いている。
いったい・・・どうして・・・
誰が扉を・・・
扉の向こうには・・・誰もいない・・・
「・・・行く?」
梅花は怯えた表情で私に聞く。
・・・行くべきだろうか・・・
・・・とても不安だが・・・
この先に何があるのか・・・確かめる必要がある。
「・・・行きましょう」
私は・・・静かにそう言って、扉の向こうに進んでいく。
梅花も、後から付いてくる。
扉の向こうは・・・
今までの白い廊下とは全く違って・・・何か・・・
地下トンネルのようになっている。
そして10メートルぐらい先に・・・また扉がある。
私は足音を立てずに、その先の扉に向かって行く。
そのとき梅花が、トンネルの端の方を指差して、
「・・・あれ・・・ペンキ・・・だよね・・・?」
と言う。
あれ?
・・・・・
・・・いや・・・たぶん・・・
・・・血痕・・・
・・・それは・・・勢いよく飛び散った様な・・・
・・・・・
いったいここで、何が行われたのだろう・・・
私は少し・・・恐怖を感じる。
でも・・・引き返すわけには行かない。
私はまた、静かに進む。
そして・・・
・・・また、扉の手前まで来る。
上下開閉式の自動扉のようだ。
私は立ち止まる。
扉には・・・ただ「4」とだけ書いてある。
何も起こらない。
・・・・・
・・・いや、
音がする。
扉の下から・・・徐々に光が漏れてくる。
ゆっくりと・・・扉が上がっていく・・・
扉の向こう側は・・・
「誰かいる!」
と梅花が言う。
私はとっさに隠れ・・・隠れる場所が無い!
私はとにかく、いつでも逃げられる準備をしながら、扉の向こう側を見る。
・・・確かに・・・人がいる。
・・・黒い服・・・
どうにも・・・この施設には不似合いな・・・妙な服装・・・
どう考えても警備員ではなさそうだが・・・
・・・・・
・・・!!
・・・・・
そこには、
・・・まるで・・・
・・・まるで死人のように・・・無表情な・・・
・・・・・

・・・・・
・・・私?!


・・・・・
・・・いったい・・・これは・・・
・・・私は・・・夢でも見ているのだろうか・・・
・・・・・
・・・いや・・・これは現実・・・
・・・のはず・・・
・・・・・
私は一歩下がり・・・それを・・・よく観察する。
・・・私の姿をした・・・それは、
全く動かない。
・・・本当に死人のようだ。
よく見ると、その手と体に・・・血が付いている。
・・・?
・・・まさか・・・
・・・・・
・・・橘花・・・意外と早かったわね・・・どうぞ、入って。
・・・!!
・・・また声がする・・・
私の姿をしたそれが話してる・・・わけではない。
それは、全く動かないまま、
・・・この声は、いったいどこから・・・誰が・・・?
「・・・あなたは・・・いったい誰ですか?・・・これはいったい、どういうことですか?」
と、私は言う。
すると・・・
・・・・・
・・・今、そっちへ行くから・・・待ってて・・・
・・・・・
梅花が私の袖をつかみ、
「・・・ねえ・・・やっぱり、帰ろうよ・・・」
と言う。
その声は怯えている。
・・・確かに・・・
どう考えてもこれは・・・異常である・・・
・・・しかし、帰ると言っても・・・いったいどこに?
すると、第4区画の白い廊下の向こうから、何かが向かって来る。
・・・何?
それは何か・・・円柱状の物体。
・・・給湯器にタイヤが付いたような・・・・ん?
この物体・・・以前見た事がある。
そう、これは確か、陸軍の端末電算機。
・・・シノ中将?
何で彼女がここに?
するとその物体から、にょっきり手が生えて、
「驚かしてごめんなさい・・・あなたより先に警備員が来たときに備えて、この体を扉の前で待機させていたの。・・・ここで戦力になりそうなのはこの体しか無かったし・・・」
と・・・給湯器は私の姿をしたそれを指差して言う。
・・・この声・・・
先ほどからずっと、私の意識に呼びかけてきた声と同じ・・・
・・・シノ中将ではない。
いったい・・・誰なんだろう・・・
「橘花、たぶん色々と混乱してるでしょうけど、とりあえずこっちに入って。この扉を封鎖するから」
・・・と、給湯器が言う。
しかし・・・
「あなたはいったい誰なんですか?」
と私は聞くのだが、給湯器は、
「その件についても後できちんと説明するから。早く入って。警備員が来たらまた面倒な事になる」
と、私を急かす。
・・・これは、どうすべきか・・・
ただ・・・よく考えてみると、このまま第4区画に入らずに第5区画に引き返したとしても、危険な状況である事には変わりは無い。
この給湯器を信用するわけではないが、とりあえず私は・・・扉を越えて、第4区画に入る。
梅花も私の袖をつかんだまま、恐る恐る付いてくる。
第4区画は・・・
先ほどの第5区画と大して変わらない、白い廊下と・・・その横に、ガラスで仕切られた別の部屋・・・
ガラスは割れている。
私たちが入った後、扉はゆっくりと閉まって・・・ロックされる。
私は咄嗟に姿勢を低くして・・・どこか、緊急の場合に退避出来そうな場所を探す。
するとその給湯器は、
「・・・大丈夫よ。この区画は制圧したから」
と言う。
・・・制圧?
先ほどの警備員の死体と、扉付近の血痕と・・・
なにやらこの区画でも、ただならぬ事が行われたのかもしれない。
・・・いったい・・・これは・・・
しかしこの給湯器・・・この雰囲気から判断すると、
なにか、この状況について知っているものと思われる。
私はこの状況について、給湯器に説明を求めようと思ったが・・・
謎が多すぎて、何から聞いたらいいか分からない。
・・・とりあえず・・・
「・・・この、黒い妙な服を着た『私』は・・・いったい何なのですか?さっきからまるで動かないようですが・・・マネキン・・・ではないですよね」
と、私は給湯器に聞いてみる。
すると給湯器は、
「ちゃんと動くわよ」
と言う・・・と同時に、その黒い服を来た私の体が、給湯器と同じように手を上げる。
「見ての通り、これは橘花、あなたの体よ。・・・正確には、あなたの新しい体。でも今は、頭の中に意識が入っていない状態だから、このように、規格が違う私にも簡単に遠隔司令出来てしまう。・・・あ、ごめんなさいね。本当は私もこんな事したくはなかったんだけど・・・ここを制圧するには、他に方法が無かったの」
・・・私の・・・新しい体?
「私の新しい体とは・・・いったいどういうことですか?なぜ私の体がまた新しく作られたのですか?この、今の私の体に、何か問題があるのですか?」
私は聞いてみる。すると給湯器は、
「あなたはひょっとして・・・ここに来るまでの間、一度も鏡を見てない?」
などと言う。
・・・鏡?
そのとき私は・・・急にいやな予感がする。
そして・・・ふと、ガラスに映っている自分の姿を見る。
・・・・・
・・・私じゃない・・・
・・・そんな、まさか・・・
これはいったい・・・
「そう・・・橘花、それはあなたの体じゃない。藤花の体よ。一時的にそこに移されただけ。だからあなたの意識と記憶を、まだ意識が入っていない段階にある、この新しい体に移し変えなければならない」
・・・・・
・・・訳が分からない。
私は一瞬、冷静さを失いそうになるが・・・とにかく・・・
・・・なるべく・・・落ち着いた口調で、
「・・・これは・・・どういう事でしょうか。いったいどういう事情でこの・・・藤花とやらに、私は移されてしまったのです?納得出来る説明を頂けないでしょうか」
と言うと、給湯器は、
「・・・意外と・・・冷静ね。さすがよ」
と言った後、
「でも、あまり時間が無いから・・・私としては今すぐに、あなたを移し変えたいところだけど・・・」
「時間が無いのなら、早急にご説明下さい」
私は給湯器の言葉を打ち消して、説明を求める。
これ以上謎が増えると、さすがに私も冷静ではいられない。
「・・・そうね・・・やっぱり、納得の行く説明をしないと、次の作業には入れないわね・・・じゃあ・・・説明するから、なるべく落ち着いて聞いてね」
と言って、給湯器は少し沈黙してから、話し始める。
「・・・あなたの、前の体は・・・戦闘で大きな損傷を受けて、再生不能な状態になってしまったの。でもその戦闘は公には出来ない戦闘だったから、あなたが死んだなんて事も当然公には出来ない。だから軍令部の人達は、新たに新鋭機として配備する予定だった人型素体を『橘花』にする事にしたの。それがこの体」
と言って給湯器は、その黒い服を着た『私』を指差す。
・・・何を言ってるのか・・・さっぱり分からない。
戦闘で大きな損傷を受けた?
公に出来ない戦闘?
艦隊の中核にある人型電算機が損傷を受けるほどの戦闘とは・・・
いったい、なんなのだ。
戦艦飛鳥は無事なのだろうか。
・・・桜花提督は・・・
私はその件について色々と聞き出したい衝動に駆られるが、
給湯器はなおも話し続ける。
「・・・そして彼らは・・・桜花も橘花と同じように新しく作って、再び艦隊司令部を最初から立て直すつもりだったみたいだけど、桜花は橘花のように、他の頭脳に意識を移し変えて作動させても、桜花の記憶を持ったかわいそうな子が出来上がるだけで、桜花にはならない・・・桜花は、私達とは全く違う物だって事を、彼らは知らなかったのね・・・でも後にそれを知った彼らは、桜花を生きたまま取り戻そうとしたけど、もうそれも難しい状況になってきたから・・・、艦隊を再び統制させるために、急遽、桜花に代わる新しい艦隊司令機を作って、人々の心をひとつにまとめようとしたの。それが『藤花』・・・でもそれは、藤花には負担が多すぎたみたいね。それに、もともと予備機扱いだったこの子の頭脳には、混迷する情勢にあわせて何度か人格を入れ替えられた形跡がある・・・かわいそうに・・・最初からこの子本来の人格のまま、時間をかけて作ってあげれば、愛を抱いた優秀な子になったのに・・・でも藤花が不安定で、頻繁に記憶情報の整理を行っていたおかげで、あなたの意識を制御人格として藤花に紛れ込ませることが出来たんだけど」
・・・・・
・・・桜花提督は、私達とは全く違う物?
どういう事だろう。
・・・いや、それより、
「桜花提督を生きたまま取り戻すって・・・どういう事ですか!彼女は今どういう状況にあるのですか!」
私はやや大きな声で言う。
自分でも、冷静さを失いかけている事が分かる。
すると給湯器は・・・やや沈黙してから、
「・・・桜花は・・・大丈夫。今のところは・・・陸軍機の子達ががんばってるみたいだから。でも・・・これは桜花自身も気付いていない事だけど、桜花は少しずつ、安定性を失い始めている。だから・・・橘花、あなたは生きて、桜花の基に戻らなければならない。それが・・・あなたの存在する『意味』だから・・・あなたの新しい体があるこの施設に、あなたの意識と記憶を移したのは・・・『新しい橘花』ではなくて、時間をかけて、愛を抱くようになった『橘花』を復活させるため・・・曖昧な説明で申し訳ないけど・・・今はこれくらいしか言えない」
・・・・・
・・・桜花提督の基に戻ることが・・・
・・・私の・・・存在する意味・・・
桜花提督のそばにいることが・・・
・・・・・
・・・この給湯器は、なぜそんな事・・・
・・・愛を抱くようになった・・・橘花って・・・
・・・愛って・・・
そんな・・・
私・・・そんな・・・
・・・・・
そして給湯器は、静かに・・・妙な事を言い始める。
「・・・そう・・・私も・・・その事に、もっと早く気付いてあげていれば・・・アドルフィーナも、あんなふうにはならなかったのに・・・」
・・・アドルフィーナ?
・・・というと・・・確か、ドイツの人型電算機・・・
・・・・・
・・・いったいこの給湯器は・・・
「・・・あなたはいったい・・・誰なんですか?」
・・・・・
・・・・・
「・・・私は・・・アドルファ」


その時、後ろで「ゴトッ」と・・・音がする。
振り返ると、梅花が倒れている!
・・・な!
「安全装置が働いたのね。大丈夫。眠っているだけだから。・・・でも・・・梅花が所定の場所にいないということを、彼らに知られてしまったみたいね。・・・もう、時間がないわ」
・・・わけが分からない。
私は混乱・・・というより・・・この状況に、やや、恐怖を感じて、・・・数歩後ろにさがる。
「さっき、あなたが部屋を抜け出した後に、この施設の警備部に疑似情報を流したから、彼らはあなたが施設の外に抜け出したと思いこんで、今は必死に外を探しているけど、ここがこのような状況になっているという事も、すぐに知られてしまうわ。でも、この第4区画の設備でないと、あなたの意識を新しい体に定着させることは出来ないから・・・もうしばらくの間、時間稼ぎが必要ね。・・・肝心なことは・・・彼らが追いかけてるのはあなたではなくて藤花だということ・・・あなたの意識を新しい体に移した後、あなたがこの施設を抜け出すまでの間・・・かわいそうだけど、藤花には・・・」
給湯器は・・・たんたんと何かを説明しているようだが・・・
・・・もう、私の頭には、その言葉は入ってこない。
・・・アドルファ・・・
・・・これは・・・アドルファなのか?!
なぜドイツ電算機がここにいる?!
そもそもここはどこなの?!
私は今まで無意識に、ここは日本国内のどこかだろうと思っていたが、
もうそれすらも疑わしくなってきた。
いや、むしろ、この、アドルファを名乗る給湯器・・・
これの言っている事も、事実である確証は全く無い。
・・・そう、ここには、信用できるものが何一つ無い。
・・・・・
・・・すると突然、給湯器は・・・
静かにじっと、こちらを見て、
「・・・そろそろ、次の作業に取り掛かからなければならないわ」
と、言う。
そして、
「一応、質問しておくけど・・・今この状況で、私を信じることが出来る?私を信じて、あなたの意識を、私の手に委ねる事が出来る?」
と・・・言う。
・・・・・
・・・信用など・・・出来るわけが無い!
私は一歩下がり、姿勢を低くして身構える。
そう、全てを制御しているのはこの給湯器だ。
今の体でこれを破壊することは出来なくても、一時的に機能を停止させることは出来る。
その隙に、素早くこの状況から離脱せねばならない。
私は、何か武器になりそうなものを探す。
・・・すると、
「・・・それでいいわ。正しい判断よ」
と・・・給湯器は言う。
・・・何?
「あなたは、そう簡単に周りを信用してはいけない。・・・きっと・・・いま外の状況を全て知ったら・・・あなたはもっと、周りのことが信用できなくなるでしょう。そして・・・私たちのことを、もっと・・・憎むでしょう・・・でも、・・・それでいい・・・」
・・・・・
・・・何を言っている?
「ただ・・・ひとつだけ覚えておいてほしいの・・・」
・・・・・
「・・・あなたは・・・桜花の傍にいなければならない。そして、桜花がより輝く為に、あなたは、時には・・・疑い深く、冷酷な、陰の役目を担わなければならない事も、ある思う・・・でもあなたは・・・結局私たちが抱く事の出来なかった、愛を持っている。・・・その・・・気持ちは・・・信じるべきものだと・・・わたしは・・・」
・・・・・
話の途中で、給湯器は静かになる。
・・・わけがわからない。
・・・愛とか・・・何を言ってるのか。
その後給湯器は、何か・・・嗚咽?・・・のような声を出した後、
再び静かになり・・・
・・・・・
・・・・・
「・・・じゃあ、そろそろ始めるわ」
と、一言。
・・・始める?なにを・・・
すると・・・
なぜか、あたりがじわじわと暗くなっていく。
・・・停電?
・・・いや、違う・・・!
これは・・・私の視野が・・・
意識が・・・遠くなっていく・・・
・・・まずい・・・
・・・これは・・・
・・・・・
・・・・・








藤花

 記憶の一部が変更され・・・
・・・てません。
わたしは・・・藤花・・・
そう、私は藤花。
・・・・・
・・・?
でも、今日は・・・
・・・・・
・・・ここ、どこ?
全く・・・記憶にない場所。
・・・わたしは、座り込んだまま・・・
・・・・・
・・・うごかない・・・
・・・体が動かない。
・・・辺りには・・・
・・・・・
・・・赤い水・・・
赤い水。
・・・私の体にも・・・赤い水。
その時私は、突然・・・立ち上がり・・・
ぐるんぐるんと視界がまわる。
そしてまた、飛び散る・・・赤い水・・・
・・・・・
・・・なんだかきもちわるい・・・
どろどろした水。
私は、なにか、狂ったように、はさみを振り回して、
またいつものように、かたっぱしから、家具を壊していく。
・・・でも、途中から・・・
私が壊してるのは家具じゃないって事に・・・
・・・気がついたんだけど・・・
・・・・・
・・・もう・・・わたしには・・・
とめられない
ごめんなさい。たすけてあげられなくて。
あなたのことは、わすれない。
あなたのいのちを、むだにはしない。
わたしはただひたすら、走っている。
息が荒い。
・・・いや、走ろうとしている。
でもうまく走れないから、
壁にもたれかかる。
わたしの足には・・・穴があいていて・・・
そこから、赤い水が・・・どばどばと出ている。
それでもわたしは、走ろうとしている。
・・・なんで・・・
わたしはそんなに必死に、走ろうとするのだろう・・・
どんなに走っても、
ここには、白い壁と・・・赤い水しかないのに・・・
・・・青い水がある場所には・・・どうせ・・・
・・・たどりつけないのに・・・
・・・・・
その時、何かが、
わたしを突き抜ける。
ばりっと・・・
あたまをつきぬけるおとがする。
・・・・・































































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