桜花
あっという間に時間は流れて、
いつの間にか、もう秋です。
瀬戸内海は波も穏やか。程よく暖かい風が吹いてます。
そして、
とても天気がいいです。
こんな日は、そう、紅葉を見ましょう!
なんだかんだで桜花は瀬戸内海の紅葉を、じっくり眺めた事が無いような気がします。
これはぜひ見ておかなければ。
桜花は急いで(や、べつに急ぐ必要も無いのですが)飛鳥の艦橋に上がります。
・・・おお、
紅葉。
・・・あ、
紅葉って、全部真っ赤になるのかと思ったら、黄色いのも結構あるんですね。
あかきいろのまだら模様です。
おお。
これが紅葉ですか。
ええ。
・・・や、もしかしたら、昨日も見たような気がします。
ええ。でも、きれいです。
とりあえず、見張り用の備え付け双眼鏡で見てみましょう。
これはほんと、よく見えますからね。
おお。
もみじ。
きれいですね。
すると、隣りでうめはなも見たがるので、だっこして見せてあげます。
うめはなは、きゃっきゃきゃっきゃと大喜びです。
それにしても、海軍少将が艦橋双眼鏡に背が届かないというのも考え物ですね。
平時はいいですが、戦闘中はいちいち桜花もだっこしてあげられませんし。
するとうめはなは「おろして」と言うので、降ろすと、トコトコとどこかに行ってしまいました。
そして、しばらくすると、どこからか大きなバケツを持ってきて、
それを双眼鏡の前に ひっくり返して置いて、
おお、その上に載るんですね。
なるほど。
かしこいですね。
そう、うめはなはもう桜花がいちいち面倒を見なくても自分の事は自分でできるのです。
それに、最近・・・
うめはなは、人前でだっこしたりするのを、ちょっと・・・嫌がるようになりました。
ええ。そんな、すごく拒絶したりするわけではないのですが、
なんというか・・・
ええ。人目を気にして、少し、恥ずかしがるんですね。
もう甘えん坊の幼女ではなくて、うめはなは、少女になりつつあるのです。
桜花はそれが・・・うれしいような・・・さびしいような気がしますが、
いずれ、うめはなも桜花の手を離れて・・・独立した立派な司令電算機となるのです。
そして、いずれは私に代わって、この艦隊を率いて行かねばならないのです。
・・・・・
・・・その時、私は・・・どうしているでしょうかね。
できればずっとこのままで、そばにいてあげたいと思うのですが・・・
そうもいかないのでしょうかね。
まあ、とにかく、
いつまでもベタベタしてはいられません。
・・・・・
でも、
・・・夜はまだ一緒の布団で寝てるんですけどね。
・・・・・
そんな事より、そう、
橘花さんです。
いやあ、最近の橘花さんは・・・
変わりましたね。
あの、冷静沈着無表情の橘花さんが、
冗談を言うんですよ!
いやあ、びっくりですね。
ええ。
具体的にどういう冗談を言うのかは、まあ・・・おいといて。
や、冗談を言うこと自体はそれほど重要ではなくて、
ええ。雰囲気がずいぶん変わりました。
なんというか・・・
ちょっと、おもしろい人になりましたね。
ええ。雰囲気が。
ええ。
雰囲気の話なので、なんとも説明しづらいのですが。
あの、不意にボソッと真顔で言う冗談とか、すごくおもしろいです。
この前の「オリスカニーは、お留守かに?」とか、もう、
や、桜花が言ってもぜんぜんおもしろくないのですが、
あの、やや緊張した雰囲気の司令中枢で、
作戦会議中にボソッと耳元でそんな事を言うのですから。
桜花はもう、おかしくておかしくて。
だって、橘花さんが言うんですよ。真顔でそんな事を。
いやあ。もう、会議中、笑いをこらえるのが大変でしたよ。
あと、そう。
一人の時とか、変な鼻歌を歌ってたりします。
で、よく聴いてみたら、ジャパネットたかたのCMソングだったりします。
いやあ、おもしろいです。橘花さん。
あ、でも、いつもそういうオモシロキャラになってるわけじゃないんですよ。
たぶん周りから見たらいつも通りの冷静沈着橘花さんなんでしょうが。
桜花の前だけで、ごくたまにそういう、おもしろ行動をするみたいです。
そういう話を木島さんにしたら、びっくりしてましたし。
あ、でも、木島さんは「橘花は最近、表情が明るくなった」とか言ってましたね。
やっぱり、木島さんには分かるんでしょうかね。
以前は、ちょっと落ち込み気味だった桜花のために、橘花さんは無理してああいう事をしてるのかと思ったりもしたのですが、木島さんが言うには、あれが橘花さんの自然な姿らしいです。
ええ。確かに。
そうかもしれませんね。
今では桜花もすっかり元気になったのに、橘花さんは相変わらずおもしろ行動をしますし。
たぶんあれは、何か理由があってやってるわけじゃないんですね。
ええ。
彼女も私と同じように、この、
限りのある平和な時間を・・・なんというか・・・大切に過ごすようにしたのかもしれません。
橘花さんなりに。
ええ。
・・・・・
平和な時間というのは、とても大切なものです。
「平和が良い」なんて、言葉でそれを言うと、とてもありきたりで、当たり前の事なのですが、
先日の、一連の状況を乗り越えて、桜花はつくづくそう思うのです。
平和というのは、私たちが思ってる以上に、不安定な土台の上に成り立っているものです。
その事から、目をそらしてはいけません。
平和を願うなら尚、万全の構えで、戦いに備えなければなりません。
ただ、桜花は、
同時に、平和を一生懸命、楽しもうと思っています。
そうしないと、もったいないじゃないですか。
せっかく平和なんですから。
いつまでも、くよくよ落ち込んでなどいられません。
はい。
・・・・・
・・・ええ、実は、
あれから桜花も・・・結構、落ち込んだりしていまして・・・
だって、やっぱり・・・
多くの方が、亡くなられましたし・・・
あの時、桜花がこうしておけば、とか、こうしなければ、とか、
やっぱり・・・いろいろ考えてしまいます。
それに・・・
・・・アドルフィーナさんの事とか・・・
あの時・・・私は・・・紛れも無く、自分の手で、
彼女を殺してしまったのです。
もちろん、そうしなければ私が殺されていたのかもしれませんし、
そもそも戦争とは、そういうものなのですが・・・
・・・ただ、彼女は、
うめはなをとてもかわいがってくれたそうで。
それはもう、とても。
うめはなはとても賢い子なので、何か意図があってかわいがってる振りをしてるだけの人には絶対になついたりはしません。
そのうめはなが・・・
アドルフィーナさんと過ごした日々の事を、とても楽しそうに言うのです。
・・・・・
・・・私は、
アドルフィーナさんが何をしようとしていたのかは、結局、よく分からないのですが、
もしかしたらあの人は、そんなに悪い人ではなかったのではないかと、
最近、ふと思うのです。
本当は、アドルフィーナさんも、私と同じように、
避けようの無い大きな流れに流されていただけなのではないかと・・・思うのです。
・・・・・
・・・どうしてあのような事になったのでしょう・・・
これは・・・たまたま、不運にもそういう状況になっただけなのでしょうか。それとも、
誰かが意図してそういうふうにしたのでしょうか。
ただ、・・・それももう、
考えても仕方のない事になりつつあるようです。
とても残念な事ですが、今回の戦闘も、これまでと同様に、
「無かった事」にされてしまいそうです。
すでに先の一連の戦闘は、公には「訓練中の事故」として処理されてしまってます。
報道も、今ではもう一切その事に触れる事は無くなりました。
紛れも無く戦いに挺身して散ったその人達も、一切その名を明かされる事も無く、
その人数も、実際よりもとても少なく公表されています。
・・・ええ。分かりますよ。
そういうふうにした方が、より穏便に事態を収拾できるという事は。
もし、事実を全て公開してしまったら、
海軍は破滅的な再編成を余儀なくされるか、あるいは、
私達は、報復として、さらに大きな戦争をしなければならない事になるでしょう。
・・・どちらにしても・・・今よりもっとひどい事になるのは明らかです。
ちなみに、
もしあの時、私がアドルフィーナさんとの戦いに敗れて、
あの自動車運搬船をシホさん達が制圧できていなければ、
海軍は私たち司令電算機を切り捨てる事で、事態を収拾したのかもしれません。
幸いにも私達は、強力な手札を握った状態で戦闘を終了できたので・・・
私は今こうやって・・・
のほほんと、紅葉を眺めたりしているわけです。
でも結果的に、
事実は全く公表されないという状況に変わりは無く・・・
結局、私も・・・
自分の身を守るために、嘘吐きの仲間入りをしているのです。
・・・これで・・・いいのでしょうか・・・
これが、皆が望む平和というものなのでしょうか。
・・・そういう・・・ものなのですか?
・・・・・
・・・・・
ただ・・・
・・・・・
・・・先日、私は、
そう、先の戦闘で、
私を救出する為の作戦に自ら志願して亡くなられた航空隊の方々のお部屋に行ったのです。
それは私にとって、とても勇気のいる行動だったのですが、
なんと、
どのお部屋にも、当然のように桜花の写真が飾ってあるのです。
しかもそこに写ってる桜花が・・・なんだか・・・もう、
海で大喜びでバカみたいにはしゃいでびっしゃびしゃになって、もう、
ひどいじゃないですか!この写真!
誰ですか!こんな写真撮ったの!
こんなの撤去です!強制撤去です!
・・・や、おちついて・・・
冷静に見たら、これはこれで・・・いい・・・のかな?
ええと、まあ、
とにかく、
どの写真も、楽しそうな桜花ばっかりです。
・・・これは、桜花の勝手な解釈かもしれませんが、
彼らは、桜花が笑顔でいることを望んで散ったのです。
いや、桜花に限らず、護るべき人々が、
笑顔でいる時を、
そういう・・・平和を・・・
望んで散ったのです。
・・・・・
・・・ええ。
とにかく桜花は、そう思ったのです。
だから桜花は、その時から・・・
この限りある平和を、精一杯楽しむ事にしたのです。
都合のいい解釈だと言われれば、それまでなんですが、
「亡くなられた人のぶんまで」・・・なんて、
ありきたりな言葉も使いたくないですが、
・・・でも、
そうしないともったいないじゃないですか!
その平和が、結局、妥協の産物だったとしても、
とにかく、
平和は平和です。
平和な時間は楽しく過ごすものです。
それが、戦いで散った人々の望みであり、
幸いにして戦いに生き残った私たちの、当然の権利です。
くよくよしてなどいられないのです。
いずれまた、戦いの時が来るでしょう。
その時まで、私は・・・楽しく過ごすのです。
そういうふうに、決めたのです。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・と、いうことで・・・
・・・・・
あ、そんな事より、
今日はこれから釣りをするのです。
ええ。いろいろ調べてみた結果、
野田さんからお借りした釣り道具には、いろいろと問題があることが分かったのです。
や、野田さんが悪いわけではなく、そもそも釣りというのは、
ポイントによってシカケをいろいろと変更しなければならないものなのです。
ええ。具体的に説明すると、もう、本が一冊できてしまうくらい長くなるので省きますが、
それほどに釣りというのは奥が深いのです。
そして今日のシカケは、当海域の深度を綿密に計測した結果に基き、浮きから針までの長さを的確に調整してあるのです。
たぶん、釣れます。すごいのが。
ええ。
もうそろそろ本当に釣れてくれないと。
ええ。
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