皇紀2666年 秋


 桜花

 あっという間に時間は流れて、
いつの間にか、もう秋です。
瀬戸内海は波も穏やか。程よく暖かい風が吹いてます。
そして、
とても天気がいいです。
こんな日は、そう、紅葉を見ましょう!
なんだかんだで桜花は瀬戸内海の紅葉を、じっくり眺めた事が無いような気がします。
これはぜひ見ておかなければ。
桜花は急いで(や、べつに急ぐ必要も無いのですが)飛鳥の艦橋に上がります。
・・・おお、
紅葉。
・・・あ、
紅葉って、全部真っ赤になるのかと思ったら、黄色いのも結構あるんですね。
あかきいろのまだら模様です。
おお。
これが紅葉ですか。
ええ。
・・・や、もしかしたら、昨日も見たような気がします。
ええ。でも、きれいです。
とりあえず、見張り用の備え付け双眼鏡で見てみましょう。
これはほんと、よく見えますからね。
おお。
もみじ。
きれいですね。
すると、隣りでうめはなも見たがるので、だっこして見せてあげます。
うめはなは、きゃっきゃきゃっきゃと大喜びです。
それにしても、海軍少将が艦橋双眼鏡に背が届かないというのも考え物ですね。
平時はいいですが、戦闘中はいちいち桜花もだっこしてあげられませんし。
するとうめはなは「おろして」と言うので、降ろすと、トコトコとどこかに行ってしまいました。
そして、しばらくすると、どこからか大きなバケツを持ってきて、
それを双眼鏡の前に ひっくり返して置いて、
おお、その上に載るんですね。
なるほど。
かしこいですね。
そう、うめはなはもう桜花がいちいち面倒を見なくても自分の事は自分でできるのです。
それに、最近・・・
うめはなは、人前でだっこしたりするのを、ちょっと・・・嫌がるようになりました。
ええ。そんな、すごく拒絶したりするわけではないのですが、
なんというか・・・
ええ。人目を気にして、少し、恥ずかしがるんですね。
もう甘えん坊の幼女ではなくて、うめはなは、少女になりつつあるのです。
桜花はそれが・・・うれしいような・・・さびしいような気がしますが、
いずれ、うめはなも桜花の手を離れて・・・独立した立派な司令電算機となるのです。
そして、いずれは私に代わって、この艦隊を率いて行かねばならないのです。
・・・・・
・・・その時、私は・・・どうしているでしょうかね。
できればずっとこのままで、そばにいてあげたいと思うのですが・・・
そうもいかないのでしょうかね。
まあ、とにかく、
いつまでもベタベタしてはいられません。
・・・・・
でも、
・・・夜はまだ一緒の布団で寝てるんですけどね。
・・・・・
そんな事より、そう、
橘花さんです。
いやあ、最近の橘花さんは・・・
変わりましたね。
あの、冷静沈着無表情の橘花さんが、
冗談を言うんですよ!
いやあ、びっくりですね。
ええ。
具体的にどういう冗談を言うのかは、まあ・・・おいといて。
や、冗談を言うこと自体はそれほど重要ではなくて、
ええ。雰囲気がずいぶん変わりました。
なんというか・・・
ちょっと、おもしろい人になりましたね。
ええ。雰囲気が。
ええ。
雰囲気の話なので、なんとも説明しづらいのですが。
あの、不意にボソッと真顔で言う冗談とか、すごくおもしろいです。
この前の「オリスカニーは、お留守かに?」とか、もう、
や、桜花が言ってもぜんぜんおもしろくないのですが、
あの、やや緊張した雰囲気の司令中枢で、
作戦会議中にボソッと耳元でそんな事を言うのですから。
桜花はもう、おかしくておかしくて。
だって、橘花さんが言うんですよ。真顔でそんな事を。
いやあ。もう、会議中、笑いをこらえるのが大変でしたよ。
あと、そう。
一人の時とか、変な鼻歌を歌ってたりします。
で、よく聴いてみたら、ジャパネットたかたのCMソングだったりします。
いやあ、おもしろいです。橘花さん。
あ、でも、いつもそういうオモシロキャラになってるわけじゃないんですよ。
たぶん周りから見たらいつも通りの冷静沈着橘花さんなんでしょうが。
桜花の前だけで、ごくたまにそういう、おもしろ行動をするみたいです。
そういう話を木島さんにしたら、びっくりしてましたし。
あ、でも、木島さんは「橘花は最近、表情が明るくなった」とか言ってましたね。
やっぱり、木島さんには分かるんでしょうかね。
以前は、ちょっと落ち込み気味だった桜花のために、橘花さんは無理してああいう事をしてるのかと思ったりもしたのですが、木島さんが言うには、あれが橘花さんの自然な姿らしいです。
ええ。確かに。
そうかもしれませんね。
今では桜花もすっかり元気になったのに、橘花さんは相変わらずおもしろ行動をしますし。
たぶんあれは、何か理由があってやってるわけじゃないんですね。
ええ。
彼女も私と同じように、この、
限りのある平和な時間を・・・なんというか・・・大切に過ごすようにしたのかもしれません。
橘花さんなりに。
ええ。
・・・・・
平和な時間というのは、とても大切なものです。
「平和が良い」なんて、言葉でそれを言うと、とてもありきたりで、当たり前の事なのですが、
先日の、一連の状況を乗り越えて、桜花はつくづくそう思うのです。
平和というのは、私たちが思ってる以上に、不安定な土台の上に成り立っているものです。
その事から、目をそらしてはいけません。
平和を願うなら尚、万全の構えで、戦いに備えなければなりません。
ただ、桜花は、
同時に、平和を一生懸命、楽しもうと思っています。
そうしないと、もったいないじゃないですか。
せっかく平和なんですから。
いつまでも、くよくよ落ち込んでなどいられません。
はい。
・・・・・
・・・ええ、実は、
あれから桜花も・・・結構、落ち込んだりしていまして・・・
だって、やっぱり・・・
多くの方が、亡くなられましたし・・・
あの時、桜花がこうしておけば、とか、こうしなければ、とか、
やっぱり・・・いろいろ考えてしまいます。
それに・・・
・・・アドルフィーナさんの事とか・・・
あの時・・・私は・・・紛れも無く、自分の手で、
彼女を殺してしまったのです。
もちろん、そうしなければ私が殺されていたのかもしれませんし、
そもそも戦争とは、そういうものなのですが・・・
・・・ただ、彼女は、
うめはなをとてもかわいがってくれたそうで。
それはもう、とても。
うめはなはとても賢い子なので、何か意図があってかわいがってる振りをしてるだけの人には絶対になついたりはしません。
そのうめはなが・・・
アドルフィーナさんと過ごした日々の事を、とても楽しそうに言うのです。
・・・・・
・・・私は、
アドルフィーナさんが何をしようとしていたのかは、結局、よく分からないのですが、
もしかしたらあの人は、そんなに悪い人ではなかったのではないかと、
最近、ふと思うのです。
本当は、アドルフィーナさんも、私と同じように、
避けようの無い大きな流れに流されていただけなのではないかと・・・思うのです。
・・・・・
・・・どうしてあのような事になったのでしょう・・・
これは・・・たまたま、不運にもそういう状況になっただけなのでしょうか。それとも、
誰かが意図してそういうふうにしたのでしょうか。
ただ、・・・それももう、
考えても仕方のない事になりつつあるようです。
とても残念な事ですが、今回の戦闘も、これまでと同様に、
「無かった事」にされてしまいそうです。
すでに先の一連の戦闘は、公には「訓練中の事故」として処理されてしまってます。
報道も、今ではもう一切その事に触れる事は無くなりました。
紛れも無く戦いに挺身して散ったその人達も、一切その名を明かされる事も無く、
その人数も、実際よりもとても少なく公表されています。
・・・ええ。分かりますよ。
そういうふうにした方が、より穏便に事態を収拾できるという事は。
もし、事実を全て公開してしまったら、
海軍は破滅的な再編成を余儀なくされるか、あるいは、
私達は、報復として、さらに大きな戦争をしなければならない事になるでしょう。
・・・どちらにしても・・・今よりもっとひどい事になるのは明らかです。
ちなみに、
もしあの時、私がアドルフィーナさんとの戦いに敗れて、
あの自動車運搬船をシホさん達が制圧できていなければ、
海軍は私たち司令電算機を切り捨てる事で、事態を収拾したのかもしれません。
幸いにも私達は、強力な手札を握った状態で戦闘を終了できたので・・・
私は今こうやって・・・
のほほんと、紅葉を眺めたりしているわけです。
でも結果的に、
事実は全く公表されないという状況に変わりは無く・・・
結局、私も・・・
自分の身を守るために、嘘吐きの仲間入りをしているのです。
・・・これで・・・いいのでしょうか・・・
これが、皆が望む平和というものなのでしょうか。
・・・そういう・・・ものなのですか?
・・・・・
・・・・・
ただ・・・
・・・・・
・・・先日、私は、
そう、先の戦闘で、
私を救出する為の作戦に自ら志願して亡くなられた航空隊の方々のお部屋に行ったのです。
それは私にとって、とても勇気のいる行動だったのですが、
なんと、
どのお部屋にも、当然のように桜花の写真が飾ってあるのです。
しかもそこに写ってる桜花が・・・なんだか・・・もう、
海で大喜びでバカみたいにはしゃいでびっしゃびしゃになって、もう、
ひどいじゃないですか!この写真!
誰ですか!こんな写真撮ったの!
こんなの撤去です!強制撤去です!
・・・や、おちついて・・・
冷静に見たら、これはこれで・・・いい・・・のかな?
ええと、まあ、
とにかく、
どの写真も、楽しそうな桜花ばっかりです。
・・・これは、桜花の勝手な解釈かもしれませんが、
彼らは、桜花が笑顔でいることを望んで散ったのです。
いや、桜花に限らず、護るべき人々が、
笑顔でいる時を、
そういう・・・平和を・・・
望んで散ったのです。
・・・・・
・・・ええ。
とにかく桜花は、そう思ったのです。
だから桜花は、その時から・・・
この限りある平和を、精一杯楽しむ事にしたのです。
都合のいい解釈だと言われれば、それまでなんですが、
「亡くなられた人のぶんまで」・・・なんて、
ありきたりな言葉も使いたくないですが、
・・・でも、
そうしないともったいないじゃないですか!
その平和が、結局、妥協の産物だったとしても、
とにかく、
平和は平和です。
平和な時間は楽しく過ごすものです。
それが、戦いで散った人々の望みであり、
幸いにして戦いに生き残った私たちの、当然の権利です。
くよくよしてなどいられないのです。
いずれまた、戦いの時が来るでしょう。
その時まで、私は・・・楽しく過ごすのです。
そういうふうに、決めたのです。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・と、いうことで・・・
・・・・・
あ、そんな事より、
今日はこれから釣りをするのです。
ええ。いろいろ調べてみた結果、
野田さんからお借りした釣り道具には、いろいろと問題があることが分かったのです。
や、野田さんが悪いわけではなく、そもそも釣りというのは、
ポイントによってシカケをいろいろと変更しなければならないものなのです。
ええ。具体的に説明すると、もう、本が一冊できてしまうくらい長くなるので省きますが、
それほどに釣りというのは奥が深いのです。
そして今日のシカケは、当海域の深度を綿密に計測した結果に基き、浮きから針までの長さを的確に調整してあるのです。
たぶん、釣れます。すごいのが。
ええ。
もうそろそろ本当に釣れてくれないと。
ええ。






 橘花

秋風の吹く・・・瀬戸内海。
飛鳥は第1基幹艦隊を伴い、いつも通りの洋上待機。
天候は穏やか。波も穏やか。
桜花提督とうめはなは、艦橋に上がり、然もうれしそうに紅葉を眺めている。
何がそんなにうれしいのだろう、と、思ったりするが・・・
・・・まあ、
うれしいのだろう。こんなに天気が良いのだから。
・・・・・
・・・・・
・・・あれから・・・
一時はふさぎこんだりする事も、たまにあったり無かったりした桜花提督だが、
今ではもう、
元気のかたまり、というか・・・
以前に増して元気である。
彼女も、まあ・・・
何かを考え、何かを乗り越えたのだろう。
彼女は、そういう人だ。
時折、周囲に流されたりもするが、芯はとても強い。
どのような状況でも、必ず乗り越える。
それを私は・・・
ただ見てるだけ。今はそれでいい。
余計な詮索はしない。
以前の私なら、彼女の一挙手一投足を逐一あれこれと気にしたりしたものだが。
今ではもう、そういう事は無くて。
なんというか、
なんだろう・・・安心感、というか。
私たちの関係が、何か大きく変化したわけでもないのだが、
まあ、たぶん、
私も変わったのだろう。
・・・・・
そして今の私はというと・・・
飛鳥庵で紅茶を飲んだりしている。
べつに紅茶が飲みたかったというわけでもなく、ただ、
・・・・・
他にする事もないので。
・・・・・
・・・ああ・・・
・・・・・
・・・時間が・・・多い。
そういえば、普段の私は・・・こんなに暇だったのだ。
そして、
私は最近になって、何もすることのない暇な時間を、ただ、何もせずに、
ぼーっと過ごすのが、結構、好きなんだという事に気付いた。
時には飛鳥庵で。時には誰もいない艦橋の上で、静かに海を眺めたりしながら、
何もせずに過ごす。
そういうのが・・・なんとなく好き。
・・・・・
私は意外と怠け者なのだ。
・・・まあ、
兵器である私が、
する事が無い時間を、ただなんとなく、ぼーっと過ごしているという、
それが、つまり、
平和なのである。
・・・これは、喜ぶべき事なのだろう。
うん。
・・・・・
・・・・・
・・・ただ、今日は・・・
実は、何もすることが無い、というわけでもないのだが。
・・・・・
現状、
連合艦隊は概ね通常通り。
大幅に編成を変えられてしまった第7艦隊のみ、
まあ、いろいろと、再編成に時間が掛かったが、
概ね、通常通り。
しばらく騒いでいたマスコミも、
とりあえず「訓練中の事故」という事で、示しが付いたのか、今ではまるでそこから目をそらすかのように、
芸能人が結婚しただの離婚しただの不倫しただの、そういう、
情報価値の全く無い情報を連日流している。
・・・そう・・・もう既にあの戦争は・・・
終わった事なのだ。
全て、済んだ事、無かった事。
少なくとも・・・「人間側」の立場では、そうする事が好ましいと判断されたらしい。
・・・・・
・・・ただ、
・・・・・
無かった事ではない。
現実に、見た者がいる。行なった者がいる。そして、
死んだ者がいる。
・・・・・
今は世論を押さえつけても、いずれまた、
誰かがこの話を蒸し返すだろう。
・・・その時・・・また、
・・・我々、人型を排除しようとする動きが・・・
発生しないとも限らない。
・・・・・
・・・絶てるものは今の内に・・・絶たねば成らない。
・・・・・
・・・・・
現在・・・
空戦装備の無人戦闘機Me-9、その数4機が、二度の空中給油を終え、
北極を経由し、樺太の東方150浬を南下している。
欧州基地を発進したこれらは、形式上、ドイツ空軍の試験飛行という事になっているが、
実は私の制御下にある。
今の・・・私の体は、とても便利である。
以前は戦略情報を見るためにいちいち接続口を探す必要があったが、
今は飛鳥庵で、何気なく紅茶を飲みながら、それを行う事ができる。
・・・誰にも知られる事無く・・・
・・・・・
・・・私は・・・
・・・陰の役目を担わなければならない。
かつてアドルファが行っていたその仕事は、
いま、私に託されたのだ。
桜花提督を、そして、我々、人型の未来を守るために。
・・・・・
・・・・・
・・・攻撃目標は・・・
先程、予定通り、味方電探域を離れる。
ただの連絡機。
護衛は5機。どれも旧式。
こちらに電探優位がある現状においては、おそらく、
彼らは攻撃があった事すら気付かないだろう。
まあ、・・・気付かれた所で結果は変わり無いが。
既に、Me-9の射程内。
すぐにでも撃墜できる、が・・・
・・・・・
・・・まだ少し、時間がある。
そして、なぜか私は・・・その目標に通信を開く。
・・・・・
・・・・・
・・・突然の通信に、それを受け取った操縦手は動揺していたようだが、
しばらくすると、その、目標の人物に通信を代わる。
その人物は驚く様子も無い。
しばらく沈黙している。
そして、一言、
「・・・橘花・・・だな?」
・・・すこし、驚いた。
まさか、私だと気付くとは。
なぜ、私だと分かったのですか?山本前司令
「そろそろ来る頃だと思っていた、と、言うか、来るような気がした」
彼は答える。
・・・来るような気がした?
・・・・・
・・・なるほど。
人間にしては、優れた洞察能力。
それは経験による物なのか、それとも、
そういう血筋なのか。
そして、
その血筋は、たぶん・・・
桜花提督にも受け継がれている。
・・・・・
「なぜ、私に話し掛けた?」
・・・・・
・・・ひとつ、確認したい事があります。
「・・・・・」
全てを引き起こしたのは、あなたですね?山本前司令。
「・・・・・」
・・・司令電算機同士を戦わせて、
大きな損害を出し、司令電算機の信用を失墜させて、
最終的に我々人型を、軍から排除する事が、その目的ですか?

・・・・・
・・・彼はしばらく黙っている。
しかし結果は、損害どころか、
桜花提督が指揮を握ってからは艦隊は全くの無傷。
圧倒的勝利で終わり、逆に我々人型の信頼度を高める結果となりました。

・・・・・
「・・・そこまで分かっているのなら、あえて確認する事も無かろう」
それは肯定の言葉と判断して宜しいですね。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
「・・・こちらも質問して良いか」
どうぞ。
「これで、連合艦隊は完全に君達の支配化に置かれる訳だが・・・今後はどうするつもりだ?」
・・・・・
心配なさるお気持ちは分かります。ただ、あなたは大きな勘違いをしています。
我々人型は、人間にとって「便利な道具」に過ぎません。
自動車や携帯電話と同じ、依存せざるを得ない道具の一つです。
もし、依存せざるを得ない状況の事を「支配」と呼ぶのなら、
人間は既に、多くの道具に支配されている事になります。
しかし我々人型は、支配欲によって動いているのではありません。
効率を追求する為に動いています。したがって、
今後も我々は、人間にとって便利な道具であり続けるために、
連合艦隊をより効率的に動かすための努力をするでしょう。
その結果、軍は人間の制御が全く及ばない物に変貌するかもしれませんが、
同時にそれは、多くの人間にとって有益な状況になります。
・・・・・
・・・あなたのような・・・
その状況自体に疑問を抱く人間が現れない限りは。

・・・・・
「・・・なるほど」
・・・・・
「つまり君は、私の存在が非効率であると判断したわけだな?」
大まかに言うとその通りです。
「私以外に非効率な人間が現れたらどうなるのだ?」
あなたと同じ運命を辿るでしょう。
「なるほど・・・つまり、我々人間には、もう・・・勝ち目は無いということか」
言ってる意味がよくわかりません。
我々人型は、それを配備した人間に勝利をもたらす為に存在します。

「人間に勝利をもたらす為に、人間を殺すのか?」
・・・・・
・・・何か・・・問題でも?
「・・・・・」
あなたがその将来を悲観されるのは御勝手ですが、これは・・・
人間が望んで始めた事です。

・・・・・
・・・・・
「最後に、もうひとつだけ、聞かせてくれ」
はい。どうぞ。
・・・・・
「この事を・・・桜花にはどう伝える?」
・・・・・
・・・・・
何も伝えません。
あなたが何者であるか、そして、どうなったか、彼女は永久に知る事はないでしょう。

・・・・・
・・・・・
「・・・そうか・・・それでいい」
・・・・・
そろそろ時間です。通信を終了します。






 桜花

ああ、
幾千もの波頭を数えて・・・
空はすっかり黄昏に染まります。
今日も一日・・・
・・・・・
全く釣れないじゃないですか!
何が間違っていたのでしょう。
あああ。
最近では釣りをする桜花の姿を、甲板要員の人が哀れみの目で見るようになりました。
そんな目で見ないでください!
桜花は好きでやっているのです!
一匹も釣れなくても、釣りは楽しいものなのです!
・・・むしろ笑ってくれた方が気が楽ですよ。まったく。
そして夕方になると、とり1が鳴くのです。
エサをよこせとメェーメェー鳴くのです。
ああ、うるさい。エサなんてありませんよ。見れば分かるでしょう。
お前も海鳥なら、自ら魚を獲って献上するくらいの意気を見せてほしいものです。
まったく。
今日はもうおしまいです。
続きは明日にしましょう。
桜花は竿をたたんで、振り返ると、
そこに橘花さんがいます。
わあ、びっくりした。
「橘花さん、いつからそこにいたんですか?」
「今ここに来たところです」
「今日の釣りはもう終わりですよ」
「ええ。知ってます」
・・・・・
橘花さんは何も言わずに、少しだけ笑います。
あ、橘花さん・・・バカにしてますね?
そんなかわいい笑顔を見せてもダメですよ。
ええ。どうせ今日も一匹も釣れませんでしたよ。
すると橘花さんは性懲りも無く「なにか釣れましたか?」なんて質問をしてくるかと思ったら、
意外にも、
「明日は・・・私も釣りをしようかな・・・」
などと言うのです。
・・・・・
・・・え?
・・・あ、
そうですか?
「え、・・・ええ。構いませんよ」
桜花が言うと、橘花さんは、また、にっこりと笑います。
おお、
・・・橘花さんが・・・釣り。
おお。
や、考えてみれば、橘花さんと共通の趣味を持つのは初めてかもしれませんね。
ええ。
二人並んで釣りをするのも良いかも知れません。
なんだか、明日がちょっと楽しみになってきました。
「もう晩御飯の時間です」
橘花さんは言います。
ええ。
「そうですね。おなかがすきましたね」
「私もです」
「じゃあ、晩御飯を食べに行きましょう」
「そうしましょう」













戻る

inserted by FC2 system