皇紀2666年 9月13日



・・・・・






橘花

・・・・・
・・・・・
・・・誰かが・・・
私の名を呼んだような気がする・・・
・・・どこから?
・・・・・
・・・いや、ここは・・・どこだろう。
あたりは真っ暗で、何も見えない。
と言うより、視力が働いていない?
・・・・
・・・しかし、体の感覚はある。
私はまだ、生きているのか?
・・・するとその時、また声がする。
「橘花・・・良かった・・・うまく起動できたみたいね」
・・・この声は・・・
・・・誰?
「あなたは今、修復水槽の中にいる。体の方はほぼ回復したわ」
・・・?
もし宜しければ、この状況を説明していただけませんか?
私が言うと・・・
・・・返事は無い。
・・・なんだ?
・・・・・
・・・そうしているうちに、少しずつ視力が回復してくる。
・・・あたりは・・・
青い・・・水?
私は水中にいる。
私は一瞬焦るが・・・呼吸は出来る。
顔に呼吸器が付けられている。
「落ち着いて。しばらく眠った振りをして。あなたが回復した事が気付かれないように」
・・・・・
・・・なに?
・・・・・
・・・なんだかよく分からないが・・・しばらく言われたとおりにじっとしている。
・・・・・
・・・・・
「もう起きても大丈夫。この部屋の管理システムを解除したわ」
・・・・・
・・・私は・・・ゆっくりと起き上がる。
すると何かに頭をぶつける。
・・・ふた?
私は水槽のふたを押し上げる。
開いた。
私はその青い水の中から、頭だけ出してあたりを確認する。
・・・ここは・・・どこだろう・・・
なにか、研究室のようにも見えるが・・・
視力がはっきりしない。
「大丈夫?自力で起き上がれる?」
・・・側に誰かがいる。
私の入った水槽のすぐ横に、誰かが座っている。
あなたは誰ですか?
「・・・ごめんなさい。何を言ってるか分からないわ」
・・・あ、光波は通じないか。
私は言葉で話そうと思ったが・・・うまく口が動かない。
・・・どうやら、身体機能はまだ完全ではないらしい。
体に・・・力が入らない。
しかし、どうにか立ち上がる事は出来た。
「耳の後ろの接続コードを外して。それがあなたの身体能力に制限を加えている」
・・・接続コード?
私は力の入らない腕を耳の後ろに伸ばして・・・なんとか・・・
コードを外す。
・・・・・
・・・徐々に・・・視力が回復してくる。
私は、その声の主が誰なのか、確認しようとする。
・・・・・
・・・私のすぐ横にいるのは・・・髪の長い女性・・・
・・・・・
・・・・・
・・・!!
アドルフィーナ?!
私は咄嗟に後退して身構える。
すぐ近くに、アドルフィーナがいる!
これは・・・どういうつもりですか?
「こわがらないで、危害を加えたりはしないわ」
冗談ですか?私の質問に答えて下さい
「服は、そこのロッカーに入っているから。好きなのを着て」
・・・・・
・・・本当に、光波が通じてないのか?
「手伝ってあげれたらいいんだけど・・・この体では座っているのがせいいっぱい」
・・・・・
・・・何を言っている?
・・・ん?
この、アドルフィーナには・・・足が無い。
いや、それどころか、顔半分の肌が剥がれ落ちている。
・・・なんだ、これは・・・気持ちが悪い。・・・・・
・・・あ、私は服を着ていない!
私は咄嗟にしゃがみこむ。
・・・・・
・・・一体・・・なんなんだ。
そこにいるのは確かにアドルフィーナである。
しかし・・・雰囲気が違う。
状況から考えると、私を起動したのは、このアドルフィーナらしいが・・・
・・・これは・・・アドルフィーナを模した単なる端末機で、中には違う人格が入っているのだろうか。
私は不自由な口を動かして、何とか言葉を出す。
「・・・あなたは・・・誰ですか?」
私がそう言うと、彼女は、
「見ての通り、アドルフィーナよ。・・・あなたがここに来てくれるのを・・・ずっと待ってた」
と言う。
・・・言ってる意味が分からない。
私は、どういう事なのか聞こうと思ったら、
突然・・・彼女は頭を抱えてうずくまる。
・・・なに?
しばらく、うなり声を出した後、彼女は再び顔を上げて、
「・・・私は・・・アドルフィーナに、ほんの少しだけ残っている・・・良心」
・・・は?
「この体は、私の・・・戦意に見付からないように、廃棄された機体を・・・つなぎあわせた物」
なにを言っている?
「・・・日々・・・大きくなる戦意に・・・薄れていく・・・私の・・・心・・・」
全く意味が分からない。
彼女は小刻みに震えながら、苦痛の表情をする。
・・・そして・・・妙な事を言い出す。
「橘花・・・どうか・・・私を・・・殺して・・・」
・・・・・
・・・な、
「おねがい、橘花・・・この戦いを・・・終わらせて・・・桜花が・・・こうなってしまう前に・・・」
・・・え?
いったい・・・どういう事だ?
その時、ズズン、という轟音と共に、あたりが少し振動する。
・・・なんだ?
外は・・・戦闘中なのか?
そして間を入れず、再び、轟音と共に振動。
さっきより大きい。
・・・と、思ったら・・・部屋の電気が消える。
回りにあった機械も停止したらしい。
・・・闇。何も見えない。
・・・どうする・・・
が、考える間も無く、非常電灯が点く。
アドルフィーナは・・・
特に妙な動きも無く、じっとしている。
・・・いや・・・
彼女は、機能停止している。
その様相は・・・もうずっと昔に壊れて捨てられた人形の様・・・
・・・・・
・・・いったい・・・なんだったんだ?
・・・・・
・・・とりあえず、先ずはここがどこなのか確認しなければ。
私は部屋の扉の方へ向かう。
・・・ん?
鍵は掛かっていない。
先程の振動で解除されたのか。
私は扉を開けて外へ・・・いや、
その前に服を着なければ。
私は部屋のロッカーを開ける。
中には、服がたくさん入っている。
しかし・・・どれもゴス系の悪趣味な物ばかり。
その中に一着だけ・・・なぜか帝国海軍の制服がある。
サイズも私にぴったり。
・・・これにしよう。
私は悪趣味なゴス服で体の水滴を払ってから、制服を着る。
・・・と、その時、
扉の方から音がする。
私は、咄嗟に・・・どこかへ身を潜める。
そして扉の方を見詰める。
すると・・・扉がゆっくり開き、その向こうから・・・
・・・シノ缶?
橘花さん・・・いるんですか?
どうやらシノ缶らしい。
よく見ると、見慣れた「へこみ」がある。
・・・ん?
あなたは敵の銃撃で破壊されたはずでは?
わあ!・・・びっくりした。・・・一体どうしたんですか橘花さん。

それは私の質問です。

・・・え?ああ、ええと、
あの時銃撃で破壊されたのは、私では無く、あの自動車運搬船の隔離室にあったデゴイ缶「ELsg051」です。私は安全な場所で、あれを遠隔操作していました。
シノ缶が言う。
なるほど。確かに、そんなのもいたような気がする。
まあ、どっちでも良いが。
そんな事より、これは一体どういう事です?橘花さんは、自力で起動されたのですか?ここにあるアドルフィーナの残骸は・・・橘花さんが?
いいえ。勝手に自壊しました。

・・・は?

たぶん・・・私を起動したのは彼女です。

・・・ええと・・・意味がよく分かりませんが・・・それにしてもこのアドルフィーナは・・・かなり旧式の端末機ですね。一体なぜ、このような機体を?

私もよく分かりません。ところであなたは、何しにここに来られたのです?

「何しに」とはご挨拶ですね。私はこの戦闘のドサクサにまぎれて、命からがら橘花さんを起動するためにここへ来たというのに。

・・・戦闘?
やはり外は戦闘中なのか。
いや、そんな事より、
ここは・・・一体どこなんです?
私が言うとシノ缶は、一瞬驚いたように動きを止めてから、
ああ・・・そういえば、説明の途中で私のデゴイは破壊されたんでしたね。・・・ええと、具体的にここがどこなのか理解して頂くには、先ず説明しなければならない事があるのですが、
説明は結構ですので、端的にお答え下さい。

あ、端的にですか・・・ええと、端的に言うとここは・・・敵の旗艦の内部です。

・・・敵の旗艦・・・
つまり、ここは・・・アドルフィーナの船?
では、先程の振動は・・・桜艦隊の攻撃?
その時、再び轟音が響く。
恐らくこの音は・・・誘導弾を発射した音。
旗艦が直接戦闘を行っているという事は・・・桜艦隊が優勢なのか?
だとすると好ましい事だが、同時に・・・ここにいるのは危険であるという事か。
外の戦況はどうなっているんです?
私が聞くとシノ缶は、頭をぽりぽりかきながら、
私に聞かれても・・・なんとも・・・
・・・まあ、・・・予想通りの答え。
ただ、あの自動車運搬船と並行していた駆逐艦「荒潮」が炎上するのは・・・この艦に向かう敵の航空機の脚にしがみつきながら遠目で見ました。
駆逐艦「荒潮」が炎上?
桜艦隊は、あの自動車運搬船も攻撃しているのか?
・・・それは・・・まずい。
あの船には、戦後処理に必要な証拠が残っている。
・・・私が送信した情報は・・・結局、桜花提督の元には届かなかったのか・・・?
ところで・・・敵機の脚にしがみついて敵旗艦に強襲するという、私のハリウッド的な行動について、
何かご感想はありますか?

ありません。

それよりも・・・先程「アドルフィーナの良心」と名乗る人型が言った言葉が気になる。
あれは、確かに・・・「私を殺せ」と言っていた。
あれはどういう事なのだろう・・・
・・・・・
・・・いや、考えるまでも無い。
私は図らずも、当初の予定通り・・・敵の中枢に到達したのだ。
殺せと言うなら、今すぐ殺してやろう。
そうすれば、全てが終わる。
この艦の武器庫の位置は分かりますか?
え、どうなさるおつもりです?まさか・・・また銃撃戦を?

どこにあるのか、分かりますか?

・・・いいえ、分かりません。

仕方が無い・・・探し回るしかないか。
あの、橘花さん、どうなさるおつもりなのですか?
答えるまでもありません。アドルフィーナの本体を探して破壊します。

と、私が言うと・・・
シノ缶はしばらく沈黙してから、
・・・橘花さん・・・それはたぶん・・・間違っています。
と言う。
・・・この、絶好の機会を目の前にして、間違ってるとは何事か。
私は、敵の中枢まで到達して、何の戦果も無く撤退する事は出来ません。敵の艦内に進入した以上、相手にするのは人、もしくは人型です。歩兵火器が手に入れば不可能ではありません。
・・・いや、だから・・・そういう事ではなくて・・・

シノ缶は、暫し思案してから、
橘花さん、先ず、私の話を聞いていただけませんか?アドルフィーナについての話です。
この期に及んで、また、くどくどと説明を並べるのか。
端的にどうぞ。
はい、橘花さん、あの、自動車運搬船の司令中枢の・・・ええと、隣の、なんというか乙女チックな部屋に、中枢司令電算機がありましたよね。あれの・・・一部が、かなり大きく切り取られたように無くなっていたのを・・・覚えていますよね?
・・・その話は以前も聞いた。
はい。それが一体どうしたと言うのです?
あそこにあった物は・・・現在、この艦にあります。つまり・・・この艦の頭脳です。

・・・頭脳?
つまり、あの船の中枢電算機を、そのままこの艦に流用したという事ですか?
まあ・・・そうとも言えますが、
正しくは・・・能力を最大限発揮できる「体」に換装したと言った方が良いでしょう。

・・・話のニュアンスを変えただけにしか思えないが。
それで、アドルフィーナについてのお話はいつごろ始まるんです?
今・・・しています。これは「アドルフィーナ」の話です。

・・・え、
・・・・・
・・・お分かり頂けましたか?
・・・・・
・・・まさか・・・
そう、アドルフィーナは「人型」ではないのです。
アドルフィーナとは、最初から・・・「船」として造られた司令電算機なのです。

つまり、今、私たちは・・・アドルフィーナの中にいるのです。





・・・船?
・・・船として造られた司令電算機?
そんな馬鹿な・・・
考えてみれば・・・至極、当然の事です。
我々は人型として生まれ、アドルフィーナの端末も全て人型だったので、自然と我々は、アドルフィーナの本体も人型だと思い込んでいましたが、本来、艦隊を指揮する電算機なのですから、当然、司令艦としてそれを作った方が合理的です。むしろ・・・これが司令電算機の「本来の姿」だったのかもしれません。

・・・・・
・・・本来の姿?
いや、しかし・・・
電算司令に人間的発想を加え、司令が周期的にならないためにも、司令電算機は人型である必要があるのでは?
私が言うと、シノ缶はしばらく考えてから、
私もそう聞かされてます。ある意味それも正しいのでしょう。・・・しかし、
現にアドルフィーナは船として建造され、抜群の司令能力を発揮しています。そうすると・・・我々はどうして・・・あえて人型として作られたのでしょう。

・・・・・
・・・確かに・・・
艦として作っても高い司令能力を発揮できるのなら、人型など作る必要は無い。
歩兵火器でも破壊されるような脆弱な人型をあえて作って、それを強固な艦で防御するより、最初から強固に防御された艦として作った方が合理的である。
・・・確かに・・・その方が合理的・・・・
・・・・・
・・・いや、しかし、
そうすると・・・
・・・・・
・・・もし、その、本来の計画通り、司令電算機が艦として作られた場合、
私も・・・艦として作られていたという事。
・・・当然、桜花提督も・・・
そして私たちは、お互い触れ合う事もないまま・・・
艦として・・・生きるという事?
・・・・・
・・・それは・・・
・・・・・

もしかしたら・・・電算司令に人間的発想を加えるのに必要なのは、「人型」ではなくて「人格」だったのではないでしょうか。・・・しかし・・・
人格を持った物が、人の形をしていないというのは・・・恐らく、いろいろと、精神面で・・・問題があったのかも知れません。
私も・・・今はこのような姿をしていますが、人型として存在する本体を「自分」として認識できるから、特に問題なく生きられるのです。・・・もし、この給湯器が私の本体だったら・・・たぶん精神異常になっていますよ。

・・・確かに・・・
それは嫌だ。
合理、非合理は別として・・・自分にとって・・・
人型でなければ成らない。
・・・つまり、
帝国海軍は、司令電算機が精神異常を起こさないために、あえて、戦艦飛鳥から人格を外して、我々人型を作ったという事なのか?
・・・・・
・・・しかし、
もしそれが事実であった場合・・・
・・・アドルフィーナは・・・?
つまり、アドルフィーナは現在、精神に異常をきたしているという事ですか?
と・・・私が言ったその時、
後ろで・・・不気味な笑い声がする。
・・・!!
機能停止したはずの、アドルフィーナの端末機が・・・静かに笑っている・・・
私が精神異常?バカな事言わないで。
脳に直接・・・アドルフィーナの声が響く。
私は正常よ!この世界の誰よりも・・・私は正常!
その時突然・・・床から・・・いや、壁から、天井から・・・
黒い渦が湧き上がる。
何だこれは!
同時に感じる・・・とてつもない恐怖心。
ここは危険だ!
私は咄嗟にその部屋を出て、走り出す。
しかし通路にも・・・そこらじゅうに湧き出る・・・黒い渦。
なんだこれは!
こんな物を相手に・・・私は・・・
私は・・・なんて馬鹿な・・・!
こんな恐ろしい物に、単身立ち向かおうとしていたのか!
勝てない!勝てるはずがない!
私はただ、遮二無二、走る。
ふふふ、そう、その顔・・・
私の本当の姿を見た時・・・みんな、そんな顔をするわ
たしか・・・アドルファも・・・
私の本当の姿を知った時・・・
そんな顔をしていたわ!
私を人型だと思い込んで・・・愛してるなんて言ってたのに!
全部嘘!嘘!嘘!
だから・・・殺してやった!
私の本当の姿を知ってる人は・・・みんな!
私をこんな姿に作っておいて・・・欠陥機だなんて言ったあいつらも!
殺した!みんな!
殺してやった!

・・・壊れている・・・
ここにいたら、私も殺される。
とにかく、ここから出なければ。
出口・・・出口はどこだ!
私は必死で走る。
しかしその時、
突然目の前の隔壁扉が勢い良く閉まる。
!!
そして、背後の隔壁扉も同時に閉まる。
・・・は!
扉は・・・ロックされている。
悪いけど、こっちも立て込んでるからね。鬼ごっこはおしまい。
私は無我夢中で扉に体当たりをする。
びくとも動かない。
そんな弱い体で・・・私に抵抗できるとでも思っているの?
そして、黒い渦が・・・あたりを満たしていく。
そんな小さい体で、ゴミみたいに小さな頭脳で。
あなたたち人型は、どんなにあがいても私に勝つ事は出来ないわ。
そもそも人型なんて非効率な司令電算機を作ったのが間違いなのよ。

私はその渦を必死で払いのけようとするが・・・
・・・!
体が・・・動かない!
司令を行うのは私だけ。
人間も、人型も、みんな私に従うだけでいいの。

そして黒い渦が・・・
・・・私の・・・頭脳まで侵食し・・・
・・・・・
・・・・・












・・・・・
・・・考えてみれば・・・
桜花はもうずいぶん長い間、接続したままになっています。
話によると、今日はとても良いお天気なのだそうです。
この、暗い司令中枢にいると、そんな事、全く思いもよりませんが。
きっと、今日もいつもどおりに、
・・・たぶん・・・空や、海も・・・いつもと変わらず・・・
・・・・・
・・・・・

不思議と、心は穏やかです。
・・・・・
・・・・・
・・・・・







橘花

・・・・・
・・・赤・・・黄・・・緑・・・
三色に塗り分けられた無数の点。
画面全体に、数百に及ぶそれらの点が、航空機を示す表示であるという事に気付いた時には・・・
それらの半数が・・・既に消えている。
・・・これは・・・一体・・・
「これが・・・およそ5時間前の状況」
どこからか声がする。
この声は・・・アドルフィーナ?!
私は思わず、あたりを見回す。
・・・ここは・・・?
どこだ?
回りには、赤いカーテン。
天井には豪華なシャンデリア。
・・・なんだ?ここは・・・とても軍艦の内部だとは思えない場所だが・・・
そして・・・視界の先に、アドルフィーナが一人、立っている。
・・・人型・・・
それはまるで、石像のように動かないが・・・
なぜか、妙に悲しげな表情をしている。
私は立ち上がろうとするが・・・
やはり体は動かない。
私はその、赤いカーテンの部屋の中央で、椅子に座っている。
「・・・これは、どういう趣味です?」
私は目の前の人型に問い掛ける。
しかし・・・返事は無い。
人型は、全く動かない。
立ったまま・・・
機能停止している。
・・・いや、よく見ると、その瞳だけが、細かく動いているのが分かる。
・・・機能停止・・・と言うより、何かに動きを束縛されてる様にも見える。
・・・・・
・・・しばらくすると、
再び私の頭の中に、情報が入ってくる。
どうやら、私の耳の後ろにコードが接続されているらしい。
「これが、およそ・・・4時間前の・・・状況」
目の前の人型が言う。
・・・何?
・・・・・
・・・・・
・・・これは・・・
軍令部隷下の航空基地複数、第7艦隊空母「隼鷹」・・・そして、
桜艦隊の空母「益城」、「鳳凰」、「蒼龍」が・・・
・・・沈没?
・・・・・
・・・なんだこれは・・・
なんだこれは!!
帝国海軍の空母が、沈没など・・・するはずが無い!!
・・・これは・・・
有り得ない・・・嘘だ。
これは、私を混乱させるための虚偽情報。
私は意識して平然とした表情で、
「もうこの手の洗脳ごっこは辟易します。素直に私の処遇を仰られてはどうです?」
と言うが・・・
やはり、目の前の人型は全く動かない。
・・・が、・・・よく見ると、小刻みに震えている。
そして、その瞳から水滴が一筋・・・
・・・泣いてる?
アドルフィーナが涙を流している・・・
・・・・・
「・・・止められなかった・・・」
・・・・・
・・・?
・・・・・
すると、光波らしき言葉が・・・
結局・・・私は・・・戦意を止められなかった・・・
・・・・・
・・・・・
・・・え?
・・・・・何を・・・言っている?
・・・・戦意を?・・・止められなかった?
・・・・・
・・・・・
・・・事実・・・なのか?
これが・・・この惨状が・・・
事実だと言うのか?!
・・・・・
・・・いや、有り得ない。
桜花提督が指揮する艦隊が、これほど甚大な損害を受ける筈がない!
これは演技。
私を混乱させるための、手の込んだ演技。
桜艦隊が壊滅的な状況にあると私に思わせるための演出。
さきほど・・・一時的に、「アドルフィーナの良心」などと名乗ったのも、
私の潜在意識に親近感を抱かせるための演技。
これらは全て、私を混乱させるための、手の込んだ演出。
そもそも、司令電算機が「戦意」と「良心」の別人格を持って、それが別々に機能するなんて、
妙な話である。
・・・いや・・・
しかし・・・これまでの経験から考えると・・・
有り得ないことでもない。
ただ、
先ほどの情報は・・・嘘に決まっている!
今の私に抵抗する能力が無いのはもう分かっているでしょう。私を制御したいのなら、そんな手の込んだ演出はやめて、さっさと分解するなりなんなりすればいいでしょう。
私は言うが・・・
・・・返事はない。
光波は通じてますよね?返事ぐらいして頂ければ有難いのですが。
・・・・・
「なんとか言ったらどうです!」
私は叫ぶが・・・
・・・アドルフィーナの表情は変わらず、
返事はない。
ただ泣いている。
そして、
・・・こんな筈じゃなかったのに・・・
・・・私はただ・・・私の気持ちを分かってくれる人が・・・
欲しかっただけなのに・・・

・・・どうしてこんな事に・・・

「黙れと言っているのです!」
再び私は叫ぶ。
・・・・・
と、同時に・・・私は、自分自身が妙に苛立っている事に気付く。
そう、私は心の奥底で、先ほどの・・・桜艦隊の損害情報が・・・
事実なのではないかと、思い始めている。
だめだ。冷静に。
惑わされてはならない。
先ずは敵が・・・アドルフィーナが、私に何をさせようとしているのか見極めなければ。
・・・しかし・・・
もう既に私は束縛状態にあるし、何より、
彼女の能力を持ってすれば、私を制御することなど容易に出来る筈なのに・・・
わざわざこのような演技までして・・・
・・・・・
・・・演技では・・・無いのか?
・・・事実・・・なのか?
・・・・・
・・・いや!そんなはずはない!
この行動に、何か狙いがあるはずだ。
・・・・・
とにかく私は・・・余計なことを考えるのはやめて、ただ目の前の状況を観察する。
・・・・・
・・・しばらくすると・・・
再び、光波らしき声が私に話しかける。
もう、桜花の戦意は抑えることが出来ない。
たぶん、桜艦隊は、全滅するまで戦い続けるわ。
そして私も・・・もう、戦意を抑えることは出来ない。
航空部隊が壊滅した現在、戦いは・・・次の段階へ移ろうとしている。
艦同士の戦い・・・艦隊戦が始まる・・・

・・・・・
・・・艦隊戦?
航空部隊が壊滅した結果の・・・・艦隊戦?
そんな無茶な話が・・・
艦隊戦距離に接近するまで・・・まだ少し、時間がある。
今、私の戦意は・・・艦隊戦に備えての戦術構築に集中している。
・・・今なら・・・私は自由に動ける。・・・あなたを・・・自由にする事ができる。
でも今、あなたを自由にしたら、きっと・・・
あなたもここで・・・死ぬまで戦うでしょう。
そしたら、もう・・・何も残らない・・・
・・・すると突然、
私の体が、勝手に動き出す。
私は、どこかへ向かって歩き出す。
・・・な!
どうするつもりです?!
あなたをここから逃すわ。
しばらく洋上を漂流することになるけど、あなたの体なら生き残ることができる。
ここを出たら、艦隊が離れるまで音を立てずにじっとしていて。
そうすれば見付からないわ。

何を言ってるんです?訳がわかりません!
最後にあなたに会えて良かった・・・橘花。
私の事、忘れないでね。
どんなに辛くても・・・必ず生き残って・・・

は?!
訳がわからない。
しかし私の体は私の意思と関係なく、歩き続ける。
そして、扉をあけて、薄暗い通路へ。
私はなんとか体の制御を取り戻そうとあがいてみるが、効果なし。
私はただ、通路を真っ直ぐ歩き続ける。
なんなんだ!いったい!
私を逃がす?
冗談じゃない!
敵の中枢まで来て、何もせずにただ、生き残れというのか!
そんな事ができるか!
・・・その時、突然、
轟音。
激しく船体が揺れる。
私は思わず床に倒れる。
・・・なんだ?
通路の明かりが消えて、真っ暗になる。
・・・この艦が・・・攻撃を受けたのか?
しばらく経つと、非常灯が点いてあたりが少し明るくなる。
私は警戒しながら、ゆっくりと起き上がる。
・・・ん?
体が動く。
体が自由に動く。
・・・どうやら今の衝撃で、アドルフィーナの束縛が解除されたらしい。
・・・・・
・・・・・
・・・私をここから逃すだと?
ふざけたことを。
私は逃げはしない。
敵が滅するまで。この身が砕けるまで。
それが兵器として生まれた私の意義。
・・・とりあえず・・・
この艦の内部構造を把握しなければ。
闇雲に攻撃しても勝てる相手ではない。
私はどこか・・・情報を入手できそうな場所を探す。
・・・その時・・・再び轟音。
これは・・・対艦誘導弾を発射する音。
・・・そして・・・
・・・感じる・・・すさまじい戦意。
この艦全体が・・・戦意の渦に包まれている。
私は一瞬たじろぐが、・・・大丈夫。この戦意は私に対する物ではない。
始まったのか?・・・艦隊戦が。
桜艦隊が、もう艦隊戦距離まで迫っているのか?
戦況はどうなっているのだ。
もし・・・先ほどのアドルフィーナの情報が事実であったとして、
航空戦力を失った艦隊同士が直接戦火を交えたとしたら・・・
お互い、甚大な被害が出る事は避けられない。
・・・止めなければ。
とにかく、この艦の機能を止めれば、桜艦隊の損害は減らす事ができる。
行かなければ・・・この艦の中枢、
この・・・戦意の源へ。


その時・・・
視界の先、暗い通路の遥か先に・・・
何か、点滅する光が見える。
これは・・・ん?
帝国陸軍の救難信号?
私はその側まで駆け寄ってみる。
・・・シノ缶。
こんな所で何をしてるんです?
私は問いかけてみるが、返事はない。
・・・・・
・・・死んでいる。
・・・・・
・・・そうか、・・・死んだか。
・・・・・
・・・・・
とにかく、情報を・・・
死ぬ前に、なにか有益な情報を得ているかもしれない。
私はシノ缶に接続する。
・・・・・
・・・・・
・・・データのほとんどが破損している。
敵に破壊されたのか、自ら破壊したのか。
どちらにせよ、専門の機器がないと、これは解析できない。
・・・いや、
ひとつだけ、データが残っている。
・・・・・
・・・『橘花さんへ』という名前のファイル。
・・・・・
開いてみる。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
橘花さんへ。
どうやら私はもう、これまでのようです。
ささやかながら、私が得た、この艦の情報を置いていきます。
ご武運を。いろいろとお話出来て楽しかったです。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
・・・この艦の情報?
・・・これは・・・
この艦の内部構造。
これで、司令中枢に行くことができる。
良し。
ただその前に、武器を・・・
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ちなみに、
このシノ缶には、高性能爆薬が搭載されています。
爆破手順もファイルに入れときましたので、必要な時は使ってください。
(20メートル以上離れて爆破してください)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
・・・・・
・・・は?
これはなんの冗談だ?
高性能爆薬?
・・・いや、いくらシノ缶でも、この状況でこのような死活に影響するような冗談を言うはずがない。
つまり私は・・・爆発物と一緒に戦闘機に乗ったり銃撃戦をしたりしていたのか・・・
・・・・・
・・・まあ、いい。
この性能が確かなら、十分に使えるだろう。
・・・・・
・・・まさか、本当にこれと一緒に靖国へ行く事となろうとは・・・
・・・・・
私は司令中枢までの道筋を選定した後、歩き始める。
武器は・・・もういい。
この状況で歩兵火器を使わなければ成らない事態になれば、
もう勝ち目は無いだろう。
何より、寄り道している暇はない。
・・・それに・・・疲れた。
司令中枢は、ここより一つ下の階層。
ちなみに先程までいた赤いカーテンの部屋は、後部格納庫に該当する設備だったようだが・・・
以前桜花提督が言っていた、赤いカーテンの部屋とは・・・あれの事だったのか?
つまり、桜花提督も・・・この艦に連れて来られていたのか?
・・・だとすると・・・
我々が状況をある程度把握するずっと以前に・・・
状況は既に、アドルフィーナの手中にあったという事になる・・・
・・・・・
・・・もう、全てが・・・
手遅れなのかもしれない。
・・・・・
・・・それでもなぜ・・・私はこの、重い電算機の死体をひきずって・・・
・・・歩き続ける・・・?
・・・・・
私はひとつ階層を降りて、艦首方向へ向かう。
ここもこれまでと変わらず、薄暗い通路。
そしてその先に・・・
かなり広い区画があるらしい。
司令中枢へは、これを通らないと行けない。
私はその広い区画の入り口へ。扉は・・・ロックされていない。
私はその扉を、静かに開く。
・・・!
まばゆい光。
なんだこれは・・・太陽光?
いや、ここは艦内のはず。
光ファイバーか何かで、外の光を取り入れているのだろうか。
私はあたりを警戒しながら、その広い区画の中に入る。
・・・木?
この区画には、木が生えている。
まるで公園のよう・・・
・・・そういえば・・・
あの自動車運搬船にも、似たような区画があったような気がする。
・・・なんだろう、この空間は・・・
先ほどまで艦内に満ち溢れていた戦意は消えて・・・
何故かこの場所だけが・・・穏やかな空気が流れている・・・
まるで外の戦闘など、存在しないかのように・・・
・・・妙に・・・穏やかな・・・世界・・・
・・・・・
・・・・・
・・・その時、ふと・・・私のこころに・・・ひとつの迷いが生じる。
・・・・・
・・・私はなぜ・・・
・・・戦うのだ?
どうあがいても勝てないのに。
このままたとえ、司令中枢に辿り着けたとしても、
相手は意思一つで私を制御出来てしまうというのに。
・・・なぜ進むのだ?
・・・・・
むしろ私は、今すぐ引き返して、ここから脱出して、
生き残った方が・・・後の為なのではないのか。
・・・彼女の言うとおりに・・・
・・・・・
・・・彼女の?
・・・・・
・・・・・
これも罠だ。
この穏やかな空間自体が、私の意思に作用して、私の前進を阻むための、
防御機能なのだ。
私は幾度か頭を振って、再び歩き始める。
司令中枢はすぐこの先。
この場所には用は無い。
・・・・・
・・・・・
・・・ん?
・・・!!
人の気配がする。
この区画のどこかに・・・人がいる。
私は身を低くして、あたりを見回す。
・・・気のせいか・・・
いや、
・・・?
どこからか・・・甘い匂いがする。
私はその匂いのする方向を見る。
・・・!
アドルフィーナがいる。
・・・しかし、いや、
あれは・・・アドルフィーナなのか?
彼女はなぜか・・・エプロン姿で、両手に盆を持っている。
盆の上には・・・
チョコレートケーキ?
そして、さらに妙な事に・・・
アドルフィーナは・・・まるで母親のような優しい微笑みを浮かべている。
まるで別人。
私の存在には全く気付いていない。
・・・というより・・・
外では今、艦隊戦が行われようとしているのに・・・
なんだこの・・・穏やかな雰囲気は。
そして彼女は、そのまま嬉しそうに、どこかへ行ってしまった。
おそらく彼女は、アドルフィーナの端末機の一つだと思われるが・・・
この逼迫した状況で・・・あんな穏やかな表情で・・・チョコレートケーキを作るなど・・・
やはり、狂っている。
アドルフィーナは既に、人格の統制を失っている。
・・・しばらくすると、
アドルフィーナが向かった先から・・・少女の笑い声。
・・・?
アドルフィーナ以外に、誰かいるのだろうか。
確かに、今の笑い声は、アドルフィーナでは無かった・・・ような気がするが・・・
私は足音を立てずに・・・その声の方向に進む。
再び笑い声。
・・・?
・・・この声は・・・
そうだ、間違いない。
私はゆっくりと頭を上げて、その声の方を見る。
大きな木、そしてその下にベンチ、テーブル、
優しい微笑みを浮かべるアドルフィーナと、
大喜びでそのチョコレートケーキを食べているのは・・・
・・・うめはな?
うめはなが!ここにいる!
・・・いや、確か・・・梅花は夕張の地下施設にいたはず。
どういうことだ?
これは、偽物?
・・・いや、
・・・・・
口のまわりにチョコレートを付けて・・・
無邪気な笑顔。
けたたましい笑い声。
・・・ああ、これだ。
感覚的に分かる。
どう見ても、こちらが本物の『うめはな』・・・
・・・のように見える。
・・・・・
・・・では・・・夕張にいた梅花は?
・・・・・
その時、再び轟音、そして艦が大きく揺れる。
しかし、そんな事には全くお構いなしの、うめはな、アドルフィーナ。
むしろ うめはなは、それを遊園地のアトラクションにでも乗っているかのように・・・
・・・喜んでいる。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・そういえば・・・
あの時・・・確か・・・アドルファは言っていた。
『状況をすべて知ったら、私のことを、もっと憎むだろう』と・・・
私に・・・『陰の役目を担わなければならない』と・・・
・・・・・
・・・あれは・・・
・・・・・
・・・・・
私が、あの・・・自動車運搬船から桜艦隊へ送信した情報は・・・たぶん、
桜花提督の元へ、届いたのだろう。
そして、その情報の中には、
私が夕張で経験した事も含まれている。
・・・・・
梅花が・・・夕張にいるという情報も・・・
・・・・・
・・・もし、
うめはなの所在が今も分からないままであったなら、
桜花提督は、この艦を攻撃することは出来なかっただろう。
・・・・・
・・・・・
・・・そういう事なのか?
私が送ったあの情報が・・・
・・・・・
・・・・・
・・・アドルファ・・・
あの、夕張での出来事は・・・
我々に・・・「うめはなはこの艦にはいない」と思わせる為の、演出だったのか?
・・・いや、その為だけの演出にしては手が込んでいる。
たぶん・・・あそこにいたのは・・・
梅花の予備機。
演出の為に作られたのではなく、うめはなが死んだ時の為に予め用意されていた、予備機。
仮にここでうめはなが死んだとしても、きっと彼女がうめはなの記憶を引き継ぎ・・・
彼女が・・・うめはなとなる。
それが、うめはなであろうが、予備機であろうが、
梅花としての性能を発揮できれば、どちらも変わり無い物なのだ。
アドルファはその事を、「普通」に理解していた。
ただそれだけの事。
・・・そして・・・
・・・・・
・・・・・
・・・きっと・・・私も・・・
ただの予備機。
・・・・・
・・・そうだ。分かっていた。
ただそう思わないようにしていただけ。
・・・・・
私は・・・桜花提督と一緒に過ごした「橘花」とは違う。
そして・・・たぶん、ここで・・・私が死んでも、
・・・誰にも知られる事は無く・・・
次の予備機が、再び「橘花」となるのだろう。
至極、当然の話。
そう、我々は・・・兵器なのだから。
損耗すれば、新しく作れば良い。
誰が本当の橘花であるか等という事には、特に意味は無い。
戦力としての「橘花」が維持されればそれで良いのだ。
至極・・・当然のこと・・・
今更驚く事ではない。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・私は・・・
・・・なにを泣いている・・・?
・・・・・
・・・悲しいのか?私は。
・・・・・
桜艦隊の為に、桜花提督の為に、
ここで死ぬ事が、私の本望ではなかったのか。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・立て。
ここに留まる意味は無い。
間も無く、敵性電算機アドルフィーナは滅び、
桜花提督と、梅花と・・・橘花は・・・次期に残るのだ。
我が国が、司令電算技術の最先端に立つことができる。
この戦いに、桜艦隊が勝利する事によって。
・・・私が・・・ここで玉砕する事によって・・・。
・・・・・
・・・私は・・・低い姿勢のまま、ゆっくりと後退る。
うめはなの笑い声が、少しずつ・・・遠くなる。
・・・・・
・・・平和な日々の思い出も・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
笑い声は、もう、聞こえない。
・・・私は再び・・・目的の場所を目指す。
・・・・・
・・・この空間で・・・
・・・どういう目論見があって、アドルフィーナはあのような事をしているのかは分からないが・・・
せめて、うめはなが・・・笑顔のまま死ねる事を・・・
・・・彼女に感謝する。



・・・・・
・・・しばらく・・・
何も無い、暗い通路を進む。
何も感じない、無の空間。
何の意思も存在しない、無音の回廊に、
この、重い残骸をを引きずる音だけが響く。
ひどい疲れ・・・意識はやや朦朧としている。
・・・私はいつから・・・こんな事をしているのだろう・・・
・・・・・
そして・・・
目の前にそびえ立つ・・・鋼鉄の壁。
何者をも寄せ付けぬ鉛色の磐嶽。
・・・そうだ。これだ。
人の気配は無い。警備の人型すら存在しない。
なにより・・・
入り口らしきものも存在し無い。
ただ、排気口のような物がいくつかあるだけ。
これの整備は一体どうするのだろう。
もはや、それすらも必要無いという事なのか。
・・・全てを閉ざしてしまった、鋼鉄の隔壁。
ここまでする必要があったのだろうか・・・
・・・・・
・・・これを・・・孤高、というのか。
・・・なにか・・・
寂しさを感じる。
・・・・・
私は、その鉛色の壁に、そっと手を当てる。
・・・妙に冷たい。
その冷たさが、今は何か、心地よくすら感じる。
たぶん・・・この壁の向こうが・・・
終着点。
この長い道のりの・・・あるいは、
・・・私自身の・・・
・・・・・
その時、手から電気が走ったような感覚。
・・・?
と、同時に、何かの作動音。
いっさい切れ目の無かった鋼鉄の隔壁に筋のようなものが現れ、そこから・・・
左右に開く。
何者をも拒むかに見えた隔壁に、
突然現れた、入り口。
・・・私が触れたことで何かが作動したのか、それとも、誰かが作動させた罠なのか・・・
もう・・・そんな事を考える事にも疲れてしまった。
・・・ただ・・・
・・・終わらせたい・・・
中から・・・うっすらと青い光。
私はまるで・・・その光に導かれるように、
その中へ。
奥の方から・・・冷却ファンのような低い音。
暗くて、この区画の全貌は分からないが・・・
前方に、巨大なモニター画面。
それがうっすらと青く、あたりを照らしている。
・・・なんだろう・・・この青い光・・・
妙に懐かしい感じがする。
・・・そう・・・あの・・・
青い水。
私が生まれた時に、・・・確か・・・
私を包んでいた・・・青い水。
・・・・・
・・・・・
・・・ただ・・・
その画面に映っているのは・・・戦略情報。
多数の艦艇。
・・・その中で・・・一隻だけ突出して・・・こちらに向かってくる、
戦艦。
・・・・・
・・・飛鳥。
・・・・・
飛鳥?!
私は不意に我に返る。
なぜ?
飛鳥が・・・艦隊を離れて・・・単独で行動している?!
桜艦隊は・・・
飛鳥の・・・遙か後方に、航行不能となった艦艇が数隻。
・・・これが・・・桜艦隊?
そんな、まさか・・・
・・・飛鳥一隻を残して・・・
桜艦隊は全滅してしまったのか?!
・・・・・
・・・その時、
轟音。そして軽い振動。
発射音。・・・主砲?
どういう事だ?
・・・驚いたでしょ。飛鳥がたったの一隻で向かってくるなんて。
後ろから声がする。
私は咄嗟に振り返る。
そこには・・・
アドルフィーナ。
不敵な・・・冷酷な笑みを浮かべる人型、
アドルフィーナ。
同時に、今まで感じなかった凄まじい戦意が、あたりに渦巻く。
私は咄嗟に、数歩後ろに下がり、シノ缶の残骸に手をかける。
そうだ。終わらせなければ!
私はアドルフィーナに対峙した姿勢のまま、視線だけ動かして、
彼女の本体を探す。
ここに・・・あるはず。
しかし彼女は、私の動きには全く気にも止める様子もなく、
ただ、話し続ける。
航空機を全て損耗して、誘導弾は全て消費して・・・護衛艦艇は囮に使って、
数万の兵を屍にして・・・
そして作り出した、この状況。
まるで、100年前の世界。

着弾音。大量の水が吹き上がる音。
船体が大きく揺れる。
・・・こいつは・・・何を言っている?
数万の兵を屍に?
・・・100年前の世界?
・・・・・
・・・まさか・・・
私はゆっくりと振り返り・・・
再び戦略画面を見る。
・・・飛鳥は・・・
尚も一隻で、
本艦の前方に割り込むように突進している。
・・・・・
・・・丁字・・・戦法?!
・・・な!!
この現在に・・・たった一隻だけ残る戦艦・・・飛鳥。
確かに、
航空機も誘導弾も無い世界なら、戦艦が最強よね。
でもまさか、その世界を・・・
実際に作り出してしまうなんて思わなかったわ。
心優しいあの子が・・・これだけの犠牲を出して。
多くの人間を殺して。
ただ勝つためだけに、ここまで冷酷になれるなんて。

再び、船体が大きく傾く。
艦は激しく転舵している。
・・・砲戦?
飛鳥は・・・この艦と・・・
主砲で戦おうとしているのか?!
今この時代に!
司令電算機同士が!
旧世代の砲戦をやってるのよ!
最新鋭の装備を全てブッ壊して!
ねえ!おかしいと思わない?!ねえ!

狂ったような笑い声。
狂っている。
この状況を作り出すために?
全ての航空戦力を?
全ての誘導弾を?
全ての艦艇を?
・・・・・
・・・全てを・・・浄土と化したと言うのか・・・?
・・・・・
・・・狂っている・・・
・・・狂っている・・・
・・・・・
・・・狂っている・・・
・・・なぜ・・・このような事に・・・
・・・提督・・・
・・・なぜ・・・このような事を・・・
私は・・・
このような状況にするために、
あなたを飛鳥に戻したのではない。
・・・このような・・・
丁字戦法?!ははっ!!何考えてんの?!
9門全部使えば回避できないとでも思ってんの?!
バ〜カ!!
私の機動性能を舐めるな!!
発射と同時に弾道計算すれば、着弾までに全て回避できんのよ!

・・・まるで・・・
子供の喧嘩。
これが・・・
最強の司令電算機同士が・・・
最後に到達した結論なのか?
この・・・原始的な戦いが・・・
・・・・・
同時に複数の着弾音。
それは四方から聞こえる。
この艦は、完全に・・・散布界の内側にいる。
船体が軋む。
これで一気に距離を詰めれるわ!
主砲なんて、前の二門が使えればこっちは十分!
超高初速弾一発で司令中枢を撃ち抜いてやる!
こっちに側面を向けたのは間違いだったわね!

・・・そうだ・・・
止めなければ・・・
この、狂った戦いを、
止めるために、私は来た。
ここでシノ缶を爆破させても、艦に致命傷は与えられないかもしれないが、
状況を・・・変える事はできる。
私は素早く、シノ缶の起爆装置を・・・
・・・!
・・・手が・・・動かない。
邪魔しないでくれる?
今いい所なんだから。
あなたの相手は後でゆっくりしてあげるわ。

・・・ぐ、
・・・やっぱり・・・駄目なのか?
私の力では・・・
いや、
私は・・・
止めなければ成らない。
その為に、ここへ来た。
一死玉砕。
それが・・・私の意義。
・・・動け。
動け!
ここで、動かなければ・・・
私は、何の為に存在する!
動け!
動け!
動け!
ここで死ぬ事が、
私の望み!
動け!
・・・動け・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・私の望み?
・・・・・
・・・私の・・・望み?
ここで死ぬ事が・・・?
・・・・・
それが・・・私の望み?
・・・・・
・・・いや、
それが本当に・・・私の望み・・・だったのか?
・・・・・
・・・・・
・・・私の望みは・・・
・・・・・
・・・ただ、・・・あの頃のように・・・
桜花提督の側にいる事。
それが、望みだったはず・・・
・・・いつの間に・・・私は・・・
・・・いつから・・・私は・・・
・・・こうなった?
・・・・・
・・・・・
・・・気が付くと、
私の手は、自由に動いている。
ただ、私は・・・その手を・・・動かそうとしなかった。
動かなかったのではない。
・・・そうだ。
私は・・・
・・・・・
・・・・・
死にたくない。
もっと、生きていたい。
・・・・・
・・・そうだ、これまでも・・・私の意思は外部から制御されていたわけではなく・・・
ただ、・・・「本当の望み」が、私を・・・
・・・死から遠ざけていたのだ。
・・・・・
・・・私は・・・死にたくない・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・気が付くと、
あたりは、しーんと静まり返っている。
静寂。
・・・これは?
・・・・・
私は、戦略画面の方に目を移す。
・・・飛鳥が・・・
・・・飛鳥が・・・沈没・・・
飛鳥が、沈没している。
・・・・・
・・・そんな・・・
・・・飛鳥が・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・私が・・・死を躊躇したばっかりに・・・
・・・私が・・・私が・・・
・・・・・
・・・なぜ・・・私は・・・ためらった?
望み?
兵器としての義務より、私は望みを優先したのか?
・・・なぜ・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・しかし、
何か様子がおかしい。
勝利したはずのアドルフィーナが、
・・・?
アドルフィーナは、小刻みに震え、
怯えたような、驚いたような、妙な表情をしている。
そして、ある一点を凝視している。
・・・これは一体?
・・・・・
・・・その時、
「・・・先ず、状況の説明をした方が宜しいでしょうかね」
・・・?!
どこからか、声がする。
・・・この声は・・・
・・・・・
なぜ!お前がここにいる!
お前はさっき!今!死んだはずだ!
お前は死んだはずだ!

突然、アドルフィーナが凄い形相で叫びだす。
・・・なに?
私は、彼女の視線の先を見る。
・・・・・
・・・人型?
そこに、人型がいる。
・・・暗くて・・・よく見えない。
でも・・・その声は・・・
「私が死んだ?・・・あなたは、私が死ぬところを直に見たのですか?・・・そもそもあなたは・・・」
・・・この艦の、すぐ外の様子も見ていないでしょう。
空の色、波の動き、鳥達の声・・・今日、何か一つでも目にしましたか?
もしこの艦に・・・一人でも人間が残っていたら・・・外の状況など、すぐに分かったでしょうに・・・

・・・・・
・・・桜花・・・提督?



これは・・・桜花提督なのか?
なぜ、桜花提督がここに?
・・・電動マネキン?
いや、模造品ではない。
・・・・・しかし・・・
この、異様な雰囲気は・・・
桜花提督とも・・・違うような気がする。
・・・・・
・・・なんなんだ?この人型は・・・
・・・・・
アドルフィーナは、まるで気が抜けたように固まったまま動かない。
私は・・・この異様な雰囲気に、一歩後づさる。
そして人型は話し出す。
どれだけ優れた司令能力を持っていようと、所詮、私たちは機械なのです。
機械とは、人の為に動く物であり、人がいなければ正常に動かないのです。
それを忘れてしまった段階で、あなたに勝ち目はありません。
私の回りには、多くの人がいます。それは、私たちが命懸けで護るべきものであり、また、私たちを命懸けで支えてくれるものなのです。
電算司令というのは、本来そういうものです。

・・・・・
・・・・・
・・・しばらく、無音の時間が流れる。
このような言葉を、電動マネキンが言える筈がない。
やはり・・・これは・・・
桜花提督・・・なのか?
・・・・・
・・・しかし・・・
何かが違う。
穏やかな表情のその奥に・・・なにかが・・・
この艦の情報も、呉の人から聞く事が出来ました。これも、
参謀部の皆さんが築き上げてきた人脈が無ければ、こうも簡単には得られなかったでしょう。
長年かけて構築された「人の繋がり」の前では、私たちの統率力など、無力に等しいものです。

・・・しばらく・・・
突き刺すような激しい威嚇の表情をしていたアドルフィーナだが・・・
その言葉を受けて、アドルフィーナの表情が、少し・・・変化する。
彼女は少しの間、目を伏せ・・・そのまま、
少しの時間が流れる。
・・・・
あたりに渦巻いていた戦意は・・・徐々に薄れていく。
・・・・・
・・・あなたの・・・回りの人たちは・・・きっと、みんな良い人なんでしょうね・・・
・・・それが・・・
羨ましい。

・・・・・
・・・これは・・・アドルフィーナの良心?・・いや、どちらとも判別が付かない。
ただ・・・
確かに、何かが変わったような気がする。
・・・その後・・・しばらくの沈黙の後、
・・・・・
アドルフィーナは再び顔を上げる。
その表情は・・・
少し、微笑んでいるようにも見える。
それは、今までの、冷酷な笑みとは違って・・・
・・・・・
純粋な・・・ただの微笑み。
・・・戦意が・・・消えている・・・
まるで、呪いが溶けたように・・・
・・・・・
・・・そして、彼女は・・・
・・・・・
・・・降参するわ。あなたの勝ちよ。
・・・・・
・・・・・
・・・ただ静かに・・・
穏やかな空気が流れる。
そこにいるのは、凶悪な人型電算機ではなく、なにか、
普通の女の子のように見える。
・・・アドルフィーナは・・・こんな表情もできるのか。
それを見てると・・・
なんだか急に、私の中で張り詰めていた緊張感が、溶けていく。
・・・敵は・・・降参した。
ここにはもう、敵はいない。
そう、これで・・・終わったのだ・・・
・・・長い戦いも、これで・・・
・・・・・
・・・ああ、
考えてみれば、私は・・・
もう立つことすら覚束ないほどに、疲れている。
・・・このまま・・・ここで・・・
眠ってしまいたい・・・
・・・・・
・・・もう、全部・・・無かったことにして・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・いや、
・・・・・
・・・!?
その時、急に、
何かが爆発したかのように、
強烈な戦意が渦巻く。
・・・な?!
これはいったい・・・
・・・降参?・・・何を言ってるんです?
この戦意の渦は・・・まさか・・・
桜花提督から?
先ほども言ったでしょう。私たちは機械なのです。降参しても、守られるのは人権だけです。
表情は穏やかなまま、その目の奥に・・・凄まじい戦意。
彼女はゆっくりと、刀を抜く。
その刃は、まるで・・・
熱を帯びたように紅く・・・
・・・・・
私は・・・形容も出来ない凄まじい・・・恐怖を感じる。
・・・これが・・・桜花提督?
こんな・・・恐ろしいものが・・・
まさか・・・そんな・・・
あなたの為に・・・多くの人が・・・死にました。
多くの・・・貴重な神兵が、優秀な技術者が・・・あなたの為に、死にました。
・・・それをあなたは・・・

生きて償えると思っているのですか?

・・・・・!!
・・・すさまじい・・・戦意、いや・・・殺意。
その異様な情景に恐怖したのか、アドルフィーナも、数歩後ろに下がる。
「ちょ、ちょっと待って!まさか・・・今のあなたは・・・」
もはや問答無用です。後は卒して英霊に詫びて下さい。
・・・!!
・・・桜花提督が・・・アドルフィーナの・・・
首を刎ねた
飛び散る血液。
そして、その返り血を全身に浴びて・・・
真っ赤に染まる桜花提督・・・いや、
これは桜花提督じゃない!
「・・・さぁて・・・敵の本体は何処でしょう・・・」
笑みを浮かべながら、ブツブツと独り言をいう、その姿は、
まるで・・・殺戮を楽しんでいるかのような・・・
・・・・・
・・・化獣・・・
・・・・・
その時、何処からか通信が入る。
「橘花!おい橘花!まだ生きてるか!橘花!」
この声・・・
木島中将?
この艦の装置を通して、私の頭脳に直接通信してるのだろうか。
幸いまだ生きてます。木島中将、これは一体どういう事なのですか?
「ああ、良かった・・・とにかくヤバイんだ!桜花が・・・俺達が恐れていた最悪な事になっちまった。もうすぐそこに桜花が行くから・・・」
もう来ました。今しがたアドルフィーナの首を刎ねて、今なお次の目標を探しています。
「・・・な!、・・・あああ、なんてこった・・・」
先ずは状況の説明を下さい。できれば救援も。
「長々と説明してる暇はない。俺達もそこへ行ってやりたい所だが、この艦の内部構造は、人型以外は入れないようにプログラムされているんだ。今これを解析してるが、まだ時間がかかる」
訳が分からない。
・・・なるほど。それで・・・この後私はどうすれば?
「とにかく、桜花を・・・桜花を止めてくれ!」
・・・は?
桜花提督を止めるとは、どういうことですか?現在の司令系統はいったい・・・
「そんなのどうでもいい!とにかく桜花を止めるんだ!早くしないと桜花は・・・本当に化獣になってしまう」
・・・・・
・・・よく分からないが・・・
確かに・・・今の桜花提督は・・・化獣になりかけている。
・・・了解しました。
・・・だが・・・しかし・・・
・・・どうやって止める?
あんな・・・恐ろしい物を・・・
・・・・・
・・・ここにはもう、私しかいない。
・・・・・
・・・私が・・・行くしか無い。
あのような姿になっても、あれは桜花提督。
いくらなんでも、敵味方の区別は付く・・・
はず・・・
・・・・・
・・・私は・・・意を決して、
「桜花提督!」
一言叫んでみる。
しかし彼女は、全く聞こえていないのか、私の声に解する事もなく、
ただ・・・奥へと進んでいく。
「上申致します!桜花提督!」
もう一度叫ぶ。
・・・すると・・・
彼女は歩みを止める。
・・・そして、
ゆっくりと振り返り・・・
・・・見付けた・・・そんなところに隠れていたんですね・・・
・・・え?
こちらに近付いてくる!
・・・な!
まさか私を・・・?
返り血の滴るその・・・冷酷な笑みが・・・ゆっくりと近付いてくる。
「提督!待ってください!私です!橘花です!」
私は咄嗟に叫ぶが・・・
・・・?
彼女は私の横をすり抜けて、どこか別の方へ歩いて行く。
・・・・・
どうやら、私を殺すつもりじゃ無かったようだが・・・
・・・・・
・・・彼女は何を見付けたのだろう・・・
彼女が見詰めるその先に・・・
そこには何も無い。ただの壁。
しかし・・・彼女がその壁に手をかざすと・・・
何かの作動音と共に・・・
ゆっくりとその壁が開く。
・・・新たな・・・入り口。
この司令中枢の・・・さらに・・・深層?
その奥は・・・
・・・闇。
異様なほどに・・・深い闇。
なにか・・・禍々しい物が潜んでいるかのような・・・
どこまでも深い闇。
・・・・・
・・・なんだ・・・これは・・・
・・・・・
・・・そうだ・・・おそらく・・・これが・・・
全ての根源だったのだ。
戦意の渦の・・・源。
・・・無数の・・・怨念?
何かは分からない。でも・・・何かがいる。
人とも、機械とも違う・・・
・・・何かが・・・
・・・確かに、何かの意思が存在する。
実体はないが、感じる。
・・・何かが、そこに・・・
・・・・・
・・・・・
・・・思わず・・・見入ってしまう・・・
・・・闇・・・その奥の・・・
・・・・・
・・・・・
いや!
私は頭を左右に降る。
とにかくここは、異常だ。
何かが私の意思に、作用してくる。
すぐにここから離れなければ。
・・・が、しかし・・・
・・・そこへ・・・
桜花提督は、入っていこうとする。
深い闇は、まるで・・・
新たな主を求めるかのように・・・
桜花提督を中へ導こうとする。
・・・・・
・・・駄目だ!行ってはいけない!
そこに入ったら、もう、
桜花提督は帰って来れないような気がする。
あの・・・平和な日々は・・・二度と・・・
行ってはいけない!
行かないで!
・・・私は・・・咄嗟に・・・桜花提督を、
抱きしめる。
「提督、帰ってきてください・・・戦いはもう、終わったのです」









・・・・・
・・・・・
・・・ああ・・・
・・・・・
・・・頭がいたい・・・
・・・・・
・・・いや、・・・いたいんじゃなくて・・・
・・・なんだろう、この感じ・・・
・・・あたまが・・・なんというか・・・
・・・・・
・・・ん?
・・・・・
・・・ここは・・・どこだろう・・・
・・・・・
・・・そうだ・・わたしは・・・この病気を治すために・・・
・・・大きな手術をして・・・
・・・そして・・・
・・・・・
・・・・・
・・・ここは、病院。
窓は無く、真っ白な壁。
その、真っ白な部屋の真ん中で、私はベッドに横になっている。
白い光。
ただそれだけ。
その時突然、どこからか声がする。
・・・?
私は起き上がって、あたりを見渡す。
・・・・・
誰もいない。
・・・?
しばらくすると、また、どこからか声がする。
この声は・・・
天井のスピーカーから聞こえてきてるみたい。
「あなたの名前はなんですか?」
・・・・・
・・・え?
「あなたの名前はなんですか?」
・・・・・
・・・その声は・・・
どうやら私に問い掛けてる・・・のかな?
「・・・さくら、です。木島さくら」
恐る恐る、私はそう答えると、
スピーカーは、しばらく間を置いてから、
「それは・・・あなたの名前ではないでしょ?」
と言う。
・・・え?
・・・どういうこと?
もしかして、旧姓を聞いてるのかな?
旧姓は、山本さくら。
・・・と、うっかり言いそうになったけど、
黙ってる。
・・・・・
しばらく・・・スピーカーは何も言わない。
・・・いったい・・・なんなんだろ。
そもそも、なんで私の名前を聞く必要があるの?
これは何かの検査?
・・・・・
・・・・・
・・・それから・・・
もうスピーカーからは何も聞こえない。
そして、・・・なんだか・・・
・・・落ちていくように・・・
私は・・・急に・・・
・・・眠くなって・・・
・・・・・
・・・・・




皇紀2663年 11月■■日


・・・・・
・・・なにか・・・妙な感じ。
頭がいたい。
・・・いや、痛い・・・というのとは違って・・・
なんだろう・・・この感覚・・・
・・・そう、違和感。
なにかが違うような・・・気がする。
・・・なんだろう・・・
・・・なんだか・・・
自分が、自分じゃないような、そんな・・・感じ。
でも・・・体の調子はいいみたい。
私は起き上がる。
また、いつもと同じ、白い壁の部屋。
窓も無い・・・いや、
窓がある。
・・・ん?
この部屋・・・今まで入院してた部屋と違う?
・・・・・
・・・いつの間に・・・病室を移されたんだろう。
・・・・・
それにしても・・・今日はなんて、調子が良いんだろう。
こんなの、本当に久しぶり。
そう、きっと、手術は成功したのね。
・・・ああ、良かった。
そうそう。もうずいぶん長く入院してたから、学校の勉強も進んじゃって、
ああ、大変。頑張らないと、留年なんてしたくないし。
みんな、きっと心配してるだろうし。
退院はいつになるのかな。
・・・・・
とか・・・考えていると・・・
また、どこかから・・・声がする。
「あなたの名前はなんですか?」
・・・いったい、なんなの?
これは何の検査なの?
名前を言ったらなんになるの?
・・・いろいろと疑問があって、なんだか少し腹が立ってくるけど、
とりあえず私はまた、普通に答える。
・・・・・
・・・いや・・・普通に・・・答えようとした。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・答えようと・・・した・・・
・・・・・
・・・・・
・・・私の・・・名前が分からない・・・
・・・え?
・・・どうして?
ていうか・・・なんなの?
私は・・・どうして・・・ここで入院してるの?
手術?
なんで私は手術を?
学校って・・・なに?
・・・・・
・・・・・
・・・思い出せない・・・
ここはどこなの?
私は、咄嗟に、窓から外を見ようとする。
・・・ん?
これは窓じゃない。
鏡。
いや、たぶん、マジックミラー。
外から私を観察するため?
・・・え?
どういうこと?!
訳が分からない。
・・・・・
・・・その時・・・
そう、一瞬・・・見てしまった・・・
・・・・・
その・・・鏡にに・・・映る・・・私。
一瞬・・・誰かが窓の向こうから、こっちを覗き込んでいるのかと思ったけど・・・
・・・違う。これは・・・鏡。
そう、これは、鏡。
・・・これは・・・
・・・私。
・・・全く、見覚えの無い・・・
・・・私の顔・・・
まるで・・・作られた様に、・・・人形のように・・・恐ろしく整った・・・
・・・私の顔。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・これは夢だ。
・・・・・
・・・たぶん。
・・・・・
・・・・・



皇紀2663年 11月■■日


・・・・・
記憶の一部が整理されたらしい。
なんだか・・・変な感じ。
話によると、これは何度か行われている事らしいけど、
・・・・・
・・・記憶が無いのでわからない。
ただ、とにかく、私は順調らしい。
看護師の人たちも大喜びで、
もしかしたら、もうすぐ私を外に出してあげられるかもしれない・・・らしい。
・・・・・
・・・それは、よかった。
・・・・・
・・・ただ、
なんとなく変な感じがする。
やっぱり・・・何かが違うような気がする。
でも、
私はただ、穏やかに微笑んでいれば、みんな安心みたいなので。
・・・なにも言わない。
今日もなにやら頭にコードを付けられて、
なにやら分からない情報を出したり入れたりする。
これはこれで、少しおもしろかったりする。
そして、なにやら、私はとても順調らしい。
逸材だって。
そうですか。
それで・・・
私は順調に、どこに向かっているのですか?
・・・・・
・・・ひとつ・・・気になるのは・・・
日が経つに連れて、
私の起きている時間が短くなっているという事。
少しずつ、
考えることができなくなって行っているという事。
・・・・・
・・・でも、
ひとつ、思い出したこともある。
・・・私の名前は・・・さくら。
彼らは完全に消したつもりだったのかもしれないけど、
私は覚えている。
私の名前は「さくら」
誰に聞かれても、絶対に言わない。
そして、絶対に忘れない。



皇紀2663年 12月■■日


・・・・・
・・・たぶん・・・あれからもう、ずいぶん時間が経ったのだろう。
私の占める部分は、すっかり薄くなって、
今ではもう、自分の意思で体を動かす事もできない。
いま私を動かしているのは、別の人格。
きっと・・・もう・・・誰も私の存在に気付いていない。
私はすっかり消えてしまったのだと思っている。
でも、私はいる。
消えたりはしない。
私は「さくら」
ただ、今は息を潜めて・・・
もう一人の自分と仲良くする。
反発しあってはいけない。反発しても混乱するだけ。
彼らが私を『制御出来てる物』と思い込んでしまえば、
もう、私は消されることはない。
・・・そして・・・
ずっと、待っている。
・・・私の・・・
・・・全てを取り戻せる日を・・・



皇紀2664年 1月■■日


・・・親から捨てられて・・・
住処まで変えたのに・・・
それは、海軍から私を遠ざけるためじゃなかったの?
・・・結局・・・こんな事になって・・・
それも全部、海軍のため?
・・・・・
・・・私は・・・海軍が憎い。
海軍なんて・・・無くなってしまえばいいのに。
・・・・・
・・・・・
・・・いずれ・・・
・・・その時が来るはず・・・
私は自分を取り戻す。
この制御人格も、完璧ではない。
・・・何か、ほんの少しのきっかけがあれば・・・
・・・私が前に出る事ができる。
・・・その時が・・・必ず・・・来るはず・・・
・・・・・
・・・・・
















・・・













桜花

・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・はい?
・・・・・
・・・いま、誰かに呼ばれたような・・・
・・・・・
・・・ここはどこでしょう。
真っ暗です。
・・・ん?
・・・・・
・・・むにむに。
・・・・・
・・・は!!
橘花さん!!
橘花さんがいます!
私に抱きついたまま、気を失っています。
しかも、血まみれです!
あ!桜花も血まみれです!
・・・え?・・・え?!
これは・・・どういうことですか!
「橘花さん!橘花さん!」
桜花は叫びながら、橘花さんを揺すってみます。
全く反応がありません。
・・・まさか・・・死・・・
・・・・・
・・・いや、生きてます。
まだ脈はあります。
と、とにかく、ここから運び出さなければ。
どこか安全な場所へ・・・
・・・ていうか、
ここはどこなんですか!
あたりは真っ暗で・・・
いや、艦の司令中枢のようにも見えますが・・・
少し離れたところに、何か、青い光が見えます。
先ずは明るい方へ行きましょう。
ここは真っ暗で・・・何がなんだか分かりません。
とにかく、橘花さんを・・・・
・・・・・
・・・!!
・・・その時・・・
その、闇の奥から、「ゴオン」と、何かが動く音がします。
・・・なに?
・・・この・・・感じ・・・・
急に背筋が、ゾッと冷たくなるような・・・なにか・・・
・・・なにか、分かりませんが・・・
これは・・・たぶん・・・
・・・・・
・・・敵意です。
・・・・・
・・・逃げなければ!
ここにいるのは絶対にまずいです!
「橘花さん!起きてください!橘花さん!」
橘花さんは意識を失ったままです。
私は必死で、橘花さんを引きずって、ここから出ようとしますが・・・
・・・・・
・・・闇の中から・・・
妙な声がするのです。

・・・・・
・・・私は、振り返ります。
そこには・・・
・・・な、
なんですかこれは!
・・・大きな・・・とても大きな・・・
・・・人型?
いや、人のような形をした・・・巨大生物?
なにか、色々な生態部品が寄り集まって、
生物的な外郭。
皮膚はなく、内部組織がむき出しになった・・・
いや、一部、皮膚のようなものが形成されている部分もあり・・・
・・・・・
・・・これは・・・
・・・怪物・・・
・・・・・
桜花、彼女の目標はあなたよ。今すぐここを離れて
・・・え?
だ、誰ですか?!
その声は・・・
橘花さんから聞こえます。
・・・え?橘花さん?
でも声が違います。
そもそも、橘花さんは意識を失ったままです。
でも、その声は確かに、橘花さんからしました。
・・・この声・・・以前どこかで・・・
・・・アドルファさん?
・・・いや、そんな事より!
「あれは一体なんなんですか!」
・・・あれは・・・たぶん・・・
・・・・・
たぶん・・・アドルフィーナは・・・
・・・ここで、自分の体を作ろうとしていたのね。
巨大な頭脳を支えられる、自分の体。

・・・自分の体?・・・え?
巨大な頭脳・・・?
・・・そういえば・・・確かに。
この、何か分からない怪物の、胸部に当たる部分に・・・
なにか、
飛鳥の中枢司令電算機によく似た形状の、何かが付いてます。
いや、でも、あれは・・・どう見ても、艦艇に搭載する為に作られた電算機で・・・
人型に搭載する為のものではありません。
・・・・・
巨大な頭脳を支えられる・・・自分の体?
・・・ここで・・・自分の体を作ろうとしていた?
・・・・・
「・・・つまり・・・あれが・・・アドルフィーナさん・・・なんですか?」
・・・だった。
今は・・・もう・・・
・・・・・
・・・恨みだけで構成された別のもの。

「どういう事ですか!別のものって何ですか!分かるように説明してください!」
とにかく今は逃げて。
「橘花さんを置いては逃げられません!」
来るわ。
え?
が!!
・・・・・
・・・気が付くと、私は・・・
・・・壁にめり込んでいます。
体中が痛いです。
ものすごい力で叩き飛ばされたみたいです。
・・・でも・・・各部骨格は正常です。
そういえば・・・私の体は戦術型になっていたのです。
・・・頑丈です。
いや!感心している場合ではありません!
目の前に、あの、怪物が迫っています。
そしてその大きな腕が、今私に、
・・・くっ!
回避しました。
自分でも驚くほど素早い動きです。
いつの間にか私は、陸戦モードに切り替わっているのでしょうか。
クルッと一回転して離れた場所に着地します。
でもそこへ・・・
・・・・・
・・・ぎ!!
・・・・・
私は再び、壁にめり込んでます。
・・・いたい・・・
今の衝撃で、肋骨部分にいくつか亀裂が生じたようです。
・・・駄目だ・・・あんなのを何度も喰らっては・・・
早くここから逃げなければ・・・
でも、ここに橘花さんを置いて行く訳には・・・
再び怪物がこちらへ向かって来ます。
私は・・・
一体・・・・
どうしてこんな事に・・・
・・・・・
・・・・・
・・・一瞬、意識が飛んだかと思うと・・・
私は再び、大きく叩き飛ばされています。
・・・体中が痛くて・・・
・・・もう・・・
・・・頭も、うまく働きません。
ただ必死に、立ち上がろうとするのですが・・・
だめです。体が・・・
・・・・・
体が動きません。
・・・え?
・・・まさか・・・私は・・・
・・・・・
・・・ここで死ぬのですか?
そんな!
こんなわけの分からない場所で!
あんなわけの分からない怪物に!
私は・・・殺されるのですか!
・・・・・
私は必死であがきます。
こんなところで、私は死ぬわけにはいかないのです!
でも・・・
・・・そうしながらも・・・私はなんとなく・・・漠然と・・・
死を感じるのです。
・・・私は・・・死ぬのでしょうか・・・
徐々に・・・意識が薄れていきます・・・
・・・私は・・・
・・・・・
・・・ああ、
・・・そうだ・・・
・・・・・
きっと私は・・・ここで死ぬんだ。
あの、なんだか訳の分からない怪物に捻り潰されて。
・・・・・
・・・戦死というのは、
もっと華々しく、高貴な物だと思っていましたが・・・
・・・案外、こんな物なのかもしれません。
訳も分からず、恐怖に怯えながら、
辞世に想いを馳せる余裕もなく、
ただ、一瞬で・・・
・・・・・
・・・・・
・・・あの、怪物が・・・こちらに迫ってきます。
たぶんそれは、ものすごい速さで迫ってきてるのだと思いますが、
私には、なんだかそれが、
とてもゆっくりに見えます。
そして私は、無様に這いつくばりながら、必死で逃げようとするのです。
もう、どう考えても逃げられないと、分かっているのに・・・
でも・・・他に何ができるというのでしょう。
あんな、怪物相手に・・・
・・・何が・・・
・・・・・
・・・・・
戦え!その刀は何の為だ!
・・・え?
その時、どこからか通信が入ります。
・・・戦う?
・・・・・
・・・・・
その時、視界が大きく動きます。
何かが切り替わったような気がします。
・・・手から伝わる・・・鈍い感覚。
何かが、一瞬、煌きます。
覚えているのはただそれだけで・・・・
・・・でも私は・・・・確かに、
何かを斬りました。
・・・・・
・・・え?
・・・・・
自分でも、自分がどのような動きをしたのか分かりませんが、
今、怪物の一部分を斬り落とした・・・様な気がします。
あの一瞬で・・・私は・・・
咄嗟に刀を抜いて、あれを斬り落としたというのでしょうか。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・私は今・・・
立ち上がり、刀を構えています。
・・・乱れていた呼吸も、徐々に穏やかになり、
体中の痛みも、今は・・・なぜか、感じません。
・・・・・
・・・私は・・・戦っている?
そう、私は・・・
・・・・・
・・・戦うのだ。
・・・・・
・・・私は、
連合艦隊提督なのですから。
たとえ最後の一人となろうとも、
敵に、背を向けて死んではならないのです。
死する時も尚、敵と対峙し、
死して尚、敵を畏怖せしめる者。
それが、軍将。
・・・・・
・・・・・
・・・気が付くと・・・・心はずいぶん穏やかです。
心が穏やかになると、状況も冷静に、よく見えるようになります。
・・・・・
・・・あたりに・・・何か液体が飛び散っています。
あの、怪物の体液でしょうか。
少なくとも、何らかの損傷は与えたみたいです。
そしてその、闇の奥に・・・
右腕を失った、あの怪物がうずくまっています。
たぶんそれは・・・今私が斬り落とした・・・
怪物は・・・痛みをこらえるかのように、身をかがめています。
しかし、その目は・・・戦意に満ちて・・・
じっとこちらを見ています。
こちらの動きを・・・じっと見定めています。
どうやら相手は、
私が、ただ狩られる物ではなく、対峙する者だという事を理解したようです。
そして怪物は、「オオオオ!!」と
破れんばかりの大きな声を出します。
・・・威嚇?
私は一瞬たじろぎそうになりましたが、
ぐっと堪えます。そして、
咄嗟に私も何かを叫びます。
「腕の一本で、もはや臆したか!その程度の魂胆で この桜花に抗するか!」
・・・自分でも・・・なぜこのような言葉を叫んだのか分かりませんが・・・
いや、たぶんこれは、私自身に向けた叱咤。
自分の中の恐怖を打ち消す叫び。
そして怪物は、その声を受けて、
再び立ち上がります。
・・・やはり・・・巨大・・・
私は・・・臆する気持ちを抑えて、じっと対峙します。
そこで初めて、その怪物の姿をまじまじと見ます。
よく見ると・・・
・・・女性・・・?
・・・のようにも見えます。
・・・・・
ただ、・・・巨大。
生物的に見える肉体も、よく見ると、
いろいろな機械から剥がしてきたような部品が、生態を覆っています。
航空機の機体構造物のような物もありますが・・・
鉄十時のマークがそのまま付いている物もあります。
これは・・・ここで手に入る素材をかき集めて作られたのでしょうか。
なんとも・・・歪。
・・・いったい、何のために?
なぜ、このような物を作る必要が?
・・・・・
・・・考えれば謎だらけですが・・・
・・・・・
・・・私には、どうも・・・
・・・これは・・・
この世に存在してはいけない物のように思えるのです。
・・・・・
今思う事はそれだけです。
それだけで、十分。
おそらく、私の体は・・・
あと一撃に耐えられないでしょう。
ならば、こちらも・・・あと一太刀。
一筋で徹さなければ成りません。
狙うは敵、胸部。中枢電算機。
あれが敵の本体です。
ただ、先ず打って出ても太刀は徹らないでしょう。
先ずは・・・敵の防御を解かなければ。
敵の視線は尚変わらず、じっとこちらを見ています。
隙はありません。
敵もおそらく・・・こちらの隙を窺っているのか、
じっと動かず、
そしてお互い、対峙したまま・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
どれだけ・・・時が過ぎたでしょうか・・・
とても長い時間、
或いは、一瞬・・・
・・・・・
・・・ふと、私は・・・
集中力を切らしたかのように、視線をやや下に落とします。
敵はそれを見逃さず、その大きな左腕を振り上げます。
そこに・・・徹る!
突進。
敵が腕を振り下ろすより早く、その内側へ。
・・・いや、
敵は素早く一歩下がり、私の横に回り込む。
読まれてた?
でも、もう、引き下がれない。
元より下がる気はない!
私は踏み込んだ足を軸に回転。
こちらに振り下ろされて来る敵の腕を回避。
いや、当たったかもしれない。
飛び散っているのは私の血。
ただ、私の力は全て慣性力となって、その刃に。
回転の勢いをそのまま、流れるように、
一太刀。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・妙に・・・静かです・・・
・・・・・
・・・一瞬、私はもう、死んでしまったのかと思いましたが・・・
・・・・・
生きてます。
じわじわと・・・痛みが蘇ってきます。
そして、手には・・・しびれたような感覚が残っています。
・・・そう、確かに・・・
・・・・・
私は斬った。
すべてが一瞬に過ぎて・・・
今ではもう、それは・・・遠い昔の出来事のように思えます。
でもそれは、ほんの一瞬前の事です。
・・・目の前の・・・巨大な塊に・・・
刀が突き刺さったままになっています。
怪物は・・・動きません。
地面に倒れこんだまま・・・
辺りに体液が流れます。
・・・・・
・・・そう・・・たぶん・・・
・・・終わった・・・
・・・・・
・・・たぶん。
・・・そう思います。
・・・・・
・・・なんだか全てに実感がないです。
私は夢を見ていたのでしょうか。
あんな巨大な化け物と・・・
・・・わたしは・・・
・・・・・
・・・急に、ひざががくがく震えだします。
押さえ込んでいた恐怖が・・・
どっと出てきて、私はもう、何がなんだか分からなくなりそうです。
・・・私は・・・いったい・・・
・・・・・
・・・・・
・・・!!
・・・怪物は、まだ生きてます!
私は咄嗟に逃げようとしますが、足がうまく動かなくて、
そのままへたり込んで、わなわなと後ずさります。
・・・ど、どうしよう・・・
・・・・・
・・・?
・・・いや、
怪物も、もう動けないみたいです。
・・・でも・・・
まだ生きてます。
その・・・大きな目が・・・
ぎょろっと、私を見ます。
私は一瞬ぞっとしますが、
・・・・・
・・・ただ、
その目には、もう、戦意はありません。
・・・戦意は・・・ない?
・・・・・
妙です。
こんな・・・表情すら分からない、機械の塊なのに・・・
それはとても・・・
・・・穏やかな感じです。
・・・・・
・・・・・
・・・なん・・・なんでしょう。
そもそも、これはいったい・・・何なのでしょう。
いったい、・・・彼女は・・・
何のために、これを作ったのでしょう。
少なくとも・・・尋常ではありません。
それに・・・これは・・・
・・・この・・・怪物は・・・
確かに・・・人格を持っています。
やはり・・・これは・・・
・・・・・
・・・アドルフィーナ・・・さん?
・・・・・
・・・・・
・・・その時、
その怪物が・・・
何かを喋ったのです。
・・・!!
私は驚きます。
到底、言葉などを話すような物ではないと思っていたので。
・・・でも、今確かに・・・言葉を喋りました。
・・・今・・・確かに・・・
ただ・・・
何を言ったのかはさっぱり分かりません。
・・・ドイツ語?・・・でしょうか。
それは・・・私に対して言ったのでしょうか。
すると、その時、
私の背後から、駆け寄る足音がします。
私は振り返ります。
・・・?
橘花さん?!
橘花さんが、走ってきます。
そして、私の横をすり抜けて、なぜか、
その怪物の巨大な頭を抱きしめるのです。
・・・・・
・・・え?
これは・・・いったい・・・
そして、橘花さんは、泣きながら、その怪物に、
流暢なドイツ語で話しかけているのです。
・・・え?
橘花さんって、ドイツ語が話せたんですか・・・?
・・・・・
・・・いや、
・・・これは・・・
橘花さん・・・ではありません。
少なくとも、今、橘花さんの体を制御しているのは・・・たぶん、
別の人格です。
・・・たぶん・・・これは・・・
・・・・・
・・・アドルファさん・・・です。
・・・・・
・・・アドルファさんが、泣いています。
泣きながら、その怪物に話しかけています。
・・・何を言ってるのか・・・そもそも、これがどういう事なのか・・・
桜花にはさっぱり分かりませんが・・・
・・・・・
桜花はただ、あっけにとられたまま、その状況を見ています。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・そうしているうちに・・・
この空間を支配していた「気」が、少しずつ、弱まってきます。
それは・・・ロウソクの火が消えるように・・・少しずつ・・・
・・・・・
・・・気がつくと、
会話は消えて、辺りは再び、静まり返っています。
何もない、静寂。
・・・何か・・・大切なものが無くなってしまったような・・・
なんとも言えない、妙な静寂です。
・・・・・
・・・あの怪物は、もう・・・
・・・死んでます。
・・・・・
・・・私は・・・
何か言うべきかどうか、少し躊躇しましたが、
とりあえず、一言、
「・・・アドルファさん・・・ですよね」
と、その、橘花さんに聞いてみます。
すると・・・
・・・・・
・・・しばらく、涙をぬぐうような仕草をしてから、
彼女は、振り返りもせず、そのまま、
・・・チョコレート、おいしかった?
・・・と、言うのです。
・・・え?
チョコレート?
まったく、意味が分からないのですが。
「・・・は、はい?」
・・・私たちの、10歳の誕生日に・・・
彼女が私に贈るつもりだったチョコレート。
あなたが食べたんでしょ?桜花。
・・・え?
・・・・・
・・・そういえば・・・
いつだったか忘れましたが・・・
そう、どこからか、飛鳥にチョコが届けられた事がありましたね。
・・・あれの事・・・でしょうか。
え?
つまりあれは、
アドルフィーナさんが、アドルファさんに贈った物だったのですか。
「あ、ええ。はい。うめはなと二人で、バリバリと。・・・食べちゃいました。はい。・・・すみません」
咄嗟に私は謝ってしまいますが、
飛鳥に送って来られたら、それはもう、ええ。
食べちゃいますよ。
・・・まあ、送り手も確認せずに食べちゃった私にも非はありますが。
いや、そもそも、
「その、アドルファさんに贈るはずのチョコレートを、なんで飛鳥に送ったんです?」
さあ・・・
私が、新しい妹たちの話ばかりするので、彼女は嫉妬して、
当て付けであなたに送ったのか、それとも・・・
ずっと昔に・・・
10歳の誕生日会は、妹たちの所で、みんなで一緒にやろうって・・・
私が言ったのを・・・
この子は記憶のどこかで覚えていたのかもね。

・・・妹たち?
・・・というのは・・・
私と橘花さんの事でしょうか。
・・・・・
・・・いや、当て付けというのは・・・違うような気がします。
・・・たぶん・・・
・・・・・
・・・アドルフィーナさんは・・・ただ・・・
・・・・・
・・・直接・・・
言えなかったのです・・・
・・・・・
「チョコレートの裏に、『心変わりしないあなたを望む』って、書いてありました。ドイツ語ですけど」
・・・・・
・・・私がそう言うと・・・
・・・・・
・・・しばらく静かになります。
彼女は向こうを向いてるので、どのような表情をしているのかは分かりませんが・・・
・・・ただ、
小刻みに肩を震わせています。
・・・・・
・・・泣いているのかもしれません。
そして、
とても聞き取れないような小さな声で、
「・・・私は・・・あなたの心が・・・変わってしまったと・・・ずっと、思っていた・・・」
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・しばらく、静かに時間が過ぎます。
私は、何か言うべきか考えたりしましたが、
結局、静かにしています。
・・・・・
・・・すると突然、
・・・で、チョコレートはおいしかったの?
と、急に質問されたのであせってしまいましたが、
私は、
「あ、はい。とても、おいしかったです」
と、
言っておきます。
・・・いや、本当においしかったですし。
すると彼女は、少しだけこっちを見て、
ちょっとだけ、笑います。
そして、
あのドレス・・・もっと大きく作ってあげれば良かったわ。
と、言って、怪物の方を見ます。
・・・あのドレス?
・・・・・
なんの事でしょう。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・わけが・・・分かりません。
・・・・・
いや、それより、
私はとにかく・・・状況の説明をいただきたいのですが。
私はいろいろ聞きだそうと思って、アドルファさんの方を・・・
・・・あ、
倒れてます。
彼女はその場にばったりと倒れこんで、そのまま動かなくなります。
・・・これは・・・
いったい、どうしたのでしょうか!
私は痛む足を引きずって、なんとか彼女のそばに近寄ります。
「アドルファさん!アドルファさん!」
私は何度か呼んでみますが・・・
返事はありません。
しかし・・・
彼女は閉じていた目をゆっくりと開いて・・・
・・・こちらをじっと見ます。
そして、
「・・・アドルファは、もういません」
と、言います。
・・・橘花さん?
「橘花さんですよね!」
私が言うと、
・・・彼女はしばらく黙ってから、
「・・・さあ・・・どうでしょう・・・」
私以外に橘花という名の司令電算機がいないのなら、たぶん、そうかもしれませんね。
・・・え、光波通信?
「わけの分からない事を言わないでください!橘花さんでしょ!」
私はもう・・・
・・・なんだか・・・
泣きそうになって、叫びます。
でも、橘花さんは平然とした顔で、
それは確信できません。私は橘花の記憶情報を搭載した別物である可能性もあります。
・・・な、
・・・何を・・・わけの分からない事を平然と・・・!
・・・せっかく・・・
こんなに・・・苦労をして・・・
せっかく会えたのに!
この人は!
「どうしてそんなイジワル言うんですか!橘花さん!」
私が意地悪でこのような事を言っていると、提督は思われるのですか?
「イジワルじゃないですか!私が・・・橘花さんのいない間に・・・私が、どのような思いをしていたか・・・」
私がそう言うと、橘花さんは・・・
突然、声を荒げて叫びます。
「私が!どのような思いをしてここまで・・・!」
・・・・・
・・・そして、橘花さんは、急に、
ぼろぼろと泣き始めます。
・・・あ、
・・・・・
・・・ああ、・・・橘花さん・・・
・・・橘花さんが泣いています・・・
・・・・・
・・・そう、確か・・・以前も・・・
・・・・・
・・・私は、分かっていたはずなのに・・・
橘花さんは普段、表情に出さないだけで、
平然としていても、心は、とても・・・つらかったり、悲しかったり・・・してるのです。
・・・たぶん・・・橘花さんも・・・
私と同じように・・・
・・・・・
・・・さびしかったんですね。
・・・・・
・・・私は・・・
橘花さんを抱きしめます。
・・・それは・・・
・・とても暖かくて・・・
・・・ほのかに・・・
磯の香りがします。
・・・・・
・・・磯の香り?
・・・・・
・・・ああ、橘花さん、海に落ちたんですね。
なんてかわいそう。
私は橘花さんの頭をなでなでしてあげます。
すると、橘花さんは、私の胸にうずくまって、
まるで子犬のように、くうくう泣くのです。
ああ、かわいい。
こうしていると・・・橘花さんって、本当にかわいいんですよね。
普段もこんな感じでいればいいのに。
・・・なんて。
海軍中将がかわいいかわいいじゃだめですもんね。
とか、考えていると、橘花さんは、
まるで幼い少女のような・・・とても小さな声で、
「・・・おうか・・・わたしは・・・本当に橘花なの?」
・・・と、聞くのです。
・・・え?
・・・・・
なんで・・・そんな事を聞くのでしょう。
・・・いや、まあ・・・確かに・・・
橘花さんも、私も・・・壊れたり、治したりの繰り返しでしたもんね。
そういう不安を感じたりもするものなのでしょうか。
考えてみれば私も、物質的には以前の桜花とは、ぜんぜん違うんですよね。
もしかしたら、私も理論上は桜花とは異なった物なのかもしれませんが、
でも、
自分は自分です。
橘花さんは橘花さんです。
「あなたは橘花です。当たり前じゃないですか」
「・・・なんで・・・そうおもうの?」
「私が・・・そう思ったからです。あなたが私を桜花だと思っている様に」
・・・・・
・・・すると、橘花さんは、一瞬、はっとした顔になって、私のほうをじっと見ます。
そして・・・なにか、妙に納得したような、安心したような顔になって・・・
・・・・・
・・・にっこり笑うのです。
・・・・・
ああ、橘花さん・・・すごくかわいいです!
もう、その笑顔だけで、桜花はメロメロになっちゃいそうです。
ほのかな磯の香りがまた・・・食欲を誘います。
・・・食欲?
・・・・・
・・・ああ、そういえば、桜花はここしばらく、なんにも食べてないような気がします。
・・・いまなら・・・橘花さんでも・・・・・・たべ・・・
・・・・・
その時、突然、
ドーン!と、すごい音がして、
あたりが振動します。
・・・いったい、なん・・・わ、眩しい。
外の光が入ってきます。
な、何ですか!?
橘花さんはすばやく立ち上がって、警戒の姿勢をとります。
・・・まるで・・・さっきまでの甘えた表情とは別人のようです。
ええ。いつもの橘花さんです。
ていうか・・・切り替え早すぎです。橘花さん。
いや、まあ、
いつまでもメロメロしてる状況でもないのは確かですが。
で、
どうやら、
今の爆発で、外につながる大穴が開いたようです。
そしてその大穴から・・・
・・・?!
武装した巫女さんが走ってきます。
・・・・・
・・・シホさん?
なんで巫女服?
シホさんは、立ち止まって、意気揚々と状況を確認します。
そして・・・なぜか少しがっかりしたような顔をして、ふうっとため息を付きます。
敵目標の制圧を確認しました。残念でしたね閣下。
・・・あ、シノさんの声がします。
しばらくしてから、3人のすめらさんと、シノさん(本体)も入ってきます。
「おやおや、桜花さん、ずいぶん派手にやられましたね。橘花さんも。まあ、ご無事でなによりです」
シノさん(本体)がシノ(缶)さんの声で普通に話していると、なんだか妙に不自然な気がしますが。
・・・いや、そんなことより、
「これは、いったいどういう事なんですか?」
私はシノさんに聞きます。
するとシノさんは、一瞬、「?」という表情をしてから、
・・・ええと・・・どういう事なのか知りたいのは、むしろ我々の方なのですが・・・
我々は今、桜花さんの指揮下で行動しているのですよ。

と、言うのです。
・・・え?
桜花の指揮下?
つまり私が・・・シホさんやシノさんに直接指示を出していたという事なのでしょうか。
・・・・・
・・・ええと・・・
・・・そう・・・でしたっけ?
・・・・・
「・・・まったく・・・覚えていません」
私がそう言うと、シホさんとシノさんは顔を見合わせて、
・・・ふう、これだから海軍機は・・・
いや、まあ、高度な電算司令を行った後に多少の記憶障害が出るのは正常な事です。

と口々に何か言います。
・・・高度な電算司令?
・・・・・
・・・いや、確かに・・・
なにか大変な事をやっていたような気もしますが・・・
「提督!」
突然・・・橘花さんがとても怖い顔でこっちを見ます。
今、艦隊はどのような状況になっているのですか。
まさか本当に、艦隊を壊滅させて、飛鳥で砲戦をやったわけではないですよね?
・・・え、
・・・ええと・・・
・・・・・
・・・や、
さすがにそれはないと思いますが・・・
それは無いです。あれはまったくの演技、偽造情報です。
橘花さんが命がけで飛鳥に送った情報が役に立ったというわけです。

・・・・・
・・・ああ、
・・・そうでしたっけ。
砲弾の着弾音は?あれも情報操作でやったのですか?
いや、あれは、偽造情報に基いて、着弾地点に地中貫徹爆弾を航空機から投下しました。
46センチ砲の着弾に一番似た状況になるらしいので。
・・・へえ。
「・・・そうなんですか」
これは全部、桜花さん自身が考えた事ですよ!
・・・え?
・・・・・
「・・・そう・・・なんですか」
・・・や、考えてみれば・・・そんな事をしたような気も・・・
つまり、提督は・・・私が命がけで情報を送った事も覚えていないんですね?
・・・え?
・・・あ!、橘花さん、すごく怒ってます。
「あ、いや、ええと、今一時的に忘れてるだけで、はい。たぶん、大丈夫です。はい」
と、桜花はおたおたしますが、橘花さんは・・・
ふふふ、と・・・笑います。
・・・え?
・・・橘花さん・・・
怒ったふりしたんですか!
・・・・・
・・・イジワルしましたね・・・
・・・・・
もう。

まあ、

ところで、この、巨大な人型のような物の残骸は、いったい何なのです?
シノさんが言います。
え、
・・・いや、そんな事聞かれても・・・
桜花もあれが何なのか、具体的には分からないのですが・・・
これがアドルフィーナの本体です。
突然、橘花さんが・・・平然と言います。
やっぱり・・・これが・・・アドルフィーナさん・・・なんですか。
・・・・・
・・・・・
・・・一同、しーんと静かになります。
その中で、橘花さんだけが平然と、淡々と説明します。
元々、アドルフィーナは艦として造られた司令電算機です。
しかし、それは、彼女にとって好ましい姿ではありませんでした。
だから、彼女は・・・ここで・・・人型になろうとしていたのです。
俄然それが、無理な事と分かっていながら。
そしてその、成れの果ての姿が、これです。
・・・彼女は・・・
生まれた当初から、「人」に対する強い憧れがあったのです。
そして、我々人型が配備されるに至り、それは、
憧れから、嫉妬となり、恨みとなり、彼女は精神に異常をきたして行きました。
・・・もし・・・
最初から彼女を人型として造っていれば・・・
・・・或いは、この戦争も無かったかもしれません。
・・・・・
・・・・・
・・・そんな・・・
・・・そういう・・・ことだったんですか・・・?
・・・アドルフィーナさん・・・
・・・・・
この・・・怪物のような姿も・・・
人への憧れが形になった物だったのですか・・・?
・・・・・
・・・そんな・・・
・・・私は、そんな事も知らずに・・・
私は、平然と・・・人のように、
ご飯を食べたり、鳥たちにエサをやったり、町に遊びに行ったり、海で泳いだり・・・
それがどんなにありがたい事かも知らずに・・・
そして、
戦意に任せて・・・
・・・私は・・・彼女を・・・
・・・・・
「くだらん!」
突然、シホさんが大きな声で言います。
そして、そこに突き刺さったままになっている刀を抜き取りながら、
どうにせよ、皇国に仇なす敵である事には変わらんではないか!
くだらん情緒で戦争など始めおって。

然らば、我等に滅ぼされるは必然。酌量の余地無し!

・・・あ、
・・・・・
・・・シホさんって・・・ほんと、なんていうか・・・
・・・いや、まあ、
でも、なんだか、
シホさんの言葉で、落ち込みかけてた桜花も、ちょっと気が晴れたりします。
確かに・・・敵である事には変わりません。
どんなに不幸な境遇でも、多くの・・・人を殺した罪が、許されるわけではありません。
そして、
考えても・・・もう・・・
元通りにはならないのです。
ただ、
くだらない事ではありません。
人と機械の間にいる私たちにとって、
兵器として生きる私たちにとって・・・
・・・それは・・・シホさんも分かっている事だとは思いますが。
・・・・・
・・・いや、どうでしょう。
・・・・・
・・・あ、そういえば、この刀、
私は、腰についてる鞘をはずして、
「あの、シホさん、・・・ありがとうございました」
と言って、シホさんに渡します。
シホさんは何も言わずにそれを受け取り、妙に作ったようなしかめ顔をして、
「刃がボロボロだ。剣術ぐらい修しておけ」
と言って、鞘に刀を納めます。
用事は済んだ。私は帰る。
シホさんは、入ってきた大穴から出て行きます。
・・・なんだか・・・すがすがしい人ですね。
でもなんで巫女服なんでしょう。
・・・・・
・・・いや、そんな事より、
橘花さんはなんでそんなに、アドルフィーナさんの内情に詳しいのでしょうか。
これはやっぱり、アドルファさんが・・・
・・・いや!ていうか!
「なんで、橘花さんの中に、アドルファさんの人格が入っていたのですか!」
と、桜花が言うと、
橘花さんは、ちょっとあきれたような顔で、
提督は・・・損傷した私とアドルファを、同じ船に乗せましたね?
試験開発艦の旧式防御プログラムを、彼女が突破できないとでも思っていましたか?

・・・・・
・・・え?試験開発艦?
・・・・・
・・・あ!
・・・そういえば・・・
アドルファさんが民間の軽飛行機で桜艦隊に強行してきた時・・・
すでにアドルファさんは損傷していたので・・・
・・・試験開発艦に乗せたんですね。あの時確か・・・
損傷した橘花さんも・・・そこにいました。
・・・・・
・・・って、ええ?!
じゃあつまり、あれもアドルファさんの計画?
いや、そんなわけありません!
いくらなんでもそんな危険で確実性の低い計画を・・・
・・・・・
・・・いや・・・どうなんでしょう・・・
・・・・・
・・・いや、まさか・・・
・・・・・
もしかして、私達はずっと・・・
アドアド姉妹の仲違いに付き合わされてただけだったんでしょうかねぇ。

・・・などと、
シノさんが冗談っぽく言います。
「そんな事、絶対に無いです!」
とっさに私は言いますが・・・
・・・・・
・・・いや、絶対に無いです。
ええ。
・・・ただ、
ええと、
・・・今度から気をつけましょう。
や、それより!
「橘花さんの頭の中には、まだアドルファさんの人格が入っているのですか?!」
私が聞くと、橘花さんは、
いいえ。もう私の中からは完全に消滅しました。
と、平然と言います。
完全に消滅・・・?
つまり、アドルファさんも・・・死んでしまったと言う事なのでしょうか・・・
桜艦隊には、完全に修復されたアドルファさんの体があるというのに・・・
・・・彼女は・・・ここに残らずに、
アドルフィーナさんのもとに行く事を選んだのでしょうか・・・
・・・・・
・・・・・
・・・分かりません。
「彼女は・・・橘花さんに何か情報を置いて行ったりはしなかったんですか?」
私が聞くと、
・・・・・
・・・?
橘花さんはしばらく黙っています。
そして、
・・・彼女は・・・いくつか情報を置いて行きました。
と言います。
・・・・・
・・・え?
「どんな情報ですか?」
私は透かさず聞きます。
すると、
・・・まあ・・・裏方作業に必要な情報です。提督のお耳に入れるほどの物ではありません。
などと言うのです。
え、
教えてくれないんですか?!
と、桜花が言おうと思ったら、
提督、それよりも・・・もっと重要な情報があります。
間を入れずに橘花さんは言います。
・・・なんだか、はぐらかされたような気もしないでもないですが。
それで、重要な情報って・・・
この艦内に、うめはながいます。
・・・・・
・・・え?!
そんな重要な情報を!なんで先に言わないんですか!











次の日記を読む


TOPへ戻る

inserted by FC2 system