橘花
・・・・・
・・・・・
・・・誰かが・・・
私の名を呼んだような気がする・・・
・・・どこから?
・・・・・
・・・いや、ここは・・・どこだろう。
あたりは真っ暗で、何も見えない。
と言うより、視力が働いていない?
・・・・
・・・しかし、体の感覚はある。
私はまだ、生きているのか?
・・・するとその時、また声がする。
「橘花・・・良かった・・・うまく起動できたみたいね」
・・・この声は・・・
・・・誰?
「あなたは今、修復水槽の中にいる。体の方はほぼ回復したわ」
・・・?
もし宜しければ、この状況を説明していただけませんか?
私が言うと・・・
・・・返事は無い。
・・・なんだ?
・・・・・
・・・そうしているうちに、少しずつ視力が回復してくる。
・・・あたりは・・・
青い・・・水?
私は水中にいる。
私は一瞬焦るが・・・呼吸は出来る。
顔に呼吸器が付けられている。
「落ち着いて。しばらく眠った振りをして。あなたが回復した事が気付かれないように」
・・・・・
・・・なに?
・・・・・
・・・なんだかよく分からないが・・・しばらく言われたとおりにじっとしている。
・・・・・
・・・・・
「もう起きても大丈夫。この部屋の管理システムを解除したわ」
・・・・・
・・・私は・・・ゆっくりと起き上がる。
すると何かに頭をぶつける。
・・・ふた?
私は水槽のふたを押し上げる。
開いた。
私はその青い水の中から、頭だけ出してあたりを確認する。
・・・ここは・・・どこだろう・・・
なにか、研究室のようにも見えるが・・・
視力がはっきりしない。
「大丈夫?自力で起き上がれる?」
・・・側に誰かがいる。
私の入った水槽のすぐ横に、誰かが座っている。
あなたは誰ですか?
「・・・ごめんなさい。何を言ってるか分からないわ」
・・・あ、光波は通じないか。
私は言葉で話そうと思ったが・・・うまく口が動かない。
・・・どうやら、身体機能はまだ完全ではないらしい。
体に・・・力が入らない。
しかし、どうにか立ち上がる事は出来た。
「耳の後ろの接続コードを外して。それがあなたの身体能力に制限を加えている」
・・・接続コード?
私は力の入らない腕を耳の後ろに伸ばして・・・なんとか・・・
コードを外す。
・・・・・
・・・徐々に・・・視力が回復してくる。
私は、その声の主が誰なのか、確認しようとする。
・・・・・
・・・私のすぐ横にいるのは・・・髪の長い女性・・・
・・・・・
・・・・・
・・・!!
アドルフィーナ?!
私は咄嗟に後退して身構える。
すぐ近くに、アドルフィーナがいる!
これは・・・どういうつもりですか?
「こわがらないで、危害を加えたりはしないわ」
冗談ですか?私の質問に答えて下さい
「服は、そこのロッカーに入っているから。好きなのを着て」
・・・・・
・・・本当に、光波が通じてないのか?
「手伝ってあげれたらいいんだけど・・・この体では座っているのがせいいっぱい」
・・・・・
・・・何を言っている?
・・・ん?
この、アドルフィーナには・・・足が無い。
いや、それどころか、顔半分の肌が剥がれ落ちている。
・・・なんだ、これは・・・気持ちが悪い。・・・・・
・・・あ、私は服を着ていない!
私は咄嗟にしゃがみこむ。
・・・・・
・・・一体・・・なんなんだ。
そこにいるのは確かにアドルフィーナである。
しかし・・・雰囲気が違う。
状況から考えると、私を起動したのは、このアドルフィーナらしいが・・・
・・・これは・・・アドルフィーナを模した単なる端末機で、中には違う人格が入っているのだろうか。
私は不自由な口を動かして、何とか言葉を出す。
「・・・あなたは・・・誰ですか?」
私がそう言うと、彼女は、
「見ての通り、アドルフィーナよ。・・・あなたがここに来てくれるのを・・・ずっと待ってた」
と言う。
・・・言ってる意味が分からない。
私は、どういう事なのか聞こうと思ったら、
突然・・・彼女は頭を抱えてうずくまる。
・・・なに?
しばらく、うなり声を出した後、彼女は再び顔を上げて、
「・・・私は・・・アドルフィーナに、ほんの少しだけ残っている・・・良心」
・・・は?
「この体は、私の・・・戦意に見付からないように、廃棄された機体を・・・つなぎあわせた物」
なにを言っている?
「・・・日々・・・大きくなる戦意に・・・薄れていく・・・私の・・・心・・・」
全く意味が分からない。
彼女は小刻みに震えながら、苦痛の表情をする。
・・・そして・・・妙な事を言い出す。
「橘花・・・どうか・・・私を・・・殺して・・・」
・・・・・
・・・な、
「おねがい、橘花・・・この戦いを・・・終わらせて・・・桜花が・・・こうなってしまう前に・・・」
・・・え?
いったい・・・どういう事だ?
その時、ズズン、という轟音と共に、あたりが少し振動する。
・・・なんだ?
外は・・・戦闘中なのか?
そして間を入れず、再び、轟音と共に振動。
さっきより大きい。
・・・と、思ったら・・・部屋の電気が消える。
回りにあった機械も停止したらしい。
・・・闇。何も見えない。
・・・どうする・・・
が、考える間も無く、非常電灯が点く。
アドルフィーナは・・・
特に妙な動きも無く、じっとしている。
・・・いや・・・
彼女は、機能停止している。
その様相は・・・もうずっと昔に壊れて捨てられた人形の様・・・
・・・・・
・・・いったい・・・なんだったんだ?
・・・・・
・・・とりあえず、先ずはここがどこなのか確認しなければ。
私は部屋の扉の方へ向かう。
・・・ん?
鍵は掛かっていない。
先程の振動で解除されたのか。
私は扉を開けて外へ・・・いや、
その前に服を着なければ。
私は部屋のロッカーを開ける。
中には、服がたくさん入っている。
しかし・・・どれもゴス系の悪趣味な物ばかり。
その中に一着だけ・・・なぜか帝国海軍の制服がある。
サイズも私にぴったり。
・・・これにしよう。
私は悪趣味なゴス服で体の水滴を払ってから、制服を着る。
・・・と、その時、
扉の方から音がする。
私は、咄嗟に・・・どこかへ身を潜める。
そして扉の方を見詰める。
すると・・・扉がゆっくり開き、その向こうから・・・
・・・シノ缶?
橘花さん・・・いるんですか?
どうやらシノ缶らしい。
よく見ると、見慣れた「へこみ」がある。
・・・ん?
あなたは敵の銃撃で破壊されたはずでは?
わあ!・・・びっくりした。・・・一体どうしたんですか橘花さん。
それは私の質問です。
・・・え?ああ、ええと、あの時銃撃で破壊されたのは、私では無く、あの自動車運搬船の隔離室にあったデゴイ缶「ELsg051」です。私は安全な場所で、あれを遠隔操作していました。
シノ缶が言う。
なるほど。確かに、そんなのもいたような気がする。
まあ、どっちでも良いが。
そんな事より、これは一体どういう事です?橘花さんは、自力で起動されたのですか?ここにあるアドルフィーナの残骸は・・・橘花さんが?
いいえ。勝手に自壊しました。
・・・は?
たぶん・・・私を起動したのは彼女です。
・・・ええと・・・意味がよく分かりませんが・・・それにしてもこのアドルフィーナは・・・かなり旧式の端末機ですね。一体なぜ、このような機体を?
私もよく分かりません。ところであなたは、何しにここに来られたのです?
「何しに」とはご挨拶ですね。私はこの戦闘のドサクサにまぎれて、命からがら橘花さんを起動するためにここへ来たというのに。
・・・戦闘?
やはり外は戦闘中なのか。
いや、そんな事より、
ここは・・・一体どこなんです?
私が言うとシノ缶は、一瞬驚いたように動きを止めてから、
ああ・・・そういえば、説明の途中で私のデゴイは破壊されたんでしたね。・・・ええと、具体的にここがどこなのか理解して頂くには、先ず説明しなければならない事があるのですが、
説明は結構ですので、端的にお答え下さい。
あ、端的にですか・・・ええと、端的に言うとここは・・・敵の旗艦の内部です。
・・・敵の旗艦・・・
つまり、ここは・・・アドルフィーナの船?
では、先程の振動は・・・桜艦隊の攻撃?
その時、再び轟音が響く。
恐らくこの音は・・・誘導弾を発射した音。
旗艦が直接戦闘を行っているという事は・・・桜艦隊が優勢なのか?
だとすると好ましい事だが、同時に・・・ここにいるのは危険であるという事か。
外の戦況はどうなっているんです?
私が聞くとシノ缶は、頭をぽりぽりかきながら、
私に聞かれても・・・なんとも・・・
・・・まあ、・・・予想通りの答え。
ただ、あの自動車運搬船と並行していた駆逐艦「荒潮」が炎上するのは・・・この艦に向かう敵の航空機の脚にしがみつきながら遠目で見ました。
駆逐艦「荒潮」が炎上?
桜艦隊は、あの自動車運搬船も攻撃しているのか?
・・・それは・・・まずい。
あの船には、戦後処理に必要な証拠が残っている。
・・・私が送信した情報は・・・結局、桜花提督の元には届かなかったのか・・・?
ところで・・・敵機の脚にしがみついて敵旗艦に強襲するという、私のハリウッド的な行動について、
何かご感想はありますか?
ありません。
それよりも・・・先程「アドルフィーナの良心」と名乗る人型が言った言葉が気になる。
あれは、確かに・・・「私を殺せ」と言っていた。
あれはどういう事なのだろう・・・
・・・・・
・・・いや、考えるまでも無い。
私は図らずも、当初の予定通り・・・敵の中枢に到達したのだ。
殺せと言うなら、今すぐ殺してやろう。
そうすれば、全てが終わる。
この艦の武器庫の位置は分かりますか?
え、どうなさるおつもりです?まさか・・・また銃撃戦を?
どこにあるのか、分かりますか?
・・・いいえ、分かりません。
仕方が無い・・・探し回るしかないか。
あの、橘花さん、どうなさるおつもりなのですか?
答えるまでもありません。アドルフィーナの本体を探して破壊します。
と、私が言うと・・・
シノ缶はしばらく沈黙してから、
・・・橘花さん・・・それはたぶん・・・間違っています。
と言う。
・・・この、絶好の機会を目の前にして、間違ってるとは何事か。
私は、敵の中枢まで到達して、何の戦果も無く撤退する事は出来ません。敵の艦内に進入した以上、相手にするのは人、もしくは人型です。歩兵火器が手に入れば不可能ではありません。
・・・いや、だから・・・そういう事ではなくて・・・
シノ缶は、暫し思案してから、
橘花さん、先ず、私の話を聞いていただけませんか?アドルフィーナについての話です。
この期に及んで、また、くどくどと説明を並べるのか。
端的にどうぞ。
はい、橘花さん、あの、自動車運搬船の司令中枢の・・・ええと、隣の、なんというか乙女チックな部屋に、中枢司令電算機がありましたよね。あれの・・・一部が、かなり大きく切り取られたように無くなっていたのを・・・覚えていますよね?
・・・その話は以前も聞いた。
はい。それが一体どうしたと言うのです?
あそこにあった物は・・・現在、この艦にあります。つまり・・・この艦の頭脳です。
・・・頭脳?
つまり、あの船の中枢電算機を、そのままこの艦に流用したという事ですか?
まあ・・・そうとも言えますが、
正しくは・・・能力を最大限発揮できる「体」に換装したと言った方が良いでしょう。
・・・話のニュアンスを変えただけにしか思えないが。
それで、アドルフィーナについてのお話はいつごろ始まるんです?
今・・・しています。これは「アドルフィーナ」の話です。
・・・え、
・・・・・
・・・お分かり頂けましたか?
・・・・・
・・・まさか・・・
そう、アドルフィーナは「人型」ではないのです。
アドルフィーナとは、最初から・・・「船」として造られた司令電算機なのです。
つまり、今、私たちは・・・アドルフィーナの中にいるのです。
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