桜花
昨晩はあんまり眠れない・・・・かと思ったら、案外ぐっすり眠れました。
そのおかげか、頭が妙にすっきりしています。
このところ本当にいろんなことがあって
とにかく大変で、昨日は本当にいろいろ考えてしまいましたが、これはどう考えても、やっぱり・・・
桜花の思考能力の及ぶ範囲ではありません。
思考能力が及ばない以上、ぐじぐじ考えていても仕方がありません。
どうせ、考えていても橘花さんが元通りになったり、うめはなが戻ってきたりするわけではないのだから、考えてる時間がもったいないです。
状況も逼迫しているみたいですし。
こういう場合、どうしたら状況が良くなるのか考えるより、自分はどうしたいのかを考えた方が単純明快で分かりやすいです。
まあ、指揮官がそういうことではだめかもしれませんが、幸い旗艦参謀部には桜花より頭のいい人がいっぱいいますし、とにかく自分の意見を言って、後は要相談ということで。
そしたら何か、道も見えてくるでしょう!
とりあえず桜花は洗面台に行って、冷たい水で顔をばしゃばしゃ洗います。
ついでに頭もがしがし洗っちゃいます。
そして、ちょうどそこに掛けてあったクリーニング仕立ての第二種軍装を着て、帽子もきちんとかぶって、これでよしと。
桜花は、司令中枢に向かいます。
それで、桜花の意見をみんなにきちんと言ってやるのです。
医務室を出ると、廊下で木島さんが布団をかぶって寝てました。
ああ、木島さん・・・桜花の事を心配してくださっていたのでしょうか。
でも、海軍中将がこんな所で寝てたらダメじゃないですか。
桜花はちょっと優しい感じで「木島さん、木島さん」と言ってゆすって起こします。
そしたら木島さんは、しばらくしぱしぱしていたのですが、そのうちなんだかうれしそうに「おはよう」って言います。
そして、桜花に
「おお、ずいぶん表情がよくなったな。もう立ち直ったのかっ・・・やっぱり、桜花ちゃんは強いなあ」
って言います。
だから桜花は、
「立ち直ったわけではありませんが、考えても仕方のないことは考えないようにしました」
って言ったんですが、木島さんはしばらくにんまりしてから、
「・・・やっぱり、桜花ちゃんは強いなあ」
って言いました。
・・・そうですかね。
そういえば、昨日のぐじぐじした気分が、今日は妙にすっきりしていますね。
やっぱり桜花は単純なのでしょうか。
でも、困った時は単純になっちゃうっていう桜花の性格は、こういう場合
強みかもしれませんね。
それで、木島さんと二人で、司令中枢に向かいます。
その途中で、何度か艦内要員の方々とすれ違ったりしたのですが、皆さん敬礼しながら、ちょっと元気になった桜花を見て、うれしいような不安なような、ちょっと期待してるような、そんな表情です。
今後どうなるかは桜花も分からないので、あんまり期待されても困るのですが、とにかく桜花は司令中枢に入ります。
そしたら、中にいた参謀部の方々も、なんだか大喜びです。
山本前長官も、
「・・・すこし、元気になったみたいだな」
っていって、ちょっとだけうれしそうです。
その後、みんなしばらく静かになります。
なんだか、桜花が何か言うのをじぃっと待っているみたいです。
・・・そうですね。やっぱり・・・
桜花がこの後どうするつもりなのか、ここで言わなければなりませんね。
でもそうやってじぃっとみられると、なんだか緊張しちゃいます。
とにかく桜花はいつも通り、桜花の司令席に座ります。
そしたら野田さんが、なんだかせかせかとお茶を淹れてくれました。
なんだか桜花も恐縮してしまって「あ、どうも」と言って頭を下げてお茶をいただきます。
でもそのまま野田さんは直立不動の姿勢で桜花の横でじぃっとしてるのです。
そうやって皆さん畏まられると、ほんとに、こっちまで恐縮しちゃうじゃないですか。
だから、桜花は・・・・とにかくいつも通りな感じで、
「これより、桜花が艦隊の指揮を執ります。状況の説明を」
って言いました。
そしたらもう、参謀部総員割れんばかりの喜びようで。
すごくびっくりしました。
しかもその後、艦内放送で、
「只今より、桜花大将が艦隊の指揮を掌握されたり。総員、粉骨砕身努力せよ」
って流れて、なんだか艦内各所で万歳の声が聞こえます。
・・・ちょっと・・・なんなんですかこれはっっ
そこまで大げさにされると・・・恥ずかしいじゃないですか。
だから桜花も、ちょっとどもりながら、
「ちょ、ちょっと待ってください。ちょっと、桜花の話を聞いてください!」
って言ったら、艦内がまた、しぃーんと静かになります。
こうなっちゃうとまた、桜花も話しづらいのですが・・・
でも、艦隊の指揮を執ると言ったからには、桜花の意志をはっきりさせておかなければなりません。
それで桜花は、ひとつ「こほん」とせきをして、深呼吸してから、
「・・・桜花は・・・この行動が正しい事なのかどうなのか、正直言ってよく分かりません。しかし、軍というのは、母国を守る為にあるものであって・・・ましてその中核たる連合艦隊が、他国の隷下にあるなどというのは、どう考えても間違っています。世界の情勢や、同盟国の意向がどうであったとしても、軍だけは純粋に、母国の為にあるものでなければなりません。・・・この行動が・・・その為に必要不可欠な行為であるならば、それを行うのが軍人の責務です」
そう言うと、また艦内各所から万歳が聞こえてくるのですが、ちょっと、
桜花の話はまだ終わってないんです。
「・・・あ、あの、でも・・・私、軍がどうとか世界情勢がどうとか、かっこいい事を言ってますが・・・本当はそんな大きなこと、よく分からないんです。本当のことをいうと・・・そんなことより今は、うめはなの事が心配で仕方がないんです・・・ほんとに、連合艦隊提督が、身内の事を一番心配してるなんて、駄目な事かもしれませんが・・・でも、もし、うめはなが指揮する艦隊と戦わねばならなくなった時・・・私はこの艦隊の指揮を行える自信がないんです・・・」
桜花がそう言うと、再び艦内がしぃんと静まり返ります。
ひょっとしたら皆さん、ちょっと落胆してるのかもしれませんが・・・
でも、これだけは言わなければなりません。
「・・・だから、お願いです・・・うめはなを・・・うめはなを助け出してほしいんです!」
・・・しばらく、沈黙の時間が流れます。
時間にすると一瞬だったのかもしれませんが、桜花にとってはとても長い時間のように思えました。
その後、山本前長官が真面目な表情で、桜花に
「もう一度確認しておくが、梅花の生体頭脳には意思共有化がされている可能性が高いという事、それと、救出に失敗すると梅花の命が危険に曝される事、それを分かった上で、そう判断したのだな?」
と言ったので、桜花も
「はい。そうです」
って言いました。そしたら彼は、
「ならば、私は反対する気は無い。現状で梅花少将を救出できる可能性を考えよう」
って、言ったんです。
そしたら参謀部の人たちも「宜候!」と言って、桜花の回りに集まります。
あれ?なんだか皆さん、意外とうれしそうです。
皆さん、うめはなの救出には反対だったんじゃないんですか?
すると木島さんが
「俺は反対してねえよ。ただ、危険だって言っただけで」
あ、そうだったんですか。
それに艦内も、みんな落胆してるのかと思ったら、意外と盛り上がってるみたいです。
・・・やっぱり、本当は皆さん、うめはなの事を心配していたんですね。
・・・よかったです。
なんだか・・・涙が出そうです。
すると山本前長官が
「ただな、現状を確認してみたら、それがどれだけ難しい事か分かると思うぞ」
って言ったので、とにかく桜花は飛鳥と接続して、現在の情報を受け取ります。
それで、艦隊の現状を見てみるのですが、
まあ当然の事なのですが、以前と比べると状況が全く違っています。
現在、旗艦の指揮下にある艦隊は、第1艦隊と第4艦隊のみです。
これだけでも、軍令部隷下の艦隊と、本土防衛の警備艦隊ぐらいなら制圧出来そうですが、問題はその他の常備艦隊です。
特に、軍令部の所在地である帝都に直接乗り込んでいく事になってしまった場合、横須賀配備の
多数の陸戦隊を隷下に収める第6艦隊と、空母「翔鶴」を保有する第11艦隊の意向はとても重要です。
でもこれについては、事前に山本前長官が「別組織」を使っていろいろと手回ししたそうで、この横須賀艦隊は、現在の所「中立」という事です。
現状のように、連合艦隊旗艦「飛鳥」が軍令部の隷下から逸脱した場合、その他の艦隊は軍令部の直隷下に入ることになっているので、「中立」と宣言した段階で、軍規違反になる訳なんですが・・・という事は、この横須賀艦隊は、内心、我々の行動に賛同してると考えてよいのでしょう。
それと、さらに問題なのは陸軍の意向なのですが。
これについてはあくまで「関知せず」という事みたいです。
ただ、もともと海軍軍令部と仲の悪い陸軍は、連合艦隊と軍令部が仲違いする事は大いに結構な事らしく、また、陸軍参謀本部の方々の中にも、山本前長官が作った「別組織」の人がいるみたいなので、極秘裏に力を貸してくれたりするみたいです。
先日、桜花の救出に陸軍特殊部隊が来てくれたのもそういう事みたいで。
現状で桜花が直接指揮できる陸軍部隊はもちろん無いのですが、その辺はシノさんを中継すれば何とかなるのかも知れません。
そして一番重要な、現在の軍令部の意向なのですが、
もう既に、我々反乱軍の要求事項である「ドイツとの連合艦隊指揮権共有の解除」は提示しているのですが、彼らの意向は当艦隊の反乱行動が開始した時点から変わらず
「ドイツとの連合艦隊指揮権共有の事実は無い」
「第1及び第4艦隊は直ちに呉に帰港し、艦隊の指揮系統を軍令部に引き渡すべし」
ということで。
やっぱり軍令部側には、ドイツの電算機がいるわけですし。
最悪の状況になっても、第1艦隊と第4艦隊ぐらいなら制圧できると考えているのでしょうか。
実際、他の艦隊が全て軍令部側に回ったとしたら、
桜花がいくら頑張っても、とても対応できる物ではありません。
これは何とかして、他の艦隊にも我々の意向に賛同してもらうしか無いのですが・・・
一番、賛同を妨げるネックとなっているのが、そもそも、この意思共有化機能が海軍の司令電算機に付いているという事実を伝えても、それを信用しない艦隊司令が多いということです。
まあ実際、我々もこの意思共有化機能が付いているという事は、あくまで推測であって、本当にドイツ電算機の思い通りに連合艦隊が動かせてしまうのかどうかは分からないのですが。
しかもそれが、日本とドイツの政府間による裏取引で行われてると言うのですから・・・ほんとに、桜花も信じられないくらいです。
ただ、今の所軍令部は我々反乱軍の討伐を指示していないので、艦隊は基本的に通常警戒態勢のままのようです。
しかし、小樽第7艦隊、及び、沖縄第8艦隊の空母機動部隊は出港した模様なので、これはつまり、こちらが攻撃する意志を示したら、いつでも迎撃される可能性があるわけです。
・・・で、
この状況を踏まえて、うめはなの救出作戦を考える訳ですが・・・・
・・・これは・・・やっぱり難しいですね。
迂闊に我々が妙な手出しなんてしたら、日本近海において、連合艦隊同士の大戦闘になってしまうかも知れません。
さすがに・・・うめはな一人のために・・・
・・・そんな事は出来ないです・・・
これはどうしたものでしょうか。
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