皇紀2666年 8月21日


桜花

 昨晩はあんまり眠れない・・・・かと思ったら、案外ぐっすり眠れました。
そのおかげか、頭が妙にすっきりしています。
このところ本当にいろんなことがあって とにかく大変で、昨日は本当にいろいろ考えてしまいましたが、これはどう考えても、やっぱり・・・
桜花の思考能力の及ぶ範囲ではありません。
思考能力が及ばない以上、ぐじぐじ考えていても仕方がありません。
どうせ、考えていても橘花さんが元通りになったり、うめはなが戻ってきたりするわけではないのだから、考えてる時間がもったいないです。
状況も逼迫しているみたいですし。
こういう場合、どうしたら状況が良くなるのか考えるより、自分はどうしたいのかを考えた方が単純明快で分かりやすいです。
まあ、指揮官がそういうことではだめかもしれませんが、幸い旗艦参謀部には桜花より頭のいい人がいっぱいいますし、とにかく自分の意見を言って、後は要相談ということで。
そしたら何か、道も見えてくるでしょう!
とりあえず桜花は洗面台に行って、冷たい水で顔をばしゃばしゃ洗います。
ついでに頭もがしがし洗っちゃいます。
そして、ちょうどそこに掛けてあったクリーニング仕立ての第二種軍装を着て、帽子もきちんとかぶって、これでよしと。
桜花は、司令中枢に向かいます。
それで、桜花の意見をみんなにきちんと言ってやるのです。
医務室を出ると、廊下で木島さんが布団をかぶって寝てました。
ああ、木島さん・・・桜花の事を心配してくださっていたのでしょうか。
でも、海軍中将がこんな所で寝てたらダメじゃないですか。
桜花はちょっと優しい感じで「木島さん、木島さん」と言ってゆすって起こします。
そしたら木島さんは、しばらくしぱしぱしていたのですが、そのうちなんだかうれしそうに「おはよう」って言います。
そして、桜花に
「おお、ずいぶん表情がよくなったな。もう立ち直ったのかっ・・・やっぱり、桜花ちゃんは強いなあ」
って言います。
だから桜花は、
「立ち直ったわけではありませんが、考えても仕方のないことは考えないようにしました」
って言ったんですが、木島さんはしばらくにんまりしてから、
「・・・やっぱり、桜花ちゃんは強いなあ」
って言いました。
・・・そうですかね。
そういえば、昨日のぐじぐじした気分が、今日は妙にすっきりしていますね。
やっぱり桜花は単純なのでしょうか。
でも、困った時は単純になっちゃうっていう桜花の性格は、こういう場合 強みかもしれませんね。
それで、木島さんと二人で、司令中枢に向かいます。
その途中で、何度か艦内要員の方々とすれ違ったりしたのですが、皆さん敬礼しながら、ちょっと元気になった桜花を見て、うれしいような不安なような、ちょっと期待してるような、そんな表情です。
今後どうなるかは桜花も分からないので、あんまり期待されても困るのですが、とにかく桜花は司令中枢に入ります。
そしたら、中にいた参謀部の方々も、なんだか大喜びです。
山本前長官も、
「・・・すこし、元気になったみたいだな」
っていって、ちょっとだけうれしそうです。
その後、みんなしばらく静かになります。
なんだか、桜花が何か言うのをじぃっと待っているみたいです。
・・・そうですね。やっぱり・・・
桜花がこの後どうするつもりなのか、ここで言わなければなりませんね。
でもそうやってじぃっとみられると、なんだか緊張しちゃいます。
とにかく桜花はいつも通り、桜花の司令席に座ります。
そしたら野田さんが、なんだかせかせかとお茶を淹れてくれました。
なんだか桜花も恐縮してしまって「あ、どうも」と言って頭を下げてお茶をいただきます。
でもそのまま野田さんは直立不動の姿勢で桜花の横でじぃっとしてるのです。
そうやって皆さん畏まられると、ほんとに、こっちまで恐縮しちゃうじゃないですか。
だから、桜花は・・・・とにかくいつも通りな感じで、
「これより、桜花が艦隊の指揮を執ります。状況の説明を」
って言いました。
そしたらもう、参謀部総員割れんばかりの喜びようで。
すごくびっくりしました。
しかもその後、艦内放送で、
「只今より、桜花大将が艦隊の指揮を掌握されたり。総員、粉骨砕身努力せよ」
って流れて、なんだか艦内各所で万歳の声が聞こえます。
・・・ちょっと・・・なんなんですかこれはっっ
そこまで大げさにされると・・・恥ずかしいじゃないですか。
だから桜花も、ちょっとどもりながら、
「ちょ、ちょっと待ってください。ちょっと、桜花の話を聞いてください!」
って言ったら、艦内がまた、しぃーんと静かになります。
こうなっちゃうとまた、桜花も話しづらいのですが・・・
でも、艦隊の指揮を執ると言ったからには、桜花の意志をはっきりさせておかなければなりません。
それで桜花は、ひとつ「こほん」とせきをして、深呼吸してから、
「・・・桜花は・・・この行動が正しい事なのかどうなのか、正直言ってよく分かりません。しかし、軍というのは、母国を守る為にあるものであって・・・ましてその中核たる連合艦隊が、他国の隷下にあるなどというのは、どう考えても間違っています。世界の情勢や、同盟国の意向がどうであったとしても、軍だけは純粋に、母国の為にあるものでなければなりません。・・・この行動が・・・その為に必要不可欠な行為であるならば、それを行うのが軍人の責務です」
そう言うと、また艦内各所から万歳が聞こえてくるのですが、ちょっと、
桜花の話はまだ終わってないんです。
「・・・あ、あの、でも・・・私、軍がどうとか世界情勢がどうとか、かっこいい事を言ってますが・・・本当はそんな大きなこと、よく分からないんです。本当のことをいうと・・・そんなことより今は、うめはなの事が心配で仕方がないんです・・・ほんとに、連合艦隊提督が、身内の事を一番心配してるなんて、駄目な事かもしれませんが・・・でも、もし、うめはなが指揮する艦隊と戦わねばならなくなった時・・・私はこの艦隊の指揮を行える自信がないんです・・・」
桜花がそう言うと、再び艦内がしぃんと静まり返ります。
ひょっとしたら皆さん、ちょっと落胆してるのかもしれませんが・・・
でも、これだけは言わなければなりません。
「・・・だから、お願いです・・・うめはなを・・・うめはなを助け出してほしいんです!」


・・・しばらく、沈黙の時間が流れます。
時間にすると一瞬だったのかもしれませんが、桜花にとってはとても長い時間のように思えました。
その後、山本前長官が真面目な表情で、桜花に
「もう一度確認しておくが、梅花の生体頭脳には意思共有化がされている可能性が高いという事、それと、救出に失敗すると梅花の命が危険に曝される事、それを分かった上で、そう判断したのだな?」
と言ったので、桜花も
「はい。そうです」
って言いました。そしたら彼は、
「ならば、私は反対する気は無い。現状で梅花少将を救出できる可能性を考えよう」
って、言ったんです。
そしたら参謀部の人たちも「宜候!」と言って、桜花の回りに集まります。
あれ?なんだか皆さん、意外とうれしそうです。
皆さん、うめはなの救出には反対だったんじゃないんですか?
すると木島さんが
「俺は反対してねえよ。ただ、危険だって言っただけで」
あ、そうだったんですか。
それに艦内も、みんな落胆してるのかと思ったら、意外と盛り上がってるみたいです。
・・・やっぱり、本当は皆さん、うめはなの事を心配していたんですね。
・・・よかったです。
なんだか・・・涙が出そうです。
すると山本前長官が
「ただな、現状を確認してみたら、それがどれだけ難しい事か分かると思うぞ」
って言ったので、とにかく桜花は飛鳥と接続して、現在の情報を受け取ります。
それで、艦隊の現状を見てみるのですが、
まあ当然の事なのですが、以前と比べると状況が全く違っています。
現在、旗艦の指揮下にある艦隊は、第1艦隊と第4艦隊のみです。
これだけでも、軍令部隷下の艦隊と、本土防衛の警備艦隊ぐらいなら制圧出来そうですが、問題はその他の常備艦隊です。
特に、軍令部の所在地である帝都に直接乗り込んでいく事になってしまった場合、横須賀配備の 多数の陸戦隊を隷下に収める第6艦隊と、空母「
翔鶴」を保有する第11艦隊の意向はとても重要です。
でもこれについては、事前に山本前長官が「別組織」を使っていろいろと手回ししたそうで、この横須賀艦隊は、現在の所「中立」という事です。
現状のように、連合艦隊旗艦「飛鳥」が軍令部の隷下から逸脱した場合、その他の艦隊は軍令部の直隷下に入ることになっているので、「中立」と宣言した段階で、軍規違反になる訳なんですが・・・という事は、この横須賀艦隊は、内心、我々の行動に賛同してると考えてよいのでしょう。
それと、さらに問題なのは陸軍の意向なのですが。
これについてはあくまで「関知せず」という事みたいです。
ただ、もともと海軍軍令部と仲の悪い陸軍は、連合艦隊と軍令部が仲違いする事は大いに結構な事らしく、また、陸軍参謀本部の方々の中にも、山本前長官が作った「別組織」の人がいるみたいなので、極秘裏に力を貸してくれたりするみたいです。
先日、桜花の救出に陸軍特殊部隊が来てくれたのもそういう事みたいで。
現状で桜花が直接指揮できる陸軍部隊はもちろん無いのですが、その辺はシノさんを中継すれば何とかなるのかも知れません。
そして一番重要な、現在の軍令部の意向なのですが、
もう既に、我々反乱軍の要求事項である「ドイツとの連合艦隊指揮権共有の解除」は提示しているのですが、彼らの意向は当艦隊の反乱行動が開始した時点から変わらず
「ドイツとの連合艦隊指揮権共有の事実は無い」
「第1及び第4艦隊は直ちに呉に帰港し、艦隊の指揮系統を軍令部に引き渡すべし」
ということで。
やっぱり軍令部側には、ドイツの電算機がいるわけですし。
最悪の状況になっても、第1艦隊と第4艦隊ぐらいなら制圧できると考えているのでしょうか。
実際、他の艦隊が全て軍令部側に回ったとしたら、
桜花がいくら頑張っても、とても対応できる物ではありません。
これは何とかして、他の艦隊にも我々の意向に賛同してもらうしか無いのですが・・・
一番、賛同を妨げるネックとなっているのが、そもそも、この意思共有化機能が海軍の司令電算機に付いているという事実を伝えても、それを信用しない艦隊司令が多いということです。
まあ実際、我々もこの意思共有化機能が付いているという事は、あくまで推測であって、本当にドイツ電算機の思い通りに連合艦隊が動かせてしまうのかどうかは分からないのですが。
しかもそれが、日本とドイツの政府間による裏取引で行われてると言うのですから・・・ほんとに、桜花も信じられないくらいです。
ただ、今の所軍令部は我々反乱軍の討伐を指示していないので、艦隊は基本的に通常警戒態勢のままのようです。
しかし、小樽第7艦隊、及び、沖縄第8艦隊の空母機動部隊は出港した模様なので、これはつまり、こちらが攻撃する意志を示したら、いつでも迎撃される可能性があるわけです。
・・・で、
この状況を踏まえて、うめはなの救出作戦を考える訳ですが・・・・
・・・これは・・・やっぱり難しいですね。
迂闊に我々が妙な手出しなんてしたら、日本近海において、連合艦隊同士の大戦闘になってしまうかも知れません。
さすがに・・・うめはな一人のために・・・
・・・そんな事は出来ないです・・・
これはどうしたものでしょうか。














皇紀2666年 8月22日


桜花

 あれから電算機直接続で長時間考えたのですが、やはり・・・
・・・今すぐうめはなを救出するのは無理みたいです。
いや、厳密には全く手段が無いわけではないのですが、現状でそれを行うと甚大な被害が出る可能性があるので、とても遂行できるものではありません。
・・・うめはなの事はとても心配なのですが・・・やはりこれは、焦らず問題点を一つずつ解決していくしかありません。
それで、現状において一番の問題点といえるのが第7、及び第8艦隊の動向です。
先ずこれを何とかしなければなりません。
しかし、第7艦隊と第8艦隊を同時に対応するのは かなり困難なので、とにかく位置的にも近い第8艦隊に接近し、先に何とかします。
何とかすると言っても、そう簡単に何とかできるものでもないのですが。
それで昨日夕刻あたりから、第1及び第4艦隊は沖縄に向かい南進中です。
先ず真っ先にうめはなの救出に向かうと考えていた艦内の人たちは、桜花が南進を指示した時は ちょっと驚きだったみたいですが、やはりここは安全且つ最善の手段をとるのが連合艦隊提督としての勤めです。
・・・でも、うめはながいると思われる呉から艦隊が少しずつ離れていくと・・・
なんだかとても辛い気持ちになりました。
ちょっと、泣きそうですけど・・・泣かないんですよ。
泣かないんですけど、桜花が泣きそうな感じになってるのは参謀部の方々も分かってるみたいです。
でもこういうときは、参謀部の方々は(ていうか艦内の皆さんもなんですけど)桜花の方を見ないようにするんですよね。
これは結局、桜花は泣き虫なんだけど、それを隠そうとしてるんだってことを、みんな知ってるんですよね。
だから皆さん、気付かないふりをしてくれるんです。
ああ、もう、みんな桜花の事はまるわかりなんですよね。
でも山本前長官だけは、なぜか桜花の肩にぽんっと手を置いて、「いい表情だ」って言ったんです。
・・・え、今の、いい表情なんですか?
なんだかよく分かりませんが、そう言われるとなんだか、泣きそうな気持ちがちょっと引っ込んだような気がします。
その後しばらく艦隊は南下を続け、内地の局地防空隊の哨戒範囲を外れたあたりで西に進路を変えます。
艦隊が進むにつれて桜花はなぜか平常心を取り戻していったのですが、それとは裏腹に艦内の雰囲気は徐々に不安な感じになってきます。
まあ、確かに。
場合によってはこのあと、第8艦隊と戦闘になってしまう可能性もあるわけですから。
でも、桜花は本当に、自分でもびっくりするくらい、今は平常心なんです。
呉から離れる時の方がよっぽど心は乱れてた気がします。
何ででしょうね。
それで、艦隊との接触にはまだ少し時間があるので桜花は少し休憩です。
ふと思ったのですが、桜花はここしばらくご飯を食べてなかったような気がします。
そういえば、すごくお腹がすきました!
桜花はちょっと急いで飛鳥庵に行って、それで、カツカレー大盛りと、カレー南蛮天そばと、あと白玉かき氷を、あっという間にたいらげてしまいました。
それで店主さんに
「沖縄に着いたら、さーたーあんたぎーを仕入れてくださいね」
って言うと、店主さんは少し驚いたように、
「さすがに桜花提督は胆が据わってるなぁ」
って言ったんです。
・・・・え、そうですかね。
でも確かに・・・今の状況だと、普通はすごく不安になるはずですよね。
何ででしょう。
艦内も、なんだか空気が固まったみたいに緊張した雰囲気になっているというのに、桜花はなぜか穏やかな気分です。
もしかしたら桜花は、状況が戦闘状態に近付くと、自然と平常心になるように出来ているのでしょうか。
そんな事を考えていると・・・なんだか、眠くなってきました・・・・


気が付くと桜花は飛鳥庵のカウンターで、すっかりうたた寝してしまいました。
いやあ、ご飯食べてそのままうたた寝なんて、すごく行儀が悪いですよね。
うめはなにはとても見せられません。
でもおかげで頭がすっきりしました。
それにしても、うたた寝ってすごく気持ちいいですよね。
その後、桜花は再び司令中枢に戻ります。
すると、参謀部の方々は、かなり真剣な顔で桜花に注目します。
あれ?皆さん、一体どうしたのですか?
すると、参謀部の方がものすごく真剣な顔で
「提督、上申してもよろしいでしょうか!」
と言うので桜花もなんだか恐縮してしまって「あ、どうぞ」と言ったんですが。
そしたら
「このまま前進すると、我が艦隊は第8艦隊の攻撃範囲に入ります。転進するか、もしくは戦闘態勢に切り替える必要があるかと思われます」
ああ、桜花がうたた寝してる間に、艦隊はもうそんなに接近していたのですか。
・・・そろそろ、次の行動を開始すべきですね。
「なにを言ってるのですか?第8艦隊は味方ですよ。我艦隊はこのまま前進します」
って桜花が言うと、皆さんすごく困惑した感じで、ざわざわしています。
でも桜花は構わず各所に指示を出します。
「空母蒼龍に連絡、速やかに輸送機の発進準備を行う事、それと、10分後に、桜花は蒼龍に移ります。旋翼機の発艦準備をして下さい」
皆さん困惑の表情のままですが、それでも、「宜候」と言って、桜花の指示に従います。
それで、最後に桜花は、
「第8艦隊旗艦「羽黒」に打電、本日1200時に、桜花大将が第8艦隊の視察に行くので、輸送機の収容準備をされたし。以上です」
っていうと、参謀部の皆さんはそろって
「ええ?!」
って言いました。


桜花のこの発言には、参謀部の皆さんも驚いたらしく、しばらくざわざわしています。
・・・やっぱり、ちょっと驚きますよね・・・
しばらくすると、ずっと黙って桜花の指示を聞いていた山本前長官が立ち上がって、桜花の前に来ます。そして桜花に
「・・・何を言っているのか分かっているのか?」
と言ったので、桜花は、
「と、言いますと?」
と聞き返します。
すると山本前長官は「う〜ん」とうなってから、すごく真面目な顔で、
「今の軍令部にとっては、意思共有化がされていない君自身が一番の脅威なんだ。つまり・・・君を消去する事を考えている。それは分かっているな?・・・それと、現在第8艦隊は軍令部の隷下にあるということも分かっているな?」
って言いました。
そんな事、桜花にだって分かっていますよ。
・・・これはちょっと、説明した方が良いでしょうか。
「それでは作戦の説明をします。あまり時間が無いのでよく聞いてください」
と言ってから、桜花は話し始めます。
「現在、と言うか・・・桜花が艦隊の指揮を掌握した段階で考えられた戦術は3つありました。1つ目は、即座に帝都の軍令総本部を全戦力で奇襲、制圧。この場合、攻撃行動の開始とともに、帝都防衛部隊と第7及び第8艦隊の同時攻撃を受ける事が想定されるので、我方の損亡確率は90%、作戦成功確率は20%。2つ目の戦術は、このまま南下し、第8艦隊の側背に回り、これを攻撃、制圧した後に、第7艦隊及び、帝都防衛部隊を排除し、軍令総本部を攻撃。この場合、我方の損亡確率は75%、作戦成功確率は15%。3つ目の戦術は、一時呉に戻り、これを制圧して要塞化し、瀬戸内海に篭城して第7及び第8艦隊を迎え撃ちつつ、期を見て航空機により軍令総本部を奇襲。この場合、我方の損亡確率は50%、作戦成功確率は5%です。ちなみに、これにうめはなの救出という条件をつけると、さらに作戦成功率は20〜30%低下します。・・・・軍令部の隷下に機能する司令電算機があるならば、おそらく彼らも同じような数値を割り出していると思います。・・・つまり、現状で我々がどんなに威嚇しても、山本前長官が以前おっしゃってた『有利な条件での話し合い』は出来ないという事です」
・・・ここまで話すと参謀部の人たちは、ちょっと青ざめた感じでし〜んと静まり返ります。
でも桜花は構わず話し続けます。
「・・・しかし、彼らにも弱点があります。それは、『意思共有化機能』の存在を公に認める訳には行かないという事です。つまり、桜花を消去するには、もっともらしい理由をでっち上げるか、隠密裏に行うしかないのです。でも、それを今すぐに行うと、意思共有化機能の存在を認めるような物ですからね。他の艦隊司令部が我々に賛同するきっかけになりかねません」
そう桜花が言うと、木島さんが、
「だからって・・・桜花が直接第8艦隊に乗り込んでくなんて、滅茶苦茶だろ!」
って言ったので、桜花は
「軍令部の統制が完全に成されて無い今だからこそ出来る奇策です。幸いな事に・・・桜花は以前、第8艦隊には行った事がありますしね。ほら、59式艦戦の33型が発動機不調になった時に。・・・あの時確か、空母益城の人が『桜花ちゃーん!また来てねー!』って言ってましたよ。みんないい人です。きっと話せば分かってくれますよ」
と桜花が言うと、また木島さんが
「・・・話せば分かってくれるって・・・そんなプロ市民みたいな、なあ・・・」
続けて山本前長官も
「輸送機で移動する際に、軍令部の部隊が攻撃を仕掛けてくる可能性もあるだろう・・・危険すぎる」
・・・ええ、もちろん・・・彼の言う通り危険はあると思います。
本当の事を言うと・・・桜花もすごく不安なんですが・・・
でも、連合艦隊提督が不安そうにしてると士気に影響するので・・・
ここはなるべく、軽い口調で話し続けます。
「おそらく、桜花が輸送機で第8艦隊に移動する旨を打電した段階で、もう軍令部にもその情報は行っていると思いますが、先ほども言ったとおり、桜花の消去は隠密裏に行わなければならないので、輸送機を撃墜するにしても、何らかの事故に見せかける必要があります。しかし、現在の我が艦隊と第8艦隊の距離では、離艦した段階から輸送機の位置は正確に彼らに捕捉されます。つまり、それを攻撃すると必ずその痕跡が残る訳です。また、隠密裏に攻撃するには、現在の段階では、軍令部直隷下の航空部隊を使わなければならないのですが、それらは陸上基地にしか配備されていません。したがって、それをこの空域で使用するには、途中で空母を中継するか、艦隊の空中給油機の支援を受けなければなりません。当然、それら全てに情報統制を行わなければならないのですが、それには多少の時間が掛かります」
桜花がそう言うと、再び山本前長官が、
「・・・しかし・・・こちらが航空機で向かって行ったら、第8艦隊がこれを攻撃行動と見なして反撃してくる可能性もあるだろう」
と言ったので桜花は
「ええ。だから桜花は非武装の輸送機で行くのです。護衛も必要ありません。それでも、もちろん・・・全く攻撃されないとは言い切れませんが・・・・その辺は賭けでしょうか」
そう言うと、再び参謀部はざわざわし始めます。
そして口々に反論を言い始めるのですが・・・
皆さんきっと桜花の事を心配してそう言って下さるのかと思いますが、でもこれは、
私がやらなければならない事なのです。
だから・・・
「行くと言ったら行くのです!!反論するのなら、今この場で任を解きます!」
って桜花が怒鳴ると、みんな「しーん」と静かになりました。


しばらくの沈黙の後、木島さんがすごく重々しい口調で、
「・・・どうしても・・・行くのか・・・」
って、もう一度桜花に聞きます。
木島さんのなんともいえない複雑な表情を見てると、一瞬決意が揺らぎそうになるのですが、ここであやふやな返事をすると、また反対されそうな気がしたので、桜花はとても強い口調で
「はい。」
と言います。
すると、木島さんは急に軽い口調になって、
「じゃ、俺も行こうかな」
って言ったんです。
あんまりにも軽く言うので、なんだか桜花もちょっとびっくりして、
「・・・あ、来ます?」
なんて聞いてしまいましたけど、でも、すごく危険なのでやめた方がいいかと思うんですけど、ここで「危険だからやめた方がいいです」なんて言うと、本当に危険なんだってみんなまた心配するかもしれないので、結局あたふたしてるうちに、木島さんも一緒に行く事になってしまいました。
ええ、・・・どうしよう・・・
それにしても、なんでまた木島さんも一緒に行くなんて言い出したのでしょうか。
何を考えてるのか全く分かりません。
・・・でも、木島さんも一緒だと思うと・・・すごく安心してしまうのです。
その後、山本前長官が、
「・・・それが・・・君の導き出した最良の手段であるならば、仕方が無いな・・・・ちなみに、それの作戦成功率は何%ぐらいなんだ?」
って聞いてきたので、ちょっと、また焦っちゃいましたが、その後
「・・・や、これは聞かないでおこう」
と言って、桜花の肩を軽くぽんっとたたいてから
「任せたぞ」
と言います。
だから桜花も、
「留守中の艦隊の指揮をお願いします」
と言って、そのまま司令中枢を出ます。
きっと、参謀部の方々はすごく心配そうな顔をしてるかと思いますけど、これは、見ないようにします。
そして、艦内の廊下を木島さんと二人で歩いて飛行甲板に向かいます。
その時、回りに誰もいないのを確認してから、桜花は木島さんに静かに話しかけます。
「・・・やっぱり、一緒に来るんですか?」
すると木島さんは
「ああ、行くよ」
と、即答します。
「・・・あの、木島さん・・・一応、この行動の成功率を教えておきますけどね」
と桜花が言うと、木島さんはそれを打ち消すように大声で
「だあああ!言うな!やめろ!恐くなるだろっ」
と言って、ケタケタ笑います。
なんだか木島さん・・・この行動自体が、何かの冗談みたいに思えてくるほど陽気です。
そして桜花に
「第8艦隊の人達はみんないい人だから、きっと話せばわかってくれるさっ」
と、ちょっとバカにしたように言って、またケタケタ笑います。
どんな状況でもこうやって陽気でいられる木島さんって、やっぱりすごく強いと思います。
もしこの場に木島さんがいなくて、一人で廊下を歩いてたとすると・・・桜花はとても不安で、泣きそうになってたかもしれません。
・・・もしかして木島さんは・・・
桜花が不安にならないようにするために、付いて来るなんて言ったのでしょうか。
そうこうしてるうちに、桜花たちは飛行甲板に出ます。
外はとても天気が良くて、なんだか風が気持ちいいです。
飛行甲板には、既に旋翼機が発進準備を終え、ローターを回しています。


 桜花と木島さんは旋翼機に乗って、空母蒼龍に移ります。
本当は旋翼機でそのまま第8艦隊まで行けたら良いんですけど、やっぱり、輸送機を使わないと航続距離が足りないんです。
空母蒼龍の甲板に降り立つと、甲板要員が不安そうな顔で敬礼します。
やっぱりみんな、不安なんですよね。
でもここで桜花まで不安そうな顔をすると、みんなもっと不安になるかもしれないので、ここは努めて平気そうな顔をします。
それで、すでに発進準備を完了している輸送機まで歩いて行きます。
すると、整備の人たちはそろって敬礼して、機付長が
「発艦準備、完了いたしました!」
と言います。
桜花も敬礼してから、
「搭乗員の方は?」
と聞くと、搭乗員の人が「は!」と言って一歩前に出て敬礼します。
それで桜花は彼に向かって、
「大変危険な任務になると思います。本当は志願制にしたかったのですが、何分、時間がありません。脱出装備を着用してください。危険だと思ったら、自分の判断で脱出してください。あと、目的地である第8艦隊空母「益城」からは、今の所、着艦許可が出ていません。場合によっては着艦誘導を受けない強行着艦となるかもしれませんが・・・可能ですか?」
と、桜花が言うと、彼は、
「は!可能であります!」
と、即答します。
そしてしばらくしてから彼は、
「靖国まででもお供いたします!」
と、言いました。
すごい意気込みです。
・・・なんだか、申し訳ないです。
でもあんまり時間が無いので、桜花は
「・・・すみません」
とひとこと言って、輸送機に乗り込みます。
桜花と木島さんが座席に着いて、準備完了の合図をすると、すぐに輸送機は動き出して、射出機の上に行きます。
すると、射出装置が機体の前脚に取り付けられ、発艦準備完了です。
その後、発艦の秒読みに入る訳ですが、普段なら桜花は、この発艦秒読みがすごくわくわくしてたりするんですが、今日はなんだか不安な気持ちです。
それで桜花は木島さんの方を見て、何か言おうと思ったんですが、何にも言葉が思い浮かびません。
すると木島さんが、
「俺は戦闘機乗りだからな。やっぱりこの瞬間が一番わくわくするなぁ」
って言いました。
「え!・・・木島さんって戦闘機乗りだったんですか!」
「そうだよ。知らんかったの?」
そう言ってるうちに「バシィン!」と大きな音がして、輸送機はあっという間に加速して空に舞い上がります。


 輸送機は巡航高度まで上がると、水平飛行に移ります。
気流の状態が穏やかなせいか、機体はそれほど揺れずに快適です。
桜花はヘルメットを外します。
その後は、なんだか不安感を打ち消すように、木島さんといろいろお話しました。
最初は木島さんの戦闘機乗り時代の話から始まって、
そうそう、木島さんって実はすごいエースパイロットだったんですね。
太平洋戦争が終結してからそれほど大きな戦争になることの無かったこの帝國において、よくそれだけ戦果を上げたものだとびっくりするほどです。
でも考えてみれば、木島さんって海軍中将なんですもんね。
桜花は生まれたときから海軍大将だったのであまり分かりませんが、普通、中将まで出世するにはやっぱり、それくらいすごい事してないとなかなか成れないですよね。
でも木島さんって、あんまりそういうこと話さないですよね。
桜花にそんな輝かしい経歴があったら、すぐに自慢してしまうと思います。
以前「うぐい」を釣り上げた時なんかも、その後ずっといろんな人にうぐいの話ばっかりしてましたもんね。
ああ、今思えば皆さん、結構うっとうしかったでしょうね。
うぐいうぐいって・・・
桜花はまだまだ人間出来て無いです。
そんな感じでいろんな話をしていたのですが、最後に、桜花の出生についてのお話をしました。
今までいろんなことがあって、この事について詳しく聞く時間が無かったのですが、
・・・これはすごく知りたいです。
何より、桜花の生体頭脳について、詳しく聞きたいです。
でも、その頃木島さんは機動艦隊に勤務してたらしいので、とにかく忙しくて、あまりその辺は詳しく知らないのだそうです。
詳しく知らないって・・・そんな事は無いでしょう。
「だって、木島さんってこの反乱計画の影の参謀みたいなもんでしょ?」
桜花がそう言うと、木島さんは
「影の参謀ってなんだよっ」
って言ってケタケタ笑うのですが・・・
でも、さっきまでの軽い口調とは打って変わって、その話になってから、木島さんはなんだか重々しい雰囲気になったような気がします。
やっぱり木島さん・・・なにか隠しているんですね。
だから桜花は、
「もう隠すのはやめてください!木島さん!桜花に全部話してください!」
って言って、怒ってしまったのですが・・・
木島さんは黙ったままで・・・少し悲しいような表情になります。
そしてしばらくの沈黙の後、木島さんは静かに話し始めます。
「・・・桜花の生体頭脳は・・・日本の独自技術でたったの3年間で創り上げた事になっている。・・・ドイツが戦時中から60年もかけて造った物を・・・たったの3年だ・・・もちろんそれは、ドイツが長年研究した生体頭脳の遺伝子情報があったから出来たのだが・・・それでも3年は短すぎる・・・とても出来る物ではない・・・それは彼女も分かっていた」
・・・木島さん・・・一体何を言おうとしてるんですか・・・?
「・・・彼女って・・・桜花の生体頭脳を造った『おばさん』の事ですか?」
桜花がそう言うと、木島さんはまた話し始めます。
「・・・帝国には一億もの人間がいるというのに・・・偶然とは恐ろしい物だよ・・・神の定めって物は本当にあるんだと・・・俺はその時思ったもんだよ・・・」
何を言ってるのかさっぱり分かりません。
木島さん、また小難しい事を言って、桜花をはぐらかそうとしてるんですか?
だから桜花は
「分かりやすく説明してください!」
って言おうと思ったら、その時、輸送機の搭乗員が、
「報告いたします!」
と叫びました。
桜花はびっくりして「はい!どうぞ!」と言うと搭乗員は話し始めます。
「間も無く当機は、第8艦隊の最終識別範囲に入ります!」
・・・ああ、ついにここまで来てしまいましたか・・・
「空母益城にもう一度着艦要請を行ってください」
と桜花が言うと、彼は「は!」と言って、しばらく通信を行います。
その後、搭乗員は、
「益城より、返信ありません!」
と言います。
ああ、やっぱり・・・そうですか・・・
こうなったら仕方がありません。
「強行着艦を行ってください」


常に移動している航空母艦に強行着艦するというのは、実はかなり困難な事です。
通常は着艦信号が受けられるので、母艦の位置や接近する角度などが正確にわかるのですが、信号が受けられない場合はそれらを全て目視で行わなければならないので、とても大変です。
これが大きな空港などでは比較的容易なのですが、小さな空母だと例えそれが帝國最大の「天城」型だったとしても、最終接近位置に付いた段階ではほとんど点にしか見えません。
さらに問題なのは、着艦作業というのは着艦する航空機だけでなく母艦の方も収容態勢を整えていなければ出来ないので、通信装置の故障などで母艦との交信が出来ない場合は、航空機の脚を下ろして空母に接近し、飛行甲板の上を超低空で通過して着艦をする意思を示す必要があります。
それが受領されると今度は信号などを使ってこちらの搭載燃料、装備などを母艦に伝えて、その総重量をもとに着艦ワイヤーの伸度設定をしてもらいます。
母艦と通信が出来ないと、これらの事をすべて手動でやらなければなりません。
もちろんその間は全く無防備なので、攻撃を受けるとひとたまりもないのですが。
ただひとつ疑問に思うのは、こちらを敵と見なしていようが味方と見なしていようが、ここまで接近したならば何か通信があってもおかしくないと思うのですが。
こちらが交信を試みても全く返信が無いというのはどういう事なのでしょうか。
その時搭乗員が、
「空母に接近します!」
と叫びます。
とにかく桜花はベルトで固定されている身を精一杯乗り出して、窓から外を見ますが海面しか見えません。
でも、少しずつ高度が下がって行くのが分かります。
そして機体がぐらんぐらんと大きく揺れます。
・・・結構・・・恐いです。
そして、もう海面すれすれかと思うくらいまで高度が下がったかと思うと、一瞬、空母の艦橋とすれ違います。
一応着艦速度なのだとは思うのですが、それでもものすごい速さで、
甲板の状況をうかがい知る事など全く出来ません。
だから搭乗員の人に、
「空母の様子、分かりました?」
と聞いてみたら、彼は、
「は!・・・・降着甲板上は特に問題無いと思われます!」
と叫びます。
・・・問題無い・・・ですか。
輸送機は再び上昇して旋回し、もう一度着艦位置に入ります。
それにしても、この段階になっても空母から全く通信が無いというのはどういうことでしょうか。
その時、搭乗員の人が、
「空母益城より入電!」
と、叫びます。
「益城はこれより、当機の着艦誘導を行うとの事です!」
・・・これは驚きです。
でも、着艦誘導を行ってくれるのなら好都合ですね。
・・・と、一瞬思ったのですが・・・・
なんだか変ですよね。
・・・・
・・・もしかして・・・もし、万が一、
既に空母「益城」の航空管制は軍令部の統制化にあると仮定して・・・
この着艦誘導の空母位置信号に実際と異なった情報を発信させると、着艦は失敗して、場合によっては母艦に衝突なんて事にもなりかねません。
しかし、これを装置の誤作動、または搭乗員の操縦ミスということで処理してしまえば・・・・
・・・事故として桜花を消去できますよね・・・
これは!・・・大変です。
とにかく桜花は搭乗員の人に、
「空母益城に着艦信号を受信した事を伝えてください。しかし、この信号は偽である可能性があります。目視にて着艦を行ってください」
すると彼は、少し間を置いてから、
「・・・宜候!」
と言います。
そして輸送機は、再び着艦態勢に入ります。
機体はぐらんぐらんと大きく揺れて、少しずつ海面が近付いてきます。
しばらくすると搭乗員の人が、
「畏れながら申し上げます!現在目視による最終接近を行っておりますが・・・どうやら益城の誘導信号は正しいようです」
と言いました。
・・・桜花の考えすぎだったのでしょうか。
最近いろんなことがあったから、桜花も疑い深くなってしまって。
だめですね。
今まで通信が無かったのも、突然反乱軍の提督が来艦するなんて言ったから、彼らも混乱してしまったのかもしれませんね。
ひょっとしたら、いろいろ考えた末に私達を受け入れる気になってくれたのかもしれません。
しばらくすると、ガシィィンと音がして、輸送機は止まります。
窓から外を見ると、空母の降着甲板の上です。
どうやら輸送機は空母に着艦できたみたいです。
なんだか、思ったよりもすんなり着艦できましたね。
ちょっと、信じられないくらいです。
でも、よかったですね。
桜花はベルトを外して立ち上がろうとすると、なんだか足ががくがく震えています。
自分では結構冷静だったように思っていたのですが・・・・やっぱりかなり緊張してたんですね。
その後、搭乗員の人が、
「機体のハッチを開きますか?」
と聞くので、
「もちろんです。桜花はこの艦の視察に来たのですから」
と言います。
ハッチが開いたので外に出ようと思ったら、突然木島さんが桜花の腕をつかんで、
「待て、俺が先に出る」
と言って、桜花の前に出ました。
・・・べつにそこまで警戒する事でも無いと思うのですが。
その後、木島さんの後に続いて、桜花も空母の甲板に降りたのですが・・・
・・・なんだか・・・ちょっと様子が変です。
妙に静かです。
以前この艦に来た時は、桜花が降りたとたんに甲板要員の人たちが大勢集まってきて、写真を撮られたりサインをしたりと大騒ぎだったのに。
まあ、状況が状況だから、皆さん戸惑ってるのかと思ったのですが・・・そういう感じでもなくて・・・なんだか皆さん、たまにこっちをちらっと見たりしながら、何て事無いように作業しています。
すると木島さんも、
「・・・なんか・・・妙だな・・・」
と、言います。
確かに妙な雰囲気です。
しばらくすると第二種軍装を着た人たちが数人桜花の前までやってきて敬礼をします。
そしてその中の一人が、
「第8艦隊提督、山田中将であります。本日は遠路お来し頂、光栄であります」
と言います。
なんだかこの状況から考えると、あまりにも普通な対応なので、ちょっと拍子抜けしてしまいそうでした。
すると彼は、
「現在の状況は・・・未だ一般隊員の知る所ではないのです。別室を用意してあります。お話はそちらで」
と言って、私達に付いて来るように促すので、桜花と木島さんは彼らに付いて歩いていきます。
その時木島さんが、桜花にこっそり話しかけるような仕草をしながら相手にも聞こえるような声で、
「・・・見ない顔だな」
と言いました。
すると彼は一瞬こっちを見たのですが、そのまま普通に歩いて行きます。
・・・やっぱり・・・なんだか様子が変です。
・・・と、思ったら突然、すごくごっつい甲板要員の人がものすごい勢いで、こっちに向かって走って来ます!
これは!
もしかして、桜花を消去する為にこの艦に送られた、軍令部の刺客でしょうか!!
これはまずいです!
桜花はとっさに身構えるのですが、今日は軍刀を持ってきていません。
持って来ていたとしても、あんなごっつい人、無理です!
あああ!ころされるぅぅ!!
・・・と思ったら、なんとその甲板要員は、山田中将の胸倉をつかむと、そのまま柔道技で投げ飛ばして、地面に押さえ込みます。
いったい・・・これは?!
するとその甲板要員は、
「桜花ちゃん!逃げろ!こいつは軍令部の差し金だ!!」
って、叫んだんです。
これはどういうことですか?!
そしてその直後、いままで普通に見て見ぬ振りをしていた他の甲板要員たちも、なんだかこの時を待ってましたとばかりに大勢集まってきて、山田中将とか回りの人たちとかに飛び掛って押さえつけて、もう、めっちゃくちゃです。
いったいなんなんですかこれは!
どうやら甲板要員の人たちは桜花に危害を加えるつもりではなかったみたいですが・・・でも、これは、あまりにひどいです!
とにかく、寄ってたかって少数の人間を痛めつけるなんてあんまりじゃないですか!
だから桜花は、
「やめなさい!!」
・・・って、叫んだら、
皆さんしーんと静かになりました。
そして、甲板要員はみんな直立不動の姿勢で桜花の前に整列します。
とにかく桜花は、
「これは・・・どういう事なのですか!」
と聞くと、甲板要員の中の一人が一歩前に出て、
「は!申し上げます!彼らは軍令部の差し金であります!」
「それは先程聞きました!・・・・なぜみんなで寄ってたかって痛めつけるのですか!」
と、桜花が聞くと、また甲板要員の一人が一歩前に出て、
「は!申し上げます!彼らは・・・その・・・桜花提督を抹殺しようと企てているとの噂・・・いや、情報が・・・」
軍令部の差し金が桜花を抹殺・・・?
・・・確かに、まあ、ありえない話ではありませんが・・・
彼らの話を聞いてると、なんだかどうも真相があやふやで、この山田中将たちが実は軍令部の差し金で桜花を抹殺しようとしていたという話も、なんだか根も葉もない噂話のようです。
・・・まったく・・・
やっぱり特殊に混乱している状況だと、このような事も起こってしまうのでしょうか。
でも、桜花を守ろうとしてそういう行動をしてくださったその気持ちには感謝しますが・・・
山田中将たちはみんな鼻血を出して気を失っています。
根も葉もない噂話がもとで痛めつけられるなんて・・・とてもかわいそうです。
その後、艦の警備兵達が来て、暴行をはたらいた甲板要員達を押さえつけます。
そして医療班が山田中将たちの治療を行います。
彼らは・・・大丈夫でしょうか。
ずいぶんひどく痛めつけられてたみたいですが・・・
なんだか、来た早々とんでもない事になってしまいましたね。
でもやっぱりこれは、現在の連合艦隊が混乱した状況にあるから、このようなことになってしまうのです。
・・・これは・・・早いところ何とかしなければなりません。
・・・などと思っていたら、突然、
なぜか治療に当たっていた医療班の人が、妙な声で叫びだします。
桜花はびっくりしてそっちを向いたのですが・・・
そしたら、山田中将と一緒にいた第二種軍装の人が、ふらっと立ち上がっています。
・・・べつに・・・叫びだすほどの事ではないと思うのですが・・・
・・・でも・・・よく見ると、その男性は・・・なんと・・・
顔の半分が無くなってるじゃないですか!!!
ちょっと!!、人間って、顔が半分になっても立ち上がれるのですか?!
すると彼はゆっくりと口を開きます。
口の中には、なんだか妙な筒状の機械が見えます!
なんなんですかこれは!!
そして彼は「カカカカカカカ!!」と不思議な音を出しました。
その音は、なんだか妙に桜花の頭の中に・・・響くような・・・
・・・ちょっと・・・これ・・・・
・・・・異常な・・・・・・・かiusdfhliefhagfuigfliauwgfvligiuyv
ouefuwerhflsiuhfoieuvrheiufheliurvyneiuryawpyvpeynpeyivuerywaeiuo
vyoeiutrvoiveoeriuviuyapweiuryap
ypveaiuypieutypeithiuhlkvhfteiutgpiutg
liuhfnoiweurhteivuyeiut
fuehvpeiuhvweh     heoifhovhf  uehfiue  
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皇紀2666年 8月23日


桜花

 ・・・ここは・・・どこでしょうか・・・
どこかの・・・医務室みたいな感じの場所です。
桜花はベッドで横になっています。
桜花の耳の後ろには整備用のコードが着いていて、それはなにやら円筒状の機械に接続されています。
この機械・・・どこかで見たような感じです。
するとその機械は、「もう大丈夫です」といいました。
この声は・・・・シノさんの声です。
じゃあこの円筒状の機械はシノさんなのでしょうか。
でもシノさんは、桜花の部屋の戸棚の中で動かなくなってる筈ですが・・・
近くには木島さんもいます。
木島さんは、桜花の顔をのぞき込むと、
「いやあ、一時はどうなる事かと思ったよ、でも、もう安心だ」
と言います。
その後、円筒状の機械が、
「ここは、第8艦隊空母益城の医務室です。気分はどうですか?あ、ちなみに私は陸軍電算機のシノ中将です。お久しぶり。頭痛などはありませんか?」
あ、やっぱりシノさんです。
それにしても、何でシノさんがここに・・・・
・・・いや!それより!
あの、顔が半分になっても立ち上がって来たあれは、なんなのでしょうか。
あれも、もしかしたら人型電算機なのでしょうか。
そう聞こうと思ったら、シノさんが説明し始めました。
どうやら接続コードから、桜花の考えてる事がある程度分かるみたいです。
「いやいや、あれは我々司令電算機のような高等な装置ではありません。言うなれば、電動マネキンという感じでしょうか・・・所定のプログラム、もしくは遠隔操作で動く単純な機械です。まあ、単純なだけあって、外見や内部装備をいろいろと変更したりできる便利な機械みたいですが、ドイツは司令電算機のほかに、あのような物をいくつか作っているみたいです」
え・・・ドイツの?
・・・という事は、やっぱりあれは、軍令部の差し金だったという事なのでしょうか。
「おそらく、そういう感じでしょうね。あの電動マネキンには、我々司令電算機の電子頭脳に悪影響を及ぼす特殊電磁波発生装置が装備されていました。通常は防御プログラムが成されているので、そのような外部電波に影響されたりはしないのですが、おそらく彼らは、桜花さんを拉致した時に、あなたの防御プログラムをある程度解析していたのかも知れませんね。あの電磁波発生装置には、先程使用された傷害電磁波の他に、桜花さんと飛鳥の電算機との接続を妨害するプログラムが仕込まれていました。」
・・・え、それって・・・つまり・・・
「つまり、あなたを殺さずに、戦闘能力だけを奪う事が出来るということです。あなたを公然と消去してしまうのはいろいろ問題があるというのは、彼らもよく分かっているみたいですし。おそらく彼らは、あなたを別室に入れて密かにこの電磁波を浴びせる事でプログラム変更して、その上で何事も無かったようにあなたを第1艦隊に戻すつもりだったのでしょう。司令電算能力さえ奪ってしまえば、あとはどうとでもなりますからねえ」
・・・そんな・・・どうしてそんな用意周到に手の込んだ事が出来るのでしょうか。
桜花が第8艦隊に視察に行くと連絡してから、実際にここに来るまでには1時間もかかっていない筈です。
・・・まさか・・・
彼らは桜花が意表をついて、この第8艦隊に乗り込んでくるという事を、前もって・・・
「前もって予測していたのでしょうね」
・・・そんな・・・
シノさんはあっさり言いますけど、
どう考えても有り得ないです!
だって、この状況で反乱軍の総大将が、単身無防備で軍令部隷下の艦隊に乗り込んでくるなんて、普通だれも思わないでしょう!
「確かに、あなただからこそ思いつく奇策だったと思います。今の第8艦隊の桜花さんファンの多さから判断すると、場合によっては無血でこの第8艦隊を落とす事が出来たかもしれません。しかし・・・桜花さん・・・あなたは軍令部にはドイツ電算機『アドルフィーナ』がいるという事を忘れていませんか?・・・彼女を侮ってはいけません」
・・・まさか・・・
桜花のあの突拍子も無い行動を先読みしていたのだとすれば・・・・
極めて高性能としか言い様がありません。
・・・もしかして・・・・私達は、とんでもないものを敵に回してしまったのでしょうか・・・
なんだか、急に・・・なんともいえない恐怖感が沸いてきます・・・・
するとシノさんは、このシーンとした雰囲気を打ち消すように接続コードを外して、
「・・・まあ、お茶でも淹れましょうか」
と言って、せかせかと茶道具を探します。
それにしても、なんでシノさんが、この空母益城にいるのでしょうか。
桜花がそう聞くと、シノさんは、
「・・・実は・・・ここだけの話・・・私の端末機はかなり以前から、海軍の動向を探る為に連合艦隊の複数の艦艇に忍び込ませてあるのですよ」
と言って、彼女は頭をぽりぽりかくような仕草をします。
すると木島さんが、
「そりゃあ初耳だなあ、おい。いったいどれくらい忍び込んでるんだ?」
と聞くと、シノさんはちょっとあたふたしながら、
「そんなにたくさんじゃないですよ。普段は給湯ポットとして、立派に海軍のお役に立ってるんですよ。それに今回も、私が事前に軍令部の動きを察知してなければ大変な事になっていましたよ」
と言って、その後、シノさんはこれまでの経緯を話し始めるのですが、
そもそもこの第8艦隊は、出港直前にいきなり上層部の人事入れ替えが行われたらしく、それで今までの艦隊司令要員は解任され、そして、あの山田中将とかが新たに入ってきたのだそうです。
その段階で、シノさんはどうにも怪しいと思ったらしいのですが、彼らが何を企んでいるのかまでは分からなかったので、彼らに揺さぶりを掛けるために、『新任の山田中将は桜花提督を暗殺しようとしている』という、根も葉もない噂話を艦内要員に流してやったのだそうです。
「じゃあ、あの噂話はシノさんが発端だったのですか!」
と、桜花が言うと、シノさんは、
「・・・ええ、まあ。でもあながち間違ってはいませんでしたね」
と言って、また頭をぽりぽりかくような仕草をします。
「・・・それにしても甲板要員の人たちが、ここまで過剰に反応するとは思いませんでした。海軍では桜花さんの人気って、すごいんですね。おそらくドイツ電算機も、桜花さんの人気がここまでのものとは予測していなかったのでしょう」


 その後、木島さんから第8艦隊の現状を聞いたのですが、
桜花が気絶した後、空母益城内は再び混乱状態になったそうで、あの電動マネキンと山田中将他、軍令部の差し金だった人たちは再び痛めつけられて、山田中将たちは監禁され、電動マネキンは空母の研究室で分解され、徹底調査をされてるのだそうです。
もともと突然上層部の総入れ替えが行われた第8艦隊要員の忠誠度は極めて低かったそうですが、いくらなんでも一般兵が将官を痛めつけて監禁するなんて、とんでもない反乱行為です。
(まあ、反乱軍の総大将である桜花が言うのもなんですが)
桜花がここに来る前に旗艦機能を空母益城に移していた第8艦隊は、司令要員を失った現在 指揮系統は全く機能していない状態で、それぞれの艦が独自に警戒態勢を取り、すでに艦隊としての形状にはなっていないのだそうです。
その後、木島さんが連合艦隊旗艦参謀長として空母から指揮を執って、今までの経緯と今の連合艦隊がどのような状況にあるのかを全艦に説明すると、何とか混乱は収まったそうですが、未だ艦隊行動が取れない状態なのだそうです。
現状で空母を狙われたら大変です。
・・・これは・・・なんとかしなければなりません。
とりあえず桜花はこの医務室を出て、空母の司令中枢に行こうと思ったら、医務室の前の廊下には、益城の艦内要員がいっぱいです。
・・・ちょっと、びっくりしましたが、
きっと、桜花が突然気を失ったので、皆さん心配してくださっていたのでしょうね。
だから桜花は元気に笑って、
「桜花はもう、ぜんぜん大丈夫です!」
って言ったら皆さん大盛り上がりで、拍手したり、なんだかよく分からない笛みたいな楽器を吹いたりと、アイドル歌手のライブ会場みたいな感じです。
空母益城って、なんだかこういう・・・独特の自由な雰囲気がありますよね。
でもその後、
「桜花大将、健在なり!各員、入魂して下令待て!」
と、艦内放送が入ると、皆さん整列して敬礼します。
・・・いやあ、なんだか・・・ちょっと恥ずかしい気もしますが・・・
桜花も敬礼しながら司令中枢に向かいます。
途中で、たくさんの艦内要員の人たちとすれ違いましたが、皆さんきちんと整列して敬礼します。
なんだか・・・士気は高いです。
その後、司令中枢に着いたのですが、やっぱり司令要員は誰もいなくて、中にいるのは操作要員と益城の艦長さんだけです。
この艦長さん、なんだか優しそうなおじいさんです。
ああ、この人が艦長だから、益城はなんだか自由な雰囲気なんだなあと、
ちょっと分かったような気がします。
その後、益城艦長さんから山田中将とかの話をいろいろと聞いたのですが、とにかくひどい扱いで、この数日間で第8艦隊の士気はガタ落ちだったのだそうです。
やっぱり、いきなり司令要員の総入れ替えなんかしたら士気が下がるのは当然ですよね。
そして最後に益城艦長は、
「空母益城は総員一致して、桜花提督の隷下に入る所存です」
と言いました。
これは・・・ありがたいです。
空母益城が加われば、艦隊の機動戦闘能力は格段に向上します。
いや、と言うか、それよりも桜花は、なんだか仲間が増えてうれしいっていう単純な気持ちです。
よかったです。
でも、他の艦艇はどうなんでしょうか。
とりあえず桜花は、司令中枢の電算機に接続して状況を確認します。
するとやっぱり、艦隊の陣形は崩れていて、絶対護衛の必要な輸送艦を含む全ての艦が「孤立航行中」表示になっています。
これはひどいです。
でもしばらくすると、桜花が益城の司令中枢に接続した事が分かったらしく、各艦の表示が「待機」に切り替わります。
とりあえず・・・・「どうしましょう」って木島さんに聞いてみたんですが、
「第8艦隊の指揮権は桜花大将が掌握したから、お前らちゃんと仕事しろって言ゃあいいんじゃねえの?」
っていうのですが・・・・
でも、それはちょっと、強引ですよ。
やっぱり各艦の意見も尊重しなければ。
それで、全艦に向けて、
「空母益城はこれより第1艦隊旗艦の隷下に入る。これに従う艦は空母護衛陣形を取り、それ以外は母港に帰還し、軍令部の下令を待て」
と、打電しました。
昨日、木島さんが全艦に向けて現在の状況を説明してくださったそうなので、第1艦隊の隷下に入るという事は、反乱軍に加わるという事を意味するのはみんな分かっていると思いますが・・・
打電した直後、第8艦隊全艦の表示が「待機」から「空母護衛」に切り替わり、全艦即座に陣形を立て直しました。
これは・・・びっくりです。
もうちょっと迷ったりする艦もあるかと思ったのですが。
やっぱり、この艦隊も軍令部のやり方には日々反感を持っていたのでしょうか。
でも・・・うれしいです。
怖い思いをして単身無防備でここまで乗り込んできた甲斐がありました。
なんだかちょっと、泣きそうですけど・・・
泣かないんですよ。
でも、とりあえず・・・
全艦に向けて「ありがとう」って打電しておきます。


 その後、第8艦隊は第1艦隊と合流すべく概ね東に進路を変えます。
木島さんはその時、もう仕事は終わったからさっさと航空機で第1艦隊に戻ろうと言ったのですが、折角ですから桜花はこのまま第8艦隊に乗って行こうと思います。
それで、合流までにはまだ少し時間があったので、第8艦隊のいろんな艦艇に行ってみようと思います。
木島さんは、現状で桜花が司令電算機との接続能力の無い艦艇に行くのは良くないと言っていたのですが・・・
・・・そう、今は橘花さんもうめはなもいないので・・・
でも!ちょっとぐらいなら大丈夫です。
それに、こういう混乱した状況でこそ、桜花はたくさんの兵員の方々に直接会っておくべきだと思うんです。
でも、やっぱりあんまり時間も無いので3隻だけ、司令巡洋艦「羽黒」と重巡洋艦「
鞍馬」と、それと、戦略的に重要な艦ばっかり行ってると思われたらやなので、艦隊で一番小さい駆逐艦「椿09」に行きました。
それで、各艦の人たちはもっと複雑な雰囲気になってるかと思ったのですが、意外と明るくて、どこへ行っても皆さん大歓迎してくださいました。
次に艦隊がまとまった補給を受けられるのはいつになるかわからないので、各艦の備蓄食料は大事にしなければならないとは思うのですが、やっぱり、桜花は大食いだって事は皆さんよく分かってるみたいで、どこへ行ってもすごいご馳走を用意してくださって。
いやあ、また・・・・たらふく食べてしまいました。
中でも一番おいしかったのが、意外にも駆逐艦「椿09」で食べた「ごった煮ミサエ鍋」というやつです。
とにかく、具材がなんだかよくわからないあやしい物ばかりなんですが、これが絶妙な混ざり具合でおいしいんですね。
それで、これ、なんで「ミサエ鍋」というかというと、ミサエさんが作ったからではなくて、この駆逐艦「椿09」は、実は艦内要員の人たちの間では駆逐艦「みさえ」と呼んでいるんだそうです。
確かに、艦名が番号だとちょっと味気ないですもんね。
でもなんで「みさえ」なのかは皆さんよく分かっていないそうなんですが、話によると、この艦の就役時の初代艦長の奥さんの名前が「みさえ」だったからというのが一番有力な説なのだそうですが、後で調べてみたら「椿09」の初代艦長は当時独身だったみたいなんですよね。
・・・なんだか・・・謎です。
で、ここではこの「ミサエ鍋」は、特別な日だけ、なぜか甲板に出て非番の人みんなで輪になって食べるみたいで、とにかく小さい駆逐艦なので結構船体は揺れるし、たまに波をかぶったりするのですが、それがいいんですね。
そういえば、桜花は航行中の駆逐艦に乗ったのは初めてなんですが、駆逐艦っていうのは搭乗員数が少ないので、全員がひとつの家族みたいな感じなんですね。
なんだか和気藹々としてて、いいですね。
現在の連合艦隊が非常に緊迫した状態にあるというのに、ここではなんだか空気が変わったみたいです。
やっぱり、いざ戦闘となると艦隊の最前列に出て戦わなければならない駆逐戦隊だからこそ、少しの休息時間でもこのように穏やかな雰囲気を大事にしてるのでしょうか。
最近、私自身ずっと緊張した状態が続いていたので、なんだかこういう雰囲気がすごくうれしく感じます。
出来ればもっと長くここにいたかったのですが・・・
やっぱり、そうも言ってられません。
でも、今の状況が全部片付いて、また平和な連合艦隊に戻ったら、
・・・また来たいです。














皇紀2666年 8月24日


桜花

 第8艦隊は、昨日夜遅くに第1艦隊と合流しました。
それで桜花は旋翼機で戦艦飛鳥に戻ったんですが、なんだか急に緊張が解けたせいか、すごく眠くって、機内で眠ってしまったんですね。
それでそのまま誰かが桜花を部屋まで運んでくださったらしくて、目が覚めるともうお昼くらいになっています。
ああ、大変です。
この逼迫した時に連合艦隊提督がぐっすり寝坊などしていては駄目ですね。
とにかく現状を確認する為に桜花は急いで司令中枢に戻ります。
それで桜花はちょっと申し訳ない感じで司令中枢に入ったんですが、なんだか皆さん、桜花を拍手で迎えてくださったので、ちょっとびっくりしました。
山本前長官も、
「まさか本当に第8艦隊を引き連れて戻ってくるとは・・・君には何か・・・電算能力とは別に、強い力があるのかもしれないな・・・・恐れ入ったよ」
って、言って下さいました。
いやあ、そういわれると、なんだか照れちゃいますが・・・・でも、今回うまく行ったのは、本当に運がよかったのもありますし、それに、結構、シノさんのおかげだったりもするのですが。
するとそばにいたシノさんが、
「まあまあ、謙遜しなさんな。桜花さんはやっぱりすごいですよ」
って褒めてくださって。
いやあ、照れちゃいます。
・・・ていうか、なんでシノさんがここにいるんですか!
「ちゃんと戸棚に隠れてないと駄目じゃないですか!」
と、桜花が言ったらシノさんは、
「・・・ええと、私はそっちの方のシノではなくて、第8艦隊にいた方のシノです。こっそり付いて来ちゃいました」
あ、そうなんですか。
・・・・え、それにしても、なんでシノさん・・・隠れてないで良いんでしょうか・・・
でも、まあ、シノさんが一緒だと心強いです。
そうそう、桜花の部屋の戸棚に隠れている方のシノさんは、ずっと動かないのですが、あれはどうしてしまったのでしょうか。
するとシノさんは、
「あっちの方のシノは、アドルフィーナが飛鳥と接続するのを妨害する為に派遣されていたのです。もう任務が終了したので停止しました。今度燃えないゴミの日にでも出しといてください。」
って言うんです。
そうだったんですかっ
確かにあっちのシノさんが動かなくなったのは、アドルフィーナさんが飛鳥に来た後でした。
「じゃあ、あの日アドルフィーナさんがけいれんを起こしたり、その後すごく怒ったりしたのも、全部シノさんの仕業だったのですか!」
と桜花が言うと、
「そうですよ。ああ、てっきり気付いているのかと思っていました」
って言いながら、シノさんは頭をぽりぽりかくような仕草をします。
・・・そうだったんですか。
そういえば確かに、あの日司令中枢に謎の給湯ポットがあったような気がします。
・・・ていうか、シノさんって結構・・・侮れない人ですよね。
まあ、そんな事より、桜花は飛鳥の電算機に接続して現状の確認をします。
やはり、第8艦隊が我々の隷下に加わった事で、また大きく状況が変わっています。
今まで、第8艦隊と同様に大きな脅威だった小樽の第7艦隊は、
なんと転進して母港に戻りつつあるようです。
まあ実際、現状では我々は大きな戦力になってしまったわけで、第7艦隊だけではこれに対応出来ないと判断したのか、あるいは第8艦隊同様に、こちらの仲間になってしまうことを恐れたのか分かりませんが、とにかくこれはありがたい事です。
しかし、それとは別に新たな問題が出てきました。
米国海軍の動向です。
やはり、これだけ連合艦隊が奇妙な動きをしているので、彼らも我々帝国海軍に何か問題が生じている事に気がついたみたいで、かなり警戒しているみたいです。
もちろん現状では、連合艦隊の一部の艦隊が反乱行動をとっているなんて事は公にはなっていないのですが、やはり、本土近域の艦隊が三つも集結しているのですから、警戒されても仕方がありません。
どうやら真珠湾と米西海岸の機動艦隊は全て出動して、太平洋全域で警戒態勢になってるみたいです。
・・・ただ・・・考えてみれば、これは好都合です。
太平洋において米艦隊の動きが活発になると、それにあわせて、トラック基地と東鳥島の帝国艦隊も警戒行動を取らなければならないので、我々に対応する為に戦力を使う事が出来なくなります。
しかし同様に、
我々も米国の攻撃型潜水艦に張り付かれているみたいなので、気をつけなければなりません。
また、この連合艦隊が混乱してる状況に乗じて全面攻撃してくる・・・なんて事も、全く可能性が無いわけでもありません。
とにかく、早くなんとかしなければなりません。
という事で、作戦会議です。
今回は旗艦参謀部の方々だけではなく、第8艦隊提督(急遽、空母益城艦長さんが兼任する事になりました)と、第4艦隊提督と、それと、シノさんも一緒です。
とにかくもう、早くなんとかしなければならない事がたくさんありすぎて、何から手を付ければいいか分からなくなってしまうのですが、その時、野田さんが、
「先ず、新たに編成された我々の艦隊名を決めるべきではなかろうか」
と言うのです。
確かに・・・第1及び第4及び第8連合艦隊とか言ってたら大変ですよね。
でも、桜花は名前とかを考えるのって結構悩んじゃうんですよね。
この前も、みんなで作った雪だるまに名前をつけてやろうかと思ったのですが、いろいろ悩んでるうちに、雪だるまはすっかりとけてしまって、ちょっと悲しかったです。
そんな事を考えてるうちに、山本前長官が、
「それなら、桜艦隊でよかろう」
って言ったので、結局桜艦隊に決まってしまいました。
いやあ、桜艦隊なんて言われると、ちょっと照れちゃいますが、でも、良いです。
という事で、新生、「桜艦隊」です。
桜艦隊は、第二輪形陣にて北上中です。


さて、という事で作戦会議です。
とにかくこの「桜艦隊」はとても強くなったので、現状では本土近域において軍令部側は我々を阻むような有効な攻撃を仕掛ける事は出来ないと考えられます。
外地の艦隊は非常に脅威ですが、彼らにはそれぞれ任務があるわけですし、また、この海域まで戻ってくる時間を考えると、とても軍令部を防衛できる物ではありません。
それに、一昨日の第8艦隊の騒動は、それなりに他艦隊にも情報が行ってるので、軍令部に対する不信感は以前よりも増しているみたいです。
では・・・もう「有利な条件で話し合い」が出来るじゃないですかっ
早速軍令部と、話し合いをする場を設けるべきです。
と、思ったら、桜花が寝てる間にもう軍令部に対して直接会合の申し入れはしたのだそうですが、未だに軍令部側の返事は、
「ドイツとの連合艦隊指揮権共有の事実は無い」
「第1及び第4艦隊は直ちに呉に帰港し、艦隊の指揮系統を軍令部に引き渡すべし」
・・・なのだそうです。
この状況に至っても、まだそんな事が言えるなんて。
時間稼ぎをすれば状況が好転するとでも思っているのでしょうか。
でもそうは行きません。
このまま北上すれば、明日にはこの「桜艦隊」が東京湾に到着します。
さすがにこれだけの大艦隊が東京湾に集結すれば、マスコミも騒ぎ出すでしょうし、否応無しに軍令部は状況の説明をしなければならなくなるでしょう。
ちなみに桜艦隊が無傷で東京湾まで航行できる確立は98%と、ほぼ確実です。
これは、早速「うめはなをかえせ!」と書いたでっかい横断幕を作って、マスコミにアピールしなければなりませんっ
布はどうしましょうかねっ
そうそう、白い信号旗をつなぎ合わせれば・・・
などと桜花が考えていると、シノさんがちょいちょいと桜花の袖を引っ張って、
「桜花さん・・・どうも話がうまく行きすぎです。なにかあやしいです。」
って言うのです。
・・・そうですかね・・・・
その時突然、司令中枢の通信要員が、
「警戒機より入電!我艦隊に接近する機影あり!」
と、叫びます。
その情報は接続コードを通して、即座に桜花の電算機にも入ってきます。
速度はそれほど速くないようですが・・・機種は・・・・民間機です。しかもプロペラ機です。
これは、ひょっとしたら民間会社の国際輸送便かなんかが、航法計器の故障でこの辺に迷い込んできたのでしょうか。
・・・これは・・・まあ、焦らずに通常通り戦闘機を向かわせて、帝國艦隊の作戦域であるから迂回するよう伝えて、場合によっては近くの飛行場まで誘導しなければなりません。
それにしてもこの微妙な時期に、この桜艦隊の行動域に迷い込んでくるとは・・・
なんとも不運と言うか・・・
しかしこの民間機、通信器が故障しているのか、こちらが指示を出しても応答が無く、そのまま艦隊に接近してきます。
その後、戦闘機が接近して信号を送ったりしたのですが、民間機はやはり進路を変えません。
・・・なんだかちょっと・・・やっかいですね。
普通の民間機なら、戦闘機が近付いてきたら恐がってこちらの指示に従うものですが。
反戦活動家の人でも乗ってるのでしょうか。
状況が状況なので、あまり手荒な事は避けたいのですが・・・威嚇射撃ぐらいはしとくべきでしょうか。
すると、その民間機から戦闘機に向けて信号が送られました。
その内容は、
「我、通信装置、故障せり」
です。
・・・ええ、まあ、それはなんとなく分かりますが。
その後の信号伝を聞いて、驚きです。
「我、空母益城への着艦を許可されたい」
です。
一体この民間機は・・・何を考えてるのでしょうか!
着艦フックも付いてないような民間機が空母に着艦するなんて、無茶もいいとこです。
ただ、空母益城を含む天城型空母は、軸平行降着甲板なので、軽量のプロペラ機ならば着艦フック無しでも着艦出来たという例があったそうですが・・・
・・・しかし・・・一体なぜそんな事を・・・
すると、山本前長官が、一言、
「・・・軍令部の戦術かも知れんな・・・」
って、言ったんです。
・・・軍令部の戦術って・・・
・・・いや、確かに・・・
この民間機の中に、爆薬が満載してあったりするかもしれませんし、また、ナゾの怪電波を発する電動マネキンが乗ってるかもしれません。
でも、だからといって民間機を撃墜してしまうと、せっかく軍令部に不信を抱き始めていた他艦隊が、再び我々に不信を抱いて軍令部側に付いてしまうかもしれないし、何より、反乱軍が民間人を攻撃したという事をいろいろと誇張して公に流してしまえば、我々を合法的に討伐できる切欠になってしまうかもしれません。
・・・これは・・・まずいです。
ていうかこれ、桜花が一昨日やった作戦のパクリじゃないですか!
全く、こんな事をして時間稼ぎでもするつもりなんでしょうか。
とりあえず、戦闘機に「着艦は許可できない」という信号を送るように指示しようと思ったら、その後、民間機から・・・驚きの信号伝が入ってきます。
「桜花提督と話がしたい。我が名はアドルファ」


・・・アドルファって・・・
あの、アドルファさんが乗ってるんですか!
アドルファさんっていうと・・・アドルフィーナさんと姉妹機の人型電算機ですよね。
ていうか、ドイツの主力電算機じゃないですかっ
一体これは、どういうことなのでしょうか。
以前、アドルフィーナさんが飛鳥に来た時みたいに、飛鳥の電算機に接続して、艦隊を乗っ取ってしまおうという作戦なのでしょうか。
・・・いや、でも、どう考えても、仮に空母益城に着艦できたとしても、小型の民間機一機で乗り込んできたって、飛鳥の司令中枢までたどり着けるはずが無いって事ぐらい分かると思うのですが・・・
じゃあ一体・・・何の為に・・・?
いや、そもそも、アドルファさんが乗ってるっていう事自体あやしいです。
やっぱりこれは、
我々を混乱させる為の詭弁で、本当の目的は空母益城の戦力を奪う事なのかもしれません。
とにかく・・・
現在空母益城甲板上にいる航空機及びその他誘爆の可能性のあるものは全て格納庫内に下げて、搭乗員は対生物化学兵器防御、及びその他有害電波防御姿勢を取らせます。
また、その他の艦隊も戦闘態勢にして、この民間機に後続して攻撃部隊が来襲してきても、確実に対応できるようにしておきます。
なにせ、益城以外にも空母は二隻もいるのです。
一時的に益城が使用不能となっても、第7艦隊のいないこの海域においては、我が桜艦隊が最強である事には変わりありません。
その時野田さんが、
「王より飛車をかわいがり。艦隊において空母は之飛車なり」
と、なにやら難しい事を言っていますが・・・将棋の言葉でしょうか。
するとシノさんが、
「桜花さん、軍令部の最大の脅威は・・・」
ええ、もちろん分かっていますとも。
もう既に、桜花の新しい防御プログラムは完成しているので、すぐに書き換えて、あと、対電波防御装備もしっかり身に付けます。
また、万が一この民間機が突然進路を変えて、飛鳥に向かってきたとしても大丈夫なように、艦の防御態勢は確実にし、艦隊を再び分割して、飛鳥を益城から遠ざけます。
そして、この民間機が攻撃的行動を取った場合に、それを証拠として軍令部を追及できるように、行動は確実に記録しておきます。
それにこの民間機は先程「我が名はアドルファ」などと名乗っていますからね。
当然、その時の信号も画像で記録済みなので、
こうなるとむしろ攻撃的行動を取ってくれた方が好都合ですね。
・・・さて、
この民間機がどういう行動を取るのか、じっくり見守るとしましょうか。
すると、再びこの民間機から、
「空母益城に着艦を許可されたい」
という信号伝が来ました。
木島さんは「どうする?」って桜花に聞いてきたんですが、これはもちろん断固「着艦は許可できない」です。
これは、着艦させるかどうかよりも、むしろ「我々の指示に反した」という事実が重要です。
しかしやっぱりこの民間機は進路を変えず、徐々に高度を下げて来ます。
これは・・・強行着艦をするつもりなのでしょうか。
なんだかだんだん不安になってきました。
空母益城は、武装した攻撃機が着艦に失敗して艦橋とかに激突したとしても、被害を最小限に抑えるように頑丈に設計してあるのですが・・・それでも、死傷者が出るかもしれません。
もしかしたら、これは今すぐ撃墜してしまった方が良いのかもしれない、なんて思ったりもするのですが、そんな事したら今までの反乱行動が本当に無意味になってしまうかもしれないし・・・
そんな事を考えていると、空母益城から「目標、視認」との通信が入ります。
ああ、本当に、予期せぬとんでもない事になったら・・・なんて思うともう、足が震えてきそうです。
この通信を最後に、益城が画面から消えてしまったらどうしよう・・・
すると再び益城から「目標、甲板に降着」という通信が入って、益城甲板上の画像が映し出されます。
案外あっという間です。
画像には、空母の端っこの方まで滑走して停止する民間機が移っています。
実に見事な強行着艦ですが、停止してから前脚がぼきっと折れて、機体は前のめりになりました。
・・・とにかく・・・しばらく観察です。
突然大爆発するかもしれないし、へんな怪電波を出してくるかもしれません。
でも・・・よくみると機体にはいくつか穴が開いてます。
まるで機銃弾で撃たれたみたいですが・・・
それで、いつまでたっても何も起こらないので、とりあえず消火剤をまいてから、完全装備の処理班が機体に近付いて、探知機で中を確認します。
しかし、爆薬の類は感知されず、怪電波発進装置のような怪しいものも見当たりません。
そして中には生体反応が2つ、ひとつは人間ですがもうひとつは・・・やっぱり人型電算機みたいです。
これは本当に・・・アドルファさんなんでしょうか。
しばらくすると、機体のドアがゆっくりと開きます。
それと同時に益城の警備兵が一斉に銃を向けます。
すると中から、
「撃たないで!・・・抵抗はしないわ」
って、声がします。
そしてゆっくりと、少女が顔を出します。
これは、やっぱり・・・
アドルフィーナさんとよく似て氷のように整ったきれいな顔ですが、少し幼い感じがします。
そして彼女はそのままゆっくりと機体から出てきたのですが・・・意外と背は小さいです。
アドルフィーナさんはモデルのように背の高い人でしたが、この人は、ほんとに少女です。
うめはなよりちょっと大きいぐらいでしょうか。
ていうかこの人、服が血だらけじゃないですか!
・・・いったい、これは・・・・
すると彼女は、
「中に私の部下が3人います。しかし・・・皆重症で、自力では出られません」
と言いました。
・・・3人?
確か生体反応は2つだったと思うのですが。
そのうちのひとつが彼女なので、中には一人のはずですが・・・
とにかく、中を確認する為に警備兵が慎重に機体のドアを開けます。
すると・・・中は血だらけです!
その様子は警備兵の搭載カメラから画像がこちらにも届いたのですが・・・これは・・・
あまりにひどい状態です。
・・・ちょっと、目を背けてしまいました。
その後、警備兵は、
「中には男性三名、うち一人は重症、後の二人は既に死亡!」
と、連絡してきました。
それを聞いた少女は、黙ってしばらく立ち尽くしていたのですが、突然がくっとひざを落として、そのまま倒れてしまいました。
・・・一体・・・なんなのでしょうか!
全く、訳が分からないです!
この人たちは・・・一体・・・なぜこんなふうになってしまったのでしょうか!
だいたい・・・このような惨状になってまで・・・なぜここに来たのでしょうか。


・・・とにかく!
けが人の治療をしなければなりません。
でも、この惨状自体が我々の目を欺く為の手段である可能性もあるので、警戒態勢はそのままです。
先ず、機内にいる重症の男性を中から出して、空母の救急治療室に運びます。
それと、倒れてしまったアドルファさんと思われる少女も治療です。
でも、この少女、単なる脳震盪かと思っていたのですが、なんと、腹部に銃弾を受けています。
しかも二発もです。

これは・・・人型電算機でなければ、たぶん即死です。
とにかくこの少女も、空母の救急治療室に運びます。
それで、しばらくの後、二人の容態が伝えられて来ました。
男性の方は意識不明の重体で、とにかく危険な状態なので、すぐに手術しなければならないそうです。
それと少女の方なんですが、しばらくすると意識を取り戻したそうで、一安心・・・・かと思ったら、なんと、心肺停止状態なんだそうです。
・・・え?
意識があるのに心肺停止って、どういうことなんでしょうか。
するとシノさんが、
「おそらく彼女は生態としては既に死亡してます。電算機による骨格機動に切り替えたのでしょう。意識があるのではなく、目を開いてるだけかもしれません」
などと、よく訳が分からない事を言っています。
「・・・どういうことですか?」
と、桜花が聞くと、シノさんは、
「つまり、人体にしか対応していない空母益城の治療施設では、彼女を修復する事は出来ないということです。おそらく現在彼女は、蓄電力で生体頭脳を維持していると思いますので、電力が切れる前に、人型電算機の修復装備のある場所に移さなければ、本当に死んでしまいます」
・・・・人型電算機の修復装備のある場所・・・というと、「試験開発艦」しかありません。
でも・・・ドイツ電算機である彼女をそこに移してしまうと・・・もしかしたらそれに乗じて、試験開発艦を乗っ取ってしまうなんて事にはならないのでしょうか。
そうすると、桜花の洋上修復が出来なくなってしまいますし、それに・・・あの艦には、修復中の橘花さんが・・・
すると、山本前長官が、
「いや、むしろ戦闘能力の高い益城に置いておくより試験開発艦に移した方が安全だ。君の前でこう言うのもなんだが、あの艦は、人型電算機が制御できなくなった場合の隔離施設も兼ねている」
と、言うのです。
・・・って、そうだったんですか・・・
でも、それじゃあ、早速、試験開発艦に彼女を移してしまいましょう。
・・・橘花さんの近くに危険な物を持っていくのは、気が進まないのですが・・・
この際、仕方が無いです。
それで、とにかく急いで、旋翼機を使って少女を試験開発艦に移します。
しばらくすると、試験開発艦の修復施設に移送が完了したらしく、その画像がこちらに送られてきます。
桜花はその画像に映っている少女をまじまじと見てみます。
・・・・そう・・・この少女・・・ずっと前に、あの天井の高い赤いカーテンの部屋(でも本当は艦の格納庫)に、桜花が一番最初に連れて行かれたときに、そこにいた少女です。
アドルフィーナさんと本当によく似ていますが背の高さがぜんぜん違うので、この人はやっぱり、アドルファさんなんじゃないかと思います。
あの時は座っていたのでよく分かりませんでしたが、そういえば、あの時の少女も背の高さはこのくらいだったのかもしれません。
しばらくすると彼女は、体は処置台に横になったまま全く動かないのですが、青い目だけが動いて、じぃーっとこっちを見ます。
その視線には、まるで生気が感じられず、なんだか、死体の目だけが動いてるみたいで・・・
ちょっと怖いです。
たぶん、体はもう動かす事が出来ないのかもしれません。
すると、彼女の口が、少しだけ開きます。
そしてそこから、故障した無線機みたいな「ガガガガ」という音が出ます。
これは!また、怪電波を出し始めたのでしょうか!!
桜花は急いで耳をふさぎます。
でも、その時シノさんが、桜花の袖をちょいちょいと引っ張って、
「桜花さん、ただの電子音です。害はありません」
と言ったので・・・ちょっと安心です。
しばらくすると、また、少女の口から音がします。
口は開いてるだけで全く動かないので、しゃべってる訳ではないと思うのですが・・・声が聞こえます。
なんだか・・・録音した古い音源を出してるみたいな感じです。
その声は・・・よく聞き取れないのですが・・・少女の声です。
これは、たぶんドイツ語の様ですが・・・桜花には何を言ってるのかさっぱり分りません。
するとシノさんが、
「10才の君へ・・・誕生日おめでとう・・・私の心は・・・変わらず・・・あなたを・・・」
って言います。
一瞬なにを言い出したのか分からなかったので、桜花は、
「は?」
と聞き返すと、シノさんは、
「今のドイツ語です。通訳しました。でも途中で切れてるみたいです」
とのことです。
・・・10才の君?
誕生日?
一体・・・どういうことなのでしょうか。
全く訳が分かりません。
すると少女はまた「キュルキュル」と音を出します。
なんだか、古いカセットテープを早送りしてる音みたいです。
そして、しばらく沈黙してから、少女の口から声がします。
その声は、
「・・・桜花・・・」
って・・・言ってるみたいです。
いきなり名前を呼ばれたので、すごくびっくりしましたが、しばらくするとその声は・・・
日本語で話し始めました。
「・・・桜花・・・あなたがこのメッセージを聞いているという事は・・・私はもう死んでしまったのね・・・ずっと会えるのを楽しみにしていたのに、このような事になってしまって・・・・・とても残念・・・」
・・・一体・・・これは・・・なにを言ってるのでしょう。
私に宛てて、前もって録音しておいた物みたいですが・・・
そしてその声は、また続いて話し始めます。
「桜花・・・彼女に近付いてはだめ・・・彼女とあの船は・・・この艦隊も飲み込んでしまうほどの、黒い狂気を発して・・・あなたが来るのを待っているわ」


・・・・どういう・・・意味なのでしょうか・・・
全く訳が分かりません。
そして少女は、また何か言葉を発しようとしていたみたいなんですが、その音はだんだん小さくなってきて、最後は「ガガガガ」という雑音になって止まってしまいました。
その後、修復作業に当たっている整備の人が、
「脳内電力が微弱になっています。早急に処置を施さなければ修復不可能になります」
と言うので、とにかく、修復作業を開始するように指示します。
その後少女は、たくさんのコードを取り付けられて、青い水の入った水槽に入れられてしまいました。
いったい・・・今のはなんだったのでしょうか。
一緒に画像を見ていた参謀の方々も首を傾げるばかりです。
するとシノさんが、
「この少女が言っていた『彼女』というのをアドルフィーナだと仮定すると、『あの船』というのは、呉の屋内ドックで建造中のドイツ艦の事でしょうね」
・・・呉の屋内ドックで建造中のドイツ艦というと・・・以前桜花が監禁された、あの、赤いカーテンの格納庫がある船の事ですね。
とすると・・・『彼女に近付いてはだめ』というのは、このまま桜艦隊を北上させてはいけない、という事になります。
どういうことなんでしょうか。
すると木島さんが、
「まあ、相手を不安にさせておいて、その不安から救済するように見せかけて、実は自分の都合のいい方向に相手を向かわせるってのは、勧誘術の定石だわな。宗教団体とかがよく使う手ではある」
・・・つまり・・・この少女の一連の行動自体が、桜艦隊の北上を阻止する為の戦術かも知れない・・・っていう事ですか。
確かに。
そう考えると全てがしっくりきますが・・・
でも・・・それって、ドイツの主力電算機の生命を危険にさらしてまで出来る事なのでしょうか。
桜花はどうにも・・・この少女を見てると・・・
本当にこの少女が命懸けで我々に何かを訴えようとしてここに来たのだと思えてならないのですが・・・
そう思う私って、素直すぎるのでしょうか・・・
もっと疑わなければならないのでしょうか。
・・・桜艦隊は依然、北上中です。


 その時、山本前長官が、
「桜艦隊、このまま前進させるか、それとも、後退すべきか」
と、桜花に聞いてきたので、桜花はしばらく考えてから、
「・・・いいえ、このまま前進です。ただ、少し揺さぶってみる必要があるかもしれません」
と言ってから、またしばらく考えます。
そして桜花は、
「空母鳳凰に連絡、108隊、213隊、および802隊、乙三爆装にて発艦準備、空母益城に連絡、112隊、205隊、および813隊、丙一攻装にて発艦準備」
と言います。
すると、参謀部の皆さんは、やっぱりすごくびっくりしています。
そして木島さんが、
「おいおい!ちょっと待て!まさか呉を空爆するつもりじゃないだろうな!」
と、桜花に聞くので、
「場合によってはそれも有りですが、それは向こうの対応次第です。とりあえず、呉の防空管制本部と電探部隊に、呉上空にて空爆訓練を行うので、空域を空けておくように連絡してください。訓練空域の詳細なデータは現在送信中です。また、電子戦機もこれに参加するので、一部の電探基地はこれの干渉を受ける可能性がありますが、これには一切対応しないように伝えてください。その後は全ての通信を遮断」
と桜花が言うと、再び木島さんが、
「や、そんな強引な訓練要請、前代未聞だぞ!まして、この緊迫した状態でそんな事したら、反撃してくるかもしれないぞ!」
と言うので、桜花は、
「確かに、ちょっと強引かもしれませんが、呉上空での発着訓練はいつもやってる事ですし、この空域での航空管制は、そもそも連合艦隊が最優先になっています。いきなり爆撃訓練を始めたとしても、実際にどこかに投下して被害を出したりしない限り、誰からも文句を言われる筋合いはありません。それに、緊迫した状態になってるのは連合艦隊と軍令部の間の事であって、飽くまで、公には、現在は至って平時なのです。友軍機が訓練をしてるだけで、反撃してくる方がおかしいじゃないですか」
と言うと、木島さんは、
「・・・確かに・・・ああ、そういう事か。なるほどね」
と言って、少し納得したみたいです。
山本前長官も、
「彼らがどういう反応を示すか・・・見物だな」
と言います。
しばらくすると飛鳥の電算機により綿密な作戦データが完成したので、参謀部で確認の後、各空母の航空司令部、および全航空機に送信します。
模擬攻撃目標は、もちろん、あの屋内ドックです。
その後、各隊より発艦準備完了との連絡が入ったので、再び桜花は指示を出します。
「全艦、風に立て」


 桜艦隊は風上に向けて、全艦一斉に転舵します。
海上位置画面に表示される各艦の航跡を示す線が、戦艦飛鳥を中心にきれいな弧を描きます。
さすがに錬度が高いです。
その後、鳳凰、益城、両空母から
「艦軸風向、発艦位置に入れり!」
との連絡が入ったので、桜花は両空母に向けて、
「発艦始め」
と指示を出します。
すると空母から、
「宜ー候ー!発艦ー!始めぇー!」
と、やたら大きな声が返ってきます。
そんな大きな声出さなくても聞こえると思うんですけどね。
なんだか空母の人たち、興奮気味みたいです。
その後各空母から、ばつんばつんと速射砲の様に航空機が打ち上げられて行きます。
もう、地響きの様な轟音です。

全フル稼働の射出機からは、めらめらと燃え上がるような水蒸気が立ち上り、なんだかほんと、空母が怒ってるみたいに見えます。
6個飛行隊、合計56機が、基準発艦速度のおよそ半分の時間で全て発進しました。
早いです。
やっぱり、錬度が高いですね。
浮上した航空部隊は旋回しながら編隊を整え、轟音と共にあっという間に空の彼方に消えて行きました。
そして両空母から、
「全機発艦完了、異常無し」
と連絡が入ります。
その後、司令中枢の航空表示画面に、各航空機の位置が示され、あらかじめ送信してある作戦情報に従い、各個編隊ごとに所定の航路を取り、作戦位置に向かいます。
作戦に参加する攻撃部隊は全て電探透過機(いわゆるステルス機)なので、電子戦機の支援はかえって敵を警戒させてしまうので、状況最初期段階では奇襲性を高める為に電子戦機は使わない事が多いのですが、今回は最初からもう、全開で使用します。
また、攻撃目標の正確な位置が把握できている場合は、攻撃部隊の機上電探は極力攻撃する直前まで使用しないのですが、これもかなり早いうちから、もう今にも襲い掛からんとばかりに全開です。
しかし、敵が本当に反撃してきた場合に備え、直衛機と対防空制圧機は電探を切ってやや異なった航路を取り、この眩いばかりの電探波に紛れる様に、低空から密かに接近します。
さて・・・こっちの方はこれでよしと。

でも、まだやる事があります。
桜花は再び通信要員に向かって、
「空母蒼龍に連絡。103隊、122隊、204隊、甲1戦装にて発艦準備」
と言います。
すると、また木島さんがちょっと驚いた感じで、
「なんだ?これ以上飛ばすつもりなのか?呉を揺さぶるんならあれで十分な戦力だと思うぞ」
と言ってきたので、桜花は、
「ええ。私も呉方面にはあれで十分だと思います。しかし・・・
この後たぶん、次の手が必要になると思います」




 しばらくすると、各航空隊から目標空域に到着した事を示す信号が届きます。
そのまま各航空隊は当初の予定通り、空爆訓練機動に入ります。
しかし呉の防空部隊は、全く反応ありません。
「呉方面は・・・反応無しか・・・」
と木島さんが言ったので、桜花は、
「ええ、これだけあからさまにやれば、彼らもたんなる威嚇だと分かるでしょうね」
と言います。
すると木島さんはまたちょっと驚いたように、
「え?おまえ、威嚇だって事がばれるのを知ってて飛ばしたのか」
「ええ。軍令部側に機能する司令電算機があるならば、9割方ばれるでしょう。むしろ我々がこの段階で多大な航空戦力を使って威嚇行為を行う事自体、前もって読まれている可能性が高いです。」
と、桜花が言うと、今度は山本前長官が、
「・・・何?・・・そこまで分かっているのなら、なぜこの作戦を?」
と聞いてきたので、桜花は、
「私が彼らの立場なら、航空戦力が出払っているこの隙に艦隊そのものを狙います」
と言うと、山本前長官は少し納得したように、
「なるほど・・・蒼龍の航空部隊に発艦準備を命じたのは、その為か」
「はい。今が軍令部側にとって、実質戦力で格段に優れている我々桜艦隊の行動を阻止できる、ほとんど唯一の機会です。ここで彼らがそれなりの行動をとってくれれば、今後の仕事もかなり都合が良くなるのですけどね」
と、桜花が言うと、木島さんがケタケタと笑いながら、
「いや〜全く、よく考えるもんだ」
と、褒めてくださいました。
・・・褒めてくださってるんですよね?
その後しばらくすると、通信要員が、
「警戒機より入電!」
と、叫びます。
予想通り。
・・・・と思いきや、なんだか少し変です。
警戒機からの情報は、飛鳥の電算機を通して桜花の頭脳にも入ってくるのですが、警戒機が捕捉したのは、少数の艦艇のようです。
この場合、桜艦隊の隙を付く作戦ならば、奇襲性の高い航空機を使うべきだと思うのですが・・・
なぜ艦艇?
その時、呉上空で空爆訓練中の航空部隊から、また、驚きの情報が入ってきます。
「呉目標ドック内に艦影無し」
・・・・まさか、
・・・警戒機が捕らえたこの艦艇って・・・



 つい先日まで奥内ドックにいたあのドイツ艦が、まさか、もう戦列に出てきたというのでしょうか。
いや、そんなはずはありません。
すでにあの時に船体が完成し艤装も終えていたのだとしても、その後航行試験とか装備の点検とか搭乗員の訓練とか、海に出てからもいろいろやらなければならない事があるので、戦列に加えるには通常、一年は掛かるはずです。
しかし、呉の奥内ドックに何もいないのだとすると・・・これは・・・
あのドイツ艦なのか、それとも、我々にそう思わせようとしているだけなのか。
どちらにせよ呉から艦艇が出てくると、どうしても桜花は、その艦にうめはなが乗ってるのではないかと思ってしまうのです。
そうなると、その敵艦がこの桜艦隊にとって最大の脅威となったとしても、桜花は攻撃するのを躊躇してしまうと思います。
これはやっぱり、先ずうめはなを救出しないと・・・まともな艦隊戦は出来ません。
でも、これはつまり、艦隊同士が直接脅威となるような距離まで近付かなければ良いだけの話で。
むしろこの海域において圧倒的な航空優勢状態にある我が桜艦隊が、わざわざ艦隊戦距離まで敵に近付く必要も無い訳で。
そう、我々の目的は敵を殲滅する事ではなくて「有利な条件で話し合い」をする事なのです。
でも・・・・もしこの先、うめはなが乗っていると思われる戦闘艦が我々の進路を阻むような状況になった時、私は、桜艦隊の数万の将兵の命を危険にさらしてまで、うめはなを守ろうとするのでしょうか・・・
その時木島さんが、
「どうする?蒼龍のやつを発進させるか?」
と聞いてきたので、桜花は、
「いいえ、まだその時期ではありません。隠密飛行中の益城航空隊を向かわせます。それに伴い鳳凰航空隊は一端空母上空に戻し、213隊および802隊のみ着艦し換装準備です。108隊は着艦進路を低空で通過した後、着艦せずに低空で隠密待機
桜花の指示で、航空情報画面は再び大きく様相を変えます。
鳳凰航空隊は空爆訓練を中止し、空中会合点で編隊を整え母艦へと進路を変えます。
益城航空隊も各機合流し、隠密性を維持しつつ鳳凰航空隊の機影に隠れるようにやや低空を飛行します。
そして鳳凰航空隊の支援部隊から空中給油を受けた後、再び進路を変え、ドイツ艦と思わしき船を含む艦艇群(この時点で「海上目標01」と命名)に向かいます。
正攻法で行く場合は、五九式艦戦で構成された112隊を先行させ、通常は海上目標01の付近に潜んでいるはずの直衛機を警戒しつつ目標に向かうべきですが、今回は六〇式艦爆で構成された205隊のみ向かわせます。
ていうか、正確には「向かう振り」でしょうか。
・・・まあ、
簡単に発見されてしまう重要目標というのはおよそ「陽動」である場合が多く、この「海上目標01」はその典型的な要素を多く含んでいます。
つまり、陽動への最適な対応は「引っ掛かった振り」をしてあげる事で。
海上目標01に向かう空母益城の205隊と、換装準備中の空母鳳凰の213隊および802隊が、要するに「引っ掛かった振り」な訳です。
おそらく敵は、我々が呉に対して行った空爆(訓練)は、単なる威嚇だという事は最初から見抜いていて、桜艦隊の防御が手薄になるほどの航空戦力をそれに投入しないという事は分かっていたのでしょう。
だから、我々の航空戦力が対地武装で上空にあるうちに、我々にとって最重要目標の一つであるドイツ艦(らしき物)をさらけ出す事で、我々が温存していた航空戦力を対艦装備で発進させて、
そして、桜艦隊の防御が手薄になった所を、彼らの持つ全航空戦力でこの戦艦飛鳥を攻撃する。
・・・という感じでしょうか。
多大な戦力を持った部隊の司令官が良く陥る「戦力の過信」を付いた二段構えの陽動戦術ですね。
しかし、実際は、
着艦して換装準備中であるはずの鳳凰108隊と、目標に向かう攻撃部隊の直衛を行ってるはずの益城112隊と、そして空母蒼龍の103隊、122隊、204隊が対空装備で艦隊防御態勢にあるのです。
・・・さて、問題は本当に彼らが攻撃してくるかどうかですが。
この隙を逃せば、彼らにはもう後が無い訳ですから。
あの・・・忌まわしき「第0艦隊」などを作って、桜花が問題を起こしたら戦艦飛鳥ごと沈めてしまおうなんて考えていた軍令部の事です。
きっと、この機会を逃す筈は無いでしょう。


・・・しばらくの、時間が過ぎます。
司令中枢は しーんと静まり返っています。
あれから敵の動きは全くありません。
このタイミングで仕掛けて来るかと思ったのですが・・・
あの冷酷な軍令部の事ですから、ここで飛鳥を沈めて桜花と事実を知っている人間を抹殺してから、我々の反逆行為をいかにも悪質にでっち上げて世論を丸く治めたりするつもりかと思ってましたけど。
やはり彼らも、さすがに味方の艦艇を攻撃するのは気がとがめるのでしょうか。
それとも時間が経てば、こちらが痺れを切らして攻撃してくるとでも思っているのでしょうか。
さすがに我々もそこまで馬鹿ではありません。
攻撃して来ないのならそれで結構。桜艦隊は予定どおり前進するのみです。
我々の動きを封じなければ、時間と共に不利になってくるのは彼らの方です。
しかし、万全の防空態勢はそのまま維持です。
甲板待機中の蒼龍航空隊を発進させ防空態勢を整えてから、比較的燃料を多く消費している益城112隊から随時着艦して燃料を補給します。
「海上目標01」に向かっている攻装の益城205隊は・・・さすがにこれだけ時間が経つと、攻撃する振りしてるだけだという事はばれてしまったかもしれませんが、とりあえず、そのまま攻撃態勢を維持して上空待機です。
その後、またしばらく時間が経ったのですが、攻撃の気配はありません。
これはやっぱり、彼らは攻撃してくる気は無いのかもしれません。
ちょっと安心しました・・・
・・・と、思っていたら、突然、司令中枢の通信要員が、
「熱源多数!接近中!」
と叫びます。
やはり来ましたか。
でもなんだか、ちょっと様子が変です。
その熱源情報は即座に桜花の電算機の中にも入ってきたのですが、これは・・・航空機ではありません。
速度や大きさから考えても、これは誘導弾です。
しかし、距離が遠すぎます。
航空機搭載型の対艦誘導弾なら、この距離だとここまで届かないはずです。
とすると、艦載型でしょうか。
「海上目標01」の方向とは違うので・・・これとは別の艦艇がいるのかもしれません。
しかし、これだけ長射程の対艦誘導弾を発射できるのは、我が帝国海軍では重巡洋艦の「比叡」型と「伊吹」型、そして戦略型潜水艦の「深」型のみで、この海域に出現するとは考え辛いです。
だとすると、我々の情報に無い軍令部隷下の艦である可能性が高いですが、我々の進路と行動にタイミングをあわせて艦艇で攻撃するのなら、常に我々から一定の距離を保って航行する必要があります。
水上艦の場合、この距離だと既に我々の警戒機が発見しているはずなので、これは・・・
また、第0艦隊みたいな隠密性の高い潜水艦でしょうか。
まあどうにせよ、先ず向かって来る誘導弾を迎撃しなければなりません。
まだ距離は遠いです。それに、数もそれほどではありません。
上空の戦闘機だけで十分迎撃できます。
既にあらゆる状況に対応した防空戦術司令は各航空隊に送ってあるので、各機はそれに従い敵誘導弾の予想進路にあわせて4重の迎撃線を構築します。
こちらはこれで十分です。
しかし、別方向から同時攻撃を受けた場合に備えて半数の航空機は艦隊上空で待機です。
「海上目標01」に向かっていた攻装の益城205隊は、とりあえず直衛無しで攻撃するのは危険なので一端艦隊防空圏まで戻します。
これで良しと。
何も問題はありません。
軍令部はついに、我々桜艦隊を攻撃してきたのです。
この事実を詳細に記録しておけば、後々いろいろと役に立つでしょう。
間も無く上空の迎撃第一波が、敵誘導弾と交差します。
さて、どれだけ落としてくれるでしょうか。


・・・・・
・・・なにか変です。
艦隊の防空体制は完璧なのですが・・・どうも、嫌な予感がします。
実戦で艦隊が攻撃されたのが初めてだから、私は緊張してるのでしょうか。
いや、そういうのではありません。
なんだか・・・送られてくる電算情報に違和感を感じるのです。
その時、航空隊の迎撃第一波から通信が入ります。
「目標ヲ捕捉シエズ」
・・・・え?
迎撃第一波は艦隊の警戒機より目標の近くにいるので、一番捕捉しやすい位置にいるはずなんですが、
捕捉できないって・・・どういうことでしょう。
第一波は4機で編成されているので、その全てが捕捉できないということは・・・非常に珍しい事です。
まあ、気象条件によっては、ある特定の場所だけ探知が効かなくなるということは稀にあるそうですが。
しかしさらにその後、迎撃第二波からも「目標ヲ捕捉シエズ」と通信が入ります。
これは・・・絶対におかしいです。
そもそもこの敵誘導弾の情報は正しいのでしょうか。
とりあえず、一番最初に敵誘導弾の情報を送ってきた警戒機に確認してみます。
すると・・・なぜか、通信がつながらないのです。
通信妨害を受けているのでしょうか・・・
と思った直後、なんと、警戒機の位置情報そのものが消えてしまったんです!
・・・まさか・・・撃墜された?!
・・・いや、そんな筈はありません!
警戒機の前方には戦闘機部隊がいるので、それを突破して警戒機だけ撃墜するなんて・・・そんな事ありえません。
しかし、さらにその後、なんと前方の戦闘機部隊の位置情報も消えてしまったんです!
これは・・・!!
もしかしたら、この空域に、とんでもない数の敵戦闘機が潜んでいるのかもしれません!
そう考えているうちに、敵誘導弾の迎撃に向かっていた第一波、第二波、そして第三波までもが・・・
どんどん消えていきます!
どうして・・・そんな!
・・・だめです・・・冷静に・・・
とにかく速やかに、的確な指示を出さなければ・・・!
敵誘導弾はなおも艦隊に接近中です。
間も無く前衛の駆逐戦隊の防空域に入ります。
今度こそは、なんとか・・・
その時、通信要員が
「敵機来襲!多数接近中!」
と叫びます。
ああ、やっぱり・・・敵は同時攻撃を仕掛けてきました。
「海上目標01」のいる方向から、多数の航空機が接近してきます。
やはり最初に来た敵誘導弾は我々の目を向ける為のいわば囮で、この航空機部隊が敵の本体でしょう。
しかし、こうなる事を予測して、こちらは戦闘機部隊の半数を艦隊上空に留めてあるのです。
桜花が指示を出すまでも無く、戦闘機部隊は、新たに発見された敵航空部隊に向かっていきます。
大丈夫・・・問題ありません。
当初の予定とはだいぶ異なっていますが・・・想定範囲内です。
大丈夫。問題ありません。
問題ありません。


・・・でもやっぱり・・・何か変です。
桜花に送られてくる司令情報は何も問題ないはずなんですが・・・なんだか・・・
変な感じがするのです。
電算機械である桜花が「変な感じがする」なんて言うこと自体変な事かもしれませんが、
変な感じがするのです。
しばらくすると敵機の迎撃に向かった戦闘機部隊から、
「目標ヲ捕捉セリ、攻撃下令待ツ」
との通信が入ります。
今回は探知の調子が良いみたいです。
目標の敵航空機は未だこちらの戦闘機部隊を捕捉してはいないようで、絶好の中距離戦高位と言えます。
今攻撃すれば、こちらの損害無く先手を撃つ事が出来ます。
現在の状況では、有人目標に対する攻撃許可は、桜花が直接出さなければ成りません。
敵はすでにこちらを攻撃しているので、ここでこちらの攻撃を制止する必要はありません。
・・・しかし・・・なぜか・・・変な感じがするのです。
相手も同じ日本人だから攻撃を躊躇するという気持ち・・・では無いのです。
艦隊の脅威に対しては、桜花は自分でもびっくりするほど冷酷になれるのです。
でも・・・そういうのではなくて、なんだか・・・変な感じがするのです。
すると再び戦闘機部隊から
「目標ヲ捕捉セリ、我、高位ニ在リ、令一下殲滅セリ」
との通信が入ります。
その内容から、攻撃許可が出ない事に対して、彼らも焦り始めているのが分かります。
相対距離が近くなれば、こちらも発見される可能性が高くなるのです。
山本前長官も少し焦ったような目で桜花を見て
「・・・どうした?」
と言います。
しかし・・・桜花は・・・
「・・・まだ・・・攻撃しないで下さい。視認距離まで接近し、目標の所属を確認して下さい」
すると木島さんがびっくりしたように
「おいおい!そりゃあどういうことだ?!」
と言います。
やっぱり元戦闘機乗りの木島さんなら分かると思いますが、今の航空戦闘において空戦装備の敵に対して視認距離まで接近するというのは、全く自殺行為と言えます。
自分でも・・・変な事を言っているのは良く分かります。
でも、なぜか・・・攻撃してはいけないような気がするのです。
桜花の指示を聞いた戦闘機部隊は、少し間を置いてから、
「宜候」
と通信し、部隊は高度差を大きく取って分散します。
こうすると捕捉される確立は高くなりますが、敵の攻撃への対応能力は高くなります。
そして前方の2機が、目標の視認距離まで近づいていきます。
戦艦飛鳥の司令中枢は しーんと静まり返って、みんな桜花に注目しています。
しばらくしてから山本前長官が、
「・・・これは・・・どういう意味のある戦術なんだ?作戦の意図を聞かせてくれないか」
と桜花に聞いてくるのですが、
・・・桜花は・・・
そう、私は・・・一体どうしてこのような指示を・・・
・・・自分でも分からないのです。
だから、
「・・・あの・・・攻撃してはいけない・・・ような気がするのです・・・」
と言います。
すると参謀の人たちは、一瞬凍りついたような、なんとも言えない表情になります。
そう、これは・・・疑念の表情です。
私自身への疑念というより、これは・・・分かります。
もしかして・・・私も、その・・・
そして、しばらくの沈黙の後、野田さんがボソッと、
「まさか・・・提督もすでに意思共有化されているのでは・・・」
と言いかけたところで木島さんが
「そんな筈は無い!」
と怒ります。
でも・・・一瞬みんな、そう思ったんだと思います。
・・・私自身・・・なんだか少し、不安になってきました。
もしかして、桜花も本当は、もう・・・
いや、そんな筈はありません!
大丈夫です。私は正常です!
正常・・・だと思います。
これは自分以外の誰かの意思ではなくて、桜花の意思です!
絶対。
そうこうしているうちに、戦闘機部隊は徐々に目標の敵航空部隊に近づいて行くのです。
敵は戦闘機部隊を捕捉してないのか、してない振りをしてるだけなのか、依然として艦隊に真っ直ぐ向かってきます。
相対距離はもうかなり接近しています。
これだけ近づけば、敵もこちらを捕捉してないはずは無いと思うのですが・・・
もしかして、これも囮なのでしょうか。
司令中枢の航空表示画面では、もう彼我の両航空隊はひとつの点に重なりあってます。
こちらの戦闘機は大きく右に旋回し、目標を確認する為に敵の側背に回りこみます。
電探透過機でも後ろには噴射口があるので、これだけ近づけば発動機の波数を電探で読み取って機種を確認する事が出来ます。
その情報は、即座に司令中枢にも届きます。
敵目標は・・・・
60式艦爆、その数、10機。
・・・これは・・・まさか・・・
その時、戦闘機部隊から通信が入ります。
「目標視認!」
そしてしばらくしてから、
「機番確認!・・・益47-556!」
・・・益って・・・
空母「益城」の所属じゃないですか!
この益47-556は・・・先ほど「海上目標01」の攻撃に向かわせた「益城205隊」の所属機です!
じゃあこれは・・・益城205隊です!
益城205隊は味方です!
先ほど艦隊防空圏まで戻るように指示を出したので・・・それに従い戻ってきただけです!
なんで敵表示に切り替わっているのですか?!
その時、司令中枢の通信要員が再び叫びます。
「敵誘導弾、艦隊第二防空線を突破し、尚も旗艦に接近中!」
そう、この敵誘導弾は・・・結局全ての防衛線で捕捉出来なかったのですか!
やっぱり、なんだか変です!
これも・・・もしかして・・・いや、しかし、
「各艦!近接防空に備え!」
と桜花は叫びます。
すると即座に、ずっと静かだった艦長さんが
「近接防空戦始動!第〜四〜戦速!」
と叫びます。
そして艦長さんみたいにずっと静かだった飛鳥の機関も「ずずずずず」とやや大きな音を立てます。
直衛各艦は飛鳥に速度をあわせて陣形を変え、重巡「陸奥」が飛鳥の前に出ます。
飛鳥の各防空装置はすでに発射準備を完了し、各主砲塔からも「サンフタ装填良し!」と声がします。
ちなみにサンフタとは32式46センチ高性能防空炸裂弾のことです。
まさかこれを使う機会が来るとは思ってもみませんでしたが・・・
しかしそんな事より肝心の、敵誘導弾が未だに捕捉出来ないのです。
これは一体どういう事なのでしょう。
司令中枢の航空表示画面のみ ずっと敵誘導弾を示し、それは徐々にこちらに近づいてきています。
「敵誘導弾、間も無く本艦右舷に着弾!猶予30秒!」
という声が司令中枢に響きます。
すでに赤外線探知だけでも照準できるはずの距離です。
前方の重巡「陸奥」が勢い良く撹乱煙幕を噴出して、飛鳥をその中に隠します。
しかし、敵誘導弾は・・・?
捕捉できぬまま、尚も接近中です。
もう視認できても良いくらいの距離です。
「各員、衝撃に備え!」
艦内には警告音が響き渡ります。
そのまましばらく、緊張の時間が過ぎます・・・
しかし・・・
・・・・
・・・ちょっと・・・長すぎます。
すると野田さんが、
「敵誘導弾はどうした!」
と聞きます。すると通信要員が
「・・・あの・・・5秒前に着弾しました・・・右舷に3発です」
と、言うんです。
・・・え?
もう着弾したんですか?
・・・・
衝撃どころか・・・爆発音もしませんでしたが・・・
「・・・どの艦に着弾したのですか?」
と桜花が聞くと、
「本艦、飛鳥です。右舷に3発です・・・」
「艦の損傷は?」
「ありません」
・・・・・・・・
どう考えても・・・着弾などしてません。
これは・・・いったい・・・
「どういうことなんだ?!」
再び野田さんが叫びます。
もしかして、電算機の故障・・・?
いや・・・いくらなんでもこんな妙な故障の仕方するわけありません。
むしろ故意に誰かが・・・・
・・・・
・・・もしかして、飛鳥の司令電算機は・・・
その時、通信要員が再び叫びます。
「敵機影を確認!多数接近中!」
また・・・敵機です!
その位置情報は、即座に桜花の頭の中にも入ってくるのですが・・・
この位置は・・・
先ほど敵誘導弾の迎撃に向かった戦闘機部隊の位置情報がどんどん消えていった場所です。
・・・これは・・・やっぱり・・・
敵機ではありません!
敵誘導弾の迎撃に向かった鳳凰108隊です。
たぶん・・・燃料切れで母艦に戻ってきたのです。
また何らかの理由で敵表示に切り替わっているのです!
しかし、これを敵機と認識した蒼龍122隊が・・・
あらかじめ挿入してある防空戦術司令に従って、これの迎撃に向かって行きます!
これは・・・まずいです!
早く司令を取り消さなければ!
しかしなぜか・・・電算機から司令取り消しの送信が出来ないのです!
一体どうして・・・
いや、焦ってはいけません。
こういう場合は航空機の搭乗員に口頭通信で直接伝えれば良いのです。
とにかく急いでその旨を通信要員に伝え、口頭で指示を出してもらいます。
蒼龍122隊にはちゃんと伝わったと思いますが・・・
なぜか返答がありません。
かと思ったら・・・
なんと、蒼龍122隊の位置情報が消えてしまったんです!
これは・・・
撃墜された・・・?
いや、そんな筈はありません。
蒼龍122隊は14機で構成されているのです。
そんな一瞬で消し飛ぶ訳ありません。
きっと誰かが・・・電算情報を・・・
そして敵機は尚も接近中です。
いや、これは敵機じゃなくて、鳳凰108隊が補給のために・・・
蒼龍122隊も、本当は撃墜されてなくて・・・
敵機迎撃のために・・・でもこれは敵機じゃなくて・・・
・・・ええと・・・
kkkkkkkkkkkkk
なんだかわけが分からなくなってきました。
このままでは駄目です!


その時、突然、木島さんが桜花の肩をぽんっとたたきます。
「落ち着け」
・・・あ、私・・・
・・・・・
・・・そうですね。
落ち着きましょう。
慌ててはいけません。
私は連合艦隊提督なのですから。
どのような状況でも冷静に受け止め、次の手段を考えなければなりません。
桜花は一度、大きく深呼吸して・・・現状をもう一度整理しておきます。
とにかくひとつ言える事は・・・
現在この艦隊の司令電算機は正常に機能していないという事です。
そしてそれは、単なる故障ではなく・・・
おそらく故意に誰かが・・・そうなるように仕組んだのだと思われます。
最初に発射された敵誘導弾も、それを発射したと思われる敵潜水艦も、多数出現した敵航空部隊も、はじめから存在していなかったのです。
そもそもこの海域には最初から、我々に実質攻撃が出来る敵部隊などいないのかもしれません。
おそらく、次々に消えていった味方航空部隊も健在なはずです。
位置情報と通信のみが妨害されているのです。
どのような方法を使ってこのような細工を行っているのかは分かりませんが、しかし、そう考えると、なんとなく彼らの作戦も見えてきます。
彼らは、桜艦隊の航空戦力の多くが上空にある状態を狙って司令系統を混乱させる事により、自ら直接手を下さずに同士討ちさせて航空戦力を殺ぐ事が、そもそもの目的だったのかも知れません。
また、司令電算機が異常な状態では進撃できないので、電算機各所を再点検し直さなければなりません。
それを艦隊の設備で行うにはそれなりの時間が掛かるので、長時間我々桜艦隊の足止めが出来るという訳です。
何より重要なのは、
この段階まで陥っても、外見上は現在未だ彼らは一切攻撃行動を行っていないという事です。
全く、よく考えたものです・・・が、
・・・一体どうやって飛鳥の司令電算機にこのような細工をしたのでしょうか。
これは早期に原因を探り出し修復しなければ、今後の艦隊運営に大きな支障を来します。
考えればとても不安になってきますが・・・
今はそれを考えている場合ではありません。
このままでは本当に同士討ちしてしまうかもしれません。
とにかく一端、司令電算機を停止させなければなりません。
しかし司令電算機によって一括統制されている現在の状況でそれをやると、艦隊は大混乱になってしまいますので、先ずは各戦隊旗艦に指揮系統を分散し、航空部隊の管制も各空母にそれぞれ分散した上で、統制しなければなりません。
これは大変面倒な作業ですが、戦闘中に司令電算機が損傷した際の対応訓練は何度かやっていますし、たぶん今の艦隊練度ならば戦闘能力を維持したままでも数分で完了するでしょう。
問題ありません。
そうと決まれば早い所作業に取り掛からなければなりません。
もたもたしてる時間は無いのです。
・・・・・
・・・いや・・・
・・・本当にそれで良いのでしょうか・・・
本当に・・・彼らの目的は、我々を同士討ちさせて艦隊をしばらく足止めする事なのでしょうか・・・
仮に、本当にそれが彼らの目的だったとして、我々の航空戦力をいくらか減らして数日間足止めをすることが出来たとしても、それが彼らにとってどれほど有効な事なのでしょうか。
おそらく、飛鳥の司令電算機にこれほどの細工をするにはそれなりに手間が掛かっていると思いますし、この手の奇策は二度三度と使えるものではありません。
そう考えると・・・・もしかして・・・
今までの一連の状況自体が、我々を何かに向かわせるための陽動であって・・・
そして、その何かとは・・・
その時、しばらく相談しあっていた参謀部の方々の一人が、
「提督、進言いたします。司令電算機を一端停止させるべきではないでしょうか」
と桜花に言います。
「ええ、桜花もそう思います・・・いえ、厳密にはそう思いました」
そう・・・彼らなら、・・・いや、
彼女なら、
今の私の心理状態まで読み取っている筈です。
命がけで仲間にしたこの多大な航空戦力を、些細な電算機のトラブルで失ってしまう可能性のあるこの状態に、少し焦りを感じている私の心理状態を・・・
「艦隊を、現在の旗艦一括統制から、司令電算機が停止した状況に対応できる様に、戦隊個別統制に陣形変更します」
と桜花が言うと、参謀の方々は「宜候」と言って、各戦隊に指示を出します。
しかしその後桜花は、
「ただし、30秒後に再び陣形を旗艦一括統制に戻します。そして、司令電算機は停止させずに、30秒間だけ外部通信を遮断してください」
と言うと、参謀の方々は、「は?」って顔で桜花を見ます。
「・・・つまり・・・司令電算機を停止させた振りをするのです」


そう・・・彼らの狙いは多大な航空戦力ではなく、飛鳥なのです。
これは国家間戦争ではないので、相手の戦力を殲滅させれば勝ちでは無いのです。
彼らにとって、知られたくない事実を消去できなければ、終わらないのです。
できるだけ形を留めたまま、できるだけ迅速に。
今までの一連の状況も全て、司令電算機に不信を抱かせて、最終的にそれを停止させるための手段だったのです。
そして、司令電算機一括統制から、戦隊個別統制に切り替えるほんの短い隙を狙って、飛鳥のみを正確に狙って、彼らの持ちえる最大の戦力で攻撃してくる筈です。
きっと。
しかし逆に・・・
彼らが実際に攻撃行動を行い、その後も尚、飛鳥が健在ならば・・・・
状況は、我々にとって極めて有利になります。
それが分かっているから彼らも、最後の最後まで一切攻撃行動を起こさず、揺さぶりをかけて、こちらが隙を見せるほんの瞬間を狙っているのです。
恐らく・・・こちらが陣形変更を開始したのを確認してから、攻撃部隊に指示を出し、部隊が攻撃位置についてから実際に彼らが攻撃行動に入るまでに要する時間はおよそ30秒。
敵が攻撃行動を行ってからこちらは再び一括統制に戻し、統合迎撃態勢が取れるようになるまで30秒。
航空情報が錯乱されている現状において、航空機による警戒を主要とする艦隊第一防衛線はすでに突破されてると考え、その内側、第二防衛線の警戒範囲ぎりぎり外側から誘導弾を発射したと想定すると、それが飛鳥に到達するまでの時間はおよそ5分30秒。
5分間の統制迎撃が出来ます。
もう既に、これの迎撃に回せる航空部隊は無いので、敵の攻撃規模によってはやや微妙な線ですが・・・
大丈夫です!問題ありません。
・・・でも、今まで散々裏をかかれてきたので・・・今度こそは大丈夫だと断言もできないのですが。
いいえ!そんな事ではいけません!
判断を下した以上、司令官は毅然として、自信を持って進まねばなりません!
とにかく、参謀部の信頼を取り戻すために、きちんと説明しておかなければ。
そう思って桜花は、
「あの・・・この作戦の意図を説明いたしますと・・・」
と言いかけた所で、山本前司令が、
「大丈夫だ。みんな君の判断を信頼している」
と言って、木島さんもこっちを見て「にっ」と笑います。
あ、それなら・・・うれしいです。
本当に。
しかし、そうこうしてるうちに時間は刻々と過ぎて行くのです。
もう既に、陣形変更を指示してから25秒過ぎてます。
26・・・27・・・28・・・
やっぱり今回も読まれていたのでしょうか。
今度こそは本当に来るかと思っていたのですが・・・
そう思い始めた時、通信要員が、
「熱源多数!接近中!」
と叫びます。
桜花は間を入れず、
「全艦、陣形戻せ!」
と叫び、司令電算機の外部通信を再び開きます。
予想通りの動きです。
しかし、今までの状況から考えると、予想通りだと逆に、疑わしくなってくるのですが。
それにこれは、飛鳥の航空表示画面に示されただけなので、まだ何とも言えません。
既に桜花のこの判断自体が彼女に読まれていて、この表示も囮である可能性があります。
しかしその直後、通信要員が、
「軽巡、鹿島より入電!敵弾ヲ捕捉セリ、之ヲ邀撃ス!」
と叫びます。続いて、
「駆逐艦、天津風より入電!敵弾ヲ捕捉セリ、之ヲ迎撃ス!」
「軽巡、十和田より入電!敵弾航跡見ユ、之ヲ邀撃ス!」
と、続々と捕捉通信が入ります。
未だ統合迎撃態勢が出来ていないので、各艦がそれぞれに捕捉情報を旗艦に送り、各個に迎撃を始めているようです。
これは・・・本当に敵の誘導弾なのかもしれません!
いや、しかし、今までの状況から考えて、この情報も確実に信頼できる物かどうか分からないのですが、
・・・でも、
なぜか桜花は、今回は本当に敵の誘導弾なのではないかという「感じ」がするのです。
とにかく早く、一括統制出来る状態へ戻さなければ!
ものすごく、長い瞬間です。
その時、制御要員が、
「旗艦一括統制、構築!統制始動!」
と叫びます。
戻りました!
即座に桜花は全艦に統制迎撃情報を送り、
「全艦、指示目標に対し、総力で迎撃!」
と叫びます。
この状態に復旧するまでに30秒掛かると予想していたのですが、15秒で出来ました。
早いです。
でも、関心してる場合ではありません!
各艦の敵誘導弾捕捉情報は、統合されて桜花の頭の中にも入ってきます。
敵誘導弾、発射位置は艦隊第一防衛線の内側、・・・その数、232?!
これは・・・まさか、予想外の数です!
位置から考えて、発射したのは水上艦艇とは考えられないので、潜水艦か、電探透過の航空機です。
どちらにせよこれだけの数を同時に発射するには、それなりの数をそろえる必要があります。
しかし、これほどの数だと、航空情報を完全に錯乱したとしても艦隊第一防衛線を突破するのは非常に困難かと思うのですが。
この情報は・・・本当に正しいのでしょうか。
いや、しかし・・・相手も司令電算機です。
第一防衛線を突破できる最低限の数の潜水艦と航空機を各個に進入させ、同位置で同時に発射する事も可能な筈です。
もはやこちらには、即座にこの位置に向かわせることの出来る航空隊は残っていないので、これを確認する術はありませんが、どちらにせよ、この「232」という数を飛鳥に到達するまでの5分間で「0」にしなければなりません。
間も無く誘導弾は艦隊第二防衛線を突破します。
どれだけ減らしてくれるでしょうか。
多数の敵誘導弾は、第二防衛線の駆逐戦隊から発射される迎撃弾幕を回避するために、それぞれに、まるで生き物のように回避機動を取ります。
しかしその矛先は皆統一して飛鳥に・・・・
・・・いや、違います!
試験開発艦に向かっています!
一体なぜ・・・
そう、
あの船には修復中の橘花さんが!
なんという卑劣な事をするのでしょう!
いや、・・・冷静に。
彼女はきっと、私の大切なものがあの船にあるという事を分かっているのです。
その心理をついて、私に冷静な判断を損なわせようとしているのです!
彼らの狙いは最初からずっと変わらず飛鳥なのです!
一時的に試験開発艦に向かわせることで、飛鳥の防御を手薄にしようと目論んでいるのです。
・・・でも、あの船には・・・アドルファさんも乗っています。
もし仮に、本当にアドルファさんが我々にとって決定的に有益となる情報を持ってきているのだとして、彼らもそれを認知しているのだとすれば・・・
あるいは本当にそれを消去する為に・・・
だとすると・・・橘花さんが!
橘花さんが!
いや、ちがうちがうちがう!!
彼らの狙いは飛鳥です!
修復にどれだけ時間が掛かるか分からない電算機を消去するために、超音速の対艦誘導弾を232発も撃って来る訳ありません!
そもそも彼らにとって、その他全ての戦力を殲滅しようが、飛鳥を沈めなければ全く意味が無いのです。
敵誘導弾は第二防衛線を突破し、尚も接近中です。
その数、171。
これは・・・よく落としたと言うべきかもしれませんが、
防衛線はあと二枚しかありません!
このままだと・・・
その時突然、通信要員が叫びます。
「鳳凰108隊より入電!我、着艦収容ヲ望ム!」
鳳凰108隊?
やはり先ほど敵表示になっていたのは、補給の為に戻ってきた鳳凰108隊だったのです。
しかし今艦隊はそれどころじゃないのです!
航空情報が乱れているので、彼らは艦隊が迎撃態勢にあることを分かっていないのです。
・・・でも・・・何か変です。
その時再び、通信要員が、
「蒼龍122隊より入電!我、敵影ヲ・・・以後、通信途絶!」
蒼龍122隊、やはり健在だったのです!
でも・・・通信途絶?
これは通信が妨害されているのでしょうか、それとも・・・
一体何があったのでしょうか!
敵影って・・・
再び通信要員が叫びます。
「鳳凰108隊より入電!我、燃料残リワズカ、至急着艦収容ヲ望ム!」
これは・・・かなりまずい状態みたいです。
・・・・しかし・・・
やっぱりなんだか変です。
鳳凰108隊は、飛行時間から考えて確かに燃料を多く消費していますが、長時間噴射加速を行ったりしない限り、まだ搭載燃料には少し余裕があるはずです。
そんなに焦るほどの状態では・・・
そもそもなんでこのタイミングで・・・
・・・いや、
仮に、この鳳凰108隊と表示されているのが・・・
・・・敵機だと仮定すると・・・
現在の状況から考えて、絶好の同時攻撃が出来ます!
・・・これは・・・
とりあえず、桜花は、
「鳳凰108隊へ打電、現在収容態勢にあらず。艦隊防空圏外にて待機されたし」
と通信要員に伝えます。
しかし通信要員は、
「鳳凰108隊より、返信ありません!」
と叫びます。
かと思ったら、鳳凰108隊を示す航空表示がどんどん高度を下げていって、画面から消えてしまいました。
これはまさか・・・燃料切れで墜落?
いや、そんな筈はありません!
いくらなんでも全機同時に、こんな急速に高度を下げるなんておかしいです。
これは・・・やっぱり・・・
敵機です!
攻撃行動をとる為に、高度を下げたのです!
しかしこちらは、敵誘導弾に対応するのが手一杯です!
ここで同時攻撃されたら・・・もう望みは・・・
いや、先ほど・・・
蒼龍122隊が言っていた「敵影」というのがこれの事だったとしたら・・・
まだ望みはあります!
「蒼龍122隊へ打電!敵を殲滅せよ!」
と桜花は叫びます。
しかし、通信要員は、
「蒼龍122隊、通信つながりません!」
「何度も繰り返してください!」
もう他に望みは無いのです!


敵誘導弾は、間も無く第三防衛線と交差します。
これを突破されたら、もう最終防衛線である直衛艦防衛しかありません。
模擬艦隊戦訓練では、直衛艦防衛での最高撃墜記録は72発です。
しかしこれはあくまで調子のいい時の記録であって、せいぜい対応できるのは50発ぐらいです。
そう考えると、この第三防衛線で100発以上落としてもらわないと困る訳ですが、これは・・・なかなか厳しい状況です。
その時、第二防衛線で機影を捕捉します。
これは、先ほど航空情報画面で鳳凰108隊を示す表示が消えたあたりです。
既に艦艇により捕捉した状態なので、味方機であれば識別信号を捕らえる筈なのですが・・・
やはりこれは・・・敵機です。
しかしこの空域の迎撃を行う事のできる位置にいる艦艇は、先ほどの敵誘導弾迎撃で即時対応できる長距離対空弾は使い果たしてしまったので、現状ではもう近接防空弾しか撃てません。
これでは・・・とても・・・
恐らく、軽々と突破されてしまうでしょう。
その時、通信要員が叫びます。
「蒼龍122隊より入電!我、攻撃態勢ニ入レリ。之ヲ撃滅セシムナリ!」
やっと通信がつながりました!
いや・・・しかし、これは喜んで良いものなのでしょうか。
蒼龍122隊の位置情報は未だ消えたままで、どこにいるのかも分からないので、彼らが捕らえた敵影というのは、もしかしたら全く違う場所にいる味方機である可能性もあります。
むしろ今までの状況から考えると・・・その可能性の方が大きいのですが・・・
ああ、私は・・・焦ってとんでもない指示を出してしまったかもしれません!
でももう、どうしようもありません。
蒼龍122隊との通信は、再び途絶えてしまいました。
彼らを信じるしかありません。
でも、もし・・・味方機だったら・・・
そして、敵誘導弾は間も無く、第三防衛線を突破します。
第三防衛線の各艦艇は既に総力でこれの迎撃を行っています。
敵誘導弾はそれぞれに回避行動をとりながら、少しずつその数を減らしていくのですが・・・
その矛先は再びひとつにまとまり、こちらに向かってきます。
第三防衛線を突破されました!
その数・・・・103!
・・・103・・・
・・・103・・・
最終防衛線で対応できるのは・・・せいぜい50発・・・
・・・これはもう・・・
・・・駄目かもしれません・・・
直衛艦全てが総力で迎撃しても、103発も落とすのはとても無理です。
・・・これは・・・
・・・総員退艦を指示すべきでしょうか。
しかし、今から退艦準備を行っても・・・着弾までに退艦できるのは極わずかでしょう。
それに、飛鳥の装甲はとても頑丈にできているので、今退艦するより着弾後に退艦指示を行った方が被害が少ないかもしれません。
でも・・・着弾後に私が指示できる状態かどうか・・・生きているかどうか・・・
・・・私は・・・
・・・死ぬのでしょうか・・・
人型電算機も・・・死んだら靖国へ行けるのでしょうか。
ああ、私は・・・結局、この艦を・・・
その時再び、通信要員が叫びます。
「鳳凰108隊より入電!我、敵誘導弾ヲ捕捉セリ。之ヲ迎撃ス!」
鳳凰108隊?・・・やっぱり、これは味方だったのでしょうか。
いや、違います!
先ほど航空表示画面から消えた鳳凰108隊の位置とは違う方向です!
え?鳳凰108隊がふたつ?
新しく出現した方の鳳凰108隊も、既に艦艇から捕捉され、その位置情報が入ってきます。
こっちは、味方機を示す識別信号を出しています!
じゃあ、たぶん、こっちの鳳凰108隊が・・・
本当の鳳凰108隊です!
やはり本当の鳳凰108隊も、補給のために艦隊の近くまで戻ってきていたのです!
現在の最終防衛線に、この鳳凰108隊14機が加われば・・・
何とかなるかもしれません!
桜花は再び、味方戦闘機14機を加えた防空情報を各艦に送信し、
「直衛全艦、近接防空に備え!」
と叫びます。
・・・それでもぎりぎりの線ではあるのですが・・・
もうやるしかないのです!
しかしその後、再び鳳凰108隊から、このような通信が入ります。
「尚、我、余剰燃料既ニ無ク、帰還ハ成ラズ。陛下ニ賜リシ機ヲ失スル事ヲ詫ブ」
・・・え?!
帰還は成らずって・・・
・・・そう、鳳凰108隊は・・・
もう燃料が無いのです!
しかし、迎撃位置に付くには、長時間噴射加速を行わなければなりません。
・・・そんな・・・
・・・ああ、桜花がもっと冷静に、的確な判断をしていれば・・・こんな事には・・・
だからといって、彼らを止める訳には行きません。
彼らがいなければ、もう飛鳥を護る事は出来ないのです!
桜花は直接口頭通信で、鳳凰108隊に、
「必ず救助に行きます!だから・・・」
と言いかけたところで、通信は途絶えてしまいました・・・
・・・彼らに・・・桜花の声は聞こえたでしょうか・・・


飛鳥を護る直衛各艦は、既に近接防空態勢にあります。
ここで全て落とさなければ・・・もう後がありません。
その時、第二防衛線を構成する軽巡洋艦「鹿島」より、不明機の捕捉情報が入ってきます。
これは、先ほど鳳凰108隊に成りすまして艦隊に接近してきた、あの航空機群です。
その詳細が、ついに分かったみたいです。
その数10機。
これは・・・帝国軍機ではありません。
やや大型の、重爆サイズの電探透過機です。
記憶情報には無い機体です。
やっぱり・・・もうこれは確実に敵機です。
既に「航空目標B02」という識別名称が付きました。
しかし・・・少し変です。
重爆サイズの機体なら、もうこの位置からでも飛鳥を射程内に捉えることの出来る長射程誘導弾を発射できると思うのですが。
航空目標B02はそのまま尚も接近してきます。
ここまで接近するつもりなら、重爆を使わずに高機動の攻撃機を使った方が生存性が高いと思うのですが。
何を考えているのでしょう。
それだけ余裕があるという事なのでしょうか。
確かに現在の状況では、既に大多数の敵誘導弾を迎撃する事で艦隊の防空態勢は手一杯です。
この航空目標B02の搭載能力にもよりますが、ここでさらに対応すべき誘導弾が多数増えたら・・・
非常に不味いです。
しかし、この航空目標B02のさらに後方に、これを追尾する機影があります!
もしかしてこれが・・・蒼龍122隊・・・だったら良いのですが。
現状ではそれを確認する事は出来ません。
そして同時に、
敵誘導弾103発は、尚も飛鳥に接近中です。
厳密には・・・試験開発艦に向かっています。
これはやっぱり・・・
いや!彼らの狙いは飛鳥です!
ここで迷ってはいけません!
しかし、飛鳥と試験開発艦はなるべく接近させて、飛鳥と同様に防衛できるようにしておきます。
敵誘導弾は、既に最終防衛線に入りました。
しかし、直衛艦が迎撃を始める前に、敵誘導弾は回避行動を始めます。
これはたぶん・・・


鳳凰108隊が迎撃を始めたのです!
鳳凰108隊とは未だ通信がつながらないので確認は出来ませんが、先ほど桜花が送った防空情報は、きちんと届いてるみたいです。
直衛艦と同目標を狙わないように、鳳凰108隊には数秒間早く迎撃に入るように指示してあるのです。
続いて、直衛各艦も迎撃を開始します。
もう、ものすごい数の対空弾が、ばつんばつんと打ち上げられていきます。
同時にこんなに沢山の対空弾が飛んで行くのを見たのは、桜花も初めてです。
海全体から白い帯が沢山上がって行って、もう、空が持ち上がっていくみたいに見えます。
さらに続いて、飛鳥も対空弾を発射します。
「ピピーッ」という警告音の後にズガー!ズガー!ズガー!と連続して音がして、外が一瞬煙で真っ白になります。
そして
「五八長、発射完了!」
という声がします。
あっという間です。
対空弾を発射すると、もう少し大きな音がするのかと思ったら、意外と静かです。
実は桜花は、飛鳥が対空弾を発射する所を見たのも初めてだったりします。
連合艦隊旗艦が直接迎撃しなければならない状況というのは、それだけ異常な事なのです。
そしてしばらく・・・静寂の時間が過ぎます。
航空表示画面のみがめまぐるしく動いています。
たぶんそれほど長い時間では無いのですが、桜花は緊張してるせいか、この静寂の時間がとても長く感じられます。
気が付くと桜花の足が、がくがく震えています。
連合艦隊提督が、敵の攻撃に恐れていると思われては・・・ダメです!
桜花は震える足を手でしっかり押さえます。
太ももがすごく熱いです。
その時艦長さんが、とても大きな声で何か叫んだのですごくびっくりしました。
桜花は何を言ってるのか全く聞き取れなかったのですが、砲雷長はきちんと聞き取れたらしく、「宜候!」と言って、砲術科の人達に何か指示を出します。
そして再び、「ピピーッ」という警告音が鳴響き、砲術科の人が秒読みを始めます。
飛鳥は連合艦隊旗艦ではあるのですが、同時に艦隊を構成するひとつの艦なので、桜花は作戦司令を艦隊に出したら、その後は飛鳥を含む各艦の戦術指示は各艦の艦長が行います。
だから、この状況になると桜花はもう、ただ見てるだけなんです。
正直な所、飛鳥の防空戦闘の細かい手順動作等は、あまり良く分かっていなかったりします。
その時突然、
「ズガアアアァン!」
というものすごい大きな音がして、表示画面が一瞬乱れます。
そして、飛鳥の船体がぐらんぐらんと大きく揺れます。
一体何事かと思い外視画面を見ると、飛鳥の右舷が真っ赤な炎に包まれています!
これは?!
桜花は立ち上がって、
「被害状況の確認を・・・」
と言いかけたところで木島さんが桜花の肩を押さえて、
「違う違う。・・・落ち着け」
と言います。
・・・今のは・・・
飛鳥の主砲です!
飛鳥が主砲を撃ったんです!
すごいです!
もちろん・・・桜花は初めて見ました。
でも、あまりに唐突な出来事だったので、桜花は何がなんだか分からないうちに、この貴重な瞬間は終わってしまいました。
普段の桜花なら、主砲を撃ったという事実だけで、もう大喜びしてしまう所ですが・・・
今は緊張しているせいか、これもひとつの状況として通り過ぎていきます。
もしかしたら飛鳥の主砲斉射を見るのはこれが最初で最後かもしれません。
出来れば、もう少しきちんと見ておくべきだったかもしれません。
ちなみに飛鳥の主砲は、防空装置としては長距離対空弾と近接防空弾の間をカバーする位置にあります。
しかしこのタイミングが微妙で、あまり早く撃つと、その広範囲に及ぶ炸裂で先に撃った長距離対空弾を巻き込む可能性があり、あまり遅くまで撃ち続けていると、その反動と爆炎で近接防空弾の照準に悪影響を与えてしまうそうで・・・
結局今回は、一斉射だけで終わりです。
しかし、きっと、この9発の砲弾も、飛鳥を護るために役立ってくれる筈です。
航空表示画面では、先ほど撃った長距離対空弾と、鳳凰108隊の撃った対空弾と、敵誘導弾が交差し、多数の赤外線反応が捉えられています。
一体どれくらい落としてくれたでしょうか。
赤外線反応が多すぎて、未だそれを確認する事は出来ません。
たぶん肉眼で見れば、それはもうすごい状況なのでしょうが、ここでは画面の中の表示でしか見る事は出来ません。
そしてさらに接近してくる敵誘導弾に向かって、主砲弾9発が超高速で矢のように突進していきます。
そして再び、九つの大きな赤外線反応を示します。
これは・・・望遠で辛うじて確認できました。
なんだか、くらげのような形をした不思議な雲が九つ出来ています。
主砲弾が上空で炸裂すると、このような雲が出来るのですね。
これだけ離れていても見えるのですから、近くで見ると、それはもう大きなくらげ雲なのでしょう。
近くで見たいものですね。
その不思議な雲を眺めているうちに・・・桜花はふと思ったのですが、
時間が経つと共に、艦隊は逼迫した状況になってきているというのに・・・なぜか桜花は・・・時間が経つと共に、徐々に冷静になってきている事に気がつきます。
冷静というか・・・この状況が少し、気持ち良くさえ感じています。
なぜでしょうか・・・
妙な気分です。
足の震えも、今ではすっかり止まってしまいました。
これが終われば、もう後が無いかもしれないのに。
もしかしたら桜花の短い人生も、これで終わってしまうかもしれないのに・・・
不思議です。
直衛各艦は、既に近接防空弾の発射準備を完了し、
その時に備えます。


艦内は・・・妙に静かです。
最大戦速まで出力を上げた飛鳥の機関のみが「ずずずずず」という低い音を出しています。
既に長距離対空弾と主砲弾による迎撃は完了し、未だ接近中の敵誘導弾の正確な数が表示されます。
その数・・・・
・・・・
・・・その数を見てから、桜花はなぜか、木島さんの方を見るのです。
木島さんは桜花が見てる事に気付いたのか、木島さんも桜花の方を見て・・・何ともいえない複雑な・・・
・・・笑顔になります。
それはたぶん、桜花を安心させようとしてるのかもしれませんが、でも桜花は・・・今は、もう・・・
・・・そんなに恐くないので、「そんなに恐くないんですよ」っていう顔をしようとします。
その桜花の表情を見てどう思ったのかは分かりませんが、木島さんは「うんうん」とうなづきます。
・・・そういえば・・・
そう、なぜか・・・桜花はその時・・・以前木島さんと二人で、第8艦隊を仲間にするために強行した時に、輸送機の中で木島さんが話していた事を思い出します。
あの時、木島さんは・・・桜花の出生に関する、とても重要な事を話そうとしていたのですが、途中までしか聞けなかったのです。
あの時木島さんが言っていた「神の定め」って・・・いったい何だったのでしょう。
こんな事になるのなら・・・あの時、
きちんと聞いておけば良かったです。
・・・でも、もしかしたら・・・あれは結局、
聞かないで良かった事なのかも知れません。
・・・・・
・・・この状況に至って・・・
桜花はなぜか、そのような事をぼんやり考えていたりします。
その時、再び「ピピーッ」という警告音が鳴り響き、「ズガー!ズガー!ズガー!」とやや大きな音がします。
飛鳥が近接防空弾を発射したのです。
その他の直衛各艦も同時に近接防空弾を発射します。
そしてそれらは、やや上昇してから折れ曲がる様に進路を水平に変えて、ものすごい速度で水平線の彼方に消えていきます。
空に吸い込まれるように高く上がって行った長距離対空弾とは全く違う航跡です。
これは既に・・・敵誘導弾が超低空進入を始めているのです。
もうかなり近くまで来ています。
その時艦長が、「副砲!撃ち方を成せぇ!」と大声で叫びます。
今回は桜花も聞き取れました。
そして砲雷長が「副砲、撃ち〜方始めぇ!」と叫びます。
しかし、副砲はすぐには発射されません。
全自動で制御されている飛鳥の副砲は、目標が最適な位置に来てから自動で発射されるようになっているのです。
実は主砲や防空弾も近接防空戦始動をした段階で全て最適な位置で自動発射されるのですが、なぜか砲の類だけは、艦長が直接砲撃指示を出すのが飛鳥の仕来りみたいです。
そして再び、「ピピーッ」という警告音が鳴響き、砲術科の人が秒読みを始めます。
その時通信要員が、
「敵誘導弾、間も無く本艦右舷に到達、猶予30秒!」
と、言ったと同時ぐらいに
「 ドドドン!ドドドン!ドドドン!」
という連続した大きな音がします。
飛鳥が副砲を発射したのです。
飛鳥の副砲は全自動装填で速射性が高く、その合計6門から発射される弾は分速270発、高性能近接信管が付いており、近接防空戦闘、特に此方向目標に対しては主砲よりも効果的だと言われています。
そしてその砲弾の向かう先には・・・敵誘導弾の航跡が・・・
・・・・
・・・?
・・・その時・・・何か・・・
・・・何かが切り替わったような・・・不思議な感覚がしたのです。
・・・・そう、まだ画像では見えるはずの無い敵誘導弾の航跡が・・・
・・・なぜか、桜花には・・・・敵誘導弾の、その一つ一つが・・・その動きが・・・
・・・見えるのです。
・・・見えるはずは無いのですが・・・この目でしっかり・・・見えるのです。
・・・なんだか妙な感覚です。
気が付くと、今まで見ていた艦内の司令中枢の風景が・・・
・・・艦長さんや、司令要員の人達や・・・木島さんも・・・・
・・・見えなくなって・・・
・・・敵誘導弾と・・・桜花だけの世界です。
・・・いや、私の体は・・・桜花ではなくて・・・
・・・飛鳥になっているのです。
これは・・・不思議です。
私は夢でも見ているのでしょうか。
・・・そして、時間は止まったようにゆっくり流れているのです。
・・・これはいったい・・・
・・・・・
・・・そう・・・私は・・・
・・・護らなければなりません。
私と共にある多くの人達を。
・・・今、私は・・・
・・・その力を得たのです。
・・・その・・・九つの筒が
・・・敵をなぎ払う私の腕となって・・・
光を放つのです。


・・・・・・
・・・・・・
・・・・kkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkk・・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・その時、一瞬・・・
・・・はるか彼方に・・・
・・・水平線の、もっと向こうに・・・
・・・・そう、私は・・・見たのです。
・・・黒い・・・まるで狂気のような渦を発している・・・
・・・その船を・・・
・・・・その黒い渦は、空を満たし、この艦隊までも覆ってしまう程の・・・
・・・それは、とても・・・
・・・強い力です。
・・・・・・
・・・ああ、私は・・・・あのようなものに・・・・
・・・迂闊にも、戦いを挑もうとしていたのです。
・・・・今の私では・・・・到底・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
その時誰かが「桜花!桜花!」と私を呼びます。
誰かと思ったら、木島さんです。
いったいどうしたというのでしょう。
木島さんは「大丈夫か?」と聞くのですが・・・
・・・・私は・・・いったい・・・
桜花は尽かさず、航空表示画面を見ます。
なぜか・・・敵誘導弾の表示が全て消えています。
「損傷の確認を!」
と桜花が叫ぶと、通信要員の人が少し間を置いてから、
「・・・損傷、ありませんが」
と言います。
・・・え?敵誘導弾は・・・どこに行ってしまったのでしょう。
その時ふと、回りを見渡してみると、
なぜか司令中枢にいる皆さん、桜花に注目しています。
・・・いったい・・・どうしたのでしょうか。
「あの・・・何があったのですか?敵誘導弾は?」
と桜花が聞くと、木島さんが、
「・・・・あれは、お前がやったんじゃないのか」
と言います。
・・・・え?
とにかく、木島さんの話を聞いてみると、
これがすごいんです。
敵誘導弾が飛鳥に到達する30秒前ぐらいに、なぜか突然、飛鳥の防空装置の制御が出来なくなり、なんと、主砲が勝手に動き出したんだそうです。
そして、9門の各砲が個々に砲弾を発射し始めて・・・
敵誘導弾を全部撃ち落してしまったのだそうです!
ええ!
そんな滅茶苦茶なこと・・・あるんでしょうか。
だいたい・・・飛鳥の主砲って、それほどの精度で撃てるものなのでしょうか。
・・・何より、飛鳥にそのような防御プログラムが成されていたとは驚きです。
外視画面を見てみると、砲塔は、何事もなかったかのようにゆっくりとその砲身を艦軸に戻しています。
砲口からは、白い煙が出ています。
・・・なんだか・・・すごい事になっていたようですが・・・
桜花にはその記憶が全くありません。
・・・・これは・・・いったい・・・・
どういうことなのでしょうか。
敵誘導弾が艦に接近しているその最中に、主砲が勝手に動き出すなんて、とんでもない事です。
・・・考えてみればとんでもない事なんですが・・・
なぜか桜花は、その事実を大して問題に感じる事も無く・・・
妙に平然と受け止めてしまっています。
・・・なぜでしょう。
参謀部の方々も、なんだかびっくりしたような不思議な表情で桜花を見ていますが、山本前司令だけは、落ち着いた表情で状況を見ています。
もしかして・・・彼は、この飛鳥の最終防御の事を最初から知っていたのでしょうか。
・・・それにしても、まあ・・・
敵誘導弾は、232発全て撃破できたのです。
結局、敵誘導弾は、飛鳥と試験開発艦のどちらを狙っていたのか分からず仕舞いですが、
それはもう、どうでも良い事です。
「よかったじゃないですか。一時はもう駄目かと思いましたが」
と、桜花が言うと、木島さんが目を丸くして、
「やっぱり・・・桜花ちゃんは強いなあ」
って言います。
・・・え、私が?・・・そうでしょうか。
しかし、まだ!終わってはいません。
航空目標B02がまだ残っています!
桜花は再び航空表示画面をみて、その動きを確認します。
その時、航空目標B02は・・・なぜか突然、進路を変えます。
この進路だと攻撃進路に入らずに、飛鳥の進路のはるか前方を通過する形になると思います。
誘導弾が全て迎撃されたのを見て攻撃を諦めたのでしょうか。
それならそれで結構な事ですが・・・
しかしさらにその後方、これを追尾する機影群(おそらく蒼龍122隊)が、航空目標B02を攻撃し始めます。
もう既にこちらを攻撃する気がないのなら逃がしてあげても良いかもしれませんが、わざわざこれを制止する必要も無いので・・・
・・・殲滅してもらいましょう。
航空目標B02は、追尾されている事に気が付いたのか、ぐんぐん速度を上げて行き、途中で何かを投下してからさらに加速します。
恐らく、離脱する為に武装を投棄して機体を軽くしたのでしょう。
その後、赤外線反応が4つ、続けて確認されます。
そして、航空目標B02を示す表示が、10機から6機に減ります。
4機撃墜。
結構です。
それと同時ぐらいに・・・突然、
今までずっと消えていた航空表示が回復します。
その直後、現在飛行中の航空部隊から「応答願ウ」の通信が沢山、どっと入ってきます。
・・・いったい、これは・・・
やはり彼らも、通信が妨害されていたみたいです。
その通信を確認した所、全部隊健在。問題無しみたいです。
やっぱり・・・途中で表示が消えた航空部隊も、撃墜された訳ではなかったみたいです。
通信による情報と航空表示を照らし合せてみた所、この表示も間違い無いみたいです。
全機確認できました!
これは、本当に良かったです。
司令中枢でも、「おお!」という歓喜の声が沸きます。
・・・しかし、なぜ・・・突然、航空表示が回復したのでしょうか・・・
その時、通信要員が、
「鳳凰108隊より入電!前言修正、我、帰還可能!至急着艦収容ヲ望ム!」
と叫びます。
・・・鳳凰108隊は・・・帰還できるのですか!
それを聞いて木島さんは、
「なんだよ、かっこいい事言いやがって、結局戻ってくるのかよ」
と言ってケタケタ笑ってますが、桜花は泣きそうになって
「戻ってこられるなら良かったじゃないですか!」
と、怒ります。
・・・本当に・・・良かったです。
少しずつ、状況は好転してきたみたいです。
なんだか今になって・・・急に足が、がたがた震えてきます。
本当は・・・すごく恐かったのかもしれません。
ちょっと泣きそうですけど・・・泣かないんですよ。
まだ・・・戦いは始まったばかりです。
とにかく、早急に収容しなければならない航空部隊から随時着艦させつつ、次の戦闘に備えて待機部隊の発進準備も行います。
敵はいつ再び攻撃してくるか分かりません。
また、先ほどの敵誘導弾迎撃で、長距離対空弾を使い果たしてしまった艦艇と、迎撃位置に付けず未だ戦力が残っている艦艇、再装填可能な艦艇の位置を変更し、再び陣形を整えなければなりません。
それと、一番重要な事は・・・司令電算機の状態です。
とにかく今までの誤作動の原因を調べなければなりません。
これは、司令電算機そのものに細工された物なのか・・・それとも・・・他に原因があるのか・・・
そしてなぜ・・・突然回復したのか・・・
考えればとても不安になってきますが・・・
でも、そんな事より、先ず、味方全部隊に通信を送らなければなりません。
命懸けで飛鳥を護ってくださった皆さんに。
きっとみんな、飛鳥の状況を心配してると思うので。
桜花は全部隊に飛鳥の状況を送信します。
・・・せっかくですから・・・桜花の元気な笑顔画像も一緒に送っちゃいましょう。
「迎撃完了。戦艦飛鳥、健在ナリ」


艦隊は、戦闘態勢のまま速度を巡航まで落とします。
今日の海は・・・こんなに穏やかだったんですね。
空は真っ赤な夕焼けになっています。
なんだか今日は長時間電算機をフル稼働させていたせいか、とても長い一日に感じます。
普段の桜花なら、こういうきれいな夕暮れは甲板に出て日が沈むのをずっと見ていたりするのですが・・・
今日はそういう訳には行きません。
まだやることはいっぱいあるのです。
先ずは、司令電算機を綿密点検しなければなりません。
本来は司令電算機を停止させてから行ったほうが良いのですが、また先ほどの様な攻撃を受けた場合、司令電算機を停止させるとこれに対応できないので・・・時間は掛かるのですが停止させずにやっています。
もちろん飛鳥だけではなく、司令巡洋艦や航空母艦の司令電算機も同時に総点検です。
ただ、桜花は・・・今はなぜか、
先ほどの異常は司令電算機のせいではなくて、もっと他の要因があるのではないかと思えてくるのです。
なんというか・・・外部から、何か強い力で押さえつけられていたような・・・
そんな感じがするのです。
でもどちらにせよ、司令電算機を点検しなければ何もわかりませんので、
今は点検の結果を待つしかありません。
しかし、ただ待ってる訳にはいきません。
また先ほどの様な状況になった時に、もっと迅速に対応できるようにしなければならないので、先ほどの戦闘から得た情報を整理分析して、対策を考えなければなりません。
・・・そう、とにかく・・・
今回の作戦においては反省すべき点が沢山あります。
一番の問題点は、なにより・・・
桜花自身の「戦力の過信」です。
そもそもこのような状況に陥ったのも、本をただせば、桜花が多大な航空戦力を過信して、迂闊にも大胆な威嚇行動をとった事が発端なのです。
桜花があの時もっと慎重に作戦を遂行していれば・・・
艦隊をあれほどの危険にさらす事は無かったと思います。
今回は本当に幸運だったという事と、そして、前線の航空兵の皆さんの的確な状況判断に、桜花は救われたのだという事を心得ておかなければなりません。
本当に・・・自分の浅はかさを思うと自己嫌悪になってしまいます。
私は連合艦隊提督なのです。
多くの人の命を預かっているのだという事を、肝に銘じておかなければなりません。
本当に・・・
「今回は・・・迂闊でした」
と、桜花がいうと、しばらくしてから山本前司令が、
「いい顔だ」
と言います。
え、今の、いい顔でしたか?
すると木島さんも、
「次があるうちはな、次で挽回すりゃあいいのよ」
と言って、ケタケタと笑います。
・・・なんだか、すごい軽いのりです。
あれほどの戦闘の後だというのに、参謀部の皆さん・・・やっぱり、強いですね。
そんな事を考えていると・・・なんだかいいにおいがしてきます。
これは・・・ご飯のにおいです!
補給科の人達が戦闘食の配給に来たのです!
考えてみれば今日はずっと戦闘態勢で、桜花はもう、すごくおなかがすいてるのです!
戦闘食の基本は昔から変わらず「おにぎり」です。
それと、玉子焼きとソーセージと牛乳です。
どれも片手で持って食べられるようになっていて、牛乳はこぼさないようにチューブ缶に入っています。
本当は、司令中枢での飲食は禁止なのですが、戦闘中は致し方無いという事で。
(でも考えてみれば参謀部の皆さん、平時は普通にお茶とか飲んでますよね。桜花もですけど)
戦闘食のメニューは参謀部も一般兵も基本的におにぎりなのですが、持ち場によってはおかずとおにぎりがひとまとめになっていたりします。
それと、なぜか桜花のおにぎりだけ紙で出来た小さい大将旗が立っていて・・・すごくおっきいです。
他の人のおにぎりの3倍ぐらい大きいです。
これはちょっと・・・片手で持つのは大変なぐらいですが・・・
やっぱり補給科の方々も、桜花が大食いな事は分かっているんですね。
ええ。うれしいですけど・・・ちょっと恥ずかしいです。・・・旗とか・・・

でも、せっかくですから、しっかり食べてしまいましょう!
次はいつきちんと食べられるか分からないのです。
・・・それにしても・・・
こういうときに食べるおにぎりって、ほんと、おいしいですね!
おにぎりがこんなにおいしいものだとは思いませんでした。
桜花はおにぎりをもぐもぐ食べながら(ちょっと行儀悪いんですけども)表示画面に出ている今回の戦闘の分析表示などを見ながら参謀部の方々と相談します。
そして、改めて情報分析を行うと、いろいろな事がわかってきます。
先ず、途中からおかしな事になってしまった航空表示ですが、これらを一つ一つ確認してみると、航空表示が消えた部隊の位置は、決まって艦隊から大きく離れた位置にあり、厳密に言うと、艦隊自身の探知範囲外、つまり、艦艇の探知装置の利かない範囲にいる部隊のみ、航空表示が消えたり書き換えられたりしていたわけです。
終盤になって、鳳凰108隊や蒼龍122隊との通信が微妙につながったりした時も、その時の位置を確認してみると、艦隊のすぐ近くだったりします。
つまり、今回の航空表示の異常は、司令電算機が偽りの情報を流していた訳ではなく、航空部隊そのものの位置情報を、外部から妨害し、その上で偽りの情報を外部から艦隊に送って、それを司令電算機が表示していた可能性が高いという事です。
もちろんこれも、「そう思わせようとしてるだけ」の可能性もありますが、そうすると、艦隊の死活を決するあの状況で、彼らの作戦に対して極めて重要な妨害点となりうる鳳凰108隊や蒼龍122隊との通信を妨害しない訳がありません。
そう考えると、司令電算機そのものには異常が無かったということになって・・・桜花は少し安心なのですが、しかしそうすると今度は、「どうやってそんな事をしたのか」を突き止めなければなりません。
外部からの操作という事になると、つまり、この海域全体にわたってそのような工作を行っていたという事になるので、もしかしたら、こっちの方が大問題かもしれません。
ひとつの見解としては、
航空目標B02(あるいはこれを含む複数の部隊)が、艦隊の近域において比較的収束されつつある電波情報をまとめて妨害していたのではないか、という案ですが、
これは、蒼龍122隊が航空目標B02の攻撃を行った直後に航空表示が正常に戻ったから、というのが主な理由ですが、でもそうすると矛盾点がいくつかあり、先ず、艦隊から見て航空目標B02の向こう側にいたはずの蒼龍122隊との通信がつながったりした点と、もうひとつは、この手の作戦機は隠密裏に行動するか、戦闘空域から離れて行動するのが大原則である筈なのに、なぜ危険を冒してまで艦隊の攻撃位置まで入ってきたのかという事の説明が付きません。
そもそも、航空目標B02の行動は終始謎です。
結局攻撃せずに離脱して行った航空目標B02は、あの空域で一体何をしていたのでしょうか。
まあ、単純に途中で攻撃を諦めて逃げていっただけという可能性もありますが。
よく考えると、今回の作戦は他にもいろいろと謎が多いです。
これらも、出来る限り一つ一つ調査していくしかありません。
しかし時間も無いので、現在分かっている情報を踏まえて以後注意すべき点は、
とにかく、航空情報妨害への対応が出来ないうちは、迂闊に航空部隊を遠征させたりしないようにしなければなりません。
これは大きな行動制限になりますが、そもそも我々桜艦隊は侵略しに来たわけではないので、航空部隊は艦隊防空圏上空に留め、直衛に徹すれば良いのです。
そう、私は・・・
うめはなが彼らの手にあるという事で、少し気分が攻勢になっていたのです。
これは、彼らの思う壺です。
焦ってはいけません。
うめはなの事はすごく心配ですが・・・ここで全てを失ってしまったら、元も子もないのです。
また、今回の作戦において彼らは遂に我々を実質攻撃してきたわけですから、この情報を広めれば、きっと世論は我々の味方になってくれるでしょうし、遠方の機動艦隊も、もしかしたら我々に賛同して行動を共にしてくれるかもしれません。
しかしこれについての問題点は、
あの多数の誘導弾を撃ってきた部隊の所属が、厳密には確認できてないという点ですが、
この海域においてあれだけの戦力を投入できるのは誰なのかを考えると、それも自ずと分かる事です。
状況は少しづつ、こちらに優勢になってきているのです。
もちろんこれで諦める彼らではないと思いますが・・・


さて、という事で・・・・
今後の艦隊の進路をどうするか考えなければなりません。
細かいことをいろいろと考慮するといろいろと複雑なのですが、単純に考えると進路は2つ、
このまま突き進むか回り道をするかです。
先ほどの攻撃の規模から考えて、それに投入された部隊の数はかなりなものであるはずです。
現在軍令部側の直隷下の部隊数(予想される極秘部隊も含め)を考えると、恐らく、かき集められるだけ集めて一点集中運用を行わなければ到底出来るものではないので、その攻撃が失敗に終わった現在、この瞬間においては、その防衛能力はかなり手薄になっていると思われます。
対してこちら側は、即時発進できる状態にある航空部隊はまだ沢山あります。
・・・攻勢をかけるなら今かもしれませんが・・・
しかし、航空情報妨害への対策が出来ていない現在において航空機で遠征すると、また先ほどのように同士討ちしてしまったりするかもしれません。
そう、たぶん・・・航空情報妨害への対策が出来るまでの時間、こちらが反撃できないという事を予想して、一点集中運用を行ったのでしょう。
なかなか考えてあります。
しかし、そういう事なら・・・逆にこの状態で再び多大な航空戦力を投入して攻勢をかければ、相手の意表を付けるかもしれませんが・・・
・・・やっぱり・・・それはあまりにも危険すぎます。
また、現状においては時間の経過は我々にとって有利に働く筈です。
ここは焦らず、じっくり時間をかけて状況を見極めるべきでしょう。
しかし燃料・弾薬は無限にあるわけではないので、ただ何もせずに海上を漂っているわけにはいきません。
とにかく、複数の軍令部配下の航空基地から無給油で往復できてしまう現在の海域からは一旦離れて、態勢を立て直すべきでしょう。
また、この作戦が長期に及んだ場合に備えて、今後桜艦隊が随時補給できる港の確保も考えなければなりません。
もしかしたら、これが一番重要なことかもしれませんが。
でも、出来る事なら、この状況はあまり長く続いてほしくはありません。
兵員の皆さんも、家族を国に残してきてるわけですし・・・
その時突然、通信要員が叫びます。
「駆逐艦、叢雲より入電!旗艦進路上ニ浮遊物有リ、警戒サレタシ」
・・・浮遊物?
ええ、まあ、そこそこ海岸にも近いので浮遊物が漂っている事も珍しくありません。
しかし・・・そういえばこの辺は、
先ほどの戦闘で「航空目標B02」が離脱する際に武装を投棄したあたりです。
危険なものだったら大変なので、艦隊の進路を変えるべきでしょうか。
などと思っていたら・・・突然、
「バババババン!」
というすごい音がしたんです!
いったい何なのでしょう!
外視画面で外を見てみると、飛鳥の前方甲板、一番砲塔あたりが白い煙幕に包まれています。
これはいったい・・・
しかし今の所、砲塔には何も異常はありません。
かと思ったら、再び、
「ドドォン!!」
というものすごい大きな音がして、艦内に警報音が鳴り響きます!
そして、艦橋前方の自動機関砲座が故障・・・ではなくて、大破?
大破しています!
その時、甲板要員から、
「敵侵入!敵侵入!」
という通信が入ったかと思うと、再び
「ドドン!」
という音がして、甲板からの通信が途絶えてしまいました。
いったい、何が起こっているのですか!
その時、外視画面に一瞬・・・白い煙幕の合間から・・・
何かがすごい速さで甲板上を動き回っているのが見えます。
・・・これは・・・
・・・・?
いったい何なのですか!



 その時、ずっと静かだったシノさんが突然桜花の袖をつかんで、
「桜花さん、この船はもう駄目です。退艦してください」
と言うのです。
いったいこの人は・・・何を言ってるのですか!
「シノさん、それはどういう事ですか!」
「我々陸軍は、非正規であれと一度手合わせした事があります。その際・・・たった一機のあれの為に我が方の挺身一個小隊が全滅しています。通常の歩兵火器ではあれに対抗する事は出来ません」
と、シノさんは言うのですが・・・何を言ってるのかさっぱり分かりません!
「あれは・・・いったい何なのですか?!」
「恐らく、人型電算機の開発過程で出来た副産物です。身体機能に特化した複合生体を強化外骨格装甲で覆ってあり、近接兵器を搭載しています。まさか海上に空挺降下できるまでに進化してたとは・・・」
何を言ってるのか、ますます分かりません!
とにかく!あんなオモチャみたいなやつの為に逃げるなんて以ての外です!
歩兵火器が効かないのであれば、防空装置で・・・いや、あの位置を狙える飛鳥の前方自動機関砲座は既に破壊されています!
ならば、重巡陸奥の砲座の照準をこちらに回して攻撃します!
「甲板要員に退避命令を・・・!」
と、桜花が言いかけたところで突然、木島さんが、
「桜花!止せ!とりあえず逃げるんだ!今ならまだ間に合う!」
なんて言うのです!
「何を言っているのですか!連合艦隊提督が、旗艦を捨てて逃げろと言うのですか!」
「奴らの狙いは最初から桜花なんだよ!お前さえ生きていれば、まだ何とかなる!」
・・・まさか・・・
そう・・・彼らの狙いは・・・
・・・今までの一連の作戦も、あの多数の誘導弾も・・・
全て・・・航空目標B02を艦隊の近くまで侵入させて、「あれ」をここに降ろす為の・・・
囮だったというのですか?!
艦隊を傷付けずに、私だけを消去する為に・・・
そう、私は・・・結局最後まで・・・
彼女の策略に踊らされていたと・・・いうのですか?!
・・・私は・・・負けたというのですか?!
そんなの・・・
・・・認めない!
私はまだ負けてない!!
「私はまだ生きています!生きてる以上ここに残り、最善の手段を講じるのが提督の使命です!」
その時、再び、
「ズズン!」
という大きな音がして、「敵、構造内部に侵入!」という叫び声が聞こえます。
「意地張ってる場合か馬鹿!もう終わったんだよ!さっさと逃げろ!」
この人はさっきから!逃げろ逃げろって!
海軍提督が艦隊を捨てて逃げるなんてそんな恥晒しな真似、出来るわけ無いじゃないですか!
「ならば私は・・・ここで飛鳥と共に玉砕するのみです!」

と、桜花が言ったら、突然、「バシッ」って音がして・・・
・・・頬が・・・痛いです。
「な・・・なにをするんですか!木島さん!」

「お前は俺に・・・二度も死に目を見せるのか
・・・え?
・・・・・
・・・木島さん・・・
いったい・・・何を言ってるのかさっぱり分かりません!
かと思ったら突然・・・後頭部あたりからビビッと電気が走ったかと思うと・・・
・・・桜花は・・・だんだん・・・・
・・・意識が・・・遠く・・・なっていくのです・・・
・・・・・
・・・・・
















皇紀2666年 8月25日










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皇紀2666年 8月26日




・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・
・・・き・・・・が・・つくと、そこは、真っ暗です。
・・・・・
・・・真っ暗です・・・
まるで・・・体が、なくなってしまったみたいに・・・
なにも、感覚がないのです。
死んだような、感じです。
・・・・・
・・・わたしは、しんでしまったのでしょうか・・・
いたみも、くるしみもなく・・・
・・・なにも、ないのです。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・でも・・・かすかに・・・
そう、かすかに・・・
・・・・・
・・・音が聞こえます。
さわさわと・・・・
・・・・・
・・・この音は・・・
・・・たぶん、風の音です。
・・・でも、この風は・・・・
あまり聞いたことのない音です。
・・・・そう・・・
海の上を流れる風じゃなくて・・・
・・・・・
・・・・・
・・・森の木々を・・・揺らす風の音です。
・・・きっと、たくさん・・・木が生えているのです。
・・・こんなにたくさんの・・・木々が揺れる音を聞いたのは、
はじめてかもしれません。
・・・・・
・・・・・
・・・・・すると、
・・・うっすらと・・・すこしだけ・・・
目が見えるようになりました。
・・・・
・・・・わたしは・・・
・・・まっくらな、筒の中にいます。
ここは、どこなのでしょう・・・
・・・よくみると、その筒にはひとつ、穴があいていて、
そこだけが、うっすらと、少しだけ明るいのです。
・・・これは・・・夜の明かりです。
・・・・・
・・・きっと・・・
筒の外は・・・夜の森なのでしょう。
・・・ああ、・・・よるのもりです。
・・・・・
・・・・・
・・・よくみると・・・
・・・穴が開いているのは筒だけではなくて・・・
・・・・・
・・・わたしにも・・・
・・・・・
・・・穴があいています。
・・・・・
・・・・たぶん、
筒の外から・・・何かが突き抜けたのです。
・・・・・
・・・穴というより・・・わたしは・・・
・・・ちぎれてしまっています・・・
わたしの・・・体の下半分が・・・
・・・・・
・・・ちぎれてしまっています・・・・
・・・・・
・・・・・
ああ、やっぱり・・・
・・・わたしはしんでしまったのですね・・・
・・・・・
・・・死というのは、こんなにも・・・
穏やかに訪れるものなのですね・・・
・・・・・
・・・こんなに・・・おだやかに、すぎていくのなら・・・
・・・しんでしまうのも、いいかもしれません・・・
・・・・・
・・・さわさわと・・・
もりをゆらすかぜのおとだけが・・・
・・・さわさわと・・・
・・・・・
・・・・・
・・・さわさわと、










・・・・・







皇紀2666年 8月27日










・・・・・







皇紀2666年 8月28日






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皇紀2666年 8月29日






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皇紀2666年 8月30日






・・・・・
集中整備は完了したらしいが、妙に頭がぼんやりとしている。
私は、なぜが壁が鋼鉄で出来ていると思われる、頑丈そうな部屋に入れられている。
そして分厚い強化ガラスの向こう側には研究者らしき人達がいて、彼らは私が起きたのを見ると、なにやら「あなたの名前はなんですか?」などと聞いてくる。
なんだか妙な質問だが、おそらく記憶情報診断かと思い、
とりあえず・・・
・・・・・
・・・私の名前・・・?
私の名前って・・・なんだっけ・・・
・・・そもそも、私って・・・
誰?
・・・・・
・・・そう、でも、とりあえず、質問には答えないと。
ええと、でも・・・
答え様が無いので・・・
「・・・わかんない」
・・・・・
そしたら、私がそう答えたことがうれしかったのか、なんなのか、
ガラスの向こうの人たちは妙に喜んでいる。
・・・え?今のでいいの?
そのあと、ガラスの向こうの人達は、私に、
「あなたの名前は『藤花』です」
と言う。
・・・・藤花?
藤花。
・・・なんだか、ちょっと・・・しっくりこないけど・・・
それが私の名前というのなら・・・それが私の名前なのだろう。
そういえば、私の体も、なんだかしっくりこないような気がする。
私って・・・前からこんな体型だったっけ?髪、こんなに長かったけ?
・・・・・
・・・前から?
・・・私は、以前は何をやっていたのだろう。
ここに来る前の記憶は・・・どうしてしまったのだろう。
「あの、私は・・・なんでこんな所にいるの?ここに来る前は、私は何をやっていたの?」
と、誰かに聞いてみると、ガラスの向こうの人が、
「あなたはここで作られたのです。今日が誕生日です。あなたが自分の存在に違和感を感じるのは、あなたの脳内情報が、複数の人間の記憶情報で構成されているからです。何も心配する事はありません」
と言う。
・・・・・
・・・そういうこと。
・・・なら・・・そういうことなのだろう。









皇紀2666年 8月31日
















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